18 精霊の怒り
「せっかく酒場のマリリンちゃんと仲良くなったのに……」
「ウルリオ、黙れ。お前に近づいて来たのは情報収集の為だ。マヌケな色仕掛けにかかる前に気付いて良かったな」
いじけている帝国の英雄。
「エッチな事はいけないと思います!」
どこかで聞いたようなセリフで、ベルリディアはオレを責める。責めるなら酒場に行ったウルリオを責めてほしい。考えただけで怒られるなんて理不尽だよ。
「これが若さね」
黙れ、サクラ。中の人は大人だ。酒を飲めるし煙草を吸える年齢だぞ。
「中の人は大人でも、見た目が子供だからね。そういう所に行くのはあと数年後ね。大丈夫よ、私も行くから心配いらないわ!」
「私も行くわ。トルクに変な虫が付かない様にしないとね」
サクラ、ララーシャル。お前達を連れて女の子の居る酒場に行くはず無いだろう! ……一人でも行かないよ。でも大人の付き合いがあるから、上司に言われたら断れないよな。その時は仕方がないというか……。仕事の延長としてな。付き合いも仕事のうちだから。
とりあえず、これからの事だ! 今後の事を相談しないと!
「オーファンは皇族になり、第一皇子のイーズファング殿下の病気を治して、次期皇帝にして、王国と和平なり停戦なりさせるという方向で良いんだな」
「言うは簡単よね。実行するには途轍もなく大変だけど」
ララーシャルの言い分は分かる。病気を治すのはたぶん簡単だけど、和平を目指すのは何年もかかるだろう。でも和平を目指すのは公爵さんとクリスハルトだ。二人には頑張ってほしい。
「では私はロックマイヤー公爵家の騎士として、ラスカル男爵家の者として、トルク様に仕えます。トルク様、これからもよろしくお願いいたします」
ボルドランが膝を折って頭を下げる。……どうすれば良いんだ?
クリスハルトを見る。……頷いている。どういう意味で頷いているんだ?
公爵さんを見る。……目を逸らした。目を逸らさずにボルドランに何か言ってくれ!
オーファンとベルリディアを見る。……二人とも嬉しそうだ。厄介払いが出来るから嬉しいのか?
ウルリオは……まだ、酒場のマリリンちゃんの事を考えていて落ち込んでいる。
サクラは酒を飲みながら笑っている。禁酒させるぞ!
ララーシャル! 最後の頼みだ! どうにかしてくれ!
「ねえ、ボルドラン。貴方はトルクに仕えるって言っているけど、ラスカル男爵家の従者訓練を終わらせたの? 御使いの従者になるには先代従者から合格をもらわないといけないって、ルルーシャルから聞いた事があるんだけど」
……なにその従者訓練って。そんな事をしないといけないのか?
「その通りです、ララーシャル様。先代の従者が全員死亡しており、私の父は従者訓練をしておりません。ですから従者訓練教本を読み鍛え続けていました」
「ラスカル男爵家にルルーシャルの従者だったランドが居るから、先代従者から教えてもらえるわよ」
「その方はレローラ様の兄だった人ですか? 数十年前に死んだとされる」
「そうよ。鉱山の労働施設で生き残っていたの。そこでトルクと出会って一緒に脱出してルルーシャルと再会したわ」
……懐かしいな。地獄の労働施設。そういえばボルドランも看守になっていた時期があったらしいな。
「なんと、そんなところで何十年も生き残っていたとは……。さすがは御使い様の従者ですね。ラスカル男爵家に帰ったら教えを請わないと」
「だからトルクの従者になるのは、ランドから合格をもらった後ね」
「……分かりました。先代従者から許可をもらってから、改めて従者とさせていただきます」
ララーシャル! 先延ばしって感があるけど、ボルドランの頼みを断ってくれてありがとう!
後は、ボルドランから逃げればいいな! 王国に行けばボルドランも簡単には追ってこれないだろう。
「しかし当分はラスカル男爵家に戻ることが出来ないので、仮の従者としてトルク様に仕えますのでよろしくお願い致します」
「却下する。オレには従者はいらない」
オレは嫌な事は嫌と言える人間だ! 絶対に従者反対!
「トルク様。帝国に詳しい人間が居た方が便利です。オーファンとベルリディアの護衛も出来ますし、帝都での情報収集も可能です。他にも炊事洗濯掃除、暗殺から洗脳まで出来ますのでお役に立てます」
「帝国に詳しい人間はクリスハルト達が居るし、オーファン達の護衛はララーシャルが出来るし、情報収集はサクラが出来るし、炊事洗濯掃除は自分で出来る。暗殺洗脳はいらない。だから従者はいらない」
「私は王国にも情報網を持っています。部下も出来る者ばかりです。ついでに帝国の英雄と言われるウルリオも味方に付きます」
「……王国の情報や戦力になりそうなウルリオは欲しいとは思うけど、従者とは関係ないよね」
「和平派のロックマイヤー公爵が有利になるように働きかけをしましょう」
「ロックマイヤー公爵家の騎士として当然の責務だよね」
「ほとんどの帝国貴族の弱みを握っています。トルク様がその気なら」
「その気にならないし、そんな情報いらない」
「帝国に王国を売ったアイローン伯爵の情報などはどうでしょうか? 誰も知らない情報があります」
……それは少し気になるな。誰も知らない情報ってなんだろう?
「死んだとされていたアイローン伯爵の第二夫人。王国で有名な水の聖女が生きているという情報です」
「その水の聖女はオレの母親。ちなみにオレの父親はアイローン伯爵で、六歳くらいに母親もろとも捨てられて辺境の村に戻った。ちなみにその村は帝国に蹂躙されて滅ぼされた」
……オレの答えを聞いたボルドランの顔が固まる。当事者だから知っているのは当然だろう。
ボルドランはあの手この手で従者になるための案を出してくるが、オレはすべてはねのける。
オレとボルドランのやり取りを聞いている皆は引いているぞ。
オーファンとベルリディアが「ボルドランさんを従者につけてあげたら」と言う。……ボルドランに洗脳されている二人が説得に回っている。
「ボルドラン、お前らしくないな。いつもなら相手の弱みに付け込んで言うこと聞かせたり、脅迫したり、洗脳しているのに」
「トルク様の弱みを知らないし、脅迫や洗脳などの実行に移せば、最悪の場合は帝都が滅ぶ。私だけの被害ならまだしも、さすがに帝都を道連れにするのは気が引けるからな」
ウルリオはオレとボルドランのやり取りに飽きたのか、面倒くさそうにボルドランに話しかける。
「やれやれ、坊主が害されたら帝都は滅びるか……。坊主を殺して無能な上層部ごと帝都滅ぼした方が、お前にとっては良い事だと思うがな」
ボルドランがオレをどう思っているのか理解した。ウルリオも帝国上層部の者達を嫌っているようだ。
そしてオレに殺気を放つウルリオ。
オレが身構える前に、公爵さんとクリスハルトがウルリオに注意する前に、ボルドランが止める前に、ララーシャルが行動を起こす前に、サクラが動いた。
サクラがウルリオに手を向けたら、ウルリオが椅子から転げ落ちた。
「誰に殺気を向けているのかしら?」
サクラがウルリオに言い放つが、聞こえる人間はオレとララーシャルだけ。そしてウルリオがどうして倒れたのかも分からない。
「サクラ、ウルリオは」
「ウルリオは聴覚以外の感覚を失くしたわ。見えないし喋れないし、自分が倒れているという感覚も無い。出来ることは声を聴く事だけよ」
サクラは無表情な声でオレに言った。感覚を失くすって……。オレの言葉を聞いたクリスハルト達はオレとウルリオを見る。
「ボルドラン。そこの倒れている馬鹿に精霊や御使いの事を教えなかったの?」
同じく無表情のララーシャルも怒っているようでボルドランを責める。……美人の無表情は怖いな。
「申し訳ありません、ララーシャル様。どうかお許しを!」
ボルドランは即座に膝を折って、土下座しそうな勢いで謝罪する。
「許す? 何を許すの? この馬鹿がトルクを殺そうと思ったことを許さないといけないの?」
「この馬鹿には反省させますし、洗脳してトルク様の奴隷にもさせます。ロックマイヤー公爵家にも利用価値がありますので、なにとぞ……」
「ララーシャル殿、サクラ殿。私に免じてウルリオを許して頂きたい。お願いします」
公爵さんがララーシャルに頭を下げる。……上位爵位持ちの公爵が頭を下げるとは。精霊ってマジで偉いんだな。
「トルク、ウルリオが馬鹿なことをしてすまない。私がもっとウルリオに注意するべきだったのに、二度と害意を向けさせないからウルリオの言動を許してほしい」
クリスハルトもオレに向かって謝る。
「オレは別に良いけど。実行前だったし」
「何言っているのよ、トルク! サーチ&デストロイよ! 殺意を感じたら迷わず無力化! 実行する前に恐怖を与える! 実行したら地獄に直行よ! トルクは甘いわよ! 甘々だわ!」
「甘いのは認めるけど。……サクラ、雷音さんもオレと同じじゃなかったか? サクラも雷音さんに甘いって言わなかった?」
「……そうね、ライもトルクと同じで甘々だったわ。皆に優しくて、敵対した人間にも寛大だったわ。襲ってきた敵にも手ぬるかったし。それで私は思ったの。『甘々なライをフォローしないと!』てね。……本当にトルクはライに似ているわね。敵にも甘いところとか」
雷音さんも暴力や殺しには抵抗を持っていたんだな。やはり平和国家出身だ。
「ライも『暴力に狂った修羅の世界でも優しさを忘れないように生きよう』って言ってね。極力殺さないようにしていたわ。だから代わりにライを殺そうとした馬鹿達は秘密裏に始末したわ。ライや周りの皆が幸せに暮らせるように」
「サクラは初代の雷音さんの事が大切だったのね」
「勿論よ、ララーシャル。ライは魔導帝国に殺されそうだった私を助けてくれて友達になってくれたのよ。その後も私と一緒に精霊達を助けてくれたわ。ライも精霊を助ける為に自分の手を汚したりしたわ。私達精霊を助ける為に幾千幾万もの人間を殺したりしてね……」
……雷音さんが幾千幾万もの人を殺害? それで寛大? 殺しを極力避けていたんじゃないの?
「ね、自分を殺そうとした敵にも情けをかける優しい人でね。ライは『最後に言い残す言葉はあるか?』とか『生まれた場所が違ったなら友達になれただろう』とか『次は平和な時代で会おう』とか、殺そうとした人間みんなに言葉をかけていたわ」
それって優しさか? そのセリフって人生の最期に贈る言葉じゃね? トドメ刺すときの言葉だろう!
「あ! そのセリフ、どこかの物語で見たことあるわ! 物語の題名は忘れたけど」
「そうなの? ララーシャル。ライに関係する言動が物語になって残っているのかしら?」
サクラとララーシャルの機嫌が良くなった。雷音さんの思い出話を始めて怒りが少し収まったようだ。二人とも怒っているよりも笑っている表情の方がやっぱり良いな。
しかしウルリオやボルドランの件をどうにかしないといけない。話題を逸らしつつ助けるか。ボルドランや公爵さんやクリスハルトが謝罪したままだし。
「雷音さんに関する物語か。今度調べてみよう。もしかしたら雷音さんがモデルの物語が劇にもなっていたりして」
「劇に! ライがモデルの! そんな劇があるのなら見てみたいわ!」
「そうだな。帝都見学のときに調べてみようか。物語だって古い文献が物語になって残っているかも。田舎の村とかに雷音さんの功績が言い伝えられているかもな」
数百年前の事だから言い伝えられているのかは分からんがな。
「サクラ、トルク。さすがに御使いに関する文献は帝国の秘密文書にしか残ってないと思うわよ。だから調べるなら機密文書ね」
なるほど。そっちの方を調べるのも面白いかもしれないな。歴代の御使いがどんなことをしていたのか興味があるし。
……そうだ、ボルドランに手伝ってもらおう。罰としても有効だし、サクラとララーシャルがやりすぎないようにするにはこれしかないだろう。
「御使いや精霊についてはこっそり調べてみようか。場所はボルドランが知っているだろうし。あ、罪滅ぼしにボルドランやウルリオに調べ物を手伝ってもらおうよ。それが良いよ、サクラ、ララーシャル」
「……ボルドラン達に?」
「そう、謝罪しているボルドランと床で動けないウルリオに。二人に調べさせよう。謝罪をかねて」
考え込むサクラ。頭を下げているボルドランを見るララーシャル。まだ何か必要なのか? 他にも謝罪の意を見せないと駄目なのか?
「他の街や村にも雷音さんや精霊に関する言い伝えがあるかもしれないよ。それも調べさせてはどうだろう?」
「……分かったわよ、トルク。ボルドランとウルリオを許してあげるわ。でも次に変な事したら即、潰すからね! 具体的には最初は手と足を潰して、次は耳と片目を、そして……」
「具体的に言うのは止めてくれ。こっちが怖くなる!」
オーファン達も怖がって……、って精霊であるサクラの声は聞こえないか。
「少し納得がいかないけどサクラの言う通り、ボルドランとウルリオを許してあげるわ。次は無いわよ」
ララーシャルの言葉にボルドランは頭を上げて、「謝罪を受け入れてくれてくださり感謝いたします」と言って再度頭を下げる。クリスハルトと公爵さんも謝罪の言葉を言おうとするが、
「御使いや精霊についてはこっそり調べてみようか。場所はボルドランが知っているだろうし。あ、罪滅ぼしの代わりにボルドランやウルリオに調べ物を手伝ってもらおうよ。それが良いよ、サクラ、ララーシャル」
ララーシャル、償いする事が増えたぞ。……クリスハルト達から罰がぬるいと思われていたから、まあ良いか。従者の件も保留になったし。
「ボルドランとウルリオは連帯責任だからね。ウルリオにきちんと罰を与えて頂戴ね。……クリスハルト達もボルドラン達に罰を与える?」
「罰としてボルドランにはウルリオを監視させ、ウルリオにはそれ相応の罰を与えます」
ララーシャルは最初に軽い処罰を出して積み重ねていく。そして公爵さんもウルリオに罰を与えるため厳罰になった。なのでオレ的にはこれ以上の罰は必要ないと思う。そしてウルリオのせいでボルドランは連帯責任で大変な目にあったな。ある意味かわいそうだ。
「ちなみにウルリオは、罰として明日の朝日が照らすまでこのままの状態だからね」
サクラの言葉をボルドランに伝える。半日以上、動けなく、目も見えず、喋れないウルリオは、今後変なことをしないでほしい。
そして公爵さんの命令で、ウルリオは朝日が差し込む東側の部屋に移動された。……ちなみに次の日は曇り空で朝日を拝めなかったウルリオは、全感覚遮断させられてその翌日まで罰を受け続けた。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




