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精霊の友として  作者: 北杜
七章 帝国公爵領編
196/275

29 屋敷でのひととき

 いつの間にか寝ていたようで目が覚めたら陽が落ちていた。ベッドから起きようとしたら腕が重いので、腕の方を見ると、ララーシャルが腕を抱いて寝ている。胸の柔らかい部分が腕から脳に感じはじめて、嬉しさよりも恥ずかしさが勝って、オレはララーシャルが起きない様に腕を脱出させて。


「おはよう。だいぶ寝ていたわね」


 サクラの声の方を向くと反対側のベッドで寝ていて、横になったまま話しかけていた。両腕が動くようになってサクラに「おはよう」と返事を返す。


「ララーシャルの抱き心地はどうだった? 柔らかかった? 良い匂いがした? ちなみに私もトルクに抱き着いて寝ていたけど感想は?」

「……寝ていたので記憶にありません。それよりもオレはどのくらい寝てたんだ?」


 晩飯は終わったかな? 公爵さん達との話し合いだけど夜になってしまったな。


「もうすぐ夜明けよ。トルクも疲れていたのね」


 晩飯と夜食を通り越して、朝食の時間かよ。半日以上寝ていたのか……。そんなに体は疲れてはいないと思っていたのに。


「怪我で体の血が少なかったし、起きた後はフュージョンを使った後だったから、体調不良がトルクには分からなかったのよ」

「そうだったのか……」

「そうよ。水はいる? 喉乾いたでしょう」


 サクラが水差しを宙に浮かせてコップに水を入れる。サクラから貰ったコップの水を貰って喉を潤した。


「そうなのか。半日以上食べていないから、腹減ったな」

「水でも飲んでお腹を膨らませる?」

「携帯食の干し肉でもかじっとく」


 荷物の中にある干し肉を食べようと考え、ベッドから起きようとしたらサクラが荷物をベッドに持ってきたのでその中の干し肉を食べる。固くて塩辛い肉を噛み、水で流し込んだ。あと一つ食べたら朝食の時間まで持つだろう。


「それでララーシャルと添い寝した感想は?」


 まだその話を引っ張るのか。


「二人が子作りした感想は?」


 二つ目の干し肉を吐き出しそうになった。寸前で口元を抑えて咳込む。ベッドに干し肉をばら撒くところだった。この馬鹿サクラは何を言っているんだ。


「二人の子供ならどんな子かしら? 可愛い女の子も良いけど、腕白に育つ男の子も良いわよね。トルクはどっちが良いと思う?」

「添い寝で子供が出来るか! アホ精霊!」

「あー! アホって言った! アホ呼ばわりされたのはライ以外ではトルクが初めてよ」

「アホにアホ言って何が悪い! どうして添い寝でララーシャルと子作りしたって事になるんだよ! 感想は『サクラがアホでした』だ!」

「どうしてララーシャルの事を言うのよ! クリスハルトとロッテの事を言っているのに! トルクのバーカ」

「……クリスハルトとロッテ嬢が子作り? なにそれ?」


 話題の内容がクリスハルトとロッテ嬢に変わっていた。


「夜にクリスハルトとロッテが子作りしていたわよ。ロッテ似の女の子とクリスハルト似の男の子はどっちが良いかって話よ。まさかトルクってば添い寝で子供が出来ると思っていたの?」

「……サクラよ、名前を先に言えよ。どうしてオレとララーシャルの話題からクリスハルト達の話題になったんだよ。 説明不足のサクラが悪い!」

「それを言うなら説明を聞かなかったトルクが悪い!」


 にらみ合うオレとサクラ。それを制したのは、


「うるさいわね!」


 と言ってオレを抱き枕にして寝直すララーシャル。オレとサクラの言い争いは終了した。


「ララーシャルは深夜までこの部屋でトルクの代わりにクリスハルト達とキャメロッテの事を説明して、私の説明をみんなに伝える役で、話し合いが終わったのは深夜だったから疲れているのよ。だからもう少し寝かせましょう」

「そうだったのか。ララーシャルには感謝だな。でもオレを抱き枕にする理由は無いと思うぞ」

「精霊の友達だから良いじゃない」


 友達だから抱き枕に徹せよと言うのか? 友達よりも愛玩動物の間違いじゃないのか?


「トルクも二度寝したら。起きたら朝食が待っているわよ」

「……クリスハルトとキャメロッテが子作りしていたって言っていたけど、深夜まで話し合いに参加していたクリスハルトにそんな暇はあったのか?」


 抱き枕となったオレはちょっとした疑問を言葉にすると、サクラが答えた。


「話し合いが終わった後に子作りを始めたみたいよ。大丈夫、公爵やモンリエッテも許可していたから」


 どんな話し合いが行われていたんだ? その疑問を聞く前にララーシャルに力強く抱きしめられて、顔が胸の位置に移動した。移動しようとしたけど無理でサクラに助けを頼もうとしたけど。


「ララーシャルったら大胆。良かったわね、トルク」


 助けてくれなさそうだから、諦めて目を瞑って寝る事にした。顔に伝わる柔らかい感触を無視しながら寝る事に集中した。




 目を覚ますと、陽は昇りきっていた。ベッドから起きようとしたら腕が重いので、腕の方を見ると、ララーシャルが腕を抱いて寝ている。胸の柔らかい部分が腕から脳に感じはじめて、オレはララーシャルが起きない様に腕を脱出させてベッドから起きた。


「おはよう、トルク。良く寝ていたわよ。ララーシャルの抱き心地はどうだった?」

「おはよう、サクラ。ララーシャルには肋骨が無いのか? それとも精霊だから骨が無いのか?」

「それはララーシャルの体が柔らかくて、良い匂いがして気持ち良かったと言う意味ね」


 早朝と同じようなやり取りをサクラとして、寝起きの水を飲む。水が胃にしみて睡魔を取り除く。


「もうすぐ朝食だから、ララーシャルを起こしましょう」


 サクラ、頼んだ。オレは着替えて部屋から出る準備を整えた。そして目をこすりながらララーシャルが起きたので「おはよう」と挨拶する。


「おはよう、トルク」


 寝癖が付いている髪のままで宙に浮いて、ピカッと光ったらいつも通りの綺麗なララーシャルの姿になる。……なにその技?


「これは私が編み出した朝忙しい女性におすすめの魔法で、寝癖と洗面と歯磨きと顔の手入れが出来るのよ。ついでにお風呂に入った様な爽快感もあって汚れを無くす事が出来るの。凄いでしょう!」


 ……凄いな。どんな魔法だ? オレも使いたい! オレも覚えたい! この魔法があればギリギリまで寝る事が出来るんだから! 風呂も入らなくて良いし、汚れも無くなるのなら是非とも習得したい! サクラ、オレにも教えてくれ!


「この魔法は精霊にしか使えません。御使いにも使う事は出来ないわ」

「残念だ。……他人にその魔法を使う事は出来るのか?」

「無理よ。本人限定魔法だから」


 ……残念だ。本当に残念だ。


「おはよう、トルク。体の調子はどう?」

「調子は良いよ。腹は減っているけど」

「そんなにお腹が減っているの? 雰囲気が暗いけど」


 雰囲気が暗いのは欲しい魔法が使えない事が判明したからだ。……精霊にだけしか使えない洗浄魔法が使える様になりたいな。

 そんなことを考えならが三人で食堂に向かうと、オーファンとベルリディアと合流した。挨拶をしてみんなで食堂に向かう。


「おはよう。トルク殿は体の調子は如何かな?」

「おはようございます。体調も良くなりましたよ。でも夕食を抜いたので腹ペコです」

「まだ顔色が優れないから、食事を取ったら休んだ方が良いだろう。帝都に行くからそれまでに体調を整えてほしい。ララーシャル殿やオーファンとベルリディアもそれまでは屋敷でゆっくりしてくれ。帝都に行ったら気が休まる暇もないだろうから」


 帝都でも大変な目に遭わないように気を付けないとな。そういえばクリスハルト達は寝坊かな?


「クリスハルトとキャメロッテは連日の疲れが溜まって休ませているから、先に食事を取ろう。モンリエッテは……」

「遅れて申し訳ありません。おはようございます。昨夜、両親への手紙を書いていて少し寝過ごしました」


 モンリエッテ嬢が食堂に入ってきた。やはりクリスハルトとキャメロッテ嬢は寝坊か。昼前には起きるだろう。サクラから昨日は運動していたと聞いていたからな。

 朝食の美味いパンをいつもの倍以上食べる。腹ペコ状態から満腹状態になり、食後のお茶を飲みながら心が落ち着く。


「五日以内には帝都に出発する予定で動くのでみんなも準備をして欲しい。そのくらいで公爵領での用事を終わらせるから」


 帝都に行くのは五日後か。今度は余裕があるな。オレの場合は明日出発するって事が多いからな。


「モンリエッテにはグラデッシュ伯爵に手紙で事情を説明してほしい。その後、帝都でクリスハルトとキャメロッテの婚姻を結ぶので、伯爵にも来てもらわないといけないからな」


 キャメロッテ嬢は公爵家で療養させて、モンリエッテに介護を頼むそうだ。そしてグラデッシュ伯爵には帝都で公爵さんから詳しく説明をするという事になっている。


「グラデッシュ伯爵にも帝都で助けてもらわないといけないから丁度いい」


 他にも公爵家を襲った賊の件をオレ達に伝えた。


「オーファン達を誘拐しろと命令されたと言っている。その後、どうするのかは不明で兄妹をある場所で引き渡す予定だったらしい」


 モルダーを人質に取った賊の事か。人間として価値が無い奴を人質にするとは馬鹿な密偵だな。


「騒ぎに応じて誘拐しようとしたが失敗して、「帝国直属の密偵だから解放しろ」と言っている。しかし公爵家に侵入した罪があるからな。ただで帰す訳にはいかない」


 慰謝料でも取るのかな? それとも政敵に脅しとして使うのかな?


「その賊って帝国側の密偵じゃなくて、王国側の密偵よ。頭覗いて確認したから間違いないわ」


 サクラの発言に頭を抱えて、オレは公爵さんに王国側の密偵という事を説明した。


「サクラが頭を覗いて見たから間違いないと思います。その密偵の名前は……ポランタという名前でアイローン伯爵領出身との事です。妻子がおり、妻の名前は……」


 サクラから情報を聞きながら公爵さんに伝える。傭兵ギルドに所属していて、高ランクの者だったから密偵としてスカウトされ、誘拐が得意という事でオーファン達の誘拐する事になった。でも運悪く邪魔されて、現在は公爵家の牢屋に入っている。


「……そうか。教えてくれて感謝する。その情報を使って他の密偵をあぶり出そうかな」


 引きつった表情で感謝を述べる公爵さん。……きっと頭を覗いたらいろんな情報を調べる事が出来る精霊が怖くなったのだろう。


「サクラが特別ですから。他の精霊は他人の頭を覗いて情報を調べる事はできません。安心してください」

「精霊のサクラ様には私達の仕事を手伝って貰って感謝しているよ。密偵から情報を聞き出すのに数日かかるのに、一瞬で終わったのだからな。苦労せずに情報を調べる事が出来て、なんというか、ぬか喜びというのか……。頑張ろうと気合を入れたのに、他人が終わらせてしまって気合が抜けたような感じに近いな」

「あー、言っている意味はだいたい分かります……」


 公爵さんとの距離が近くなった気がする。同時にお茶を飲んでため息をついた。


「では私は仕事を済ませるので、トルク殿達は出発まで準備を頼む。オーファンとベルリディアは誘拐の可能性があるから屋敷から出ないように」

「私もいろいろと準備がありますので失礼します」


 そう言って公爵さんとモンリエッテ嬢は食堂から出て行った。

 オレはララーシャルに「病み上がりだからもう一日、寝ていなさい」と言われ休む事になった。

 ララーシャルはオーファン達の部屋で一緒に過ごし、サクラは精霊ドンバッサラの所に行くそうだ。


「依頼が終わった事を伝えてくるわ」

「……頼んだ」


 昼まで寝るか。サクラが変な事を持ってこない事を祈る。……これ以上厄介事は勘弁だよ。

 




 ベッドでゴロゴロしていたら、昼食と共にクリスハルトが来た。もう昼飯の時間か。

「トルク、体調はどうだ? 一緒に昼食を食べようと思ってな」

「おはよう、クリスハルト。昨夜はお疲れ様でした」


 クリスハルトにニヤニヤと言う。


「いや、彼女を慰める為にな。それにモンリエッテからも姉を頼むと言われて、それに……」

「オレが言ったのは夜遅くまで話し合いをした事だぞ」

「……トルク、分かっているだろう。まったく子供なのにどうして同年代のような会話が出来るんだ? 友人にキャメロッテの事を紹介したときの下ネタ話を思い出すぞ」


 すまないな。中の人はそういう話題を振るのが大好きで、そのときの反応が楽しいんだ。

 ……ふと思った。サクラやララーシャルや精霊達のような事をしたような気がする。……これ以上はネタを使ってからかうのは止めよう。そういえば昼食の量が多いな。クリスハルトも一緒に食べるのか? 

 でも昼食は二人分以上あるみたいだ。……五人分くらいあるぞ? 


「父上がトルクと一緒に昼食をとろうと言ってな。それに昨日の話し合いの件もある。父上はララーシャル殿とサクラ様を呼んでいるから少し待っていてくれ」


 焼きたてのパンの香ばしい匂いを感じながら、みんなが集まるのを待つ。


「そういえば、トルクが好きだと言っていたパンだが、そんなに美味しいか? いつも食べている私には普通だと思うが。それよりもカラアゲの方が美味いと思うぞ」

「何をいっているんだ。公爵家で焼いているパンは、オレが食べたどのパンよりも美味しいぞ。フカフカの柔らかな触感で、噛むと甘みと風味が口に広がり、口の中で溶けるような感じのパンだぞ。弟子入りして技術を学びたいくらいだ」

「そ、そこまでなのか? トルクは味覚がおかしくないか? ハンバーグやカラアゲよりも普通のパンが美味いって……」


 ……子供の頃は良い食生活をしてなかったから、味覚が狂っている可能性はあるかもな。


「確かに公爵家の料理人が作るハンバーグやカラアゲは美味しいけど、なんか一味足りない気がするんだよな。それよりも味を追求し続けた至高のパンが美味いと思うんだよ」

「確かに、我が公爵家の料理人の料理は美味いぞ。しかしな、褒めていた料理よりも一番美味しかったのがパンって聞いた料理人達はどんな顔をしていたと思う? 絶望していたぞ。トルクに教えてもらったレシピを研究して、ラスカル男爵家で食べたモノよりも美味しいと私は思っているが、自信を持って出した料理が、普段作っているパンの方が美味いと言われて、料理長は辞職を考えたそうだ」

「……なんか、すまん。でもな、自分で料理を作っていても一味足りないんだよ。やっぱり味覚がおかしいのかな?」


 この世界の料理の基準はクレイン男爵家で食べたモノだからな。辺境の村では味は二の次だったし、自分で作った料理は前世のときと比べるとなにか足りないと感じるんだよな。前世のコンビニ弁当と今世のプロが作った料理を比べると、コンビニ弁当の方が美味いと思うのは味覚がおかしいからだろうか? それとも前世の記憶が美化されて美味しいと勘違いをしているのだろうか?


「今度はパンよりも精霊の料理を褒めてやってくれ。本当に調理長が辞める一歩手前だったのだから」

「わかったよ。そういえば料理は五人分だけど、オレとララーシャルとクリスハルトとデックスレム様とモンリエッテ嬢なのか?」

「いや、モンリエッテではなく、サクラ様の分だ」


 サクラの分か。見えない精霊の料理まで持ってくるなんて、公爵さん達はマメだな。

 そういえば……。

「なあ、クリスハルト。どうしてモンリエッテ嬢は屑騎士の屋敷に居たんだ? モンリエッテ嬢に聞こうと思ったけど、聞ける雰囲気じゃなかったからスルーしていたんだけど」


 オレの言葉を聞いたクリスハルトは驚き、頭を抱えてため息をついた。


「……簡単に説明するとだな。モンリエッテはキャメロッテを助けようとして、モルダーの屋敷に訪問したけど捕まって監禁された。一緒に付いて来た護衛は殺され、侍女達は酷い目にあった」

「簡単に言ったな、本当に。……しかしモンリエッテ嬢は行方不明って聞いたけど、家族達は探さなかったのか?」

「探したさ。家族親族友人全員が探した。しかし帝都ではなくてグラデッシュ伯爵領や他の領地を探していた。王国側に誘拐された可能性も考えたそうだ」

「しかしモルダーの屋敷に監禁されていた」

「そうだ、モルダーがモンリエッテの乗った馬車を使って帝都から出た様に細工した」


 ……帝都ではなく他の領地を探した? 帝都から出た様に? 


「帝都に監禁されていたのか? キャメロッテ嬢とモンリエッテ嬢は」

「そうだ。モルダーの奴が変な小細工をしたから、二人が居ない場所を探していたんだ」


 ……オレって帝都に行ったんだ。姉妹の事よりも帝都に行った事がある事に驚いた。


「どうした? トルク。変な顔して」

「な、なんでも、ないよ。でもモンリエッテ嬢を助け出せて良かったな」

「そうだな。モンリエッテもトルクに感謝している。私も義理の妹を助けてもらって感謝しているぞ」


 背中がこそばゆい。美男子から面と向かって感謝されると変な気持ちになる。頭をかいて視線を他の方向に向ける。話題を変えよう。


「みんな遅いな。どうしたんだろう?」

「なに、もうすぐ来るさ。そういえば婚約者は居るのか?」


 いきなり、クリスハルトが変な事を聞いてきた。婚約者? どうしてそんな話題を振る!


「御使いであるトルクに婚約者が居た方が良いと思ってな。後ろ盾もあった方が良いからな。私の妹なんかどうだ? 歳も近いし、兄の私が言うのもなんだが美人だぞ」


 真剣な顔で妹を紹介するなよ。笑いながら言うなら冗談に聞こえるけど、真顔じゃ冗談に聞こえない。オレが「冗談は良いから……」と言う前に、


「ちょっと待った! トルクの婚約者を紹介するなら、まず私に許可を得てからトルクに紹介するのが筋よ。トルクは私のよ!」


 ララーシャルが『バン』と勢いよく扉を開けてクリスハルトに言う。……ララーシャルよ、オレはお前のじゃないよ。それに勢いよくドアを開けるなんてマナーを忘れてないか? 元皇女よ。


「勿論、ララーシャル殿にも紹介しますよ。お婆様を慕っている妹で、御使いを尊敬している子ですから、ララーシャル殿も気に入りますよ」

「私が直々に面接するわ。その後で学力テストと運動テストを見て、トルクに相応しい子なのかを吟味するわよ」


 ララーシャルの後に公爵さんとサクラが部屋に入ってくる。サクラよ、頼むからララーシャルと一緒に騒がないでくれ。


「大丈夫よ。ライも一夜限りの妻と言っていろんな女の子に手を出していたし、私は百人くらい女の子と結婚しても文句は言わないわよ。ライと同郷のトルクならそれが普通なんでしょう」


 普通じゃないよ! 異常だよ! 何考えてんだよ、雷音さんは! 一夫一妻制に喧嘩売ってやがる! 異世界転移したからってハーレム作るなよ!


「なにやら騒がしいが、どうしたのだ? トルク殿」


 最後に部屋に入って来た公爵さんがクリスハルトとララーシャルの口論を見てオレに事情を聞く。


「気にしないでください。それから呼び捨てで良いですよ。殿と言われるような身分ではないですし」

「ではトルク君と呼ばせてもらっても良いかな。御使い様を呼び捨てにするのは恐れ多い」

「それで構いませんよ。ララーシャル、クリスハルト、馬鹿みたいな会話は止めて昼食を食べるよ」


 クリスハルトは妹の素晴らしさをララーシャルに伝えている最中だった。お前はシスコンなのか? ララーシャルも言い返すのは後にして席に座れよ。


「とりあえず、トルク君が寝ていた時に話した内容を説明しよう」


 公爵さんが席について食事をしながら説明をする。最初の話題は屑騎士モルダーの件だった。モルダーは上司の貴族と共に平民を誘拐しては貴族に奴隷として売っており、人身売買は帝国だけではなく王国にも及んでいた。屋敷から持ってきた書類には目も当てられぬような事が書いており、その売買契約書には上位貴族のサインもあった。


「キャメロッテを襲って結婚を迫った理由はグラデッシュ伯爵領を奪おうと企んでいたからだ。領地があった方がやりやすいからな。モンリエッテはモルダーの上司に売りつける予定だったらしい」


 なんとも外道だな。どんな教育をすればこんな外道に育つんだ?

 話は続く。キャメロッテに好意をもったモルダーだが、クリスハルトの婚約者だったので諦めていた。しかし、クリスハルトが戦争で捕虜となったので奪おうと考えた。領地も女も奪えて一石二鳥。今までで培った誑し込む技術を使ってキャメロッテと結婚する予定だった。

 グラデッシュ伯爵やモンリエッテは反対したが、帝都でモルダーと結婚するとの情報が流れ、キャメロッテ自身からもモルダーと結婚するとの手紙が伯爵家に届いた。

 モンリエッテはキャメロッテとモルダーに会って事情を聞こうとモルダーの屋敷に向かったが、侍女達と一緒に捕まり、護衛の者達は殺されてしまった。侍女達が乱暴されモンリエッテもモルダーに襲われそうになるが、モルダーがロックマイヤー公爵家に行く事になって手を出されなかった。

 檻に入れられたモンリエッテはモルダーの手下達が侍女達に乱暴する様を見せられて心が折れそうだったらしい。

 そんなときにオレとサクラがモンリエッテ達を助け出したのだ。そして心が壊れた姉を救い、モルダーを処罰する事が出来て、御使いのトルクに感謝しているそうだ。


「キャメロッテとモンリエッテ、そして囚われていた者達は、心の傷を癒す為に屋敷で過ごしてもらう。被害者の親族達も呼ぶ予定だ」


 執事長のスクートさんがキャメロッテ嬢達の対応をするそうだ。彼は男爵位を持つ貴族で公爵の代理として動けるらしい。……スクートさんって爵位持ちだったのか? そんな人が執事長をしているなんて……。

 話が脱線したが屑騎士モルダーの話題に戻る。


「脅迫、誘拐、違法売買、強姦罪、殺人未遂と殺人。トルク君から貰った書類にはモルダーと付き合いのある貴族や商人に関する違法取引や裏帳簿、上位貴族や王国側の密約等。何十人の者達の首が切られることか……」


 ため息をつく公爵さん。その後にクリスハルトが言った。


「この件は根が深い。皇族にも繋がっている可能性がある。だから皇帝陛下に伝える事にした」

「大臣や皇族の側近の名前もある。公爵家とはいえ全員から攻められると負ける可能性があるからな。皇族や他の貴族達を味方に付けて罪人達には罪を償って貰わないと。しかし要職についている者達も居るから時間がかかるだろう」


 クリスハルトの言葉を追って公爵さんが付け足す。かなりの問題になっているな。……でも時間がかかるのならモルダーの処罰も時間がかかるのかな?


「モルダーは別だ。証拠の書類もあるし、その時点で処罰の対象だ。公爵家の権力を使って関係者は処罰する」


 モルダーは死刑だと思うけど、貴族だからといって恩赦等で罪が軽くならない事を祈る。


「爵位剥奪のうえ、帝国が重罪人にしか出さない処刑法になるだろう。特別な処刑法だ」


 どんな処刑法なんだろう? 好奇心で聞こうとしたらサクラが言った。


「屑人間は撲殺と虫殺の刑よ。モルダーに恨みがある人達を集めて棒で殴らせ続けて、半殺し以上の八割殺しにするの。モルダーが「殴るのを止めてください、お願いします」と懇願するまでいたぶるの」


 ……モンリエッテ嬢と侍女達、そして見知らぬ人達までも参加するのか? キャメロッテ嬢も参加するのかな?


「その後に怪我だらけのモルダーの傷口に塩を塗って地獄の苦しみを与えるわ。最後は意識を覚醒させて肉を好む昆虫に食べられて……」


 ……聞かなかった方が良かった。マジで後悔した。好奇心なんとかを殺すとはこの事だ。


「モルダーは……」

「サクラから聞きました。すいませんでした。私は公爵様の処刑法に文句は言いません!」


 流石は上級貴族だ。残虐な処刑だな。最後には生きたまま虫に食べられるなんて……。改めて貴族の恐ろしさを知ったよ。そんな事を思っていたらララーシャルが言った。


「サクラ。トルクに嘘を教えないの。モルダーは処罰されたけど、撲殺もされていないし、傷口に塩を塗られていないわ。塩も勿体ないし。拷問されたけどまだ生きているわよ」


 ……サクラの嘘? サクラを見ると笑っている。サクラを責めようとする前に公爵さんが言った。


「サクラ殿の言った内容は聞かない事にして、モルダーは毒殺による公開処刑だ。三日間苦しみが続き、帝都の者達のさらし者になる。この処罰法を使うのは何十年ぶりになるだろうか」


 公爵さんが言った処刑法も残虐だな。三日間も苦しんで死ぬとは。それも公開処刑か……。


「国家反逆罪や皇族殺人等に適用される重い処罰法だ。これ以上の処刑法もある」


 これ以上に残虐な処罰法があるのか? もう好奇心が沸かないから聞かん。


「モルダーとその関係者は帝都で処罰する予定だ。証拠の書類もあるし、どこまでの者達が処罰されるか。トカゲの尻尾の様に切るか切られるのか」


 笑いながら言う公爵さん。その関係者に恨みでもあるのか? それとも政敵なのか?


「それから公爵領に侵入してきた皇軍だが……」


 代表であるギャンバに手紙を持たせて帝都に戻ってもらう事になったそうだ。責任者に渡す手紙には『公爵領を攻めた賊軍を公爵領にいる騎士、兵士、傭兵、魔法使いの全員で返り討ちしたが、腐りきった軍でも同じ帝国の民だから殺さずに送り返したぞ。今度はまともな者達を連れて来い』って内容らしい。

 そんな内容の手紙を送って良いのか? 喧嘩売っているぞ?


「真正面から公爵家に喧嘩売ってくる者は少ない。逆に捕まえて反撃してやるさ。トルク君が入手した書類もあるしな」


 なんか公爵さんの迫力ある笑顔が怖い。背後の風景が暗くなっているのは気のせいだと思いたい。

 昼食後のお茶を飲みながらオレはいろいろと考えた。……面倒な事になりそうだな。ここまで面倒な事になるなんて思わなかったよ。王国に居たときよりも面倒だよ。御使いになって面倒事が増えたな。マジで!

 帝都に行くと更に面倒な事にならないように心に誓っていると、スクートさんが部屋に入って来た。その後ろには痩身で二十代の金髪の男性がいる。

 スクートさんが公爵さんに話しかけようとする前に、金髪の男性が公爵さんに話しかける。


「急な訪問ですまないな。用事があったので勝手に入らせてもらったぞ」


 公爵家当主を相手に偉そうに話す。……誰なのかと思ってクリスハルトに聞こうとする前に公爵さんが答えた。


「皇族である御方がマナーを忘れてしまったのですか? レンブラント皇子」


 今度は皇族の皇子様かよ。オレはまた面倒事が増えそうな事に頭を抱えそうになった。



誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。

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