王都での出来事②
アンジェ、エイルド、アルーネは門の前にいる三人の女性に会う。一人は髪の色がマリーと同じ女性でリリアとマリーに似ている女性。女の子はリリアと同じ銀髪でリリアとよく似ている。もう一人は黒髪の女性だった。
「いや~。やっと目的地に着いたよ。大変だった~。あ、門番さん、あとどのくらい待っていれば入れる? 疲れているから早くゆっくりしたいんだけど~」
「もう少し待て。確認を取っている」
「そう? そういえばさ~、今の王都って前よりもにぎわってないね~。やっぱり戦争のせい?」
「……だと思う」
「やっぱり~。大変だな~。昔来たときはにぎわっていたのに。そういえばさ~、戦争で帝国に押され気味でしょう。王国はどんな作戦立てているのか知ってる?」
「詳しくは知らない」
「そんな事言わずにさ、教えてよ~」
ルーシェと思われる女性は門番と話し合っている、と言うよりも一方的に話している。他の二人は静かに待っていた。まるで話し相手の矛先がこちらに向かないようにと。
「……貴方がルーシェさんかしら?」
「お、クレイン男爵夫人だね~。初めまして~、私はルーシェ。リリア姉さんの妹だよ。で、こっちがリリア姉さんの娘のレイファ。そしてリリア姉さんの友人のランナだよ~」
「お初にお目にかかります、レイファと申します。急な訪問で申し訳ありません」
「レイファ様の侍女を務めています、ランナと申します」
緊張感の抜ける挨拶をするルーシェ。それに対して他の二人は礼儀正しく挨拶する。
「まったく二人とも固いんだから~。ほら、もっと柔らかく言わないと」
自己紹介を終える三人。本当にリリアの娘のレイファなのか? もしかして詐欺師? アンジェはそんな事を一瞬考えた。
「詐欺師じゃないよ~。リリア姉さんに会わせてもらえばハッキリするから~」
アンジェが疑惑を持ったことをルーシェは即座に察した。アンジェはルーシェに対する警戒を強める。
「私は商人でさ~、人の思考を読むのが得意なんです~。ほら男爵夫人は私に対して警戒を強めたでしょう」
「……確かにリリアさんから妹は商人になったと聞いた事あります」
「でしょう! 大丈夫ですよ~、リリア姉さんの恩人であるクレイン男爵夫人に何もしませんから~」
一介の商人が貴族に対して軽口を叩く光景を見て門番が注意するが、ルーシェは軽い調子で「ごめんなさい~」と笑っているだけだ。逆にレイファやランナがアンジェ達に頭を下げて謝罪する始末。
アルーネに「屋敷に入れましょう。門で話す事ではありません」と言われてアンジェは三人を屋敷の客間に入れる。そしてアンジェはレイファとランナに対して説明を求めた。
「私達が得た情報だと、アイローン伯爵は家族と一緒に帝国に移ったと聞きました。それなのにどうして貴方達は王都に来たのですか?」
「それは私が連れて来たからです~ 二人が路頭に迷っているのを発見して、彼女達を王都に連れて来たのです~」
レイファが話す前にルーシェが説明する。アンジェは叱りつけたいような感情を抑えて、レイファとランナに説明を求めた。そしてランナがアンジェに説明をする。
「アイローン伯爵が帝国に寝返ろうとした時、レイファ様も帝国に連れて行かれそうになりました。アイローン伯爵はレイファ様と私を馬車に監禁して逃がさないようにしたのです。伯爵や騎士の目を盗んでレイファ様を救出し、レイファ様の身代わりになってくれたニューラとクイナ達がいなければ、帝国に連れて行かれていたでしょう」
ランナの説明を聞いたアンジェ達は静かに聞く。
「ニューラとはアイローン伯爵の娘でレイファ様の腹違いの姉となります。母親のクイナは私の友人で、当時アイローン伯爵家で働いていた侍女でした。アイローン伯爵の子を授かったせいで屋敷から追放されましたが、リリア様がクイナを援助していたのです。」
「私はニューラとクイナに酷い事をしました。お父様から逃げる為に、二人を見捨てたのです」
「ニューラとクイナはきっと大丈夫です、レイファ様。彼女達は強いのですから」
レイファはニューラとクイナを慕っていたので、その二人が犠牲になった事に負い目を感じている。
「そして! 二人が路頭に迷っている所を私が見つけて~、リリア姉さんに似ているな~って思っていたら~、姪っ子だったんだよ! 驚いたね~。ビックリだったよ~」
「万が一に備えて、私はリリア様と合流する方法を何通りか考えていました。レイファ様が学校に通う年齢になったらリリア様は王都で待機するとの計画だったので、私達はルーシェさんの協力を得て王都に来ました」
「そうだよ~。姪っ子を助けるのは叔母の役目だからね~。頑張ったよ~。商人としては赤字を出しちゃって失格だけど」
ランナの説明を受けたアンジェ達。そして今度はアンジェ達がリリアの説明をする。
「リリアさんはこちらで保護しています。ですが病に倒れていて……」
アンジェの言葉を聞いた三人の顔が固まる。アンジェは説明を続けた。
「レイファ様の兄のトルクさんが騎士になりバルム砦に行きましたが、帝国の捕虜となりました。その事で心を痛めて体調を崩したのです」
「トルク様が騎士に! どうして! 子供が騎士になるなんて! どうして!」
アンジェの説明に一番驚いているのはランナだった。レイファも驚いているがランナほどではない。そして頷いて納得しているそぶりを見せるルーシェ。
「トルクさんは回復魔法が使えるの。そのせいで回復要員として一年間だけバルム砦に行く事になったわ。でもアイローン砦が落ちたせいで……」
「アイローン砦が落ちたのは仕方ないよ~。数年前から練り込まれた帝国の作戦だったからね~。あれは仕方がないよ~。しかし私の甥っ子は運が悪い子だね~」
ルーシェの能天気な言葉に、エイルドとアルーネは怒りを露わにしてルーシェに食って掛かろうするが、ルーシェが「あれ?」と言って懐から紙を出してテーブルに置いて調べ始めたため、勢いをそがれてしまった。その紙は何かの名簿のようで、名前が一覧となって百以上並んでいた。アルーネはその中に知っている名前がある事に気付く。バルム砦で捕虜になった者達だった。
「ルーシェさん、この名前の一覧はバルム砦に居た捕虜の人達ですか?」
「おや? 分かるのかい。そうだよ、これは帝国の捕虜収容施設にいる人達の名簿だよ~。でも甥っ子の名前がないな~。おかしいな~。名前が偽名とかじゃないよね~」
そして次の紙をテーブルに広げる。この紙にも名前の一覧があり、トルクが『トルク・フォウ・バルム』の名で記されてあった。ルーシェはため息をついて言った。
「こっちの名簿は死亡者・行方不明者の名簿なんだよ。トルク君は……」
「嘘を言うな! トルクが死ぬはずないだろう!」
エイルドは立ち上がったルーシェを責める。アルーネは蒼白になり、アンジェもレイファもランナも言葉を発する事が出来ない。
「……これは帝国の捕虜収容施設の重要書類の名簿の写しだよ。間違いはないよ」
「うるさい! そんな書類は偽物だ! いい加減な事を言うな!」
エイルドはトルクが死んだという事を認めない。それはアンジェもアルーネも同じ気持ちだ。ルーシェの言葉は虚偽だと決まっている。しかしトルクを陥れたモリスの言葉を思い出す。『帝国の貴族に恨みを買って殺された』と。その言葉が頭に響いている。
エイルドは体中の力が抜けて座り込んだ。力がでない。気力がなくなった。動く事が出来なくなった。
アルーネも同じ気持ちだった。トルクが死んだ証拠の書類を前にして、体に力が入らなくなり、動かなくなった。
アンジェはトルクが死んだ事をリリアやポアラ達にどう説明をすれば良いか分からなくなった。トルクの生存を信じているリリアに、トルクの婚約者であるポアラに、トルクを兄のように慕っているドイルに、夫であるクレインに、トルクの師であるレオナルドに、バルム伯爵に、領地の者達に……。
レイファもランナもトルクが死亡している事を知って悲しむ。幼少期の頃に別れたトルクに会えない事を悲しむ二人。
そしてルーシェが皆に言った。
「皆、トルク君は行方不明となっている。死んだとは書いていない。希望はあるはずだよ」
ルーシェの言葉を聞いても希望を見出す事は出来なかった。全員がトルクは死亡したと認識したからだ。発言者であるルーシェは、この場でトルクの生死を確認した事は失敗だったと思った。そして、
「私に任せてくれ! 甥っ子が生きている可能性があるから、帝国に行ってトルクを捜そうじゃないか!」
「そんなこと出来る訳ないだろう! 帝国とは戦争中なんだから行ける訳ないだろう!」
エイルドが泣きそうな顔でルーシェに噛みつく。
「大丈夫だよ~。アイローン伯爵領からは秘密の道があってね~。そこから帝国に行けるんだよ~」
皆がルーシェの言葉を聞いて驚いた。アンジェはどうしてそれを知っているのかルーシェに問い詰める。
「商人だからね~。私は王国と帝国を往来する商人だから~。ほら、この捕虜収容施設の名簿とかを売り買いしているんだよ~」
「ちょっと待ちなさい! 今気づいたけど、どうして商人が帝国の捕虜収容施設の名簿を持っているの!」
「情報が命の商売ですから~。仕入れるのが大変でしたよ~」
「おかしいでしょう! 大変で済む訳ないでしょう! 貴方は帝国の密偵なの? それとも王国の密偵!?」
「いやいや一介の商人ですよ~」
「帝国の書類を売り買いする商人なんて、その辺にいる訳ないでしょう!」
「どうどう、落ち着いて男爵夫人。はい深呼吸~」
「貴方! リリアさんの妹だから今までいろいろと我慢していましたが! バルム伯爵家の者を怒らせたいの!」
「暴力反対~。からの~、平和万歳~。人類皆仲良し~」
「……そうなの、私をここまで怒らせたのは貴方が初めてよ。この怒りの矛先は」
「きゃ~、レイファちゃん~、叔母さんを助けて~」
「アンジェ様! 落ち着いてください!」
レイファを盾にするルーシェ。アンジェを抑えるアルーネ。エイルドは母の怒りに恐怖しており、ランナはどうすれば良いか動けずにいた。そして、
「アンジェ様、落ち着いてください。ルーシェさんは謎の塊で、私達が道中いろいろと質問しても、ぬらりくらりと躱されました。でも、真実を伝えず虚偽も言いますが、分かる虚偽を仰る方です。私の推測ではありますが、ルーシェさんは王国や帝国の密偵ではなく、商人というのも本当で、国ではなく個人と契約して情報を集めるのを商売としているのではないかと思われます」
「正解! ランナさん、大正解! その人と契約するときに捕虜収容施設の情報は対価としてもらったんだよ~。これを王国に売って商売をするんだよ~。だからこの情報を買ってくれる人を探しているんだよ~」
「ルーシェさん、帝国の誰と契約をしたのですか?」
「カッコイイ男性。でも既婚者なんだよね~。男爵夫人の旦那さんはどんな人? カッコイイ?」
「アンジェ様。ルーシェさんはこのようにのらりくらりと躱しながら情報を仕入れます。道中もいろんな噂話を仕入れていました。この噂話を情報として帝国の男性に売り、その利益で帝国の情報を仕入れて王国側に売っている方の様です」
ランナの説明により少しだけ怒りが収まったアンジェはため息をつく。「こんな性格の女性と会ったのは初めてだわ」と呟きながら。
「でさ~。そろそろレイファちゃんやランナをリリア姉さんに会わせない? 私も久しぶりに会いたいな~」
「……ルーシェさんにはリリアさんに会わせたくありませんが、親族ですから仕方ないですね」
「許可してくれてありがとう~、男爵夫人~。リリア姉さん~、姪っ子と一緒に会いに行くよ~」
そう言ってレイファと一緒に客間を出るルーシェ。それを見送る四人。エイルドとアルーネは正気に戻ってレイファとルーシェの後を追う。ランナはため息をついているアンジェに、
「いろいろと申し訳ありません、アンジェ様」
「貴方が謝る事ではないわ。……道中苦労したみたいね」
「苦労はしましたが、私とレイファ様だけでは王都に着く事は難しかったです。旅に慣れているルーシェさんが居たので助かりましたし、明るい方なので悲観的になる事も少なかったですし」
「そう。でも今まで苦労したのですね。アイローン伯爵からレイファさんを守っていたのでしょう」
「リリア様の為ですから。レイファ様とリリア様が一緒に暮らせるのなら、今までの苦労も報われます」
「ランナさんはこれからどうするの? できればリリアさん達の侍女として一緒に暮らさない?」
「ありがとうございます、アンジェ様。ですが私はルーシェさんと一緒にトルク様を捜しに行こうと考えています。ルーシェさんが言ったようにトルク様の死亡が確定されたのではなく行方不明だとすれば、希望があります」
「……そう。でも旅の疲れを癒してからの方が良いわ。少しくらいゆっくりしていって頂戴」
「お心遣い感謝いたします」
アンジェはランナのリリア達に対する忠誠心に心を打たれた。ランナのような者に慕われているリリアが羨ましく思えた。リリアのように私もなりたいと願う。そしてランナと一緒にリリアのもとへ行く。
そのときだった。庭の方から大きなモノが落ちる音が聞こえ、地面に衝撃が走った。魔法が地面に当たった衝撃に似ている。
アンジェとランナは身構える。ランナはアンジェを後ろに下がらせて正面に立つ。なにかの攻撃を受けた? 魔法使いからの攻撃? レイファ達に対する攻撃なのか?
屋敷に待機していた騎士達が現場に向かう。アンジェは危険だと思ったが現場に行く事にした。ランナからは止められたが「屋敷の主人として現場に行く」と言い、ランナは「お供します」と言って一緒についてきてくれた。
庭に着くとトルクの部下だった騎士達が居て、女性一人と男女の子供二人が気絶しているようだった。アンジェは騎士達に身元を調べるように言って、アンジェ自身も知り合いか確認してみる。……知らない者達だった。
「お母様! 何事ですか!」
ドイルが騒ぎを聞きつけてこちらに向かって来る。気絶している人達を見てドイルは、
「この人達はどうやって屋敷に入って来たのでしょうか?」
「今調べている最中です。……どうしました? ランナさん」
アンジェはランナが驚愕している事に気付く。それも声が出ないくらいに驚いていた。アンジェは知り合いなのかと聞こうとした。
「ニューラ! クイナ! どうして此処に!」
ランナの知り合い。確かレイファを救出して代わりに帝国に行った二人だった。少年はランナも知らないようだったが、どうして帝国に居たはずの人達がこの屋敷にいるのか、アンジェもランナも分からなかった。
……しかし二人はルーシェが原因ではないかと密かに考えた。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




