18 ランドの過去話
私がルルーシャル様の母親の付き人になったのは何十年前の事だっただろうか?
戦争孤児であった私は毎日を生きる事で大変だった。
壊れそうな小屋で生活をして私と同じような孤児達が集まり犯罪紛いの事をやって生きていた。ときには盗み、人を騙し傷つける。人殺しはしていなかったが生きる為に何でもやっていた。
トルクと同じくらいの年の頃だっただろうか?大人から儲け話を聞かされた。とある商人の物を掠め取る事だった。成功すればいつも腹を空かしている子供達に腹いっぱいの飯を食わせる事が出来る。
私は仲間と共に大人の儲け話に乗った。しかし私は経験を積んでいない子供だった。大人は私達を騙したのだ。
最初の話では深夜に商人の馬車の荷物を奪う事だった。大人から聞いた場所で荷物をとるだけの簡単な事だったのだが、荷物に触れた瞬間に見つかった。
仲間が商人の護衛に殺され、私達はその場から逃げ出し、話を持ち込んだ大人に会いに行ったのだが、その大人からも盗人として殺されそうになり、仲間達も殺されてしまった。
後から聞いた話だったが、この儲け話は孤児の子供達が暮らす小屋を手に入れる為に仕組んだ事だったらしい。孤児が住んでいた小屋から犯罪者が出た事によってその場所を壊す事が出来てその土地を町の者が使う事が出来る。
住みかと仲間を無くして私は生き残った孤児と一緒にこの町から逃げた。
町全体の人間から殺されそうだったので生き残っていた仲間と一緒に暮らせる場所を探しに町を出た。私を含めて五人しか生き残れなかった。しかし道中で食事にありつけず、水も飲むことが出来なかった。
一人一人仲間が倒れていく。そして私も力尽きそうなとき魔獣に襲われ殺されそうになった。一人が魔獣に傷つけられ、私も殺されそうになったが魔獣の首が飛んで絶命した。混乱していると女性が近づいてきた。美しく神秘的な女性だった。その女性がルルーシャル様の母親で精霊の友と呼ばれる御使い様だった。
魔獣に傷つけられた者は御使い様が傷を癒してくれて、私達に水と食事を与えてくれた。御使い様は事情を聞いて私達をラスカル伯爵家に連れて行き、当主様に頼んで下働きとして働かせてくれた。
私は旅に出る御使い様に恩を感じて同行をお願いしたが断られた。だが何度も頭を下げて頼み条件を出された。条件とは魔獣を殺せるくらいの武術を収め、文字が書けて、礼儀正しい付き人になれるなら同行を許可する事だった。今思えば子供には難しい条件だった。私はその条件を満たすために努力した。
御使い様が旅から戻られたのは二年後の事でそのとき赤子を抱いて戻ってこられた。赤子を育てる為に戻って来たと言っていた。
そのときの私は魔獣を殺す事は出来ないが文字を覚え礼儀作法も習得していた。そして御使い様の付き人として私とレローラが選ばれた。選ばれた時の嬉しさは文字にも表せない。仲間や知り合いも祝ってくれた。
御使い様は赤子の育児の間に御使いの事を教えて、精霊を見る為の訓練を習った。
精霊という存在を初めて知ったが、精霊という話を聞いたときは御使い様の事だと思った。神秘的な女性だったから彼女が精霊ではないかと信じたものだ。
赤子が、ルルーシャル様が五歳くらいになると御使い様はルルーシャル様を連れてラスカル伯爵領を出て旅を再開する。今度は私やレローラも付き人として一緒に旅に出る事が出来た。
あるときは歩いて帝国の辺境に、あるときは空を飛んで王国に、賊を退治し、魔獣を倒し、困っている人を助け、罪を犯した者を裁く。代々の御使い様が使っていた隠れ家を修理してそこに住み御使い様はルルーシャル様を育てた。
そのような隠れ家が帝国・王国に数ヶ所ある。どれも危険な森の中心にある。一度、どうして危険な森の中に家を建てたのか聞いてみたら、代々の御使い様が住んでいた場所は幸せに暮らしている精霊達がいて御使いには住みやすい場所だそうだ。そして何かあったときは精霊が助けてくれると言っていた。
隠れ家でルルーシャル様を育てる。ルルーシャル様は私にもレローラにも懐かれた。御使い様の御息女だが歳の離れた妹の様に感じた。ルルーシャル様の事は貴族の子弟と同じ様に対応する。御使い様やルルーシャル様からは「態度が固い」と怒られたが付き人として当たり前だ。レローラは私とは反対にルルーシャル様を妹の様に接している。レローラに付き人として相応の態度をと叱ったのだがルルーシャル様が泣きそうになったのでそのままになった。二人とも姉妹の様に仲が良い……。私も兄の様に思われたい……。
隠れ家で数ヶ月間住んでまた旅に出る。いろんな所に行き、いろんな人を助けた。そしてラスカル伯爵の屋敷に戻って数日泊り、また他の隠れ家で生活する。
御使い様はどうして旅をしているのだろうか?一度聞いてみた。「精霊の願いを叶える為よ」……精霊のジュゲム様と話している事はわかるがどの様な話をしているのかは詳しく知らない。御使い様には普通の人間には理解できない崇高な御勤めがあるのだろう……。
それからも旅を続けた。御使い様とルルーシャル様の二人で旅をした事もあったし、ルルーシャル様を置いて私とレローラの三人で旅をした事もあった、みんなで旅をした事もあった。深い森の中にある大樹に行き、海の見える港に行き、王国のある農園に行き、いろんな所に行った。
そしてルルーシャル様が育ち、御使いとしての力を受け継がれる事になった。最初にするべき事は初代の精霊に会う事で御使い様とルルーシャル様の二人でラスカル伯爵の屋敷の裏山に行った。
次の日に御使い様とルルーシャル様が裏山から戻って来て、ルルーシャル様が御使いとなられた。レローラはルルーシャル様の付き人になり、私は先代の御使い様の付き人を希望したのだが先代から「ルルーシャルを助けてくれ」と言われたので私はルルーシャル様の付き人になる。
その後、先代御使い様は一人で旅に出た。
「ルルーシャルの父親の墓に行く」
みんなに言って……。私は彼女の今生の別れだと思った。無理にでも付いて行きたかった……。お供をお願いしたが断られた。そのとき「ルルーシャルを頼む」と言われた。
その数日後に先代の御使い様は旅に出た。全員が涙した。会えないと思うと号泣しそうになるがルルーシャル様やレローラの手前我慢した。
その後ルルーシャル様とレローラと私の三人で旅に出る。ルルーシャル様の話では精霊達が助けを呼んでいる場所に行き厄介事を解決する為に旅をしているそうだ。
御使いの仕事とはそのような事だと初めて知った。ときおりルルーシャル様とジュゲム様が言い争っているときがある。何を話しているのだろうか?レローラと相談した事がある。
途中でレローラがどこぞの騎士に惚れられたり、ルルーシャル様とラスカル伯爵の御子息が仲良くなったりいろいろな事があった。
私にはそのような事は無い。付き人としてルルーシャル様と先代御使い様に忠誠を誓っているからだ。彼女達の幸せが私の幸せだ。
あるとき帝都に行く旅の最中で賊に襲われている馬車を発見した。私達は馬車を守るために賊を撃退した。
私は剣を使って賊を倒し、レローラは魔法を使い、ルルーシャル様は精霊に頼んで賊を無力化した。
賊は死んでいる者以外は逃げ出す。捕まえようとしたのだが遠くから矢を射られて捕まえる事は出来なかった。辺りの安全を確保していたら馬車から上品な女の子が出て来た。ルルーシャル様と同年代だろうか?着ている服などからして上位貴族だと思った。
「助けていただいてありがとうございます。私はララーシャル オルネール ベルンダランです」
……ベルンダランは帝国の名前だ。そしてオルネールとは皇族を指す。彼女はこの国の皇女なのか?
「帝都に帰る最中に賊と思われる者達に襲われ殺されるところでした。お礼をしたいので一緒に帝都に来ていただけませんか?」
ルルーシャル様は承諾し皇女様と一緒に帝都に行く事になった。
そして皇女様は傷ついた護衛の騎士や兵達に回復魔法を使って傷を治す。……回復魔法の使い手は初めて見たな。しかしジュゲム様の回復魔法よりも回復速度が遅いな……ジュゲム様はあっという間に治してくれるからな。
ルルーシャル様とレローラも皇女様と一緒に怪我人の世話をする。私は皇女様が乗っていた馬車を調べて痛んでいる所がないか確かめていた。
馬車を調べていると騎士の一人に私達の事を聞かれた。……確かこの状況下では
「ルルーシャル様はとある貴族の御令嬢でして私達はお供の者です。ルルーシャル様の身分を告げるのは少しお待ちください。ルルーシャル様の許可が必要です」
「そうか。護衛上お主達の事を詳しく調べないといけない。許可を貰ってくれないか?」
「わかりました。ですが傷ついた者達の治療が終わった後でもよろしいでしょうか?私も馬車と馬に傷が無いか調べていますから」
「……わかった」
……馬車には何も問題ないようだ。馬も怪我はないようだし。ルルーシャル様の所に行き伝えた。怪我人の治療も終わったみたいだ。
「ルルーシャル様は貴族の令嬢で私達はそのお供という事になっています」
「分かったわ、ラスカル伯爵の名を使うから」
ルルーシャル様はラスカル伯爵の親族という身分を貰っている。そしてあいまいな事を言うので何か事情があると他の者達は思う。貴族や騎士に対して有効な手段で先代の御使いのときから使っている。
他にもラスカル伯爵領にある商店の令嬢とか、姉妹とその兄で親戚に行く旅をしているとか、我儘お嬢様に付き合っているその側近とか。
そしてルルーシャル様と護衛が話している最中に皇女様が話に加わりルルーシャル様は皇女様と一緒に馬車に乗りこまれた。
……淑女教育はしているがボロが出ないか心配だった。レローラにそのあたりのフォローを頼むとして私は護衛の人達から話を聞く。
「皇都に帰る途中で賊に会うとは……。しかし本当に賊だったのだろうか?皇女の馬車を狙うとは……」
「心当たりがあるのですか?」
「金で雇われた者かもしれない。だが退却を見る限りでは慣れている感じが、訓練されている様だった」
「傭兵ギルドの人間でしょうか?しかし皇女様が帰る時間に待ち伏せをしているとなるとこの旅を知っている人でしょうか?」
「可能性はあるな。……ララーシャル様は第二后妃の御息女だ。だが……」
どうも後宮は思わしくないようだな。帝都に行くのは失敗だったかもしれない。この事をレローラに伝えなければ……。
旅の間、皇女様はルルーシャル様だけではなくレローラも馬車に乗せて話し相手になっている。二人とも皇女様に懐かれたようだ。
そして皇都に着いてルルーシャル様とレローラは後宮に行く事になったのだが後宮は男子禁制だから私は皇都の宿屋に住む事になった。長く滞在する事は無いと思っていたが思ったよりも長く皇都に住む事になった。私は日銭を稼ぐために傭兵ギルドに入ってお金を稼いだりもした。
偶にレローラと会い情報交換したり、ルルーシャル様がレローラと皇女様を連れて皇都を散策する事になったから私が護衛を務めたりした。
そんなある日、何時ものように傭兵ギルドに行って日銭を稼ぐ為に宿を出ると手紙が届いた。ルルーシャル様からの内密の手紙だった。
「少し帝都を離れる事になりました。貴方も隠れてついて来てください」
手紙の内容に少し驚いた。私は旅の準備をする。行先は手紙に書いてあったのでその場所に向かう為に帝都を出発しようとするが帝国の騎士に止められた。
「ランドだな。お前に聞きたい事がある」
内容は数日前のルルーシャル様達の散策の件だった。何故そのような事を言われるのか理解できなかった。私はルルーシャル様達と急いで合流しようとしていたのに!
詰め所でララーシャル皇女が城から居なくなった事で何人かの人間が疑問に思っているらしい。城下を散策したときに一緒だった私にその事を聞いている。手紙には極秘と書いてあったので私は知らぬ存ぜぬと言った。しかし騎士達は私を疑って数日間軟禁された。
これではルルーシャル様に合流できないと思って思い切って脱走した。数日間の遅れを取り戻すために馬で駆け抜けた。
しかしその場所では戦闘や魔法の傷跡が残っており、死体が放置されていた。
死体を確認すると帝国や王国の人間である事を確認した。私はルルーシャル様を探すために情報を集めた。
そして数日後、ある街で聞いた情報によれば少し離れた場所で竜巻らしきものが起き、戦争に向かう最中だった帝国兵が死んだという情報を得た。
竜巻はジュゲム様が発生させたと思いその場所に行ったのだがその場所で私を監禁した騎士の一人がいた。
逃げようとしたのだが騎士達に捕まり騎士が私に言った。
「貴様!やはりララーシャル皇女殺害に関与していたのか!」
どういう意味だ?
「ララーシャル皇女は王国の者と内通していた者達に襲われ殺された!助けに行った騎士達も殺されたのだ!内通していた貴族はラスカル伯爵。その名前を聞いて分からないか!」
ラスカル伯爵が?どういう事だ?あの方達が王国と内通していた?
「ルルーシャルという侍女はラスカル伯爵領の者だろう!そしてお前はそのルルーシャルと同じ領地の者。お前達が皇女殺害に何かしらの繋がりがあるはずだ!ルルーシャルという侍女は何処にいる!」
私は何も知らない!皇女様が殺害された事も!ルルーシャル様の居場所も!
その後、牢獄に入れられて拷問された。ララーシャル皇女の事、ルルーシャル様の事、ラスカル伯爵領。私は知らないと答えた。
拷問されて叩かれ、切られた。そのとき片腕を切断された。何日も何十日も傷つけられて意識が朦朧とした。きっとルルーシャル様が私を助けてくれる!ジュゲム様が私を助けてくれる!その思いだけで生きていた。
……意識が朦朧としている中で声が聞こえた。
「今回の件で容疑者を筆頭にかなりの数が処刑されたそうだ」
「関係者も投獄されたりしたそうだな。皇帝陛下は酷いお怒りのようだな」
「ララーシャル皇女と一緒にいた……侍女も死んだそうだ」
「あの方が亡くなるなんて……」
「そういえば主な者は死んだが、生きている奴らは?」
「鉱山や収容所に行って死ぬまで働く羽目になるそうだ」
「ではここに居る奴らも地獄行きだな」
……ルルーシャル様は?ラスカル家はどうなったのだ?騎士達からの情報を聞き集めた結果、ラスカル伯爵家当主は死罪になり他の者達も捕まって投獄されたと聞いた。皇女付きの騎士や侍女達も死んだと知った。
ルルーシャル様達が亡くなったとは思わない。精霊のジュゲム様が近くに居るのだから。
そして私を助けに来ない理由はきっと身動きできない状態なのだろう。帝国の者達から隠れていて何処かの住処に居るのだと思う。
私の事よりもルルーシャル様達の安全の方が大事だ。私を見捨てても構わない。今の状態では私はルルーシャル様達が助けに来てくれても足手まといではないのかと思う。片腕しかなく、体を痛めつけられてうまく動かない。このままならいつ死んでもおかしくないのだ。そして鉱山などに行っても一年持たずに死ぬだろう。これ以上ルルーシャル様の足手まといになりたくない。
……私の付き人の仕事は終わったのだろう。後は鉱山か施設で死ぬまで働くしかない。後の人生はルルーシャル様の安全と幸せを願うだけだ。
そして最後に先代の御使い様にお会いしたかった。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




