2 兄妹
宿屋に戻り気絶した子供達を寝かせようと思ったがベッドは一つしかない。宿屋の女将さんにベッドの追加を出来ないか頼んだ。
「出来る訳ないよ。四人部屋に移動しな。料金は払ってもらうよ」
やっぱり無理だよね。宿代が四倍になりました。……四倍?オレと男の子と女の子だけだよね。……ララーシャルが実体化したままだった! 一人分損した気分だよ。
二人の子供達の服も汚れていて着替えさせた方が良いと思って、女の子の方はララーシャルに頼んだ。
「分かったわ。それで着替えの服は?」
「無いよ」
「どうやって着替えさせるのよ?」
「ララーシャルが光らせて服を作れば出来るだろう。今朝やったみたいに」
「あれは無理! あれは魔法よ! 魔力で服に見せかけただけの幻よ。だから服装を変える事が出来るの。魔法で服を作る事が出来る訳ないじゃない」
「幻だったのか。という事は幻が解けたらスッ裸なのか?」
「そんな訳ないじゃない。服は着ているでしょう。その服を魔法で見せて変えているのよ」
そんな事を話しているとサクラがオレの荷物から二人分の服を取り出す。男物と女物だ。どうして女物の服がオレの荷物にある?
「備えあれば憂いなし!」
……理由を教えてくれ、どうしてオレの荷物に女物の服があるのかを!
「そんな事より、夕食はどうする?食事付きだったけど」
「食事は……、この部屋で食べようか。テーブルもあるし」
「だったら料理を注文して来て。その間に子供達を着替えさせるから」
サクラの言葉に納得してオレは女将さんに夕食は部屋で食べる事を伝えた。
「分かったわ。しかしあの子供達は何処から拾ってきたの? スラムの子供達でしょう」
「実を言うとオレ達にも詳しい事は分からないんです」
「厄介事は勘弁だよ」
「分かりました」
オレも厄介事は勘弁だよ。
「食事は後で持っていくから」
女将さんに礼を言って部屋に戻る。子供達は着替えさせられてベッドで寝ている。子供達が来ていた服はボロボロだな。洗濯をしないと。でも服を見ると悪くない生地だな。スラムの子供が着る服とは少し違う気がする。
……子供達、オレと同年代かな? ベッドで寝ている子供達を観察する。二人とも金髪で女の子は髪が長い。手を見ても労働とは無縁な手だ。上流階級の子供達なのか? そんな子供達が殴られ屋? 何か事情があるのかな。
「なに女の子を見ているの? 惚れた?可愛い子だからね」
サクラの言葉を無視しながら考えるが、……情報が足りないな。この子達が起きてから考えてよう。
もうすぐ夕食の時間だしね。
「失礼します。食事をお持ちしました」
ドアの外から宿屋の従業員の声が聞こえた。夕食の時間だな。ドアを開けて食事を部屋に入れてもらった。献立は硬そうなパンと何かのスープと大皿に何かの肉と野菜炒め。何の肉だろう?野菜は使ったことがあるものがチラホラ。
「サウル肉の野菜炒めとサウルの骨を煮込んで作ったスープだよ」
サウル肉を使った料理か。どんな味なのかな?
テーブルに料理を置いて従業員は部屋を退出する。さてと、飯の時間だがこの子達はいつ起きるのやら。
「もうすぐ目を覚ますわ。そういうふうに調節したから」
「え? 回復魔法ってそんな事も出来るのですか? ララーシャルさん」
「なんで敬語? そのくらい出来るでしょう。トルクは出来ないの?」
「出来ません」
どうやったら出来るんだよ! 習い方が違うのかな? オレは精霊から習ったからな。ララーシャルは誰から教えてもらったんだ?
「……うーん」
本当に女の子が目を覚ましたよ。……回復魔法って奥が深いな。どうやったら起きる時間を調整できるんだ?
「目が覚めた? 体の調子はどう?」
ララーシャルが優しく女の子に話しかける。女の子はララーシャルを見て呆けている。ララーシャルって美人だから見惚れているよ。
「怪我がない。あれだけ殴られていたのに……」
「私が治したわ。回復魔法が使えるからね」
「……オーファン兄様! 兄様は私よりも酷い怪我を!」
「男の子の事かしら? その子も怪我を治して寝ているわ」
隣のベッドで寝ている男の子を見てホッとしている女の子。……話し方やしぐさを見るとやっぱり上流階級の子供だな。
「……ここは」
丁度良いタイミングで男の子も起きる。……美男子だな。美少女が美男子を抱きしめて無事を確認している。
「羨ましい?」
サクラよ、うるさいよ。
「起きたなら食事にしよう。食欲はある?」
オレが二人に聞くと食欲はあるようで男の子からグーと言う音が聞こえる。顔を赤くして謝るけどオレはテーブルの方に行って食事の準備をする。二人はベッドから降りてテーブルに座った。
「食事の前に簡単な自己紹介をしよう。オレはトルク。こっちの子はララーシャル」
「よろしくね」
「私はオーファンと言います。こっちは私の妹のベルリディアです。お二人が私達を助けてくれたのですね」
「詳しい事は後で。今はご飯を食べましょう」
ララーシャルがそう言って食事を始める。少し冷めたけどまだ温かい。スープを飲むが味が薄いな。野菜炒めも塩が足りない。パンも硬くてスープに付けて食べないと硬くて食えないよ。
しかしこの二人、オーファンとベルリディアだったっけ。食べ方が上品だな。ララーシャルと同じくらいだ。それを思うとオレだけが食べ方が下品かな?男爵家でエイルド様達と勉強したけどこの三人を見ると勉強不足と認識するよ。
「大丈夫よ、トルクも悪くないわよ。この三人が凄いだけで」
酒を飲みながら言うサクラ。……その酒はどっから持ってきた! オレは注文した覚えはないぞ!
「トルクの荷物に入れていたのよ」
「人の荷物に勝手に物を入れるな! あ、ごめん。何でもない」
オーファンとベルリディアがオレの方を見る。サクラの方は見ていない。傍から見たらコップが浮いているはずなのに……。
「私の周りは認識されないようにしているの。じゃないとコップが宙に浮いている事に驚くでしょう」
……何でもありだな、精霊は。
食事が終わり食器を従業員が取りに来てくれた。なかなかのサービスだな。
「改めて助けてくれてありがとうございます。私の名前はオーファン。そして妹のベルリディアです。私も妹も十一歳です」
オレと同じ年か。双子なの?オレの疑問に妹さんが答える。
「私達は年子なのです。双子ではありません」
「話の腰を折ってすいません」
みんなに謝って話を進める。兄のオーファンが頭を下げて礼を言う。
「助けてくれてありがとうございます。あのまま殴られていたら殺されていたでしょう」
それはそうだろう。大の大人相手に殴られ屋なんてするなんて。なんでそんな状況になったんだよ。
「私達はある事情でロックマイヤー公爵家の当主に会わなければいけないのです。しかし公爵に会う為にはお金が必要だと言われて、手持ちのお金では会う事が出来なかったのです。稼ぐ術もなく困っていると、大人の人にロックマイヤー公爵家に縁がある商人を紹介出来ると言われました。その商人に頼んで屋敷に入れてもらう事が出来ると。私達は紹介してもらう事にしました。紹介料は私達の手持ちのお金ギリギリで、また、紹介料の他に身分が分かるものが必要だと言われました。それで紹介料と身分証を渡して指定された商店に行ったのですが、そんな話は聞いていないと追い返されました」
……騙されたんだな。
「私達は紹介料を払った大人に急いで会いに行きましたが会う事は出来ませんでした。身分証とお金が無くなり、私達はスラムで生活をして何とか暮らしていたのですが……」
貴族がスラムで生活って……何やっているんだか。
「スラムに住んでいる同年代の子から生活する方法や稼ぐ方法を教えてもらいました。財布やモノを盗んだり、ベルリディアには男を紹介すると言われましたが拒否しました。犯罪に手を染める事をしたら先祖に顔向けが出来ません」
そんな考えでよくスラムで生きていけたな。真っ先に騙されて殺されなかった幸運に感謝した方が良いと思うよ。
「ベルリディアは酒場で働き、私も酒場で雑務をして生活していたんですが……その酒場で私達を騙した大人が居ました! 私は騙された金と身分証を返して貰おうと思って言ったのですが、その大人は酒場の周りの人達を味方にして私が悪い事になってしまい、酒場で働く事も出来なくなって……」
運よく酒場で働けたけど、騙されて冤罪を着せられて仕事がクビになったんだね。
「働き口がなくなって路頭に迷っていると、同年代の子供から稼ぐ方法を教えてもらいました。相手に殴られてお金が貰える、殴られ屋でした。それで私は殴られ屋になってお金を稼ぐ事にしました。一発大銅貨一枚で殴られました」
大銅貨って日本円で千円くらいだよね。ちょっと安くない?
「そして殴られ屋を続けていたら、私達を騙した詐欺師が出てきて銀貨を払い、「オレの拳を十発耐えたら金を返してやるぞ」と言われ私は殴られました。でも詐欺師は手に何かを握っていて私は一発で倒されてしまいました。詐欺師の前にも何発も殴られていて立ち上がる事が出来なく……。途中で倒れても料金分は殴られなければならないと言って、倒れている私を蹴り上げて起こそうとしました。「蹴りは殴った事にはならないよな」と言われて蹴り続けられました」
大人に殴られたり蹴られたりしてオーファンってタフだな。魔法で体を丈夫にする魔法ってあったかな?
「倒れていた私の代わりをすると言ってベルリディアが代わりに殴られました。私は痛みで動けなくて、妹が殴られるのを見ている事しか出来ませんでした。そのうち意識を失い、気づいたらベッドで寝ていました」
……妹さんは四発殴られていたのか。この兄妹はタフだな。そんな経緯で殴られていたのか。
「オレはラスカル男爵家の者で、ロックマイヤー公爵夫人に用事があって三日後に公爵家に行く事になっている。二人も一緒に行くか?」
「よろしいのですか!是非お願いします」
オレの提案に二人は喜ぶ。……この二人は騙された事を勉強していないのか? オレが詐欺師とは思っていないのか?
二人が穢れた大人社会を知らない純粋な子供だからだ。オレの中の人は穢れた大人社会を経験して穢れているからオレも穢れた子供になっているんだ。
……二人を見ていると自分が汚れた人間だと認識させられるよ。なんだか泣けてきた。
「いきなり泣いてどうしたの。……分かったわ、トルク。私達がこの子達の騙されたお金を回収してあげましょう。二人とも私達に任せなさい!」
ララーシャルよ、何を言っている? 騙されたお金をどうやって回収するんだよ!
「まったく、あくどい事をする奴ね。トルクもこの兄妹を不憫に思って悲しんで泣くくらいなら行動するべきよ! ライの後継者としてそんな奴は退治するに決まっているわ。私も協力するわよ。絶対に奪い返してやりましょう」
どうしてサクラも奪い返すと言うんだよ! この涙は同情ではなく自己嫌悪だよ。
「大丈夫よ。この子達の記憶を読んで詐欺師の正体は分かったわ。居場所もすぐに分かるから明日から行動開始よ!」
記憶を読んだって、何気に凄い事するな。だけど待てよ! 明日の予定を勝手に決めるなよ!
「オーファンとベルリディアはこの部屋で待っていて。私達が貴方達のお金を取り戻してあげるわ」
勝手に決めるなよ! ララーシャル! ……兄妹の純粋な眼差しが痛い。
「……二人とも怪我を治療したけど体力が落ちているから、明日はゆっくり過ごしておくように。後の事はオレ達がなんとかするから」
なんでこんな事になったんだろう。明日も観光する予定だったのに。
……どうしたの、ベルリディア?
「私達の怪我を治したと言われましたが、貴方達は回復魔法が使えるのですか?」
「私もトルクも回復魔法が使えるわよ。トルクは剣術も魔法も使えるわ。私は剣術が上手くないけど魔法は上級レベルよ」
それはそうだろう。ララーシャルは半精霊だからな。それからオレ達を尊敬の眼差しで見ないでくれ。オレは尊敬されるような人間ではないんだ!
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