6 御使い
数日前からオレは爺さんから帝国の常識と地理を教えてもらっているのだが。
「昔ならともかく今の帝国の常識なんぞ知らん。帝国の地理くらいなら教える事は出来るが三十年以上も前の事だぞ。三十年もすれば村が町になっている事もある。最近来た人間に教えて貰え」
と言われたが地理だけは爺さんに教えて貰っている。
常識は他の者達から教えて貰う予定だ。一番良いのは貴族や騎士のスレイン達から教えて貰う事なのだけど、何故か教えてもらう以前に会う事が出来ない。理由は「少し忙しいから」とか「立て込んでいる」とか「計画を見直している」等だ。
先日、魔鉄が発掘された事で計画の変更が出たそうだ。看守の入れ替えが少し早くなると言っていた。
仕方がないので囚人のリーダー格の者達、偽善や若造や腰抜け等から帝国の一般常識を教えて貰う事にした。
他のリーダー格の者達、馬鹿力や変態や馬鹿等からは教わらない。理由は分かるはずだ!
この施設は王国の反対側の辺境にある。町や村は周りに無く五日くらい歩いた距離にあるそうだ。
他にも帝都の事や周りの領地の名前などを教えて貰った。
そして戦争の理由について聞いてみたが全員「王国が裏切った」としか言わない。しかし爺さんだけが「詳しくは知らない」と言って喋らない。
何か知っているのかな?
今日も仕事をしたあと部屋で瞑想をしているとスレインが部下と共にやってきた。
「調子はどうだ?鎖は外せそうか?」
「……難しい」
「そうか……。近々、此処を占拠するのだが鎖を外す事は出来ないか」
「計画が早まったのか?」
数ヶ月後と聞いていたのでまだ余裕があると思っていたのだが。
「この前、魔鉄が発掘されたから看守の交代が早まったそうだ。オレ達はそのときを狙って暴動を起こす予定だ」
「手伝いはいるのか?」
「大丈夫だ!問題ない。お前は子供だから手伝わなくて良いぞ。大人のオレ達だけで大丈夫だ」
……大事には参加しなくても大丈夫みたいだな。今まで大人に混じって仕事をしていた事が多いから新鮮だな。それならオレは出来る事をするだけだ。
占拠して手錠と腕輪を外して王国に帰らなければいけないのだから。
その前にあの二人を殺すけどな。
「それでローランドとダニエルの事を教えてもらいたいのだが」
「その件に関してはオレ達が自由になったら言おう。それまでお前はやるべき事をしてくれ」
……やるべき事ね。
鉄石運びの仕事→終わった。
手錠の鎖を切る→切れない。
帝国の情報収集→ボチボチ。
魔法で飲み水を出す作業→終わった。
魔法の訓練→現在頑張っている。
爺さんに御使いの事を聞きに行くか。
爺さんがいる場所に向かった。爺さんは部屋の壁に背中を預けて目を瞑っている。寝ているのかと思って近づいてみたら目を開けてオレを見て話しかけた。
「どうした?」
「爺さんに御使いの事を聞きたくて」
「そうか……」
爺さんの隣に座り話しかける。
「後継者ってどんな人なんだ?爺さんよりも年下だと思うが?」
「最後に会ったのはこの場所に入る前だ。先代の御使い様に似て綺麗な人だった」
最後に会ったのは三・四十年前か……。話からすると女性の様だな。爺さんが現在六十歳もしくは七十歳くらいだから、御使い様も結構な歳をとっているだろうな。
後継者は後宮に行ったと聞いたがその後の後継者は居るのだろうか?
「……ワシは捕まったからな。その後の事は知らん」
何か考え込んでいるが爺さんはオレに聞く。
「どうして、御使い様の話を聞く?」
「……興味本位だな。あと精霊をぶっ飛ばす方法を聞きたい」
「ぶっ飛ばす……。なにを考えておる!」
「オレの知り合いの精霊達は怒りを覚えるくらいの奴らだ!今度会ったら絞めてやる!と思えるくらいの奴らだからな」
あら、爺さんが呆れたような顔をしてるな。
「罰当たりな言葉じゃな。精霊になんて事を言うのじゃ……」
「悪戯はするし、口は悪い!勝手に人の食べ物を取る!爺さんよ、あんたの持ち物が無くなった事はないか?」
「……ある……」
「多分、精霊の悪戯だな」
「……御使い様の物がなくなったのも……」
「精霊の仕業だな」
「……偶に御使い様が精霊に何か言っていたのは……」
物がなくなったり、食い物を取られたのだろうな。オレの知っている精霊は食い意地が張っていたからな。きっと色々と取られたのだろうな。
「精霊の悪戯に怒っていたのだろうな。苦労していたんだな。御使い様は」
知らない御使い様よ。同情するよ……。
「ワシには才能が無いから精霊の事は分からぬが、御使いや初代はそう思えるのか……」
「基本的にオレの知っている精霊は我儘だ。口は悪いし、勝手にモノを取るし、変な事しかしない。何度怒りが沸いた事か……」
「……そ、そうか……」
思い出すと拳に力が入る。あの精霊三馬鹿を思い出すと怒りと懐かしさを思い出す。オレは無事に親の元に帰る事が出来るのだろうか?
「だが、精霊や御使い様は魔法では出来ない事が出来る。御使い様は魔獣を倒したり、物を宙に浮かして手元に寄せたり、遠くの目に見えない場所を感知したり。それに御使い様は空を飛ぶ事も出来たんだぞ!」
「それは凄いな。空を飛ぶなんて」
それ以外は経験済みだ。伯爵家の木の精霊が敵を殺したり、精霊達が勝手に食い物を宙に浮かせたり、エイルド様を助ける為にオレに遠くを見せたりしたからな。
「もっと驚くと思ったが……」
「空を飛ぶ以外は経験済みだ。待てよ、川に落ちた時に川底から空中に飛んだ時は空を飛んだ事になるのかな?」
「……お主、経験豊富だのう」
前世は平和に生きていたけど、どうして今世は厄介事しかないのだろうか……。善徳は昔から積んでいたと思っていたけど……。
「それならこんな武勇伝はどうだ?」
武勇伝って大きく言ってきたな。どんな事件なのかな?
「ワシも御使い様から聞いた話だが、昔の御使い様の話でな。なんでも村が滅びかけたときに、御使い様が村を救ったという話だ。村の畑を豊作にし、魔獣の被害を無くし、近くの川から水を引いて豊かにした。村は立ち直り村人達も御使い様に感謝した。その事を知った貴族が御使い様を召し抱えようとしたが御使い様は断り、貴族から御使い様の記憶を消した。貴族は御使い様の事を忘れ、村人達も御使い様の事は秘密にして貴族達から御使い様の事を守った」
「凄いな、そんな事が出来るなんて……」
精霊は記憶を操作する事が出来るのか……。魔法では出来ない事だ。いや闇魔法の洗脳や催眠なら出来るかもしれないな。
土地を豊にする土魔法、記憶を操作する闇魔法、物を宙に浮かせ空を飛ぶ風魔法、川から水を引く水魔法、他にも怪我人を治療した回復魔法や魔獣の被害を無くした事から倒す事が出来る魔法を使えるのか。
「御使いは人間の魔法使いより強いんだな。上級魔法よりも上だな」
「そうだな。上級魔法よりも強い。御使い様は魔法使いに出来ない事が出来る御方だ。その力は千人の騎士や魔法使いに匹敵するだろう」
「……そんな力を持つ人間だから秘匿されたのか?」
「大きな力を持つ精霊は人に出来ない事が出来る。そのような存在が居るという事を世間が知ったら貴族の権威など地に落ちる可能性があるから秘匿したのだろう。それに精霊は傷つける事を嫌う、優しい種族なのだ。戦争で人を殺すなど以ての外だろう。精霊の存在を知っている者達も分かっているはずだが、その精霊の怒りを買えば街や国なんて滅びかねん」
……ただ力が強すぎるから秘匿されたのだろうか?それとも精霊の怒りを買い、滅んだ街や国があったから教訓として秘匿されたのだろうか?
どっちにしても物騒な話だな。でも権力者は御使いや精霊を近くに置いておくのではないか?
万が一の事があれば御使いや精霊に頼む事が出来るだろう。近くに居た方が見張りやすいはずだ。
「ワシも詳しくは分からん。確かに御使い様は親族の貴族と付き合いはあったが、見張っているという訳ではなかった。親族の貴族達も精霊の事を知っていたが……」
「上位の貴族なら精霊の事を知っていたのだろう。御使いさんは上位貴族の出身だったなら親族が精霊の事を知っていても周りの使用人達には秘密にしていたのだろう?」
「……いや御使い様の親族は伯爵家の出身だから御使いや精霊の事は知らないと思っていたが……」
考え込んでいるな、爺さんよ。何か不思議な事でもあったのか?
「どうして御使い様の親族の貴族が精霊の事を知っていた?皇族や公爵とかの上位の貴族しか知らなかったのに……」
「親族だからだろう。御使いさんの親なら知っているんじゃないか?それに御使いさんの先代も貴族なら知っているはずじゃないのか?」
「……そうか、その通りだった……」
何を不思議そうに考えていたんだ?そんな考え込むような事じゃないのに?ただ御使いさんの親族が貴族で精霊の事を知っているだけだろう?
親族なら精霊の事を喋っていてもおかしくないし、精霊達の被害で親族も迷惑していただろう。だから親族に御使いや精霊の事を伝えたんじゃないのかな。精霊は気に入った人間にちょっかい出すのが好きそうだからな。
「そういえば爺さんは此処から出たらどうするんだ?労働施設が解放されたらオレ達は手錠を外されて自由になるはずだ。爺さんはどうする?」
近々、暴動が起こり労働施設を占拠する。そしたらオレ達は自由になるはずだ。オレはローランドとダニエルに復讐する。そして家族に会うために王国へ帰る。
「ワシか……。どうするべきなのか。知り合いも生きているか分からんし、御使い様も亡くなっている。後継者の御使い様も行方知れずだしな」
「親族はどうだ?家族や親戚は?」
「家族がいる村は無くなったそうだ。王国の兵が村を焼いて村人を殺しつくしたらしい……」
王国も帝国と同じことをしていたんだな。王国兵も帝国の村を攻めていたのか……。
「オレは王国出身だぞ。恨みはないのか?」
「お主が生まれる前の事だ。お主が村を焼いた訳でもあるまい。恨みは風化しておるし、ワシが御使い様に仕えたときに家族には今生の別れをしたから問題無いだろう」
今生の別れって。そこまでして御使いさんに仕えたのかよ。ある意味凄いな……。
「だったら王国に来ないか?オレの家族や知り合いは良い人達だぞ!」
「なんじゃ?今度はお主に仕えるのか?御使いとして?」
「御使いとかじゃなくて、友人としてどうだ?仕えている男爵領は農園があるし自然豊かな場所だぞ。伯爵領は街も大きいし精霊達がいるが住みやすいと思う」
「そうか……、考えておこうかな」
爺さんは長年、此処に居たから最後くらいはゆっくりした生活をしてもらいたい。爺さんはオレの提案に笑いながら答えた。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




