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精霊の友として  作者: 北杜
七章 帝国公爵領編
188/275

閑話 次期公爵家当主の苦労②

 玄関ホールの広間に大きいテーブルを用意し、その上には街の地図や敵戦力を示した書類等が広げられていた。私は部下と一緒に報告を受けつつ指示を出している。

 街の外に居た軍の一部が、昼前に略奪するために街を襲った。待ち構えていたロックマイヤー公爵領軍と傭兵ギルドの者達で無力化し、被害は軽微だと報告を受けている。

 戦闘開始直後、父上が先頭に立って帝国軍に「略奪をする者達は帝国軍に非ず! 賊として敵を無力化しろ!」と言って帝国軍に襲い掛かる。街の外に逃げようとした者達は騎士ギャンバ達が切り捨てたり、捕まえたそうだ。

 私も街を守る為に戦いたかったが、父上から「後方から全体に指示を出す経験しろ」と言われて、報告を聞き、街全体を確認しながら指示を出している。

 人的被害はほぼ無く、物的損害も屋台だけだと聞いた。後日屋台の主に弁償をしないといけないな。それから領民を守った傭兵ギルド、情報を届けた商人ギルド、そのほかのギルドや街の者達にも褒美を考えないといけない。

 そんな報告を受けているとスクートが来た。走ってきたのか息切れをしている。


「トルク様が戻って来られました。キャメロッテ様と行方不明のモンリエッテ様と一緒に」


 思考が停止する。どうしてキャメロッテとモンリエッテが? ……トルクの行動は相変わらず読めん。どこに行って、何をしたのだ? 詳しい話を聞きたいが今は動けないから、スクートに任せる事にしよう。それよりも、


「キャメロッテは無事なのか? モンリエッテは無事なのか?」

「御二人とも気絶していますが無事の様です。あと助け出したと思われる四人の女性も気絶していますが」

「……トルクはキャメロッテ達を助ける為に動いたのか? スクートよ、トルクから詳しい説明を聞いてくれ」

「かしこまりました。まずはキャメロッテ様達を休ませて、トルク様に事情をお聞きします」


 トルクはキャメロッテ達を助ける為に行動したのだろう。ララーシャル殿が人助けと言っていたからな。しかし私達に伝えてほしい。信用されてないのだろうか。

 ……今は領地を攻めている敵の事を考えよう。街での敵は無力化が出来ていると報告があった。各ギルドの者達も善戦している。報告を聞きながら要所に指示を出していると新しい報告が届いた。


「地下牢に居る騎士モルダーが脱走しました! 使用人に金を握らせて逃げ出したようです」

「その使用人を牢屋に入れておけ! あとモルダーは必ず捕らえろ! 腕や足を切り捨てても良いから、必ず捕らえろ!死ななければ問題ない!」


 馬鹿な使用人のせいで仕事が増えた。……頭が痛くなる。私もモルダー捕縛の為に動きたいが、指示をする為にここから離れる事が出来ん。


「報告します! 帝都から来た兵達の攻勢が弱まっているとの事です」

「報告します! 騎士モルダーを捕まえました。すぐに牢屋に入れます」

「おーい、クリスハルト。キャメロッテ嬢は助け出して保護してもらっているから。詳しい事はスクートさんに聞いてくれ」

「報告します! 賊が侵入しましたが捕まえました」


 トルクの声が聞こえた。周りにはトルクは居ない。空耳か? それよりも報告を裁く方が先だ。


「モルダーは牢屋に入れて厳重に見張っていろ。それから賊はどこの者だ?」

「賊は気絶しているので詳しい事は不明です。賊は牢屋に連行しています」


 賊を尋問しろと命令をして、次の報告を聞く。


「報告します! 公爵様から敵軍を無力化したとの事です。一度、屋敷に戻られるそうです」


 向こうは終わったようだな。私も後処理を手伝わないといけないな。

 しかし先程の空耳は何だったのだろうか? 後でトルクに聞いて確認しよう。

 そんな事を考えながら報告書を見て街の被害などを確認していると父上が戻って来た。


「お疲れ様です、父上」

「クリスハルト、トルク君達は戻ってきたか?」


 開口一番でトルクの事か。昨日から居なくなっていたから心配しただろうな。私は父上にスクートからの報告を伝える。


「……精霊の頼みとはキャメロッテとモンリエッテの救出の事だったのか。クリスハルト、他には聞いてないのか?」

「仕事が一段落したらトルクに会いに行きます。それにスクートがトルク達から話を聞いているはず」

「それでキャメロッテとモンリエッテは無事なのか? 体調は?」

「スクートからの話では二人とも気絶しているとの事です」

「クリスハルト、私が仕事を引き継ぐからキャメロッテに会いに行っても良いぞ。寝顔くらい見ても大丈夫だろう。その後、トルク君達から説明を聞いて来い」


 父上の言葉を聞いて私は引き継ぎをする。キャメロッテに会いたくて会いたくて仕方がなかったのだ。仕事を放棄して会おうと本気で思っていたが、そんな事は出来んと思いながら仕事に集中していた。が、やっとキャメロッテの顔が見れる。

 引き継ぎ後、キャメロッテが寝ている部屋でキャメロッテの寝顔を見つめる。痩せたなと思った。キャメロッテに不安に思わせ、迷惑をかけた。モルダーに目を付けられ酷い目に遭っただろう。彼女を癒す為に私は何が出来るだろうか。そんな事を思いながら部屋を出て仕事に戻った。

 父上と一緒に執務室で後処理をしている最中に、スクートがやって来た。息を切らしならがら蒼白な表情で私達に報告する。


「トルク様とララーシャル様とオーファン様とベルリディア様が部屋から居なくなりました。屋敷からいなくなりました!」


 トルク達が居なくなった。……どうして? 何が起きた?


「スクート! どういう意味だ!」

「オーファン様とベルリディア様に付いていた侍女からの報告です。煙の様に消えていなくなったそうです」


 煙の様に消えた。……サクラ様の認識除外の術か。どうして何も言わずに出て行ったのだ!


「今すぐ、その場にいた者達を呼べ。詳しく話を聞く」


 父上がスクートに命令する。スクートは礼をして行動に出た。……しかしすぐに戻って来て、


「半分以上の騎士達が屋敷にいません。トルク殿達を探しに出たそうです」

「どうして報告に来なかった! 護衛対象が不明なら報告するだろう!」

「報告を指示する騎士は負傷して、報告よりも自身の治療を優先したそうです。他の護衛達は護衛対象であるトルク様達を探しています。私はファーレンフォール伯爵家の御兄妹に付いている侍女から報告を聞いて報告に来ました」


 報告を指示する騎士は護衛責任者だろう。どうして怪我をしたからといって報告を後回しにした? それよりも怪我人? そんな報告も聞いていないぞ? 責任者は誰だ!


「騎士シエールです。怪我をして治療を受けています」


 アイツか……。確か、イズバーム子爵家の者だったな。ロックマイヤー公爵家の遠縁の貴族だ。悪い評判も聞いた事はないが、逆に良い評判も聞いた事がない騎士だ。

 そんな事よりも報告に来させろ! 現場で起きた事を本人に報告させようと思って命令をしようとしたが、スクートが待ったをかけた。


「シエールですが、モルダーと顔見知りの可能性があります。脱走したモルダーがシエールを頼って、オーファン様達の部屋に来た可能性があります。先に侍女達から報告を聞いてみてはいかがでしょうか?」


 シエールとモルダーが知り合い? 初めて聞いたぞ。それ以前にモルダーが脱走してオーファン達の部屋まで来たのか? その様な報告も聞いていない!


「モルダーは侍女を人質にとって、「助けろ」と言っていたそうです。賊の人質になった騎士シエールに……」


 なんてことだ……。賊の人質になって報告も出来ない奴を責任者にするなんて……。その上、モルダーの知り合いをトルク達の護衛にしていたとは……。とりあえず現場に居た全員を急いで呼んで来いとスクートに命令じて、現場に居た侍女達から話を聞く事にする。

 ……どうしました? 父上。


「もし……、シエールがトルク殿達を責めて、気分を損ねたララーシャル殿が怒って屋敷を出たのなら……。最悪の場合を考えないといけない。サクラ様も気分を損ねている可能性もある……」


 最悪の場合……。頭の中に最悪の状況を考える。背筋が凍り、冷や汗が出る。


「トルク殿が頼りだな。頭を下げる程度なら安いモノだ。そしてトルク殿が精霊の怒りを抑えてくれたらなんとか……」


 父上と今後の事態について相談をする。とりあえず、屋敷の者達にトルク達の居場所を調べて……。いや怒っている精霊達を更に怒らせる可能性が……。ではギルドに頼むか?


「現場の報告を詳しく聞いて判断する」


 情報が少ない状態で行動するのは難しいと父上は私達に言って、スクートに現場に居た侍女達を大至急呼ぶように命じた。

 現場に居たファーレンフォール兄妹付き侍女達と兄妹の部屋を護衛していた兵達が執務室に来た。

 スクートが質問して侍女達が答える。屋敷の者が賊の侵入を見つけて、ファーレンフォール兄妹が居る部屋の前で戦闘状態になり、倒したと思ったら起き上がって、騎士シエールが捕まり人質になった。賊が「人質の命が欲しければドアを開けろ!」と言っていたが、聞く訳にはいかない。すると騎士シエールが「ドアを開けろ、命令だ!」と命令した。

 騎士シエールの命を守る為に護衛達はファーレンフォール兄妹の居る部屋のドアを開けようとした。しかし扉を守っている護衛兵はドアを守り開けようとはしなかった。最終的にシエールが「開けろ! 命令だ! 命令を聞け!」と周りの騎士や護衛兵に命令して、ドアが開いた。

 室内に居る客人達、オーファンとベルリディアは奥の方でララーシャル殿に守られていた。そんなときに牢屋から脱走してきたモルダーが侍女を人質にして来た。


「モルダーが人質を取って部屋まで来たのか? そんな報告は聞いていないぞ」

「すぐに捕まえて牢屋に戻しましたので隠そうとしたのでしょう」


 なんて事だ。責任者のシエールはまともに報告すら出来ないのか。スクートは報告を続ける。

 人質となった侍女から聞いた話では、牢屋から脱走したモルダーは途中で賊が見つかったと聞こえたので脱走がバレたと思い、運悪く近くに居た侍女を人質にした。

 モルダーは侍女に騎士シエールの居場所を聞いたそうだ。

 ……やはり騎士シエールとモルダーは知り合いの可能性が高いな。

 モルダーは侍女にシエールの居場所を聞いて向かった。しかしその場所では賊がシエールを人質に取っていた。そんな所にモルダーは来て更にややこしい状態になった。

 賊は「こいつの命がほしければ、兄妹を差し出せ!」と言い、モルダーは「侍女の命が惜しければ助けろ!」と周りに言う。……周りではなくてシエールに言ったのだろうな。

 人質が居るので手が出せない状態だったが、トルクが来て賊とモルダーを気絶させたらしい。……らしい?

 侍女は「トルク様が賊を後ろから殴って気絶させました。そしてモルダーも一緒に気絶したのです。魔法なのでしょうか?」と言った。多分、精霊であるサクラ様の御力だろう。そして賊とモルダーを捕まえて終わりだろう。それでどうしてトルク達が居なくなったのだ?


「トルク様が賊を気絶させたときに、賊が持っていたナイフが人質になっていた騎士に当たってかすり傷を負い、トルク様を怪我をした事で責めました」


 屋敷の騎士が人質になった事も情けないが、かすり傷程度で救った恩人を責めるとは情けない人間だな。どうしてそんな奴を屋敷の騎士にしたのだろうか? しかし責めただけなのか?


「トルク様を殴りつけたそうです。他の騎士達がその者を止めなかったらトルク様を踏みつけていたでしょう。その後、客人方に文句を言って、ララーシャル様は怒って皆と屋敷を出る事になり、煙の様に消えたそうです」


 ……恩人を殴りつけたのか? 屋敷の騎士が? 全員に伝えていたはずだ。トルクとララーシャル殿はロックマイヤー公爵家の命の恩人だと。粗略に扱うなと言ったはずだ。それなのにその騎士は何を考えている? 狂っているのか? どうして公爵家当主の命令を聞かない? 自分は特別だと思っているのか?

 ため息が出る。真面目な者達をトルク達の護衛に付けていたつもりだったのだが……。どうしてトルクを害する騎士しか居ないのだろうか。トルクはそんなに騎士に嫌われているのか? ラスカル男爵家の騎士だからか?




 侍女達から話を聞いていたら陽が暮れていた。執務室の外にはトルク達の護衛兵が集まっているらしい。詳しい情報は侍女達から聞いたから報告は聞く必要はない。最初に騎士シエールを呼びだして周りの者達に命令する。


「トルク殿に暴力を振るった騎士シエールは見張りの兵を付けて自室に謹慎させろ! それ相応の罰を与える。そしてトルク殿を殴られたのを防げなかった者達にも罰を与えるからな」

「お待ちください! 私は現子爵当主の息子で、公爵領の騎士です! どうして罰せられるのですか!」

 勝手に執務室に入って来て、罰に異議を唱える騎士シエール。……どうして身分を言うのだ? それは罰とは関係ないだろう。

「黙れ、自身の行いを反省しろ」


 父上が無表情で言った。父上も怒っているな。騎士シエールを自室に連れて行くように命令した。


「待ってください! 理由があるのです! 私は怪我をしたり血を見ると、逆上して人に当たるのです! 私は悪くありません、怪我させた者が悪いのです」

「だったら人質になるな。お前に怪我を負わせたのは賊であり、原因は間抜けにも人質になった馬鹿者だろう。トルク殿のお陰で助かったお前は恩を仇で返すような事をしたのだ。もう一度言おう、牢屋で自身の行いを反省しろ」


 今度は感情を露わにして騎士シエールに怒鳴る。周りの者達は怒れる父上に恐怖して畏まった。

 執務室を出て廊下に集まっているトルク達を守っていた騎士や護衛達を見る。


「簡略化して急いで報告したのです! 詳しい内容は後でご説明するつもりでした!」


 他の騎士達に連れて行かれる騎士シエールが父上に叫ぶように言った、しかし父上が怒っている理由は報告の簡略化ではなく、トルクを殴ったからだ。お前は父上が命じた言葉を聞いていないのか? 

 騎士シエールの言葉を無視して護衛達を見る。……騎士シエールは連れられるまで「冤罪です!」とか「無実です!」言っている。うるさい声が聞こえなくなっても、父上は黙ったままだった。

 そうだ! 急いでトルクに謝罪をしないと! 私は父上にトルクに謝ってくると言うと、


「どこに行くのだ?」


 そういえば居場所が分からない。するとスクートが「多分ですが……」と言って私に話す。


「ポニータ亭に行くと侍女が聞いたそうです。なにかの任務達成の宴と聞きました」


 ポニータ亭だな。すぐに行ってトルク達に謝罪しないと! しかしスクートに待ったをかけられる。どうした?


「今行っても面会は相手に迷惑でしょう。明日の朝から謝罪に向かいましょう」

「……そうだな。その通りだ。しかし護衛は必要だろう。ポニータ亭に護衛を手配しよう」


 トルク達と面識ある騎士達を向かわせて、トルクを殴られたのを防げなかった者達にも護衛させよう。罰として休憩交代無しだ。これを罰としよう。

 罰の内容を告げるとトルクを真面目に護衛していた者達は罰の軽さに安心する。しかし安心するのは早いぞ。近くには機嫌の悪い精霊が居るのだからな。もし機嫌が悪かったら……。

 そしてトルクを殴った騎士シエールには「相応の罰を与える。それまで謹慎だ」と父上が言った。後は、トルク達の護衛には外と宿内を普段着で護衛をさせる。高級宿屋であるポニータ亭で部屋を借りさせて、宿泊料は罰として護衛達に払わせる事になった。

 全員を仕事に戻して部屋には父上とスクートと私の三人になった。


「……馬鹿者が」


 父上の小さく言った言葉は誰に対して言った言葉なのか。トルクを殴った騎士なのか? それとも他の者か? 聞こうとしたが止めた。


「少し前にトルク様が救出されたモンリエッテ様の侍女が目を覚ましました。モルダー達から酷い事をされて、心に傷を負っていましたので詳しい事は聞けませんでした」


 スクートが私達に言った。そしてモンリエッテの侍女から聞いた内容は酷いモノだった。

 モンリエッテはキャメロッテと会う為に、護衛の兵と侍女達と共にモルダーの屋敷に向かった。モルダーに直談判してキャメロッテと会う為だ。

 屋敷の客間でモンリエッテはモルダーを待っていた。モルダーの屋敷で働いている侍女が用意したお茶を飲んだモンリエッテは寝てしまった。お茶に睡眠薬が入っていたのだろう。

 モンリエッテ付きの侍女達は彼女が目を覚まさないので不審に思い、護衛の兵達を呼ぼうとしたが、護衛達は殺された。そして侍女達も捕らえられてモルダーの部下達に襲われた。

 そしてモンリエッテは獣に使う大き目の檻に入れられた。モルダーがモンリエッテを襲おうとする前に軍からの命令が来て、彼女は何もされなかったそうだ。

 スクートから聞いた報告は酷い内容だった。今すぐモルダーを殺したいと思った。父上も拳を握りしめて怒りを抑えている。

 モルダーは人の皮を被った獣だ。あのような外道はすぐに殺してしまいたい。

 深呼吸をして怒りを抑える。父上はスクートに「モルダーの被害者は他にも居る可能性がある。まずは救出した彼女達の心の傷を癒す事をしよう」と言い「執務室に行く」と言って部屋から出た。

 私はキャメロッテに会いたくなった。無性に会いたくなった。スクートに「キャメロッテに会いに行く」と言って私も部屋を出る。

 キャメロッテに付いている屋敷の侍女からの話では特に変わった事は無いそうだ。私はキャメロッテの手を握って、また私に笑顔を見せてくれと心の中でつぶやいた。




 翌朝、父上とスクートと一緒にトルクの居るポニータ亭に行こうとしたら、侍女からモンリエッテが目覚めたとの報告があった。


「トルク君の方は私が対応する。クリスハルトはモンリエッテの様子を見てくれ」


 父上にトルクの事を頼んで、私はモンリエッテが居る部屋に向かう。部屋のドアの前には侍女がおり、「モンリエッテ様は御着替え中です」と言われた。……着替えが終わるまで待つ。

 着替えが終わったとの連絡があり、私は部屋に入った。モンリエッテも少し痩せている気がする。モルダーに捕らわれて心身に傷を負ったのだから痩せもするか。


「お久しぶりです、クリスハルト様。貴方が助けてくれたのですね」

「久しぶりだ、モンリエッテ。助けたのは私の友人だよ」


 そしてキャメロッテや侍女達も助け出してロックマイヤー領の屋敷で休ませている事を説明した。その事を聞いたモンリエッテはモルダーとその部下の事を聞く。


「私達が囚われていた屋敷に居た者達は? 生きているのですか? 殺したのですか?」

「すまない。そこまでは聞いていない。しかしモルダーは屋敷の牢屋に居る。ヤツにはそれ相応の報いをくれてやらないといけないからな」

「屋敷に居た男共を処刑しないといけません。あのような外道は死すら生ぬるい!」


 昔の彼女はこんな事を言う子じゃなかったのに。……やはり絶望を見たのだろう。

 私にも経験がある。王国の捕虜となって仲間たちが助けを呼びながら、親しい者の名前を呼びながら死んでいく。それに何も出来ない自分に絶望した。しかし彼女の絶望は私よりも暗く深いモノかもしれない。


「モンリエッテ、今はゆっくり休め。ここは安全だから」

「ありがとうございます。しかし姉上のお顔だけでも見せてください。お願いします」

「……分かった。私と一緒に行こう」


 手を差し出すとモンリエッテが恐怖に怯えた。男性にトラウマを持ったのか? そこまで酷い事をされたのか?


「申し訳ございません」


 モンリエッテが恐る恐る手を取る。私はモンリエッテを怖がらせない様に微笑む。これ以上モンリエッテを怖がらせない為に、護衛の男達から距離を置いてもらおう。そういえば女性の騎士が他の街に居たはずだ。その者に護衛を任せよう。


「そういえば、私達を助けてくれたクリスハルト様の御友人はどちらですか? お礼を言いたいのですが」

「今は屋敷には居ない。外出中だ。もう少ししたら帰って来るだろう」


 トルクは子供だから会わせても怖がらないだろう。しかし、子供が皆を助け出した事を信じるかな? キャメロッテは御使い様の事を知らなかったからモンリエッテも知らないかもしれない。そのときは詳しく説明するか。

 キャメロッテが寝ている部屋に着いた。ドアの前には護衛と侍女が待機している。侍女にキャメロッテの事を聞くとまだ寝ているらしい。

 私とモンリエッテと侍女と一緒に部屋に入る。キャメロッテは静かに寝ており、モンリエッテが近づいてキャメロッテの手を握り「無事で良かった」と呟きながら泣いた。

 侍女が貰い泣きをしている。私も救い出せた事が嬉しくなった。するとキャメロッテの目がゆっくりと開いた。目が覚めたのか!


「姉上! キャメロッテ姉上! 私の事がわかりますか!」

「……モンリエッテ、どうしたの? そんな泣きそうな顔して」

「姉上……」


 モンリエッテがキャメロッテの手を顔に当てて泣く。キャメロッテは反対の手でモンリエッテの頭を撫ぜた。

 私は二人に近づいてキャメロッテに話しかけようとしたが、


「どなたですか? モンリエッテのお知り合いですか?」


 私を初めて見るような顔だった。……演技にはとても見えない。私はショックで動けなくなった。同時に言葉を失った。


「クリスハルト様、ですよ。姉上の、婚約者の」


 泣きながらモンリエッテが言う。しかし記憶に無いとキャメロッテは言う。

 ま、まさか、何かしらのショックで記憶を失ったのか? しかしモンリエッテの事は覚えている。私の事だけを忘れているのか? 他に覚えている事は?

 モンリエッテがキャメロッテに様々な質問をする。両親、友人、そして自分の事を覚えているか確認する。しかしその途中で頭を抑える。どうしたのか聞こうとすると。


「あ、頭が、痛い! ……助けて! 許して! 許して! アーー!」


 頭を抑えて痛がっていたら、今度は恐怖に怯える。モンリエッテが抑えようとしても恐怖に怯えて声を聞かない。

「姉上! 落ち着いてください! 大丈夫ですから!」

「ギャーー! 助けて! 許して! 助けて!」


 泣き叫んだ声を聞いて護衛達が部屋に入って来た。それを見たキャメロッテは更に混乱して叫ぶ。私は護衛達に部屋の外に戻れと言って、侍女達にキャメロッテを抑える様に命令する。


「殺して! 死なせて! 許して!」


 叫び続ける。泣きながら許しを請う言葉や、殺してと叫ぶ言葉も初めて耳にする。何がキャメロッテをこんな風に変えたのだ。

 ……キャメロッテは気を失った。ずっと狂ったように叫び続けた。キャメロッテは大丈夫なのか?

 医者を呼んでキャメロッテを診察させる。その間にモンリエッテと話した。


「姉上は……どうしたのでしょうか?」

「何かのショックで私の記憶を失い、深く思い出すと悪夢を思い出そうとして……混乱……するのだろう」


 最後は血を吐くような想いで言葉にした。どうしてキャメロッテがこんな事になるのだろうか! モルダーがキャメロッテを壊したのか! どうしてキャメロッテを守る事が出来なかったのだ!

 治療を終えた医者にキャメロッテの状態を聞く。


「……今は落ち着いています。しかしお二人の話を聞く限りでは精神に大きな傷を負っている様です。……こればかりは医者には治す事は出来ません」


 モンリエッテは再度、キャメロッテの手を取って泣く。どうすれば良いのだ……。

 キャメロッテが目覚めた。モンリエッテが泣いている理由を聞いて慰めるキャメロッテ。モンリエッテは涙を拭いてキャメロッテの記憶を確認する。

 家族である両親の名前や領地内の事、ロックマイヤー公爵家の家族構成、学院での出来事などを少しずつ聞く。モンリエッテはキャメロッテにゆっくりと、悪い記憶を思い出さない様に心がけて質問する。

 そして分かった事は、記憶の中に私が居ない事だった。ロックマイヤー公爵家の次期当主である私の事は覚えておらず、学院での記憶も私の事がすっかり無くなっていた。

 ……キャメロッテの記憶の中から私の記憶が無くなっている。ショックだった。しかしどうする事も出来ない。思い出させようと私はキャメロッテに近づいて話をしようとしたら身構えられる。……近づくのを止めて「席を外す」と言って部屋を出た。

 部屋を出て壁を殴ろうと、拳を振り上げた。……しかし壁を殴る音がキャメロッテに聞こえて怖がる可能性が頭に過り、寸前で殴るのを止める。

 壁に寄りかかって座りこんだ。……どうすれば良いのか分からない。キャメロッテの記憶は時が過ぎれば戻るのだろうか? それとも一生私の事を忘れたままなのか? 

 考え込んでいたら父上がスクートと一緒にキャメロッテの見舞いに来た。廊下に座っている私を見て質問する。


「キャメロッテは私の事を忘れているのです。私の事だけ記憶を無くしています」


 父上とスクートにキャメロッテに記憶障害がある事を知らせた。心の傷により、私の記憶が無くなり、無理に思い出そうとすると混乱して恐怖し、気絶する事を説明した。

 部屋の中からキャメロッテの叫び声が聞こえた。部屋に入ろうとしたが、キャメロッテの恐怖する顔を見るのが怖くなり、ドアを開ける事が出来ない。


「助けて! 許して! 助けて! 許して!」


 少ししたら叫び声が聞こえなくなりキャメロッテが気絶したのだと思って恐る恐るドアを開け部屋に入った。泣きながらキャメロッテが寝ているベッドを整えるモンリエッテ。それを手伝っている悲しい顔をしている侍女達。


「久しぶりだな、モンリエッテ。……体の調子はどうだ?」

「お久しぶりです。この度は私達を助けてくれて、治療までして頂き感謝いたします。私は牢屋に入れられていただけなので、特に酷い事はされていませんでした」


 父上が部屋に入って来てモンリエッテに体調を聞き、モンリエッテは頭を下げて助けられた事に礼を言った。体調を聞くって……、体調を聞くことしか出来ないか。


「キャメロッテの事は私達に任せて、モンリエッテもゆっくり休め。君と一緒に居た侍女達の事を私達が責任もって診るから心配するな」


 父上はモンリエッテを安心させるように優しく言うと、モンリエッテは涙を流しながら、父上の胸で泣く。父上もモンリエッテの頭を撫でて慰めている。

 私はスクートにトルク達に会えたのかを聞いた。


「はい、トルク様がご説明してくださいました。しかしここでは説明出来ません」


 そう言って私の部屋でスクートからの報告を聞いた。……酷い内容だな、頭が痛くなる報告だ。トルクにもモルダーにも。


「……そうか。私もトルクの所に行こうと思う。ポニータ亭に居たのか?」

「はい、皆さまポニータ亭でお泊りでした」

「スクート、後の事は頼む。私もトルクに会って来る」


 そう言って部屋を出る。護衛の為に騎士達と一緒に屋敷を出ようとする前に、スクートがやって来た。


「クリスハルト様。御使い様であるトルク様ならキャメロッテ様の記憶を取り戻す事が出来るのではないのですか?」


 確かに御使い様であるトルクならキャメロッテの記憶を戻す事が可能かもしれない。しかし頼んでも良いのだろうか……。友人として接しているトルクに、御使い様であるトルクに助けを頼むのは良いのだろうか? しかし断られる可能性もある。そしたらトルクを見る目が変わるかもしれない。

 馬車に乗りながらその様な事を考えていたら、護衛からポニータ亭に着いたと報告を受ける。

 ポニータ亭の周辺を護衛していた兵達が来て、トルクは商店街の方に散策に行っており、現在は広場で休憩しているとの報告を受けた。私は護衛を連れて広場に向かった。

 トルクはベンチに座って老人と会話をしている。老人と世間話でもしているのか?

 私がトルクに話しかけると老人は驚いた表情をした後、私に挨拶をする。老人はトルクとの関係を聞いてきたので、トルクとの出会いを教える。老人はにこやかな表情で私の話を聞いて、休憩が済んだと言ってベンチから立ち上がって広場を出て行った。

 老人が座っていたベンチに私も座ってトルクにララーシャル殿の事を聞く。彼女はポニータ亭で寝ているとの事で、サクラ様はトルクと一緒に居るらしい。

 私は馬車で悩んでいた事を告げる。


「トルクに頼みがあるのだ。キャメロッテを助けてくれ。キャメロッテの目が覚めたのだが……。私の顔を見た瞬間に他人を見るような顔で「どなたですか?」と言ってな。妹のモンリエッテや家族の事は覚えているのに、私の事だけ記憶が抜け落ちているのだ」


 トルクが真面目な顔で私を見る。その後、いろいろと質問をした後で「サクラに聞いてみるから」と言って精霊と話をする。トルクが宙に向かって精霊と会話をしている。途中で記憶を消すとか、洗脳とか、殺すとか物騒な言葉を聞くが大丈夫だろうか?


「オレ達はキャメロッテ嬢が発狂している現場を見ていないだろう。どんな状況なのか判断してから相談した方が良いと思うぞ」

「トルク、その通りだ! 屋敷に戻って来てくれ! 今度は不愉快な事が無いようにするから!」


 トルクから屋敷に戻る為の条件を聞く。ラスカル家を嫌っていない母上専属の護衛を就けて、ララーシャル殿の近くには女性騎士を護衛に就けて男性を近づけない様にしよう。しかし女性騎士がララーシャル殿の美しさに嫉妬する可能性も……。厳命してこれ以上トルク達に迷惑をかけないようにしないと。

 とりあえず条件を叶えよう。しかし厨房を貸してくれって。……サクラ様に食事を作るのか。お前も大変だな。ついでに屋敷の料理長に料理を教えてくれ。


誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今話で報告受けてるのに7章19話で 「その件は聞いていない。騎士が賊の人質になっているなんて聞いていないぞ!」  執事長のスクートさんも初耳だったようだ。その後が酷かったんだよ。 …
[気になる点] ・騎士モルダーが屋敷を捕まえました。 →屋敷を? ・これだけあっさり本性暴露するのになぜか公爵が本性に気付かなかった馬鹿騎士 →自室で謹慎って言いつけながら牢屋で反省しろとか意味の分…
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