閑話 サクラによるオーファン強化計画
申し訳ございません。連続投稿打ち止めです。
私はオーファン。ファーレンフォール伯爵家の人間だ。私と妹は皇族のお家騒動に巻き込まれている最中だ。そしてまた、何か奇妙なことに巻き込まれている様だ。
どうして白い空間に居るのだろうか? それ以前にここは何処だろうか?
……確か、トルクに魔法を教えて貰うために、魔力を感じる方法を習っていたはずだ。それなのにどうして白い空間に居るのだろうか?
両手を見る。手を握る、開く。……問題ない。足も動くし体も動く。これがトルクの言った魔力を感じる方法なのだろうか? そう考えているといきなり目の前に女性が現れた。薄いピンク色の髪の美しい女性だ。急に現われて驚く!
「会うのは初めてね、オーファン。私の名前はサクラ。トルクの友人で貴方に魔法を教えるわ」
この女性が精霊のサクラ様なのか! 見る事が出来ないと言われる精霊を見る事が出来るなんて!
「これから先、オーファンはいろんな厄介事に巻き込まれるでしょう。トルクやララーシャルが心配しない様に鍛えようと思ってね」
厄介事? それは皇族の後継者争いに巻き込まれるからですか?
「そうよ。貴方の赤子の時の記憶を見たら、貴方が先代皇帝の子供みたいなの。だから少しでも生存率を上げる為に鍛えようと思ってね」
私が先代皇帝の子供。では母親は? ベルリディアとは母親が違うのか? 産みの母親は? 混乱して精霊のサクラ様に尋ねようとするが声が出なかった。
「この白い空間は貴方の心の中だと考えてね。訓練の説明をするから視力と聴覚と触覚は感じる事が出来るけど、声を出す事は出来ないわ。訓練を開始したら全感覚を遮断するから」
恐ろしい事を言うサクラ様はそのまま説明をする。
「現在、トルクの魔力を使ってオーファンの魔力を濃くしているの。魔力を感じやすいはずよ。そしてトルクの記憶を使って魔法の使い方を覚える訓練をするわ」
トルクの記憶を使って魔法の訓練をする?
「私は精神を司る精霊。トルクの記憶をオーファンに写して覚えさせるわ」
……トルクの魔法を使う記憶を、私に写して魔法を使えるようにするのですか?
「そうよ、トルクが使う魔法技術をオーファンに覚えさせるの。ついでに戦闘技術も覚えさせるわよ。回復魔法は……出来るかしら? とりあえず覚えさせましょう」
要するにトルクの魔法技術と戦闘技術を私に刷り込ませるようだ。そんな事が本当に可能なのか?
「ではまずは魔力を感じる訓練よ。五感を遮断するから。それからトルク流、魔力を感じる訓練の始まりよ!」
いきなり体の感覚がなくなり、立っているのか寝ているのか分からない状態になった。
声も出せない、白い空間が黒くなり見る事が出来ない。体を動かそうにも感覚がない。
しかし体を覆う気配だけは感じる。不愉快な感覚ではなく、温かい水を纏っているような感覚。……これが魔力なのか?
その魔力が動き出した。右手から左手に。右足から左足に。右手から左足に。右足から左手に。腹から両足に。頭から両手両足に。両手両足から全体に魔力が動く。そして魔力が増えていくのを感じる。少しずつ重くなる感じで、魔力を動かしづらい。
しかしトルクの記憶では、その重さを感じさせず魔力を動かしていた。ただ魔力を動かすだけでも大変な労力なのに、トルクは凄い。
長い時間、感覚的に結構な時間を、ずっと魔力を感じ取る訓練をした。重いと感じた魔力を、今は苦も無く移動できていると思う。
「終了~。おめでとう、オーファン! 貴方は魔力感知と操作を覚えたわ」
サクラ様の声が聞こえると、目の前が白い空間に戻っており、私は倒れていた。立ち上がり、自分の中に魔力と言う感覚が増えたのが分かった。そしてサクラ様が、
「次はトルクの得意な土魔法でも覚えようかしら。これがトルクの土魔法の知識よ!」
そう言ってサクラ様は私の頭に手をのせる。その瞬間、トルクの土魔法の知識が流れ込んだ! 石礫、落とし穴、土壁などの土魔法の作成と応用。戦闘時における使い方。
……しかしトルクの魔法の使い方は凄いな。石礫を回転させて貫通力を増やす。落とし穴で相手の足場のバランスを崩す。土壁で防御したり、股間に当てたりといろんな使い方をしているな。
そしてトルクが土魔法を使っている場所に驚く。襲ってくる敵の目の前で、戦争中の大人数に使ったり、熊を相手に誰かと一緒に戦ったりと。一つ歳下のトルクと私とで生きた経験がこんなに違うなんて。
トルクは今までこんな大変な生活をしていたのか。少し記憶を見ただけでもトルクは苦労をしている。
「トルクはなんだかんだ言っても、子供の時から波乱万丈な人生を送っているわよ。オーファンもこれから波乱の人生が待っているわ。トルクよりも少し遅かっただけよ」
……出来れば母上やベルリディアと穏やかな人生を過ごしたかった。もう叶わないのだろうか。
「次に水魔法、火魔法、風魔法を経験させるわ。その後は戦闘訓練で最後に回復魔法よ」
……サクラ様、もう少しゆっくりと教えてください。全部覚えるのはちょっと……。
「大丈夫よ。この空間の時間の流れは、現実よりも遅いから。時間は結構あるわよ」
サクラ様ってスパルタだな。……オレの心が持つだろうか。
サクラ様にトルクの記憶を見せられながら、私はいろんな事を学んだ。
魔法や知識に関して、トルクの母親や婚約者のポアラという女の子と一緒にトルクが勉強した知識から得た。
剣術や馬術や戦闘訓練に関しては、ウィール男爵家の騎士やエイルドというトルクの友人から戦法を覚えた。
魔法の習得法に関しては、バルム砦のトルクの部下や従者の女の子と一緒に学んだ。
……トルクに婚約者がいたという事実に驚いた。
「トルクは形だけの婚約者だと思っているわ。ポアラの両親にゴリ押しされて婚約者になったみたい。でもお相手のポアラは、婚約してすぐにトルクと婚約破棄して、更にその直後に破棄撤回。とりあえず仮の婚約している? って感じかしら」
トルクも苦労しているんだな。私よりも幼い時からこんな苦労をしていたなんて……。
「でも、トルクはそれを苦労って感じていないの。運が悪いってくらいの感じかしら?」
……婚約破棄と破棄撤回が、運が悪い程度? 少しおかしくないか?
「トルクの事よりも、オーファンの訓練を頑張りましょう」
サクラ様が訓練再開と言った直後、いきなり私の目の前に騎士風の男が現れた。
「トルクから学んだ戦闘技術を使って、まずはこの人と戦闘訓練をしましょう」
いきなり騎士が剣を振りかぶって襲ってきた! 避けるが間に合わず、腕を切られる。切られた腕が熱く痺れて痛い!
「ヤバくなったら回復魔法を使うけど、戦闘訓練頑張ってね」
サクラ様は手を振って私を応援する。サクラ様に抗議しようとしたが、襲って来る騎士の剣を避けるのに必死で文句が言えない!
片腕が使えない状態で、相手が剣を持っている大人。トルクならと考えていたら、こんな状況が有った事を思い出した! 魔法で相手の隙を作って倒す!
水魔法の水玉を騎士の顔に当てて視界を塞ぎ、土魔法の石礫を騎士に当てた。よろける騎士に体当たりをして武器を奪って騎士を切りつけた!
容赦なく騎士に止めを刺した。パチパチとサクラ様が拍手をする。
「魔法も使えるし、戦闘方法も悪くないわね。トルクの戦闘記憶は使えるでしょう。子供が大人に勝てる姑息で卑怯な手段だけどね」
確かにトルクの戦闘方法は隙をつく戦法が多い。他にも遠距離からの攻撃や援護する戦法などだ。
「トルクは子供だからね。敵に勝つにはそんな方法しかなかったのよ。他にも戦法を考えていたけど、力不足で使えなかったみたいね」
トルクは今までいろんな事を考えていたのだな。本当に同年代なのだろうか? ……私よりも苦労をしているからその分大人なのだろう。私もトルクの友人として役に立ちたい。役に立つ方法はあるだろうか?
「トルクの為に皇帝になる? それとも皇位を捨てて、貴族を捨てて王国に行く? ベルリディアと一緒に? 貴方のお母様はどうするの?」
サクラ様の問いに何も言えなくなる。……トルクとは立場が違う。生まれも、経歴も、立場も違いすぎる。トルクは皇族や貴族に畏怖されている、御使いと呼ばれる精霊の友人。皇帝の血筋? そのような血筋など関係ない。立場が違いすぎる。
「そんなことトルクは思っていないわよ。トルクって自分のことを王国出身の回復要員の騎士としか思っていないから。逆にクリスハルトやオーファンの方が立場は上と思っているわよ。タメ口を聞いているのも友達と思っているからで、公式な場所では丁寧に頭を下げて敬語で話すわよ」
……でも私とは違う。すべてが違う。身分も立場も育ちもあらゆることが……。
「あらら……。負の感情に落ちたわね。オーファン、トルクを助けたいならこの状況を見てみる?」
そう言って私が見た記憶は吐き気を催すようなものだった。……トルクが捕虜となり、帝国の犯罪者が最後に行くと言われる鉱山に向かう最中、殴られ蹴られ続け、目を潰され、動物のように扱われた記憶。目を背けたくなるような出来事だった。……トルクから聞いていたがこんな事をされていたなんて。聞いていた話よりもひどい状況だ!
「王国人のトルクが帝国にいる理由よ。ローランドとダニエルという人間のせいでトルクは地獄を見たわ。鉱山でも酷い状況だったけど、鉱山で知り合ったランドや先代御使いのルルーシャルのお陰で少しは立ち直ったの。でも、恨みは忘れていないわ」
確かにトルクが帝国の人間を恨んでいる事は知っている。私でもこんな事をされたなら恨むだろう。
「オーファンにはトルクを守ってほしいの。トルクの友達として少しでも悪意から守ってほしい。クリスハルトもトルクを守ってくれているけど、貴方にも守ってほしいの」
……私に出来るでしょうか? トルクよりも弱い私に……。
「今は弱くても、ずっと弱いままではないでしょう。貴方は強くなるわ。その為に私が鍛えたのだから」
優しい声で私を励ますサクラ様。私はトルクや家族の為に強くなりたいと願った。
「じゃあ、次はトルクが新しく習得中の氷魔法を覚えてみましょうか? トルクの知識と経験があればオーファンにも出来ると思うわ」
確かにトルクの知識で氷魔法を作る事が出来ると思うけど。サクラ様の力が必要なのでは?
「広い空間を温めたり冷やしたりする場合なら私の力が必要よ。でも狭い空間……、水魔法の水玉くらいの空間なら私の協力は必要ないわ。トルクもコツを掴んだし」
トルクのコツのお陰で、本当に氷魔法を作る事が出来た……。
しかしサクラ様の訓練方法って凄いのではないか? たとえばトルクが剣術の達人だったらその剣術を習得できるのでは? 上級魔法使いだったらその魔法を習得できるのでは?
「その通りだけど、習得した後はオーファンが自分で訓練して強くならないといけないわよ。トルクレベルの子供は他にも居るから。トルクの記憶でいつも剣術の訓練をしていた子供がいたでしょう。魔法は使えないけどトルクよりも強いわよ」
……訓練して強くなろう。家族や友人を守れるように。
「頑張っているわね、オーファン君。調子はどうかしら?」
決意していると、ララーシャルさんが隣に現れた。いつの間に隣に?
「剣術も魔法も訓練して、一般的な騎士五人くらいは立ち回る事が出来るわ」
「でもやり過ぎじゃない? トルクが心配していたわよ」
「魔力感知だけじゃ、魔法が使えないでしょう。それにオーファンが強くなるに越したことないしね」
ララーシャルさんは「確かにね」っと言って頷く。
「しかしトルクの記憶を他人に写して強くするなんて。さすがはサクラね」
「このくらい簡単よ! 私はライの友達なんだから!」
「これがジュゲムから聞いた『サクラのドヤ顔』ってやつね」
よく分からないやり取りをする精霊のお二人。私はお二人のやり取りについていけない。
「あら? ベルリディアが捕まったわね。もっと時間をかけると思っていたのに」
ちょっと! どういう意味ですか! サクラ様!
「泳がせていた内通者が指示無しで動いたみたいなの。本来はもっと公爵邸に隙があるときを狙っていたのにね。変態皇子が屋敷に来たから、勝手に動いたみたいね」
変態皇子? ……レンブラント皇子のことか。さすがサクラ様。皇族を変態って呼ぶなんて。
「ララーシャルもトルクも変態って呼んでいるわよ。クリスハルトだって呼んでいるでしょう? オーファンも呼んでも良いと思うわ。だって親族で大甥でしょう?」
「そうよ、気にしない方が良いわよ。親族なのだから。……でも親族に変態がいるって可哀そうよね」
「ララーシャル、それってブーメランよ」
サクラ様、ララーシャルさん。さすがに年上の皇族をそんな風に呼べません。……ってそれよりも! ベルリディアは?
「ちょっと苦戦しているわね。……これが現状よ」
頭の中にトルクに背負われている私が見える。視界は私の目ではない。どうなっている?
それよりもベルリディアは無事か? ベルリディアは意識がなく、使用人の男に捕らわれている。トルクも侍女に背中から刃物を突き付けられ動けない。……というか、私が刃物を突き付けられているな。
そしてララーシャルさんの声が聞こえる。「大甥? ってことはオーファン君がルライティールの子供なの!」……ララーシャルさんは知らなかったんだ。
ララーシャルさんとサクラ様のやり取りよりも、ベルリディアの事が大事だ。ロックマイヤー公爵家の騎士を後ろから殴って気絶させた人間が部屋に入って来た。あの騎士が内通者か?
「あの騎士の命令を聞かないと侍女や使用人の人質が殺されるからね。だからララーシャル! トルクにも教えてない事を簡単に言えないでしょう! 秘密なのに」
「私にくらい教えてよ! サクラ!」
「ロックマイヤー公爵に内密で二人の人質を救出している最中だから心配いらないわ。だから後で教えるつもりだったのよ。教えたから良いでしょう!」
そこまで知っているのなら、どうして内通者の騎士を捕まえなかったのですか! それからララーシャルさん、今はベルリディアとトルクが大変ですよ!
「言ったでしょう。「泳がせている」って。さてと、訓練は止めてトルクを助けましょうか」
「そうね、私がトルクの背後にいる侍女を無力化するわ。トルクには使用人を無力化させて、オーファンには騎士を倒してもらいましょう」
冷静さを取り戻したララーシャルさんが指示をする。私があの騎士を倒す。本当に出来るのか? あの騎士と対峙して、勝てるだろうか?
「大丈夫よ、オーファンがさっき戦った騎士よりも弱いわ。それに今までの訓練を思い出しなさい。大丈夫だから」
サクラ様の励ましの言葉に、深呼吸をして心を落ち着かせる。これもトルクの記憶から学んだことだ。……心を落ち着かせて、トルクやベルリディアを助ける。大丈夫、トルクの戦闘記憶を思い出して戦う!
「準備は良いかしら? オーファンはあの騎士の相手よ」
ララーシャルさん、大丈夫です! 出来ます! いつでも良いです!
「あ、ちょっと待って!」
どうしましたか? サクラ様。
「現れた時の決めセリフは何か考えている? 私としては『トルク! ララーシャル! 懲らしめてやりなさい!』とかが良いと思うのだけど」
……それって必要ですか?
「それって私が言うセリフよ、サクラ! 『トルク! オーファン! 懲らしめてやりなさい!』って言おうと思っていたのに!」
サクラ様、ララーシャルさん。早くトルクとベルリディアを助けに行きたいのだけど……。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




