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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪食グルメ

作者: シクル

 食べるという行為は生物の本能的な行為だ。

 どんな生物だって何らかの形で食事を取る、もしくは食事という形ではなくとも身体に養分を取り込んでいる。それは植物や目に見えない微生物だって変わりはない。食べるという行為だけは、全ての生き物に等しく存在する行為であり特権だ。

 弱肉強食。弱い生き物は強い生き物に捕食され、強い生き物だってより強い生き物に捕食される。強い生き物だって弱れば本来自分より格下の生き物に食われてしまうことだってある。だけどそんな中で、人類だけがどんな生き物とも違う「食」を見せる。

 道具で武装し、身を守り、如何なる状況下でも単体の戦力において格下或いは格上の生き物からも捕食されない(勿論例外はあるけれど)。その上この世に存在する食べられそうなものは何だって食べる。卵に幼体、栄養価の低そうな部位や、辛味や渋味といった本来味覚が「有益な味」として認識しない味のものだって食べるし、果てにはカビの生えたものや腐ったものだって何らかの方法で食べてしまう。慣れない味は調味料で無理矢理慣らし、加熱煮沸冷凍等ありとあらゆる方法を用いて一つの食材から無数の味を生み出していく。

 食べるという行為は生物の本能的な行動だ。それは生きるための行動であり、そこにはエネルギー補給以外の要素は本来必要ない。と、僕は思う。

 僕だって料理は普通に食べるしおいしいとは思うけれど、本当にそれが生きていく上で必要かと言われれば頷けない。ラーメンとカロリーメイトなら当然おいしいのはラーメンだけど、一食分のエネルギーとしては細かい偏りを考えなければ等価であるとさえ思える。むしろ効率良く必要なエネルギーを摂取出来るカロリーメイト等は、手間のかかる上にある程度栄養に偏りのあるラーメンに比べると優れている気さえする。

 だから僕は食にあまりこだわりがない。嫌いな食べ物なんてないし、僕が判断するのは食べられるかどうかくらいだ。どこどこのケーキじゃないと嫌だとか、あのラーメン屋が一番うまいだとか、そんな話にはあまり共感出来ないくらい僕には食にこだわりがない。


 そんな僕が出会ったのは、僕とは真逆のこだわりを持つグルメのお化けだった。









 カロロ・ル・ド・フォンデュは正直ドン引きする程の美少女だ。まるで名画から飛び出したかのようなその美貌は、町を歩くだけで人目を引く。

 長くしなやかな金髪に、透き通るような白い肌、強気そうな赤い瞳と抜群のプロポーション、平凡な僕――海良院雪臣かいらいんゆきおみは正直隣を歩いててそこそこ惨めだった。

 彼女の綺麗過ぎる金髪はこの黒髪大国日本ではかなり浮く。でも最近はどちらかというと茶髪大国な気がしないでもない。ちなみに僕はどっちでも良い。

 そんな彼女は僕の隣で歩きながら何やらポリポリとかじっている。お菓子のようにも見えるが、お菓子にしては色が汚いし造形もよろしくない。まるでミイラか何かの指だ。

 というかミイラの指だ。

「お前頭おかしいよやっぱ」

 もう彼女がそういうわけのわからんものを食べることについてはつっこまないけど、公衆の門前でそういうのを平気で食べる神経というのはちょっと僕にはわからない。

「気にするから気になるのだ。どうせ美少女がポッキー食べてるくらいにしか思われてないだろう」

 自分で言うかよそれ。

 そりゃ確かに遠巻きに見りゃそうだろうし、綺麗な女の子がまさかミイラの指をスナック感覚でポリポリしてるなんて誰も思わない。僕だって遠くから見たら美少女がポッキー食べてるなーくらいにしかマジで思わない。

 でもアレは全然ポッキーじゃない。

 彼女の食べているミイラの指は偶然立ち寄った骨董品店、名前は蟻がどうとか変な名前だったけど、そこで購入したものだ。

 ミイラの指、と言っても人間のものではなく所謂「猿の手」というやつだ。既に指が二本程折れていたせいか随分と安く買うことが出来てカロロはやたらと喜んでいた。

 猿の手、と言えば代償の代わりに願いを叶えるとかいう胡散臭い代物だ。この猿の手が本物かどうかはわからないけど、まさか猿の手もこうして食べられるとは思わなかっただろう。ちゃんとなんか願え。

「指の折れた所が逆に良い。独特の渋味があってなんとも言えんな」

 そんなことをのたまいながらポリポリポリポリ食べるカロロ。こうして見てても全然おいしそうに見えないのは僕の性格の問題なのか単に食べてるものが意味不明過ぎるのか。

「味なんてすんのかよそんなの」

「私にとってはスナックみたいなものだ。食べるか?」

「いらない、遠慮しとく」

 正直ウデムシくらい無理。

 ウデムシと呼ばれるグロテスクな虫を踊り食いすれば多額の賞金が出るとかなんとかって話だけど、僕にとって猿の手はそのウデムシとあんまり変わらないくらいゲテモノだ。

「僕はこれで良い」

 そう言って僕が昼食代わりに取り出したのはカロリーメイトだ。食べるのに時間もかからないし効率も良い、高い金を払って贅沢なものを食べるよりもこっちの方が何倍も楽で得だ。

「またそんなもので昼食をすましおって。もう少しちゃんと食べたらどうだ?」

 お前が言うなお前が。とは言え、彼女にとっては猿の手はスナックみたいなものだしそれが普通の食事なんだろうけど。

「食べ物なんてどうだって良いだろ。栄養が取れればそれで良い」

「それでは獣と変わらん」

「獣はこんな効率の良いもの作んないだろ」

 そんな僕の屁理屈が少し気に入らなかったのか、カロロは少しムッとした表情を向ける。

「つまらん屁理屈だ。食にこだわり、至高の味を求めることの出来る脳の猶予を持ちながら、何故そんな退屈な食事をする?」

「逆だよカロロ。脳に無駄な猶予があるからそういういらんことにこだわっちゃうんだ」

「無駄を賛美しろ雪臣。無駄を謳歌出来るのは頂点に立つ生き物の特権だ」

 やっぱりカロロとは意見が合わない。カロロは正直食を謳歌するために生まれてきたような生き物だし、彼女には食を謳歌してもらわないと僕に実害が出る可能性もある。そんな彼女と食にこだわりのない僕の意見なんてまあ、一致するわけがなかった。

「まあいいや、それで今日は何で呼び出したんだ?」

 休日の昼間、何でもない平和の休みを楽しむ僕を急に呼び出したカロロは、特に目的を言うでもなくずっとこうして町をぶらついている。骨董品店の猿の手が目的だったのかとも思ったけど、猿の手を見た時の彼女は「欲しかったもの」というより「良いものを見つけた」って感じのテンションだった。

「いや、特にないな。退屈だったから連れ回しただけだ」

 この女僕の休日を何だと思ってやがるんだ。





 カロロと行動していない時の僕は至って普通の高校生だ。普通に朝起きて学校に行き、適当に授業を受けて部活に出るでもなく家に帰る。あんなミイラの指とか食べるイカレた女と四六時中付き合う元気はない。

 一日の授業が終わり、放課後に校舎を出て帰路につこうとしていると僕の前に一人の女子生徒が立ちはだかる。

「見ました、先生は見ましたよ」

 長いポニーテールを揺らしながら、どこか芝居がかった口調と様子で彼女は唐突にわけのわからんことを口走る。

「誰が先生で何を見たんだ」

 というかどう見ても女子生徒で僕の幼なじみだった。

「この目でしっかりばっちりはっきりと」

「用件を言え用件を!」

「君のエンコーを!」

 意味がわからなくて正直頭を抱えた。

「わかった、とりあえず続けてくれ」

「いいですか、先日私は休日の君をストーキングしていました」

「既に犯罪じゃねえか」

「そして私は見ました……君が知らないおじさんにお金を渡されてどこかへ連れていかれるのを」

「僕はホモなのかよ」

「ホモなのは構いません、ですが、ですが大切な青春をお金で売ろうなんてのは間違っているとは思いませんか!?」

「僕はホモじゃない」

「ホモであることは否定しません、あなたはあなたの好きな人と付き合えばいいのです。ですが、エンコーは間違っていると思いませんか!?」

「僕はホモじゃない」

「要するに私は休日に雪臣が知らない女の子と歩いてるのを見たよって話なんだけどさ」

 それを最初に言え。



 僕をホモ扱いするこの女子生徒は大河内美幸おおこうちみゆき。陸上部のエースにして校内男子に人気ランキング十位以内(新聞部調べ)に毎回ランクインしているポニーテールの似合う僕の幼なじみだ。

 人懐こい性格とかわいらしい童顔もあいまって見慣れてる僕から見ても美少女なんだけど、さっきの会話の通りどうもなんか脳の回路が変だ。

「いやあ先生はびっくりしたよ? まさかホモの雪臣君に彼女が出来たかと思ってさぁ」

「僕はホモじゃない」

「あんな美人のお姉さんが従姉妹とはねぇ……ホモという概念を司る雪臣君も中々隅に置けないよ」

「ホモは僕じゃない」

 何でそんな執拗にホモ扱いするんだ……。

 美幸が言っているのはカロロのことで、先日休みの日にカロロに連れ回されているとこを目撃したらしいのだ。実際はストーキングしていたわけではなく、単に暇つぶしにぶらついていたらたまたま見かけたんだとか。世界は狭い。

 とりあえずカロロは従姉妹ということで説明しておいたけど、正直かなり無理があったのに意外とすんなりわかってくれてそれはそれで心配だ。美幸はもっと人を疑った方が良い。

「そういえば陸上部はどうしたんだよ? まだ練習の時間だろ?」

 陸上部で日夜鍛錬する美幸は、基本的に僕とは帰宅時間が合わない。朝は早いし帰りは遅いから学校に泊まってるんじゃないかと疑ってしまうくらいだ。

「テスト期間、だから日曜も休みだったってわけよ。謎は解けたかなー?」

「ああそういやそんな時期だったっけ」

「学生らしからぬ発言! そんなだから万年中の下なんだよ!」

「うるせえお前なんか下の中くらいじゃねえか!」

 余談だけど美幸の成績はすこぶる悪い。僕も良い成績とは言い難いけど、体育以外の授業についてはホントに美幸の成績は悪い。

「私は部活で結果出して学校に貢献してるからちょっとくらい悪くても良いのー」

「学業の目的は学校への貢献なんかじゃないだろ!」

 かと言って僕は僕で何かしら目的があって勉強してるわけじゃないけど。

「まあいいや、テスト期間だってんならもうさっさと帰ろうぜ」

「それは出来ない……」

 顔をうつむかせ、何やら勿体ぶるように言い淀む美幸。何か部活や友人関係のことで帰れない理由でもあるのかも知れない。

「……何かあるのかよ?」

「私は……私は、走る!」

 思ったより衝動的だった。

「ダメ、やっぱり一日に一回以上は走らないと死ぬ! 体育会系の私は身体がそういう風に習慣づけられてしまっている!」

「泳いでないと死ぬマグロか何かかよ! 僕も人のこと言えないけどテスト期間くらい勉強しに帰れ!」

「マグロでもサバでもカツオでもキスでもアジでも好きなように呼ぶと良い……しかし私のこの吹き抜ける旋風が如き衝動は誰にも止められないぜ……!」

 魚の選択肢多いなぁ……。

「海良院君の言う通り、テスト勉強はした方が良いと思いますよ。早く帰りましょう」

 マグロだのなんだのくだらないやり取りをしていると、後方からやってきた一人の男性がそう声をかけてきた。

「もっくん!」

百雲もくもです、せめてさんはつけて欲しいですね……」

 そう言って困ったように美幸に笑いかけているこの男性は、百雲寿司もくもひさし。先日うちの高校に教育実習生としてやってきたばかりの男性だ。美幸の言う「もっくん」というあだ名は勿論美幸がつけたものだが、そのあだ名は瞬く間に学校中へ広まっていき、今じゃもっくんと呼ばない生徒の方が少ない。ちなみに僕はちゃんと百雲先生と呼ぶ少数派だ。

「もっくん……でも私走らないと……。私が死んだら責任取れるんですか! っくんになっちゃうよ!」

「ちょっと意味がわかりませんが、走るなら走るで、なるべく遅くならないようにした方が良いですよ。もう三日前ですし」

 もうそんなに迫ってたのか……。美幸に偉そうに言ったものの、テスト期間だという自覚さえなかった僕は僕でかなりやばい部類な気がする。

 そういえばグラウンドに人気がないというかホントに人がいないなと思ったら、もうテスト三日前でどこの部活も止まっているということなのだろう。美幸に限らず、部活動が毎日の習慣になってるような連中の中には動き足りない奴も結構いるのかも知れない。

「わかった……程々に走る……」

 結局走ることにしたらしい。





 百雲先生と別れた後、結局走ることにしたらしい美幸はグラウンドで制服のまま全力疾走。僕はと言うと……

「待ったぞ雪臣。貴様が下らない茶番に興じること実に十分二十七秒。このロスタイムをどう見る?」

 何故か校門の前でカロロに捕まっていた。

「待たれてることなんてわかんないんだから無茶苦茶言うなよ!」

「馬鹿を言え馬鹿! 携帯にメッセージを送ったハズだぞ」

 うわ今メッチャ馬鹿って言われた。

「あ、やべえホントだ。それは悪かった、ごめん」

 ポケットに入れたまま放置していた携帯を確認すると、確かにカロロからのメッセージが数件届いていた。用事があるから校門の前で待ってるって予め連絡が入っていたことに気付かなかった以上、こればっかりは僕に非がある。

「まあいい。それはそうとアレはなんだ」

 そう言ってチラリとカロロはグラウンドの方へ視線を向ける。すると、いつの間に走るのをやめたのか美幸が校門付近の大木の影からジッとこちらの様子を伺っていた。

「いや、アレはなんというかマグロというか……」

「引き締まってるな」

 そりゃあもう陸上部ですから。

「別に私は構わんが、アレは大丈夫なのか?」

「大丈夫かって……何がだよ」

「よく見ろ雪臣」

 そこでニタリと、カロロが笑みを浮かべる。その表情を見た瞬間、僕の背筋をゾクリとした怖気が走り抜けた。この顔を見せた時のカロロは本当にやばい、何をしでかすかまるでわからない。慌てて美幸の方へもう一度目を向けると、彼女の背後には一人の男が迫ってきていた。

「って、百雲先生じゃねえか。アレの何が――」

 言いながら二人の方を注視していると、百雲先生は突如背後から美幸に掴みかかると、そのままかつぎ上げてあり得ない跳躍力でそのまま校舎の屋上まで飛び跳ねていった。

「カロロ、アレって……!」

 もし百雲先生が僕の想定通りの存在なら、どう考えてもこれから美幸はロクな目に遭わない。嫌な想像を振り払い切れずにあたふたする僕を見て、カロロは薄っすらと笑みを浮かべた。

「ああ、私達も行くぞ」

 そうこうしている内にも、百雲先生は凄まじい勢いで建物の上を飛び跳ねながら山の方へと向かって行く。

「行くってどうやって……!?」

「飛ぶんだよ」

 飛ぶんスか。





 山に降りた瞬間、僕は自分でも引くくらいの勢いでその場に吐いた。

「だらしないぞ雪臣。この程度で酔うなど」

「う、うるさいな……だいたい、僕は高いところも船みたいに揺れるところも苦手だって前から言ってるだろ……! それを面白がってわざわざ揺らしやがってこの性悪女!」

「何とでも言うが良い。性悪でも美少女は美少女だ、事実は揺るぎない」

 破れたスカートを整えながら、こんなことを自分でのたまっちゃうんだからホントコイツ最悪だよな。

 山に到着して、カロロに案内されるままに進んで行くと、百雲先生と美幸はすぐに見つかった。

 美幸は気を失っているようで地べたに仰向けに倒れており、その美幸に覆いかぶさるような態勢で百雲先生は呼吸を荒げていた。

「美幸!」

 今まで美幸に夢中だったのか、僕が声を上げたことでやっと百雲先生は僕達の存在に気がついて視線を向ける。その途端、先程まで荒げていた呼吸を落ち着かせ、いつもと変わらない穏やかな表情で僕達に微笑みかける。

「おや、いけませんね。テスト三日前は帰って勉強するように教えたハズですよ」

「その帰って勉強しなきゃなんない生徒をさらった変態教師には言われたくねえよ」

 僕はギロリと百雲先生を睨みつけたものの、先生の方はどこ吹く風と言った感じだ。まるで僕のことを相手にしていない。

「雪臣、こいつが今日の食材だ」

 カロロがそう言うやいなや、百雲先生の身体が徐々に変化していく。全身が毛に覆われ、優男風だった顔はいつの間にかマントヒヒみたいな顔になっている。というかマントヒヒだ。口元から牙を剥き出し、四つん這いになってカロロを睨みつけている。

 遠目に見ればただのマントヒヒだけど、百雲先生は違う。その手や足、胸、腹部、その至る所に顔についているのとは別に眼球がついていて、それらがギョロギョロと周囲を見回している。

「姿を現したか……中々肉付きの良いホモ好みの体型だな。なぁ雪臣」

「僕はホモじゃないっつってんだろ!」

 君ら何なの。

「さて、いただくとするか」

 だらりと。カロロの口から唾液が垂れる。いつの間にやら口の形状が大きく変化しており、その形は人のものとは大きくかけ離れている。一見ごちゃごちゃしているようにも見えるけど、綺麗に収納されたその牙は、まるでカマキリのようだ。

「ダメですよ、彼女は私の――」

「ふん、そのマグロには興味がない。お前だよヒャクメヒヒ、私はお前が食べたい」

 我慢出来なくなったのか、今度はカロロの目が変化する。もう既に顔の形も別物になってしまっており、彼女の原型と言えばもう髪型くらいのものだ。大きく突き出た緑色の目には、一点だけ黒目が残っている。その黒目を百雲先生へ集中させて、カロロは口……というより顎をカチカチと鳴らしながら笑みをこぼした。

「ちょっと待ってろ雪臣。グル友のお前にもちゃんと分けてやるからな」

 いや、いらない。とは言えないから僕は黙って見ているしかない。

「……そうか、聞いたことがありますよ。確かフォンデュ家でしたか……怪異や妖怪のみを好んで食べる悪食あくじきの一族」

「グルメだよヒャクメヒヒ。貴様らこそ人肉ばかりで飽きんのか? 食に対する渇望が足りんぞ」

 もう既にカロロは人の形をしていない。細くてしなやかだった両手は刺の無数についた鎌に。美しくきめ細やかだった白い肌は淡い緑色に。まるでカモシカのようだった足は更に細くなって最早虫だ。おまけに四本に増えてしまい、後ろに突き出た臀部と共にスカートを完全に突き破ってしまっている。

「悪食妖怪ですか……興味はありませんでしたが、食事の邪魔をするようなら……!」

 語気を荒げると同時に、百雲先生――ヒャクメヒヒはカロロへ飛びかかる。そこで繰り広げられる巨大カマキリと妖怪マントヒヒの戦いを避けながら、僕は美幸の元へ駆け寄るとすぐに抱き上げて木陰に隠れる。

 そう、妖怪だ。町を歩けば誰もが振り返る美少女、カロロ・ル・ド・フォンデュは正真正銘化け物だ。それもかなり悪食の。

 彼女が猿の手をポリポリ食べるのも、僕を乗せてこんな山まで飛んでこれたのも彼女が化け物だったからだ。


 日本で言えば妖怪、海外でいえば悪魔やら何やら様々な呼称を持つ所謂「怪異」の類は、古来から実在する。彼らの内何種かは主に人間を主食としており、歴史の表舞台にこそ現れないものの幾度も人を脅かしてきた。

 そんな怪異達の中でも一際特殊な偏食家、それがフォンデュ家と呼ばれる怪異の一族だ。

 フォンデュ家の怪異は、怪異しか食べない。カロロの話では人間や動植物はあんまりおいしくないんだとか。

 フォンデュ家の現当主であるカロロも例外ではなく、彼女も怪異の類だけを食べ続ける。中でもカロロは食べることにこだわりを持っており、世界各地様々な場所を歩き回って様々な怪異を捕食してきたらしい。それが彼女の――グルメ道だ。

 そして今回、僕の学校付近で怪異の臭いを嗅ぎつけたらしい彼女はグル友(グルメ友達)の僕を呼び出して一緒に狩ろうと誘ってきたのだった。

 いつも思うんだけど、カロロのやつ「一緒に狩ろう」と提案こそするものの、結局全部一人でやってしまう。どうせ僕にはなんにも出来ないし出来るわけがないんだからそれで良いんだけど、もうストレートに付いて来いとかで良いんじゃないかなぁ。


「ひ、ひぁ……ッ」

 ボケっと見ている間に化け物バトルも終わりつつある。カロロの凶悪過ぎる両手の鎌で手足を切断されたヒャクメヒヒは、怯えきった様子でカロロを見ていた。

「しまったな……少しやり過ぎた。あまり傷むと味が落ちる」

「や、やめてくれ……大体、お前達一族は頭がおかしいぞ! 共食いなんて……」

「共食い? 馬鹿かお前は」

 カマキリの顔が、グニャリと笑みで歪む。

「お前らと私は対等じゃない。食材がお前らで、食べる側が私だ」

 人が実質的な食物連鎖の頂点に立ってから久しい。もう既に人間にとって牛や豚、魚等の食べられる動植物は対等な存在ではないし、意識的にせよ無意識的にせよ一方的に捕食してしまっている。カロロが言っているのはそれと同じだ。カロロにとって他の怪異ははなから対等な存在ではなく、ただの食材に過ぎない。だから殺す、だから喰らう、理屈は人間と何も変わらなかった。

「さて、少しマナー違反だがつまませてもらうぞヒャクメヒヒ……」

 いただきます、そう小さく呟いて、カロロはヒャクメヒヒの胸部に食らいついた。

 既に身動き出来ない身体を、よじることさえ出来ないように両手の鎌で捕らえ、四方に展開する凶悪な牙で肉を抉り、咀嚼していく。その一見グロテスクな光景を、僕はジッと見つめていた。

 どうしてもこの瞬間だけは目が離せない。カロロのつまみ食いなんて何度も見てきたけど、いつもジッと見つめている。最初に出会った時と同じだ。

 かつて偶然彼女が怪異を捕食している所を見かけた時、僕は身動きが出来なかった。単純に恐怖もあったけれど、何よりカロロの食べる姿に釘付けになっていた。

 ただ、食べているだけだ。弱肉強食の法則に従い、強者であるカロロが捕食する、ただそれだけのことだ。なのに僕は、それがどこか美しいと感じてしまった。本能のままに食べる化け物の彼女の姿は、嬉しそうで、至福に満ちていて、まるで食べることこそが生きる意味で、至上の喜びであるかのようだった。

 僕にはそれがわからない。わからないからこそ、それを謳歌する彼女が興味深かったし、存分に愉しむその姿は何故か美しいと感じてしまっていた。





 程なくして、彼女のつまみ食いは終わる。既にヒャクメヒヒはピクリとも動かなかったし、その姿は明らかに死体だった。

 僕達は人の姿に戻ったカロロと共に美幸を家まで送り届け(グラウンドで倒れていたことになっている)、カロロの呼び出した車でヒャクメヒヒの死体と共にカロロの屋敷へと向かった。



 カロロの自宅はちょっと古風な洋館で、町外れの山中にポツンと建っている。洋館自体は昔からあったものだけど、カロロが住み着いたのはつい最近の話だ。昔の富豪が建てたらしいこの洋館はそれなりの値段がついていたらしいけど、カロロがこの町で活動を始めるにあたって買い取ったらしい。怪異の財力はよくわからん。

 そんな広い洋館の一室に案内されて、僕は白いテーブルクロスの敷かれた長い机の一席に、カロロと対面になるように座っていた。カロロはいつもの毅然とした態度はどこへやらといった感じで、夕飯を待っている子供のようにウキウキしている。その一方で僕の方はわりと絶望的な面持ちだった。

 というかカロロは実際夕飯を待っている。先程捕らえたヒャクメヒヒは、現在この屋敷の使用人によって調理されているのだ。

「楽しみだな雪臣よ。ヒャクメヒヒはそこそこ珍しい固体でな。私も初めて食べる」 

 道理でなんかいつも以上にウキウキワクワクしていらっしゃると思ったら、どうやらヒャクメヒヒは今回初めて食べるらしい。

 というかあんなのどうやって調理するつもりなんだろう。普通に考えて肉の部分を食べると思うけど、カロロのことだからそんな普通っぽいところをメインディッシュにするだろうか。大体僕を呼んで晩餐会をやる時は、肉の部分とかよりもグルメ的な普通食べなさそうなところを調理する時だ。

 ちなみに前回の何かの角(怪異の名前は忘れてしまった)は最悪だった。普通に食べれたものじゃないし、僕にとっては岩か何かみたいなものにしか思えなかった。アレを胃に収めて消化した事自体わりと奇跡だろう。

「ち、ちなみにどこの部分がメインなんだ……?」

 恐る恐る問うと、カロロはふふんと得意げに鼻を鳴らす。

「目だよ雪臣。この屋敷の書物によれば、ヒャクメヒヒの目は美容に良いらしい。最近少し肌荒れし始めているからな、グルメついでに健康促進だ」

 今回も最悪だった。


 さて、どうして僕がこんなふざけた化け物の晩餐に参加させられているかというと、それは単純に僕がカロロのグルメ友達ということになっているからだ。

 初めてカロロのつまみ食いを僕が見てしまった時、当然僕は殺されかけた。そりゃそうだ、普段人間に化けて活動しているカロロだ、本性を現してつまみ食いを終え、人間の姿に戻るところまでキッチリ見ているような奴がいたら間違いなく殺す。僕がカロロでも多分殺すかそれ相応の処理をするだろう。

 勿論僕は全力で命乞いをしたし、自分でも情けなくなるくらい「僕はおいしくないです」と繰り返した。

 その命乞いがうまいこと効いたのかそれとも彼女の気まぐれなのか、カロロは最終的にこう言った。

「丁度一人で退屈していたところだ。お前、私のグル友にならないか?」

 最初はまるで意味がわからなかった。けれど、話を聞けばどうも彼女は一緒にグルメを追求する友人を欲しがっていたらしい。

 命が惜しい僕は二つ返事で承諾し、命と引き換えにカロロという化け物の晩餐にしばしば付き合うことになった。

 というわけなので、僕の胃袋はもう何度も何度も化け物を消化してることになるし、あんなもの食べて何で身体壊さないでいられるのか我ながら不思議である。その内何かあったら訴えるまである。カロロに法が通じるとはまるで思わないけれど。


「さあ雪臣、晩餐の時間だ」

「お、おう……」

 運ばれてきたのは綺麗な皿に並々と注がれたスープだ。添え物なのか隣にはサラダのようなものも置いてある。カロロのグラスには赤いワイン(原材料不明)が注がれているけれど、僕のグラスはオレンジジュース(酒が飲めないので僕が買ってきた)だ。

 このスープ、百雲先生なんだよなぁ……。

「スープはヒャクメヒヒの体液が原料だ。昔家にストックしてあったものをスープにしたが、アレは中々旨いぞ、庶民的な味わいだが後味が良い。今回のは新鮮だからまた違った味わいになるだろう。そして特筆すべきは……これだな」

 そう言ってカロロがスプーンでスープからすくい上げた球体を見て、僕は吐きそうになるのを必死でこらえた。

「これを食べるのは本当に初めてだ。素材の味を愉しむために味付けは薄めになっているから、雪臣も存分に味わうが良い」

 絶対無理って感じだけど出された以上は食べた方が良いというか、食べないと死ぬ。以前出された料理を耐え切れずに吐き出したところ、一瞬でカマキリの姿になったカロロに本気で殺されかけた。吐き出すのは食への冒涜だとか何とかって理屈はわかるんだけど、まず真人間の僕が化け物の食事に付き合ってること自体無理があるとは思わなかったのか。

 命を見逃してもらってる以上逆らえないからどうにも出来ない。

「そしてこっちはお前のおかげで見つけられた猿の手だ。あのまま素で全部食べてしまうのは勿体ないからこうしてサラダにしてもらった。味は私が保証しよう」

 味は保証されても無事は保証されない食事だ。

「いただきます」

 律儀に手を合わせ、丁寧に食器を使って食事を始めるカロロの姿は非常にお嬢様然としているのだけど口元が化け物なので普通にグロテスクだ。カロロはこうして料理を食べる時はほとんど人間の姿で人間のように食べはするけど大体テンションが上がり過ぎて口元が途中で化け物になる。いつもは中盤くらいまで人間のまま食べるんだけど、どうも今回は最初からハイテンションらしい。

「独特な噛みごたえだな」

 ぱきゅ、だなんて普段あんまり聞けない音を鳴らしながらカロロはヒャクメヒヒの眼球を噛み砕いていく。そろそろ僕も食べ始めないとカロロに咎められる頃合いだけど今回の料理はいつもと比べるとあまりにもゲテモノ過ぎて食べる気がまるで起きない。僕の本能が「これは食べ物じゃないぞ」って警報を鳴らし続けている。

 おっかなびっくり、といった感じでヒャクメヒヒのスープをスプーンですくって一口すする。味覚がその刺激を認識した瞬間吐き出しそうになったけど、涙をこらえながら何とか飲み下す。

 舌に絡みつくようにギトギトしたスープはほのかに鉄の香りを醸し出しながら、甘味とも苦味とも取れない感覚で舌を刺激する。胃が全力で拒絶していたけど、オレンジジュースで誤魔化しながら少しずつスープを飲んでいく。

 まずいなんてものじゃない。そもそも味として認識出来るような感覚じゃない。ゴムやプラスチック、金属を口に入れると「これは食べ物じゃない」ってすぐわかるのと同じでこの料理は僕にとって「味」じゃない。食べ物には味があるけど、これは食べ物じゃないから僕にとっては味という概念そのものがこの料理から感じ取ることが出来ない。もう何度もこんなことは経験してきたけど、これを飲んでると今まで食べさせられてきた肉類がギリギリ「味」の範囲内だったんだなと実感させられてしまう。

「雪臣、サラダが素のままで味気ないならドレッシングをかけるのも良いぞ」

 机の上に置かれたドレッシングを猿の手サラダにかけながら、カロロはそんなことをのたまう。そもそも化け物の手の干物に味気ないもクソもあるかって感じだ。それにドレッシングは恐らくこの屋敷で作られたものだし、そうなるとカロロみたいな化け物用のドレッシングということになる。原材料が何なのか想像するのも恐ろしい。

 何だか段々意識が朦朧としてきた。スープのせいなのか、心理的なものなのかわからないけど何だか頭がフラフラしてきている。よくよく考えると、今までこんな身体にとって害でしかなさそうな食事を定期的に食べ続けて平気でいる方がおかしかったのかも知れない。

 最早スプーンさえ持っていられず取り落とし、僕はふらりと椅子ごとその場に倒れ込む。

 カロロが何か言っているけど意識が朦朧としていてうまく聞き取れない。何だか身体が痺れるような感覚の後、僕は意識を手放した。









 次に目を覚ました時、最初に僕の視界に飛び込んできたのは白い電気の光だった。目は動くものの、身体は金縛りにあったみたいに動かない。徐々に動悸が激しくなるのが自分でもわかる。状況が理解出来ないまま、焦燥感のままに眼球をグルグル動かして辺りを見回そうとしていると、カロロが僕の顔を覗きこんできた。

「カ、……ロロ……」

 声がかすれてうまく出せない。そんな僕を見つめながらカロロは微笑を浮かべる。

「麻酔が半端だったようだな」

「ま、す、……い……?」

 何だ、何を言っているんだ。

 麻酔?

「すまない、中途半端に意識が目覚めてしまっているようだがこのまま続けるぞ」

 続ける? 何を?

 そして次の瞬間、僕は自分の身体を見て瞼が痛くなる程目を見開いた。

「痛みはないだろう? そのまま眠っていた方が幸せだったぞ」

 僕の腹は、バックリと切り裂かれていた。

 まだ切り裂いたばかりなのか、臓器は何もはみ出ていない。よく見れば僕は、巨大な白いまな板のような場所に仰向けに寝かされている。

 まな板には血が飛び散っており、よく考えなくてもそれが僕のものだって理解出来る。カロロの手には鋭い包丁が握られており、その刃先は真っ赤に染まっていた。

「は、え、……は……何……?」

 要領を得ない言葉を吐き出しながら、僕はただ困惑する。早まり続ける動悸が焦燥感を駆り立てて思考を阻害する。

 何がどうなった? カロロは何をしている?

「ヒャクメヒヒのスープには麻酔を仕込んでいた。そしてお前はここで調理される直前だ」

 調理? 僕を? どうして?

 グル友だろ、命を助けるんじゃなかったのか? 一体何が目的で――

「なぁ雪臣、興味が沸かないか?」

「な……、にッ……が……?」

「『化け物を食べ続けた人間』がどんな味になるのか……。なぁ雪臣、化け物を摂取し続けた人間の身体はどうなるんだろうな?」

 あぁ、あの顔だ。もう口元も目もほとんどカマキリで、今は夜なのか眼球は黒く染まっている。

「グル友のよしみだ。調理は直接私が行ってやる。さあ私の舌に教えてくれ」

 気が狂っている。気が狂っている気が狂っている気が狂っている。

「お前はどんな味がする?」



 僕が知るかよ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 成る程、少し奇特なバディーものかな? って思った瞬間、メシテロの釣瓶打ちからのどんでん返し。ひどいよ……こんなのってないよ(褒めてます)…… [一言] 読み終わってみると確かに悪食。ゴール…
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