16 トルクの常識
クリスハルトや公爵さんと相談する事が増えてしまった。天を仰いでため息をつく。でもクリスハルト達には是非オーファンが進路を考え直すように説得してもらいたい。
でも進路変更は無理かもしれないな。オーファンてばやる気満々だし、みんなも応援しているし。
クリスハルトも公爵さんもオーファンの進路を応援するかもしれない。もしかしたら家族も賛成するのではないかな? ……オーファンの進路変更は無理かな?
ため息をついてどうしようかと考えていたら、
「トルク様、よろしいですか?」
ボルドランが話しかけてくる。
「今は無理ですが、帝国での役職を辞退したらトルク様に仕えさせて頂きたいと存じます」
仕える? 何言っているんだ、この人?
「ラスカル男爵家は代々、御使いに仕えております。ルルーシャル様の後継者であるトルク様の従者と……」
「おい! ボルドラン。辞めるだと! いきなり何を言っているんだ!」
「聞いての通りだ、ウルリオ。ラスカル男爵家は皇帝ではなく、御使い様に忠誠を誓っている。本来なら先代御使い様の従者になる予定だったが、断られたので、次善の策として、ラスカル男爵家の為、ひいては御使い様の御為に騎士になったのだ」
「騎士を辞めるだ? オレの部下を辞めるのか!? 正気か!」
「正気だ。私にはするべきことが出来た」
「上司のオレに断りもなく辞めるな! それにお前の部下はどうするんだ?」
「お前に頼む。私の配下は優秀だから問題ない。オレの代わりも務まるだろう」
ボルドランがオレの従者になると言って、ウルリオがそれを止めているようだ。……しかしウルリオがボルドランの上司だったんだな。ボルドランが命令していたから逆だと思っていたよ。
仕えたいって何考えているんだか、……ボルドランはオレではなくて御使いに仕えたいだけか。
ハッキリ言って、どうでも良い! そんな事よりもオーファンが皇族になるって言っている方が重大な問題だ。
どうにかして説得しないといけないのに……。
「トルク様、お兄様が皇族になる事を許してください、お願いします」
ベルリディアまでオレに許可を求める始末。全員がオーファンの皇族参加に賛成だ。
「とりあえず、クリスハルトや公爵と相談しよう。……どうして茨の道に敢えて進むのだろうな」
「トルクだって、自分が大変な目に遭っているから、オーファン君やベルリディアちゃんにはそんなことさせたくないんでしょう。貴方の気持ちも分かるけど、二人の気持ちも理解して頂戴」
ララーシャルの言葉を聞いてため息をつく。……きっとオーファン達は自分の意思を曲げないだろな。
公爵さんやクリスハルトと話し合いをするために皆と一緒にオレは屋敷に戻る。
「トルク様、私を付き人に……」
「坊主は聞いてないぞ、ボルドラン」
後ろの方でボルドランとウルリオが何か言っているが、そんな事よりもオーファンの方が大事だ。
公爵さんとクリスハルトを交えて、先ほどの話し合いの説明をした。
二人は真剣な表情でオーファンの話を聞いている。もちろんオレは反対していることを主張した。
「……なるほど」
そうつぶやくだけの公爵さん。クリスハルトは深く頷いている。
「トルク殿、オーファンが先代皇帝の御子息だと分り、本人も皇族になると言っているのだから、それで良いのではないか? それよりもボルドランを従者にするのかい?」
「え? オーファンは危険な場所に行くのですよ? 良いのですか?」
公爵さんはオーファンの事を簡単に考えている! ボルドランよりもオーファンの方が大変なのに。
「皇族だけではなく、公爵家も命の危険性がある。貴族も騎士も平民も死ぬかもしれないのだ。護衛がいる皇族の方が命の心配は少ない」
「王国との戦争を終わらせる為に皇族になり、和平を目指すとは。オーファンよ、私は君を支持するよ。一緒に頑張ろうな」
公爵さんもクリスハルトも賛成だ……。どうして?
「オーファンは子供だ! 皇族にならなくても他にもあるはずだ!」
「しかしオーファンは皇族だ。皇族として帝国を導いて行く責務がある」
「トルク。オーファンは皇族なのだから、皇族になるのは当然だ」
……おかしい。会話はかみ合っているのか? オレの主張と二人の主張が違う気がする。
「トルク、貴方はどうしてオーファンが皇族になるのを反対しているの? オーファンは皇族なのよ」
ララーシャルも皇族賛成派だ。反対はオレだけ。
「オレが反対している理由は、皇族になると命を狙われそうだからだ。皇族にならない道だってあるはずだ。例えばファーレンフォール伯爵家で家族と暮らせば良い。皇族になったら家族と別れる事になるんじゃないか?」
「家族と暮らす事は出来ると思うわ。でもオーファンは皇族だから伯爵家には戻れないわよ」
「どうしてだよ? ララーシャル」
「オーファン君は皇族の血を引いているから皇族になる事は当然のことなのよ」
「当然なのか?」
「当然よ。それにオーファン君が皇族でない場合でも伯爵家の直系ではないから、ファーレンフォール伯爵家は継ぐことは出来ないわよ。現当主の命令で他領の貴族令嬢の婿に行くか、帝国騎士か文官になるかの道しかないわよ」
他に道はないのか? それだけしか進路はないの?
「……自分で職を決める事が出来ないのか?」
「ファーレンフォール伯爵の側近として働く、もしくは帝国騎士か帝国文官として働くことが出来るわよ。貴族だから帝国の為に働くことは当たり前のことよ」
「商人や職人は?」
「貴族が商人や職人になるなんて、親や親族が反対して無理よ。本当に商人や職人になるのなら貴族を辞めるしかないわ」
確かに、普通に考えれば貴族が商人や職人になるのは出来ないか。逆に平民は、騎士や文官になる事は出来るけど、貴族になる事は難しいと聞いたな。……そういえばどこで聞いたっけ?
「トルクの場合は前世の常識で今の常識を考えているから、おかしいと感じているのよ。ライもこっちの常識に慣れるまで大変だったしね」
サクラがオレの常識がおかしいと指摘した。……確かに前世の記憶があるから、前世と今世の常識が違うというのは理解しているけど、今回の件も常識が違っていたからだったのか?
「平民と貴族の常識。貴族と皇族の常識。トルクは昔の常識と平民の常識で考えているから、貴族や皇族の常識の事がわからないのね」
ララーシャルの言葉に何も言えなくなった。
常識が違うから皆と意見が違ったのか? オレが変なのか? 前世での常識で考えているからオレが変なのか?
この中でオレが一番常識の無い馬鹿で頭の悪い子? 皆から見たらオレは馬鹿な事を言っている可哀そうな子?
「どうしたの、トルク。いきなり頭抱えて? え、なに? 森へ帰る? なに言っているの?」
急に恥ずかしくなった。森へ帰る。森で常識を学ぼう。ララーシャル、後の事は頼んだ。オレは森へ帰る。
「トルク、私が常識を教えてあげるから落ち込まない。大丈夫よ、トルクはライよりも常識人だからね」
サクラの励ます言葉が心に響く。オレは森でサクラに世界の常識を教えてもらうのだ。……駄目だ、精霊のサクラが常識を教授できる訳がないじゃないか……。
森へ行くのは諦めた。サクラに常識を教わったら、更に駄目な子になってしまうよ。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




