1 帝都到着
12月2日により『精霊の友として』一巻発売決定!
詳しくは講談社ラノベ文庫、Kラノベブックスのホームページをご覧ください。
お久しぶりです、トルクです。現在は帝都に向かっている最中です。
同行者はロックマイヤー公爵家次期当主のクリスハルト、公爵家当主のデックスレムさん、ファーレンフォール伯爵家のオーファンとベルリディア。そして精霊のサクラとララーシャルが同じ馬車に乗って帝都に向かっている。
帝都に行ったら騒乱に巻き込まれ確実に深入りするので、行くのを止めようと本気で考えたが、ゴタゴタを片付けないと後が大変だと思って、行く事を決めた。
馬車の前後には護衛の騎士や兵が数百人いて、侍女や使用人が荷物と一緒に他の馬車に乗っている。……オレはVIP対応で、野営の準備をしようとしたときは使用人さんに止められた。王国の男爵家にいたとき、野営の準備をしていた事が懐かしく思える。
「もうすぐ帝都に着くな」
クリスハルトの言葉を聞いてため息を吐きそうになる。隣にいるララーシャルも同じくため息を吐きたそうな表情だ。
「帝都に着いたらあの変態と会う可能性があるわね」
ララーシャルがいう『あの変態』とはレンブランド・オルネール・ベルンダランという帝国の第二皇子だ。バツ二のロリコン変態である。
「……諦めろ。親族だろう。オレも出来れば会いたくないが、皇族には会う予定なんだから。ララーシャルも弟に会うんだろう」
「……帝都に着いたら姿をけして、トルクの中に引きこもる」
引きこもるって……。ニートか? と思いながら承諾をした。するとララーシャルは姿を消してオレの中に入った。
「ララーシャルも大変ね。でも私も姿を消して、トルクの中に居るわ。帝都ではなるべく出ない様にするから。帝都に住んでいる精霊達にも私達に干渉しないように伝えて、頼みも断る予定よ」
そうしてもらうとありがたい。ロックマイヤー公爵領ではいろいろと頼みを聞いたからな。そのせいで、公爵さん達に話を通したりなんだりで大変だった。帝都でも頼みを聞くなら、今度は皇帝の許可が必要な場合があるかもしれない。皇族達には会いたくないから頼み事は勘弁してもらいたい。
サクラもオレの中に入って、精霊達は馬車からいなくなる。
「トルク、ララーシャル殿は?」
「疲れたからオレの中で寝るって」
クリスハルトの問いに簡潔に答えた。ちょっと違うけど似たようなモノだ。
「そうか……。馬車の旅に疲れが出たのかな? もう少しで帝都に着くから、皆も屋敷で旅の疲れを癒してもらおう」
「ありがとうございます、デックスレム様」
公爵さんはララーシャルだけでなく同乗者たちの旅の疲れも察して、場を和ませる。それにオーファンが感謝した。オレも少し疲れたから少しゆっくりしたい。
オレだけなら馬車など使わずに空飛んで帝都にいけばすぐに着くのだが、皆が居るから団体行動しないとな。
「ララーシャルさんとお話しできなくて残念です」
ベルリディアが少し残念そうに言うと、いきなり、ララーシャルが姿を現してベルリディアに抱き着く。
「ありがとう、ベルリディアちゃん! 屋敷に着いたらゆっくりしようね!」
突然出てきて、抱き着いて頭を撫でてベルリディアを可愛がる。……おい、ララーシャルよ。引きこもるんじゃないのか?
「帝都に着いたらどこに行こうか? お買い物して、美味しいお菓子を食べて。そうだわ! ルルーシャルと行った名所巡りに行きましょう! 懐かしいわ!」
「……劇場に行って悲劇の皇女ララーシャルの舞台を見るって案もあるぞ。あとララーシャルの実家であるお城見学ツアーという案もどうだ?」
ララーシャルはニートにならず、用事を忘れて観光する気満々の気分なのでクギをさす。トラウマ観光ツアーだ!
「ララーシャルの恥じらいを見物出来て楽しそうだな。ルルーシャル婆さんと一緒ならもっと面白いだろうけど、流石に病人に観光巡りは駄目だよな。オレが婆さんにララーシャルがどんな表情だったか詳しく、冗談だからその手に持っているハリセンを下ろしてくれ」
流石にララーシャルをからかい過ぎた。馬車の中でハリセンを上段に構えて、目を座らせ、微笑みを浮かべながら、オレの頭に打ち下ろそうとしている。
「とりあえず、客人が居ないときは姿を現し、変態やその取り巻きが居る時は姿を消しておけば良いだろう。ララーシャルにはオーファン達の護衛を任せたいし。オレはサクラやクリスハルトが居るから大丈夫だから」
ハリセンをゆっくり下ろしてオレの隣に座るララーシャル。いつの間にかハリセンが無くなっている。どこに隠し持っているんだ?
「……でも気を付けて頂戴。帝国貴族は、いえ皇族と貴族はトルクが考えているよりも馬鹿で悪質だから。なるべく関りを持たないようにね」
そう言って再度、姿を消してオレの中に戻る。場を明るくしたと思えば、考えさせるような事を言って消える。……場が一気に沈んだぞ。
「そういえば、ララーシャルさんが持っていたハリセンは何処に?」
「オーファン、世の中には知らなくて良い事がある。ハリセンの隠し場所もその一つだし、ララーシャルは言うだろう。『乙女の秘密』と。この事は知らなくて良い案件だ」
真面目な顔でオーファンに説明する。クリスハルトも公爵さんも深く頷いた。ベルリディアは呆れながら苦笑だ。
皇都は帝国一番の街で皇帝陛下のお膝元という事で、今まで見て来た街よりもずっと人口が多く活気もあった。巡回している警備兵、露店商の威勢、通行人の明るい笑顔。帝都に住む人達は幸せそうだと思った。
「活気があって、治安も良さそうだし、良い街みたいだな」
「現在、皇帝が帝都で騒乱を起こさない様に命令しているからな。表からはそう見えるけど、裏では酷い事になっているそうだ」
クリスハルトが帝都の裏事情を教えてくれた。なんでも後継者争いが勃発中で、正妃の子供達ではなく、数多い側室の子供が皇帝の座を狙って争っている最中との事だ。
正妃には三人の皇子と一人の皇女がいるが、全員後継者辞退しており、女子は皇帝になれない。
皇帝が次期皇帝を指定すれば良かったのだが、曖昧な答えを出したので、後継者争いは拍車がかかる。
そしてその後継者争いには先帝陛下の隠し子も参加する事になっている。
「皇帝が『次の皇帝は帝国を誠に思う者に授ける。帝都で争いを起こす者ではない』と言ったので、戦争で王国を占領して戦果を挙げる者、上位貴族の血を引く者が相応しいと言う者、皇族の血筋が何よりも大事と思う者が争っていて、帝都以外では大変な事になっている」
……酷い話だ。本当に酷い。次期皇帝を選ぶのに曖昧な答えを出した皇帝は何を考えているんだ?
「現在の有力候補は四人。王国の二つの砦を占領した英雄の上司である側室腹の皇子、公爵家出身の側室の子で上位貴族達を纏めている皇子、辺境伯出身の側室の子で地域の貴族達を纏めている皇子、先々代皇帝の血を引く皇子だ。最後に、先帝陛下の子であり、現皇帝の弟の可能性がある……」
オーファンか。皇弟のオーファンも後継者争いに参加する事になっているんだな。
「この四人の候補者が争っている。ちなみにロックマイヤー公爵家は和平派で、戦争派とは距離をおいている。しかしオーファンを保護したから、他の貴族達から皇位争いに参加したと思われているだろう。だから命を狙われない様に注意してくれ」
サラッと公爵さんが凄い事を言ったな。何も考えずにロックマイヤー公爵家に行って、オレがオーファン達を紹介したら、後継者争いに参加する羽目になってしまったのか?
ちょっとだけ責任を感じてしまった。公爵さん、クリスハルト、すいません。
「公爵家出身の側室は、ロックマイヤー公爵家ではないもう一つの公爵家ですか?」
「そうだ、サンフィールド公爵家だ。ファーレンフォール伯爵にも縁がある公爵家だ」
オーファンの質問に公爵さんが答える。どのような所縁があるのか聞こうと思ったら、その前にベルリディアが質問する。
「ではサンフィールド公爵が叔父上に命令して、私達を殺そうとしたのですか?」
「お前達を殺そうと思っている勢力は四人の候補全員だと思ってくれ。誰が暗殺や誘拐を依頼したのかは不明で、調べる事が難しい。全員が暗殺を依頼した可能性もあるしな」
……オレってかなり凄いお家騒動に巻き込まれてない? ちょっと舐めていたかな?
「護衛を増やしたし、帝都に入ったので直接的な事はしないと思うが、気を付けてくれ。搦め手を使って何かしてくる可能性があるからな。トルク殿も一人での行動を控えてもらいたい。トルク殿なら精霊が付いているから大丈夫だが、貴族相手にやりすぎる可能性があるからな」
「そうだな。なるべく、私と行動しよう。私と一緒なら貴族もそう簡単に手を出さないからな」
公爵さんとクリスハルトがオレに言う。オレってそんなに過激なことしてない……と思ったけど、公爵家でいろいろやらかしたからな。オーファンやベルリディアもその通りという表情をしている。少し自重しよう。
帝都にあるロックマイヤー公爵邸に着いた。想像していたよりも大きい屋敷だ。流石公爵家だな。
屋敷で働いている使用人や侍女達が玄関前で整列しており、公爵さんを先頭に全員が馬車から下りた時に一斉に頭を下げた。
「おかえりなさいませ。デックスレム様、クリスハルト様。御客人方、初めまして、この屋敷の管理を任されていますポーラスと申します。皆様が快適にお過ごしできるように、何なりと御申し付けください」
初老の男性、ポーラスさんが礼をする。そして侍女長を紹介して、使用人達に荷物を屋敷に運ぶよう指示する。
「では、お部屋にご案内します」
二階の客間に案内され、オーファンとベルリディアは同室、オレは二人と隣の部屋に案内してもらった。さすがは公爵家。客間が広くて調度品も質が良く値段も高そうだな。リビングと寝室は別でベランダもあって日当たりが良さそうな部屋だ。
案内してくれたポーラスさんが「夕食までおくつろぎ下さい。何か用事があるときは部屋の外に居る侍女にお伝えください」と言って、侍女さんを紹介して退出した。
荷物の整理でもしようと思っていたら、サクラとララーシャルがオレの中から出てくる。
「良い部屋ね、さすがはロックマイヤー公爵家の御屋敷だわ」
「屋敷や中庭もなかなかの造りだし、調度品も……あれ? これって安物かしら」
ララーシャルが部屋を誉め、サクラが建物や庭を誉めた後で、調度品に口出しする。この花瓶が安物か? 良い品だと思うけど。
「……贋作ね。良く出来ているけど、悪意のような偽物の雰囲気が出て、稚拙さを感じる花瓶だわ」
言い切ったな、ララーシャル。でも悪意と稚拙さとかって感情的で良く分からない言い分だ。花瓶に関しては特に害はないから置いておく。きっと侍女の誰かが割ってしまって、代わりに贋作を作って、本物を割った事を隠し通しているのだろう。
そんな花瓶はどうでもいいとして、今後の事を考えないといけないからな。まずは情報収集からだ!
「サクラ、帝都にアイローン伯爵が居るって聞いたけど、何処に居るか分かるか?」
「分からないわ、ララーシャル、分かる?」
「ちょっと待って。……分からないわ」
「え? 分からないの? それとも帝都には居ないの?」
サクラとララーシャルに父親の居場所を聞こうと思ったけど、分からないと言われて悪い予感が過った。魔鉄で精霊の目を欺いているのか? それとも他に何か特別な方法で精霊から隠れているのか?
「ジュゲムみたいに風を使って見る事は出来ないわ。私は光と土と砂と精神の精霊だから」
「サクラみたいにトルクの心の中を覗いてないから顔をしらないの。本人が分からないと探しようがないわ」
……仕方がない。情報取集は後にして、今後の予定を考えよう。
「とりあえず、今後の予定だが……」
「はーい、観光ね!」
「ショッピングもね!」
「……はい、二人とも真面目に考えよう。オーファン達を皇族の……誰だったかな? 先代皇帝の妹さんに会わせる。オレの遺伝子上の父親であるアイローン伯爵に捕らわれている妹を救出する。観光とショッピングは用事が済んだらな」
明らかにボケをかまして、ツッコミを期待する精霊二人を無視する。
「サクラはオレと一緒に行動してもらって、ララーシャルはオーファン達の護衛を頼みたい」
「ララーシャルならあの子達に信頼されているし、敵が千人くらい襲って来ても守れるしね」
「サクラがトルクと一緒なら私も安心して、オーファン君やベルリディアちゃんと遊べるわ」
……千人くらい敵が来る? 護衛じゃなくて遊ぶ? これもボケているのか? ツッコミをして訂正しないといけないのか?
「二人とも、真面目に相談しているんだけど?」
少し低い声音で話す。するとララーシャルとサクラは、
「屋敷周辺は複数の人間から監視されているわ。誰の命令なのかは、まだ確認できてないけど、伝令に行った人間を監視中だから、もう少ししたら分かるわ」
「帝都の精霊達から情報を集めて整理中よ。帝都にいる顔役の精霊や城の中に居る精霊達から情報を集めているけど、量が多すぎるから整理するのに時間がかかるの。もう少し待って頂戴」
屋敷の監視者を探るララーシャルと精霊達から情報を集めているサクラ。真面目に伝えてくれたら良いのに。それ以前にボケをかましながら裏では情報を集めていた二人の能力の高さに驚きを通り越して呆れる。
「……二人とも、真面目に相談しているときくらい真面目に答えてくれよ」
「だってトルクがツッコミしてくれないから!」
「そうよ、御使いならツッコミでくれなきゃ、初代御使いのライみたいになれないわよ!」
……ツッコミ担当が御使いなのか。先代御使いのルルーシャル婆さんもボケた精霊にツッコミしていたのか? ……駄目だ、想像できん。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。