閑話 王国での出来事 エイルドの王都生活①
ウィール男爵家の長男、エイルドは王都の学校の生活に不満を持っていた。
一つ目は友人であるトルクが王都に居ない事。
二つ目は王都の同年代の者達が弱くて、剣の訓練の相手にならない事。
三つ目がトルクの代わりの従者がうるさい事。
「エイルドよ、殿下が呼んでいる。付いて来い」
王族の従者の後について行き、王都の上位貴族達が使うテラスに着いた。
「来たな。エイルドよ。どうだ?そろそろ私に仕える事を決めたか?田舎者の下級貴族だとしても私は差別しないぞ。お前の剣術の腕は優れているし、戦術・戦略も悪くない。私に仕えるなら将来は王宮騎士として私の配下にしてやるぞ。田舎者の待遇としては破格だろう?お前も馬鹿な者達の勧誘に疲れただろう。私の元ならそんな勧誘など断れるし、権力も今以上に与える事が出来る。馬鹿な平民モドキの騎士達をお前の命令で首にする事も出来るし、王都から追放させる事も出来る」
最後はこの王族が馬鹿で自意識過剰でうるさい事だった。エイルドは王宮騎士になる為に王族に仕えようと思っていたのだが、学校にいる王族の第四王子は自意識過剰の馬鹿だった。
最初の出会いはこうだ。王子の従者が他の者に暴力を仕掛けていたので止めに入ったら、今度はエイルドに矛先が向いたため、従者を倒してしまった。その後、従者は数をそろえてエイルドを襲ったのだが、エイルドは返り討ちにした。
さすがのエイルドも手傷を負ったが、子供の頃から鍛えていたし、トルクと一緒に多数で戦う訓練をしていたので同年代の子供には負けるはずがなかった。
その事を知った王族、第四王子がエイルドに目を付けて仕えるように命令をした。
「私に仕えるのなら将来は安泰だぞ!金に権力に女、どれでも好きなように出来る力を与えてやる。田舎者の貴族だがそこそこ強いし、お前の様な者を配下に置いておくのも悪くない。田舎臭いが私の側に居ればそのような王都の空気に馴染むだろう」
「……すこし考えさせてください」
「なんと無礼な!殿下がお前を評価しているのに断るとは!」
周りの者達がうるさくがなりたてる。エイルドは考えると言ったが、断わるとは言っていない。それがどうして断るという事になるのか分からなかった。
「このような田舎者など殿下に側に相応しくありません!」
「そうです!殿下のお心遣いを無にする者など必要ありません!」
「どうせ卑怯な方法で殿下の従者を倒したのだろう!そんな者を配下に置いたら殿下の勇名が地に落ちる!」
王子が手を振って周囲の者達を黙らせる。手を振るだけで周りの者達が喋らなくなる事を凄いと思うエイルドだった。
「ならばその者が私の配下に相応しいと証明すれば良いだろう。三人がかりでその者を倒してみろ?」
そういって王子に言われた三人は武器を持ちエイルドに襲い掛かってきた。武器は王子に会う前に没収されていたが、エイルドは素手で三人を無力化した。
「ほう、この三人は私の側近として護衛をしている者達なのだが、それを素手で倒したか。名をなんと申す?」
「エイルドです。ウィール男爵家の者です」
「……ウィール男爵家?そういえばそんな名前の貴族がいたな」
エイルドは考える。王族とはいえ馬鹿な奴の配下になって良いものかと。しかしどうやって断れば良いか考える。……こんなときトルクなら。
「……前向きに検討する所存であります。親族との協議を鑑みて是々非々の対応を取らせていただきます」
トルクなら難しい言葉を使って先延ばしをするだろうとエイルドは思いながら許可を取って部屋を出た。
ため息を吐きながら学校を出ようとするが、今度は従者が近寄ってきた。トルクの代わりの従者なのだが、これがうるさい。
「エイルド様、王族と謁見したと聞きました。良かったですね!これで王宮騎士になれそうですよ!それに王族の下に付けば将来は王宮騎士に命じられるでしょう!私も上手くすれば王宮騎士になれるかもしれない。エイルド様、絶対に殿下に仕えましょう!私も一緒に仕えますから!そうなれば父も喜びます!ウィール男爵もきっとお喜びになるでしょう!」
父はあんな馬鹿に仕えたら喜ぶよりも嘆くと思う。この従者には分からないのだろうか?トルクの代わりの従者なのだが代わりになっていないのでエイルドはどうでも良い態度を取っている。しかしこの従者はそれが分からず逆に前の従者よりも好かれていると勘違いをしている様な振る舞いをしている。
この従者に嫌気がさして、父親に従者の交換を手紙で頼んでいるが返事は戻ってきていない。
エイルドは従者を無視して王都の館に帰る。前は馬車で館と学校を行き来していたのだが、今では歩いている。馬車よりも歩く方が物事を考える事が出来るし、王都の民を見る事が出来る。
考え事をしながら歩いていると館に着いた。外門には二人の門番がいる。
「エイルド様、お帰りなさいませ」
「今戻った。後で訓練に参加してくれ」
「わかりました」
二人の門番はバルム領の傭兵ギルドからの推薦で王都での護衛役である。エイルドとトルクが身分証のランクを上げる為に傭兵ギルドで戦った相手で、今では良き訓練相手で信頼できる護衛でもある。傭兵ギルド長が二人を鍛えてくれたのでエイルドと互角に戦えるまで強くなった。
……館に見慣れない馬車がある。誰か客でも来ているのかと思っていると門番が答える。
「デンキンス子爵令嬢がお見えです」
ポアラと仲良くなった令嬢で、バルム砦に居たときにトルクの従者をしていた女性だ。エイルドやポアラよりも一つ上の学年で明るく騎士を目指している女性。剣術の腕も良くポアラよりも社交的な令嬢とエイルドは認識していた。
母親であるアンジェやトルクの母親のリリアとポアラと一緒にお茶会でもしているのだろうか?それともトルクの話で盛り上がってるのだろうか?
エイルドもトルクが砦でどんな生活をしていたのかデンキンス子爵令嬢から聞いている。
怪我人を回復魔法で治療したり、訓練で大人と模擬戦をしたり、魔力を感じる訓練を教えたり、男爵領の知り合いたちと食事に行ったり、妹や母親を通して話を聞いている。
他にもエイルドと訓練をしてトルクに習った投げ技や関節技を使ってくる。
エイルドもアルーネ殿と学校で訓練をした。トルクよりも弱いが、トルクから習った技を使い良い訓練になった。従者や同学年の者よりも強くて楽しかった事を思い出す。
館に入りリビングの方から母親達の声が聞こえる。今回は貴族のお茶会ではなく、ただのお茶会だと思い挨拶の為に明るい声が聞こえる方に向かった。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
「お帰りなさいませ」
「お帰り」
「お帰りなさい!」
「お邪魔しています」
アンジェ、リリア、ポアラ、ドイル、アルーネとエイルドに挨拶を返す。アルーネの話を四人で聞いていたのだろう。アンジェとリリアはにこやかに笑いならがトルクやアルーネの事を聞き、ドイルは砦での生活に興味を示し、ポアラはトルクの話題になると話に混ざる。
エイルドも砦の戦闘の事を聞いていたのだが、物騒な話は駄目だとアンジェに怒られたので砦での生活を聞いていた。
今日はどんな話をしていたのだろうか?自分も混ざり話に参加する。
「エイルド様は王族の派閥に入っているというのは本当でしょうか?」
「入った覚えはないのだが……」
アルーネの言葉を否定するが、周りはエイルドが王族派に入っていると思っているらしい。ウィール男爵家の跡取りは王族派に入り、妹は辺境伯の派閥に入っていると。そのせいで男爵家の兄弟は仲が悪いという噂になっている。
エイルドも辺境伯の派閥に入りつつも王宮に親しい者と仲良くなって上級騎士、もしくは王宮騎士になろうと思っていたのだ。そして王宮騎士になる為には王族に仕えなければならないのだが、あの殿下に仕えるのは勘弁したい。
だからまずは上級騎士になってその後、他の王族に仕えて王宮騎士になろうと思っている。前に辺境伯の令嬢とアルーネの伝で会話した事があるが、令嬢の方が好感を持てる。
「王宮騎士になる為とはいえ、あの殿下に仕えるのは精神的に無理だ……」
「……それは同意見です。それに殿下に仕える者達も領地持ちの貴族を田舎者としか思っていないし、私が謹慎を受けた原因も殿下に仕えている王都貴族だったのですから」
アルーネが王都貴族に暴力を振って謹慎を受けた事は学校のみんなが知っている。
原因がアルーネにあるように王都貴族達が噂を流し、それが王宮にまで広がった為、デンキンス子爵の末娘は嫁の貰い手がいない悪辣な暴力娘だとの噂が王都全体に広まっていた。
アルーネ本人は至って気にしていない素振りで生活をしているが、偶に遠くを見てため息をついて思いふけっていることをエイルドやポアラは知っていた。口下手なポアラがアルーネに理由を聞いてみたら顔を赤くして話を逸らす。その後、トルクの話題になり二人で話をした。
ポアラは悪意ある噂に悲しんでいると思い、アルーネを元気付けようと考える。そのときの会話でトルクに魔法を習った事を聞いたのでトルクがいない間はポアラが魔法の訓練を教える事を約束した。その後、ポアラとアルーネとマリーの三人で魔法の訓練をしている。
しかし三人の訓練を邪魔する者がいる。ポアラの従者だ。エイルドの従者の妹で兄弟そろってエイルドとポアラの従者になった。
「魔法の訓練なら学校でするべきです。館の庭で座りながら魔法の訓練なんて非常識です。服が汚れて女性としてあるまじき行為です!マリー!平民がポアラ様と御一緒に魔法の訓練なんて、なんて厚かましい!貴方は雑務をするだけで良いのです!アルーネ様も貴族令嬢としての立ち振る舞いをしてください!ポアラ様の迷惑になるでしょう!」
ポアラがする事に何でも口をはさみ勉強方法から服装までうるさく注意する。マリーを平民と見下し、子爵令嬢アルーネにも口うるさく注意する。この従者はアルーネを下に見ている。王都中に広がる噂を信じて、ポアラの友人に相応しくないと思っている節がある。
ポアラの従者は魔法が使えず歳が近いというだけである。雑務も苦手で運動神経も良くない。勉強は出来るが応用力がない。マナーや礼儀作法はポアラよりも上なのだが子供レベルでリリアやアンジェに比べれば霞んで見える。
それなのに「勉強するべきです!」とか「魔法なんて令嬢に必要ありません!」とか「もっと王都に住む令嬢たちのお茶会に参加するべきです!」とか「ポアラ様は貴族なのですから平民と話すなんていけません」などうるさい。
トルクならうるさく注意する事はしないし、マリーの事も下に見ない。子爵令嬢に注意する事も無いだろう。
ポアラはこのうるさい従者に嫌気がさしていて、早くトルクに戻ってほしいと願う。それが無理ならマリーに従者をしてほしいと父親に手紙を書いているのだがその返事はまだ来ない。
アンジェもエイルドとポアラの従者に呆れている。夫のクレインは何故従者にこの二人を指名したのか?時間がなかったから詳しく調べられなかったのは分かるが、この二人はトルクが来る前に従者見習いをしていた二人だ。エイルドとポアラがこの二人に暴力を振ったり、魔法を当てて怪我をさせたから従者を辞退した。
しかしエイルドとポアラの評判が良くなったから再度、従者を希望したのがこの二人とその親である。アンジェもこの二人がエイルド達の従者と決まったときはトルクが戻ってくるまでの期間だから問題ないと思っていたが今では認識を変えている。二人の従者はこの数年で悪い方に変わっていた。
二人の従者は王都貴族の雰囲気がする。平民を貶し、領地持ちの貴族を田舎者として下に見る。
この二人の従者を調べてみると、勉強のために王都の親戚に預けられていた様だ。二人の両親はバルム領の貴族なのだが、どうして親戚に子供を預けたのだろうか?とアンジェは首を傾げる。
夕方近くになり、アルーネを見送る為に玄関で別れる。そのとき外が騒がしい事に気づき、何事か門番に聞くと門番は焦った表情で言った。
「アイローン砦が帝国の手に落ちたとの情報が入りました」
バルム領主のサムデイルがアイローン砦におり、デンキンス領主のヴィッツが砦に向かっている。門番の言葉を聞いた者達は顔を青くして、確かな情報なのか、館の者達に確認をさせた。
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