12 御使いと詐欺師は紙一重
……辺境伯さんから王女様達の母親の救出を頼まれた。面倒事だよね、これって。
「知っての通り、私の姉は王の第三妃だ。辺境伯領の為に国王に嫁いだが、王侯貴族から田舎者と呼ばれ肩身の狭い暮らしをしている」
初めて知ったよ。顔には出さないけど。そして辺境伯さんは続ける。
「姉は辺境伯領の皆の為に我慢し、王国と辺境伯領の融和に力を尽くした。……しかし他の妃や王宮貴族達からの嫌がらせで体調を崩してしまったのだ」
「王宮での権力争いに敗れたという事ですか?」
「その通りだ、トルク殿。姉に味方する王宮貴族は少なく、嫌がらせは当たり前で、何度も食事に毒を盛られて、信頼できる者達を亡くし続け、ついには体調を崩して病んでしまった」
さすがは腐敗した者達が集まる、不善と不道徳と不法と不公正の巣窟。そこまで酷いと近寄りたくないな。
「もともと王族や王宮貴族達は領地持ちの貴族達を田舎者呼ばわりして見下している。選民意識のようなもので、王都ではそれが当たり前になっているのだ。そのせいで姉や姪達は肩身のせまい思いをしている」
辺境育ちのオレはド田舎者の下等人種だと思われ……、人間種と思われていない可能性があるな。
そういえばエイルド様達は大丈夫だったのだろうか? 学校でいじめとか嫌がらせとかされてないだろうか?
「それでも私は王国の為に働いていたが、今回の事で完全に王国を見限った。婦女子を人質にとって、我々を戦場に強制させるとは、王族以前に人間として信用出来なくなった」
人質取って戦場に強制って……。王国はそこまで酷い状況なのか? 専制君主制でもやり過ぎだろう。反乱が起きるぞ。……起こったか。
「明後日までには私達も王都を出る。バルム伯爵達も明日には王都を出発して領地に戻る予定だ。他の貴族達と一緒に」
というとエイルド様達に会えるのは明日までか。リリア母さんとレイファにも会いたいな。
「私と姫様達、他の女性達もバルム伯爵達と一緒に行く予定です。急な出発ですが人質になる可能性があるので、女性子供は明日までに王都を出る事になりました」
クラリベルさんと王女姉妹は明日には出発するのか。ジェルトニアさんも一緒に行くのかな?
「ウィリバルテォイオン辺境伯、やはり私も王都でスーザンヌ様の救出に参加したいです!」
「駄目だ。お前はテルツエット公爵家の最後の生き残りだ。もしもの事があれば私はジェルトニアの両親に面目が立たない」
「しかし!」
「お前が最後の生き残りなのだ。危険な事をさせたくないのだ! お前はテルツエット公爵家を継ぎ、我々の旗印になると約束しただろう!」
意味不明な会話だな……。どういう意味なのだろうか? クラリベルさん、説明を良いですか?
「テルツエット公爵家は王族の血統を引き継いでいる由緒ある家系です。ジェルトニア様の父君は現国王の弟君で、公爵家に婿入りした次期公爵でした。しかし十年ほど前に、帝国と内通し王国を裏切ったと告発され、ジェルトニア様と母君を除いて全員が処刑されたのです。母君は心労で体を壊し、まもなく亡くなりました」
歴史で学んだ公爵家の生き残りか。聞いたときは『専制君主制は過激だな』と思ったものだ。
「しかしそれは冤罪です。テルツエット公爵は王国を裏切るなどしていません。しかし釈明の機会も与えられず一族を処刑されました。唯一残った男子であるジェルトニア様は、スーザンヌ様の嘆願で助命されましたが、むち打ち十回と王都からの追放となりました」
子供に鞭打ちの刑とは酷いな。……オレも帝国の労働施設に連れて行かれたときに鞭で打たれた事が有るけど、アレは痛かった。
「先代ウィリバルテォイオン辺境伯である祖父は、テルツエット公爵家を助ける事が出来なかった事をたいへん悔やんでおりました。それでジェルトニア様を保護し、名前を変えて一貴族のジェットンとして育てたのです」
ジェルトニアさんも苦労したんだな。
「そして祖父の願いは、テルツエット公爵家を再興させて、ジェルトニア様を当主に戻す事です。今回の件で辺境伯やバルム伯爵達は王家を見限ったので、テルツエット公爵家を中心とした国を作る事になりました」
「え? 建国?」
「そうです。将来はテルツエット王国としてジェルトニア様を国王に、王妃にユリアンナ様を」
壮大な計画を考えていたんだな。姫姉妹も知っているのか? 姉姫さんは知っている様だな。逆に妹姫さんは驚いている表情だから初耳だったんだな。
……しかし無理じゃね? オルレイド王国とベルンダラン帝国の両方を敵に回せるのか? さすがに無理があるんじゃないの?
「実はこの計画には御使い様にも協力して頂きたいと考えていまして……。というのも、ウィリバルテォイオン辺境伯領は五十年周期で魔獣の群れが大森林から出ており、その撃退に、いつも御使い様に協力頂いているのですが……」
「初めて聞きました。歴代の御使いがそんな事をしているなんて」
そんな約定が有るなんて知らなかったよ。引継ぎとかはしてなかったからな。サクラは知っていたのかな? ジュゲムなら知っているかもしれないな。
「あと五年くらいでその周期が回ってきて御使い様が来られる時期になるので、その時に御使い様に私達への協力を仰ぐ予定でした」
「協力と言うのが建国の手伝いなの?」
「その通りです。遅かれ早かれ私達はオルレイド王国から独立を考えていました」
「……もし協力を断ったら?」
オレは用事があるから断るかも、でもルルーシャル婆さんは協力するのかな? 精霊のジュゲム達は協力するのだろうか?
「御使い様が協力して下さるまで、どんな事でもする覚悟です。金銀財宝でも人身御供でも、御使い様へ命を捧げて忠誠を誓い、死ねと言われればその場で死にます。我が辺境伯家の覚悟をどうぞお受け取り下さい。何でもいたします」
重すぎるよ、クラリベルさん……。そんな話を聞いたら逆に回れ右して逃げ出すよ。
知らないところで建国計画の一角に組み込まれていたなんて……。バルム伯爵達もその計画に加担しているのだろうか?
バルム伯爵やクレイン様達から頼まれたら、オレも断る事が難しい、いや断る事が出来ないのでは? オレは騎爵位持ちだから上司であるバルム伯爵の命令に従わなければならないだろう。
でもこんな面倒な計画に参加するなんて嫌だ。マジで断る方法を考えないといけない。
早めに断ろうとするが、辺境伯はジェルトニアさんとやり取りを続けているし。
「ウィリバルテォイオン辺境伯! 頼む! スーザンヌ様には幼少期に私を救ってくれた恩がある」
「しかし生きて帰れない可能性もあるのだぞ!」
……そんな場所にオレを潜入させようとしているの? 辺境伯さん、酷くない?
「御使い様の力があれば大丈夫だ! そうだろう、トルク君!」
そこでオレに話を振るジェルトニアさん。今はオーファンの体に乗り移っている状態だから、日常生活ならまだしも、戦闘や魔法を使う場合は違和感があって体が上手く動かないんだよね。
「ジェルトニア!」
クラリベルさんがジェルトニアさんを止めるように言った。……そうか!
「分かった。ジェルトニアさんを連れて行って良いよ。その代わりこれで貸し借り無しだ」
ジェルトニアと一緒に王妃様の救出をしたら、建国の手伝いをしなくて良い。五十年周期の魔物の襲来は要相談という事で。建国なんて面倒な計画に加担しないで良い事になったよ。
オレの言葉に辺境伯さんはオレの意図するところが分かったようで、「待ってほしい」と制止する。
「そ、それでは今後魔獣の群れを倒してくれないのか?」
「そっちは先代に聞いて確認する。建国の手伝いは面倒だからパスする予定」
魔物の討伐はルルーシャル婆さんとジュゲムに聞いてみよう。何か深い事情があるかもしれないし。
そして建国は断る予定で。妃救出と建国の頼み事は、拘束時間で考えると妃救出の方が短いだろうし。
「そんな! 王国と対峙する為には我々には御使い様の力が必要なのだ。頼むから手伝ってほしい」
「面倒だからパスします」
即座に断る。何が楽しくて建国の手伝いなんてしないといけないのだ。そんな事に時間をさく予定はないよ。
「……断り方がエイルド様に似ていますね」
「……そうだね。クラリベルの婚約にも『嫌だ、面倒』と言っていたし」
エイルド様ってそんな事をいっていたのか。相変わらずというか、なんというか。まぁオレもエイルド様の事をとやかく言えないか……。
「ではジェルトニアを王宮に連れて行かないので、建国を……」
あ、辺境伯さんの天秤は妃救出よりも建国の方が重いようだ。オレにとっては建国よりも妃救出の方が重いのに。
……断る事が難しいな。最悪、辺境伯さんが人質作戦を使ってきそう。エイルド様達を人質にするという言語道断な手段を使ってきたら、頼みを聞くどころか逆に辺境伯家を潰すけど、辺境伯さんの一族のクラリベルさん達を人質にしてオレに頼みを聞かせてきたら微妙だ。
どうにかして諦めさせることは出来ないか? ……よし! 精霊を使おう!
「辺境伯、貴方は間違っています。御使いの力を当てにするよりも、自分達の力でやるべきです。力が足りなければ他の人達の力を借り、皆で協力して苦労を分かち合う。そうやってこそ、良い国が生まれます。そして出来ることを全てやり尽くして、それでもどうにもならない時、精霊は願いを聞き入れ力を貸すでしょう」
要するに『自分達で頑張って。どうしても無理なら精霊が力を貸すよ、多分』って事だ。
精霊の力を使っているオレが言うのもなんだけど、精霊にものを頼むと反動が酷いからな。建国の手伝いで精霊の力を使ったら、見返りに精霊が何を頼むか分からない。食事や酒、パシリ程度なら良いが、オレの手に負えない厄介事は勘弁してほしいのだ。
「難しいと言う前に実行してください。無理だと思う前に行動してください。その行動は精霊が見守っており、皆様の行いに心を打たれた時に精霊は力を貸すでしょう」
今度の言葉は『ゴチャゴチャ言う暇があったら自分で動け。運が良ければ精霊が力を貸すよ』という意味だ。
「精霊は良い立ち振る舞い、人や自然を愛する心、善良な行いを見守っています。他力本願な考えには精霊は心を動かしません。皆様が素晴らしい行動を取っているのなら精霊はいつでも力を貸すでしょう」
……貸すかな? 貸すよね、貸すだろう。……きっと、多分、運が良ければ。
まあ、精霊に好かれている人間が辺境に居るかもしれない。そしたら精霊の方からオレ達、正確にはサクラに連絡が来るかもしれないな。
サクラは「トルクもライと一緒で建国には興味ないのね」と頷いている。雷音さんも同じ様な事を言っていたのだろうか?
「魔導帝国を滅ぼした後で、ライをトップにして国を作ろうとした人達がいたけど、ライは『面倒だ!』と言って逃げ出したわ。それでも纏わりついてきたから記憶を消して放置したのよね。……そういえばその人達って辺境伯に似ているような」
……他人の空似と信じたい。
「精霊は人の良き行いを見て御使いに手助けを頼み、御使いは精霊の願いを叶える。逆に悪しき行いを見た精霊は御使いに罰を頼みます。それが人と精霊と御使いの在り方です」
このくらい綺麗事を並べておけば良いかな? 辺境伯さん達もハッとした表情になったし。
「……私は先祖に会わす顔がない。精霊や御使い様の力を借りる前に、やるべき事をすべて行うべきだった。このような考えをしていたから精霊達は力を貸してくれなかったのか」
「……私も目から鱗が落ちた様だ。御使い様は私達を助けてくれた。それなのに利用しようと考えた自分が恥ずかしい」
辺境伯さんとジェルトニアさんは綺麗事を信じた様だ。クラリベルさん達女性陣もオレの綺麗事に感動している。
これでオレに建国の手伝いを頼むとは言わないだろう。精霊信仰している人達に精霊という言葉を使って話を逸らすのは簡単だな。
「トルク様、スーザンヌ様は辺境と王都の為に力を尽くしました。毒を盛られ死にそうになっても皆の為に頑張り続けたのです。その信念がトルク様を王都に呼ぶという奇跡を起こし、私達に救いをもたらしました! だから私はスーザンヌ様が呼び起こした奇跡を信じて、全力を尽くし助け出そうと思います!」
スーザンヌ様の行いが奇跡を生んだ事になっている。何故? 奇跡違うよ、精霊の気まぐれだよ。スーザンヌ様も多分関係ないよ。
でも気まぐれの偶然を奇跡と信じた辺境伯家の皆様。強い決意を込めて、ジェルトニアさんはスーザンヌ様を助け出す事を誓う。
「私がおとりになろう。王宮で騒ぎを起こし、攪乱している間にスーザンヌ姉上を助け出してくれ」
覚悟を決めた辺境伯さんが救出作戦を皆に伝えた。
「私達は王宮の見取り図を作成します。他にも侍女達の情報もお伝えします」
「騎士達の巡回時間も調べ上げます」
「お二人のお手伝いをします」
姉妹姫達もクラリベルさんも意気込んでいるようだ。
精霊をダシにした綺麗事を並べていたら、皆の士気が高まった。やり方がちょっと悪質だったかな? でも嘘は言って……いる? 無い? オレの言葉でヤバい方に行ってないよね?
「……トルク、悪質じゃない?」
サクラから悪質と言われた。……建国手伝いが面倒で嫌だったから、悪徳宗教家みたいな事をしてしまった。あるいは公約を守らない政治家のような。
しかし辺境伯さん達は、御使いや精霊という言葉さえ使ったら簡単に信じちゃうのか? それともサクラが洗脳魔法の類でも使ったのか?
「そんなことする訳ないでしょう。辺境伯達はトルクの『誠意ある』言葉を信じたのよ。ほんと、なんとかと詐欺師は紙一重ってヤツね」
……確かにオレもちょっと詭弁で煽った事は否定しないけど……。
詐欺師って酷くない!?
オレ的にはサクラが魔法を使って辺境伯さん達の考えを変えたって方が説得力あるんだけど。
「歴代の御使いに恩を感じていた人達が、当代の御使いであるトルクの『真実の』言葉に胸を打たれた結果ね」
サクラ、歴代御使いの恩は分かるが、オレの言葉に胸を打たれるって、本当にそう思っているのか? ……笑いながら言っても説得力無いぞ。だから精霊の魔法のせいにしてくれ。
……良く考えてみたら、バルム伯爵も辺境伯さん達に味方するから、クレイン様達も味方するだろう。……だからオレも結局は辺境伯さんを手伝う事になるだろうな。
……戦争に行って捕虜になって御使いになって帝国の用事が済んで王国に戻ってきたら、今度は建国作業? それとも王国内で内戦が始まって回復要員として戦場に行く事になるのか? 最悪の場合は御使いとしてみんなの前でお披露目?
……ため息がでるよ。家族とゆっくりとした生活は当分先になりそうだな。
それで、サクラどうした? 真面目な顔して?
「トルク、私達も一緒に城に行くわよ。どうも変な気配を感じるのよね」
サクラ、変な気配ってなに? 気のせいじゃないの?
「王都の顔役の精霊も見当たらないし、精霊の数が少ないのよ。普通なら帝都並みに精霊が多いはずなのに、王都には数えるほどしか精霊が居ないわ。これは異常だわ」
どうやら王国でも厄介事に巻き込まれる可能性大か……。
ララーシャル達の所へ簡単には帰る事が出来ないようだ。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




