3 子供達の話し合い
エイルドはいつも訓練している場所にオーファンを連れて来た。そして木剣を渡して「勝負だ! オーファンからかかって来い!」と言って剣を構える。
オーファンは「どうして剣の訓練?」と思った。しかしトルクの記憶で見たエイルドはいつもトルクと剣の稽古をしていた事を思い出した。そしてトルクより強い同年代と訓練できると思って「お願いします」と言って剣を構える。
それを見守るドイル。エイルドは同年代では負けなし。そして訓練では大人にも勝っている。オーファンの勝ち目はないと思ったが、「トルクが教えたのなら裏技も仕込んでいるはず!」とドイルは思った。口に水を含んで吐き出す方法や、接近戦での素手の攻撃や蹴技や投げ技。万一があるかもしれないとドイルは考え、二人の模擬戦を見守る事にした。
エイルドの言葉通り、オーファンから攻める。踏み込み距離を縮めて鋭い突きを放った。エイルドは突きを躱すが、オーファンの突きは薙ぎ払いに代わる。薙ぎ払いを剣で受け止めるエイルドはそれを反すようにオーファンに当てようとするが、オーファンは後ろに下がって体勢を立て直す。
そしてオーファンが攻め手、エイルドが受け手という形で模擬戦は続いた。
その後、オーファンが疲れ始めた時にエイルドが動き、木剣を叩いてオーファンは剣を落とす。そして首に剣を付けられて模擬戦は終了した。
「……オーファン。お前の剣術は少し変な気がする」
「変ですか?」
「うむ、経験が、実際の戦闘経験が少ないような気がする。言葉で聞いて戦い方を習った? いや見て覚えたような……。他にも、大人相手としか戦った事がないのか、剣筋がおかしい」
エイルドの言葉にオーファンはその通りだと考えた。トルクの記憶から剣術を覚え、それを実践して模擬戦をした相手は全員大人、その模擬戦の数も多くない。
「その通りです。トルクの剣術を見て覚え、大人相手に数回だけ模擬戦をしました」
「そうか……。対人戦闘の経験を積めば強くなると思うぞ。明日から多種多様な相手と模擬戦をするか?」
「ありがたいですが、帝国に帰る訓練をしないといけませんから」
エイルドの提案を思わず受けそうになるが、オーファンも帰る為に訓練をしないといけない。トルクの記憶があるから出来ると思いたいが、訓練をしないと無理な方法だ。
「なに少しくらいなら模擬戦をしても大丈夫だろう」
エイルドの言う通り少しくらいは模擬戦をしても大丈夫だと思って承諾する。そして、
「僕とも一緒に模擬戦しようよ。年下との模擬戦も経験だよ」
ドイルも模擬戦に参加する。ドイルはオーファンより弱いものの、これまで訓練してきた多くの模擬戦の経験がある。オーファンは幾度か危ない場面があったが、最後にはなんとか勝つ事が出来た。
「オーファンは魔法も駆使した戦闘も訓練した方が良いと思うよ、トルクみたいに」
模擬戦を終えたドイルは、オーファンに魔法を使った訓練をするように勧めた。
エイルドは他の者達を呼んでオーファンと一緒に訓練する。トルクと模擬戦をした事がある者、トルクの部下だった者達が集まって、オーファンを鍛えようとする。
オーファンはトルクが居た場所が暖かくて居心地が良かった。家族、友人、理解ある大人と一緒に生活が出来て羨ましく思った。そして『トルクが早く王国に戻って皆と一緒に暮せるようにしないとな』と考えた。
そして模擬戦終了時に、エイルドが一緒に訓練していた者達にトルクの無事を知らせた。喜び叫ぶ者達、感涙にむせぶ者、同僚と肩を抱き合って微笑み合う者。「騎士トルクの無事を祝って今日は飲むぞ!」と非番の者達は酒場にくり出し、その日は夜を徹しての宴となったそうだ。
リリアとクイナをベッドに寝かせた後にランナが、「レイファ様、ポアラ様、ニューラ、マリーさんはゆっくりして下さい。後は私がお二人を看病しますから」と言う。
急に時間ができた女子達にマリーが「みんなでお話ししましょう」と言ったので、四人はお茶会をする事にした。
ポアラが屋敷の客間に案内し、マリーがお茶の準備の為に厨房に向かう。
客間に着くとポアラが「座って」と言って席を勧める。レイファとニューラはテーブルにつき、、ポアラも対面に座った。
トルクの妹達であるレイファとニューラを見るポアラ。レイファは母親であるリリアに似ていると思い、ニューラは……腹違いだからリリアに似てないのだと思った。話を聞いた限りでは二人は姉妹のように仲が良いらしく、ポアラも亡くなった親しい友人の事を思い出した。『その子が生きているなら二人と同じように仲が良かったのかもしれない』と。
そしてマリーが客間に入って来て、お茶の準備をする。ニューラが立ち上がって「お手伝いをします」と言って二人でお茶の準備を始めた。ニューラは母親が侍女だったのでレイファ専属の侍女見習いとして教育を受けていた事をレイファはポアラやマリーに説明をした。
お茶会の準備が終わり、マリーはポアラの後ろに立つ。
「マリー、貴方も席に座る。今日は従者の仕事は無し」
ポアラがマリーを隣の席に座らせた。そして四人が着席したが誰も口を開かない。何を喋ったらいいのか分からなかったのだ。なんとか話題を出そうと気を遣ったマリーとニューラが同時に声を出し、
「ニューラさんからどうぞ」
「いえ、マリーさんから」
とお互いに譲り合って、結果的に話し辛い雰囲気が作られていた。このままではいけないと、レイファがポアラに話しかけた。
「あ、あの、兄はどのような方なのでしょうか? 幼少期に離れ離れになってよく覚えていないのです。兄はどんな生活をしていたのでしょうか?」
トルクの話題にポアラとマリーが答える。
マリーが辺境の村での生活を、ポアラが男爵家での生活を二人に教える。
母リリアと辺境の村に来て、村人達から無視されリリアが病に倒れて、頼れる者がほぼ居ない中でもトルクは動物を狩って母親との生活を支えた。また、リリアから文字と魔法を教えてもらい、不幸に負けずに強く前向きに生きていた。マリーは、トルクから魔法を習ったり二人で仲良く遊んだりした事も皆に話した。その後、トルクは『下人になります。そしたら母は村の一員になるそうです』という置手紙を残して村から出て行った事を説明した。
「……そんな大事な事を置手紙で?」
「……普通なら相談するのでは?」
兄の行動に呆れている妹達にポアラが「トルクだから」と言って納得させる。
納得できない妹達を無視してポアラが男爵家での生活を語る。
「トルクに初めて出会ったのは男爵家だった。お父様が私達を集めて、トルクを学友として紹介した」
エイルドとポアラは苦手な科目の授業を逃げ出すので、それを阻止する為にトルクが学友となった。トルクのお陰で苦手な科目が単なる好きじゃない科目に変わり、逃げ出す回数も減った。そして得意な科目はトルクと一緒に勉強して楽しかった事を伝える。
「私は魔法が得意だから、トルクと一緒に魔法の勉強をした。これもトルクから習った」
右手には水魔法、左手には火魔法と両手で魔法を発動する。
「両手から魔法を使うのは高い技術が必要だと学校で習った。それを教える事が出来るトルクは凄い」
すぐに魔法を消してお茶を飲むポアラ。以前、お茶会で魔法を使って叱られた事を思い出したのだ。
「それから魔法を当てる的になってもらったり、ダンスの相手になってもらったり、料理も作ってくれたり、物語を聞かせてもらったりした」
「トルクお兄ちゃんって多才だよね。剣術も出来るし魔法も使えるし、回復魔法も使えるし、炊事洗濯掃除も出来るし、レオナルド様の書類仕事も手伝っていたし、農園での仕事も出来るし」
「あと新しい料理も作ってくれた。ハンバーグ美味しかった」
レイファは兄の才能の凄さに引く勢いだ。そしてニューラは「そういえば回復魔法を使って母を癒していたし、変な魔法を使っていましたね」と思い出すように呟く。
「私も魔法が使えますが、ポアラ様のように両手から魔法を使う事は出来ないですね。兄のように回復魔法を使うことも出来ません。出来るのは水魔法だけです」
レイファは母リリアの才能を引き継いで水魔法は得意で中級レベルである。誰にも教わらずに、他の人が魔法を使っているところを見て覚えた。ニューラやクイナは「母の才能を継いでいる」と言って喜んでいた。しかしアイローン伯爵夫人から嫌われていたので、魔法が使える事は内緒にしていた。
ポアラはレイファが魔法を使えると知って「一緒に勉強しましょう」と言う。そしてバルム伯爵家に行った時の事を説明した。
「バルム伯爵家に行く途中で、賊と遭遇して、トルクはドイルを助ける為に川に落ちたの。川に落ちたけど這い上がって、下流の方で賊と遭遇したけど助かった」
「ポアラ様、お兄ちゃんは大怪我して死にかけたのですよ。リリア叔母さんが蒼白になって大変だったのですから」
「そして伯爵家でも騒動に巻き込まれて大変だった。男爵家に帰っても騒動に巻き込まれて苦労している」
「そうですね。いろいろと騒動に巻き込まれましたよね。苦労人ですよね」
「その後、騎爵位を得てバルム砦に行った。そして捕虜になって帝国に連れて行かれた」
妹達はトルクが波乱な人生を送っていると理解した。そしてその波乱な人生は今も続いている。
「兄は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫だよ、レイファさん。トルクお兄ちゃんは苦労人だけど、強いですから!」
兄は大丈夫だと言うマリーにレイファは『苦労人なのは確定なのですね……』と思いながら幼少期の頃の兄を思い出す。……昔の兄は優しい普通の人で、今も優しい兄だと思っていた。しかしアイローン伯爵家から出てとても苦労して、苦労人とまで言われているとは……。レイファは「兄も大変だったんですね」と呟く。
その後もポアラとマリーからトルクの武勇伝? 苦労伝? を聞くが、兄であるトルクは苦労していると思う妹二人だった。
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