22 兄弟姉妹
「お待たせしました。こちらを向いてもらっても結構です」
屋根裏部屋の片づけが終わったようでニューラはオレ達に声をかける。……床に散らばった私物は無くなり綺麗に整理整頓されている。そういえば、ニューラに聞きたい事があったんだ。
「そういえば、アイローン伯爵はニューラがリリア母さんの娘って言っているんだけど」
「はい、私がリリア様の娘ということになっています。水の聖女の娘の方が、侍女の娘よりも利用価値があるとの事で」
「……レイファは王国に居る頃に侍女のランナと一緒に逃げ出した。逃げ出した事に気付いたアイローン伯爵はニューラをレイファの代わりとして水の聖女の娘として立ち振る舞っている。で合っている?」
「はい、合っています。レイファ様とランナさんは王国に居るはずなので、帝国にいるアイローン伯爵には手が出せないでしょう」
「という事は王国にレイファ達はいるのか……。王都の学校にも入学させる予定だったのか?」
「……そう聞いています」
「レイファは王都の学校に入学する予定だった。そのとき王都にいるリリア母さんは王都でレイファを見つけ出して保護する予定だったんだが……」
「ではリリア様は王都に居るのですか!」
「えーと、一年前は確実にいたと思う」
「思うってなんですか! 貴方はリリア様の御子息と言ったのに母親の居場所も知らないのですか! それでよくリリア様の御子息だと名乗りましたね!」
イラっとくる言葉だな。こっちだって好きで別れたのではないのに……。
……落ち着け。子供相手に大人げない。体は子供だけど中の人は大人だ。
「レイファ達が王都に居るのなら、母さんとレイファは合流しているだろう。バルム伯爵も協力してくれているはずだから無事に会えただろうな」
ニューラに伝えるというよりも、自分に聞かせるように話す。ニューラはレイファの無事を祈っていたのだろう。レイファと母親が会えた事に涙を流している。……いや仮定のはなしだよ。本当に二人が出会ったのかは知らないぞ。
本当にレイファは王都で無事にリリア母さんと会えただろうか? バルム伯爵達はレイファを保護してくれているだろうか? 二人は幸せだろうか? 幸せだと信じたい。
しかし疑問が残る。
「しかしどうしてニューラも王都に行かなかったのだ? レイファと同じくらいの年齢だと思うが」
貴族の令息令嬢は全員学校に行くと聞いているのだが。それに、
「レイファ、もしくはランナさんならニューラも一緒に連れて行くと考えていたが何か事情があるのか?」
「母を置いて行く事は出来ません。それにレイファ様の身代わりとして行動しなければ屋敷の人達にバレますから。それに平民の私は学校に行く事もできませんし」
ニューラは認知されていない侍女の子供だったので学校には行く事は出来ないと言う。そして、
「私の母は足が不自由でして、旅に耐えられません」
昔レイファとニューラをアイローン伯爵から庇って片足が不自由になったそうだ。女性に乱暴するなんて本当に下種な親父だな!
アイローン伯爵が王国を裏切って帝国に行くときに、ニューラの母親はレイファ達を逃がした。そしてニューラをレイファに変装させて気付かれないようにした。
レイファから母親と一緒に王都に逃げ出そうと言われたけど、ニューラの母親から「私の事は心配しないでください。レイファ様達は伯爵家から逃げてください。せっかくのチャンスを逃してはいけません。私やニューラが誤魔化しておきますので大丈夫です」と言ってレイファ達を逃がし、屋敷の人間達に気付かれないようにしていたそうだ。
レイファ達が逃げ出した後もニューラはレイファに変装していて、バレたときは帝国領に着いたときだった。アイローン伯爵はレイファが逃げ出すとは思ってもいなかったらしく、レイファを逃した部下の無能に怒り散らしニューラの母親は罰を受けたそうだ。
ニューラとその母親は妹の恩人か。だったらこんな場所から助け出さないといけないな。
「ちょっと待って! トルクの妹を逃がしたニューラさん達は大丈夫だったのか? 今までの話を聞く限りアイローン伯爵はニューラさんやお母さんは!」
オーファンの言葉にニューラの母親が危険であると気付いた。しまった!
「……重体患者に酷い事はしないと思います。大丈夫でしょう」
ニューラの言葉の意味を知った。ニューラの母親はレイファ達を逃がした罪によってアイローン伯爵に暴力を振るわれたのだ。
あのクソ親父め!
「レイファさんを逃がしたから暴力を振るわれたのか?」
「その通りです。母は私の分まで暴力を振るわれて、重体でベッドから起き上がる事ができません」
オーファンもオレと同じ考えに至って、アイローン伯爵に怒りを感じている。そして。
「ニューラが行方不明となっているから、次はニューラの母親が問い詰められるぞ! 急いで助けに行かないと!」
「貴方達には関係ありません、私達の問題です。私達の命はリリア様からもらった命です。リリア様とレイファが無事なら殺されても構わないのですから」
……本気で言っているよ、この子。本当にこの世界の子供はいろんな覚悟を持っているな。
「トルク、どうするの?」
「どうするって? 助けるに決まっているだろう」
サクラの問いに即答する。どうせクソ親父を半殺しにする予定だったんだ。それが今日、九割殺しにすると決まった。脊椎砕いて二度と歩けないようにしてやる!
「しかしこの屋敷には騎士や兵士達が大勢いて、それにソバーレル公爵の騎士達が居るのです。貴方達二人では無理です。逆に捕まって殺されます」
「確かに無理だよな。普通なら」
「そうだね、普通なら無理だよね」
オレとオーファンはちょっと普通じゃないからな。それにサクラもいるしね。オーファンとニヤリと笑い合う。
「とりあえずニューラの母親の救出だね」
「その後はクソ親父を九割殺しの刑にして」
「関係者をつるっぱげにして屋敷を更地にしましょう」
オーファン、オレ、サクラの言葉。……最後のサクラの行動はちょっと待った!
「サクラ、つるっぱげは良いとして、更地はやりすぎ」
「そう? じゃあ、屋敷半壊? それとも屋敷崩壊?」
「……とりあえずつるっぱげだけにしてくれ。屋敷半壊崩壊はクリスハルト達から何か言われそうだから」
サクラに加減をしてもらって、オレ達はニューラの母親を助ける事にした。
「いえ、だから! お二人だけでは無理です! どうやって母を救出するのですか!」
声を荒げてニューラは問う。確かにどうやって救出しようかな。
「ニューラさん。屋敷を出る用意をしてください。母親を救出したらこの屋敷を出ましょう」
「だから!」
「現在、私達は他の人達から認識されていません。この能力を使ってニューラさんのお母さんを助けましょう」
オレが計画を考えている最中、オーファンはニューラを説得している。……そうだよな、認識除外の術があるからそのままニューラの母親の所に行って治療して、ロックマイヤー公爵邸に飛んで帰れば良いだけだよな。
あ、クソ親父をシメるのも忘れずに。
「とりあえずニューラの母親の所に行こうか。案内頼む」
オーファンに説得されてニューラは「分かりました」と言ってみんなで屋根裏部屋を出ようと、……おっとニューラの私物と着替えを忘れずにっと。
「用意しますから先に部屋から出てください」
オレとオーファンは屋根裏部屋を後にした。
廊下に出て待っていると、子供が使用人達を連れてこっちに向かって来る。……太った子供だ。誰かに似ているような気がする。
「ねえ、トルク。あの子、トルクにそっくりじゃない? 太ったトルクに」
「トルク、あの子供だけどトルクに似ているね。トルクを太らせたらそっくりじゃないかな?」
……そうだ。オレに似ているんだ。オレを太らせたらあの子供に似ているかも。
「おい! 妾の子はどこに行ったんだよ!」
「捜索中との事です、ファルゴン様」
「無能だな! オレの玩具が居なくなったんだぞ! 早く見つけろ!」
使用人を殴っているファルゴンという名の太った子供。……なんか見るに堪えない。この気持ち悪さはどこから来ているんだ。プクプクと太って使用人達に命令をしているこのガキは一体誰だ?
「お待たせしました」
ニューラが支度を済ませてこちらに来る。そして子供とオレを見て言った。
「トルク様が誰かに似ていると思ったら、ファルゴンに似ているのですね。……本当に似ていますね」
「ファルゴンって誰?」
「アイローン伯爵と正妻との間に産まれた次期アイローン伯爵当主です」
「オレの腹違いの弟か……」
「私の腹違いの弟でもあります」
使用人に威張り散らしている子供が弟とは。……親はどんな教育をしているんだ?
「ファルゴンは私やレイファ様の私物を隠して困らせたり、隠し味といって食事に唾をかけたり、教育と言う名の体罰行為、ムカついたからといって暴力を振るったりと、私達を遊び感覚でイジメていました」
「……半殺しにするか。今のうちに教育しないと周りの人間が迷惑するし」
オレの提案に誰も反対しない。サクラもオーファンも頷いていて賛成のようだ。
「駄目ですよ! ファルゴンに逆らったら!」
ニューラは反対しているが民主主義の結果、賛成多数でファルゴンを教育する事になった。
さてと、まずは邪魔な使用人達を気絶させて……、さすがサクラだ。あっという間に気絶させたよ。
「おい! いきなり寝るな! 不敬だぞ! クビにされたいのか!」
使用人達が気絶して状況を把握できないファルゴン。……だからって気絶した使用人を蹴るなよ。
「暴力はいけませんよ。ファルゴン様」
「なんだ、薄汚い妾の子は居るじゃないか。……それよりもこの二人は誰だ? お前の男か? その歳で男を連れ込んでいるのか?」
ニューラが話しかけるが、……なんとも品の無い言葉だ。そういえばファルゴンって年齢が一桁台の子供だよな。意味分かって言っているのだろうか?
「おい、妾の子! 暇だから遊び相手になれよ。せっかくだから男の二人も一緒に遊んでやるよ。男二人は殴り合いでもさせるか? それとも騎士に相手をさせてやろうか?」
「……おい」
「そうだ! オレの火魔法の的にするか! 的が三人もいるから当て放題だ!」
オレの言葉を無視して火魔法を発動させようとする。……魔法の才能があったんだな。下級レベルの火魔法だけど。
火魔法の火の玉をオレに当てようとするファルゴン。それに対してオレは水魔法の水玉で相殺する。
「なにしている! どうして当たらない! レイファやニューラみたいに的になれ!」
ちょっと待て。こいつ今なんて言った?
「妾の子はオレの魔法の的として生きているんだ! 怪我しようが、火傷しようが、オレの魔法で死のうが許されるんだ! 魔法が上達する為に黙って的になれ!」
レイファやニューラが魔法の的になっていた? 呆然となった。オレも魔法の的になっていたけど、レイファもニューラも魔法の的になっていたなんて……。
ニューラを見ると長袖に隠された腕を握っている。……まさか!
「彼女、腕に火傷があるわ。多分、火魔法が当たった火傷の跡よ」
オレがニューラに聞く前に、サクラが答えた。
ファルゴンが火魔法をオレに当てようとしたけど、オーファンが相殺する。
「オーファン、デブの相手は任せる。ニューラ、火傷の跡を治すから腕を診せてくれ」
オレはニューラの腕を取って火傷の跡を診ようとしたけど、ニューラに拒否された。……女性は傷を見られたくないのだろうな。説得しようとするが、
「トルク、もう治したわよ。腕の火傷の他に肩と足の怪我も治したわ!」
……仕事の早い事で。
「ニューラ、火傷の跡や怪我を治し終わったから大丈夫だよ」
「エッ!」
驚くのも無理はない。傷口を診ずに治したんだからな。ニューラは怪我をした所を触ったり、火傷の跡を触ったりして、袖を捲って火傷があったであろう腕を見てさらに驚き泣いた。
「火傷の跡がない。……本当に治療をしたのですか」
「回復魔法が使えるからね。それでだけど、レイファもデブの魔法の的になって火傷や怪我を負ったりしたのか?」
「はい。私を守る為に腕や足、背中に火傷を……」
……半殺し決定! このデブはオレの敵になった。目には目を歯には歯を! 火傷には火傷を!
振り返ってみると、オーファンがファルゴンに見事な連続コンボを繰り出していて、ファルゴンをノックダウンさせた。……さっきの連続コンボもオレの記憶から知った技なのか? 使った覚えがないんだけど。
オーファンに「後は任せてくれ」と言って、ファルゴンに近づいてみると、腫れた顔で「お父様に言って処刑してやる」とほざいている。後はオレの仕事だな。
「初めまして、おデブな腹違いの弟よ。オレの名はトルク。ニューラの腹違いの兄で、レイファの同腹の兄だ」
「トルク? お父様から死んだと聞いた平民の子供か? それよりも何をしたのか分かっているのか!」
オレは死んだ事になっているんだな。別に良いけど。
「お前こそ何をしたのか分かっているのか? レイファやニューラに怪我を負わせて……」
「オレはアイローン伯爵令息だぞ! 偉いんだぞ! お前達も魔法の的にして殺してやる!」
やっぱり話が通じないな。殺すとか処刑とか言っている馬鹿な子供には何を言っても通じないか。やっぱり目には目を歯には歯をだな。
オレはファルゴンの目の前で火魔法を発動させて火の玉を作り出す。
「知っているか? 火傷ってかなり痛くて何日も痛みが続くって。知っている?」
「何をしている! 止めろ! オレに手出ししたらお父様やお母様が黙っていないぞ!」
「安心しろ。父親にも同じことをしてやるから。昔から決めていたんだ。絶対に復讐するってな」
火の玉に恐怖して太い手足を動かして逃げようとするが逃がさないよ。
「だったらオレは関係ないだろう! オレは無関係だ!」
「お前はレイファやニューラに火傷や怪我を負わせたんだろう。根性焼きの火傷よりもちょっと大きいけど、お前も火傷して痛みを覚えろ!」
「嫌だ! 痛いのは嫌だ! 助けろ! ニューラ! 見てないで助けろ! 助けたら金を恵んでやるから!」
本当に性根が腐っている弟だ……。ここまで腐りきっている性根は見たことが無いよ。
とりあえず顔に火傷させて……。
「トルク様!」
ニューラがオレを止めた。……ニューラはファルゴンに恐怖で縛られているのか?
「ファルゴン様を傷つけたらアイローン伯爵が黙っていません! 見つからないうちに逃げないと!」
「大丈夫、アイローン伯爵をぶん殴ってから逃げる事にしたから」
レイファやニューラに酷い事をしたアイローン伯爵を殴らないと気が済まない。
とりあえず喚いているファルゴンがうるさいから、ぶん殴ったら気絶したよ。……オーファンの連続コンボを喰らっても意識があったのに、一発殴っただけで気絶なんて。火傷させる気失せたわ……。
「とりあえず、トルクの弟をつるっぱげにしましょうか」
サクラが嬉々としてファルゴンに手を向けると、頭髪が抜け落ちて行った。……その歳で永久脱毛になるなんて、ちょっと笑える。
「オレも嫌がらせを……、ニューラもする?」
オーファンはどこからか持ってきた筆でファルゴンの光り輝く頭に落書きをする。……この辺はオレの記憶のせいだな。ちなみにニューラは落書きを拒否した。
「最後にオレも嫌がらせをするか」
ファルゴンの手を取って回復魔法を使う要領で腸内を活性化させる『腸内乱し』。お腹の調子が悪くなってトイレに直行して友達になるのだ!
昔、バルム砦で便通に悩んでいた兵隊さんにかけたら、失敗して青い顔でトイレに直行したんだよな。……懐かしい記憶だ。
「さて、元凶を潰しに行こうか!」
「そうだね!」
「……あの、母を助け出すのではなかったのですか?」
オレ達の目的が違っている事に突っ込むニューラ。
大丈夫だよ。ニューラの母親も助けるから心配しないでくれ。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




