楽しくなるヨ
4話
僕は、その後、店内で店の人から服を受け取った。店の人は、僕たちよりも身長が高くて、表情が変化しなくて怖かった。
僕は早く服が見たかったのだが、ゆらが、家に着いたらネと言うので我慢している。
そう、僕たちは今、ゆらの家へと向かっている。ゆらから聞く限り、ゆらは一人暮らしで、家はそれなりに広いと言う。
僕は、これからゆらと一緒に住むことになるのだろうか。
僕の前を歩くゆらは、僕の手をひいている。
男同士が手を繋いでいるというのは、どう見られてしまうものなのだろうか。少し不安だ。
ゆらはどう思っているのだろうか。いや、別にゆらに変な感情を抱いている訳でもないし、抱いてもらいたい訳でもないが、友達として思うのだ。手を繋ぐのはどうなのだ? と。
しかし、ゆらの事を見ると、大してそんなことを気にしていない御様子で。気にしているのは僕だけか。
そんな事を考えていると、不意にゆらが立ち止まった。どうやらゆらの家に着いたらしい。目の前には、やはりさっきの店と同じく小さめの、紫色の建物が建っていた。
ゆらは家の事を広いと言っていたが、果たして本当だろうか。いや、でもしかし、先ほどの店も、見た目に反して店内は広かった。
「ここ、僕の家だヨ」
ゆらが心底嬉しそうに言う。
ゆらは、紫色の建物の紫色のドアを開けると、どうぞと言って僕を中に招き入れた。
僕はゆらの後について家の中に入り、中を見回した。
家の中は色々な家具が黒と白で統一されていた。床は黒、壁は白、タンスやベッド等は白と黒だった。
モノクロでとても綺麗だった。
「カッコいいね」
「デショ」
部屋は1つしかなく、見る限り、お風呂やキッチンは無いようだった。
「ねぇ、ゆら、キッチンとかは?」
僕の問いかけに対し、ゆらは一瞬きょとんとすると、あぁと言い、説明を始めてくれた。
「うちには無いヨー。お風呂とかトイレとかキッチンとかネ。まず、必要ないんだヨ」
僕は意味が分からなかった。必要ないというのは、共同で使えるような場所があるからの言葉だろうか。
「どういうこと?」
僕の更なる問いかけに対し、ゆらは腕組をして、少し唸った。
「うーん。まず、ここ、つまりこっちの世界は、あっちの世界とは少し違うんだよネ」
こっちの世界とは僕から見れば異世界だ。自分のいる世界とは別の異なる世界を異世界というのであったら、僕がこの世界を異世界というのは少し違うかもしれないが。まぁ、過去形で異世界だったのだ。今では、前までいた世界が異世界なのかもしれない。曖昧だ。
「こっちは、簡単に言うとあっちの世界の人たちの想像なんだよネ。例えば、ボクはるなの想像だし」
ゆらが、僕の想像? いやそんな筈はない。だって、毎日会話していたし、想像ならば僕はゆらの容姿を知っていた筈だし。そう、ゆらは僕の想像なんかではない。ちゃんと、ここにに実在している人物だ。
「相手の考えてる事が読めないって、思ってたより不便だネ」
ゆらが、少し困ったように言う。
ゆらとしてはそうかもしれないが、こちらとしては当たり前の事だ。
「そうかな」
ゆらは柔らかく苦笑すると、僕に説明をしてくれた。
僕なりに要約すると、この世界はあちら(僕がこの前まで居たところ)の世界のおまけみたいなものだ、という事らしい。
あちらの世界は、生活していくために食事や排泄や清潔を保つ事が必要だが、こちらの世界では、そういうものは必要無く、皆ただ生きているだけだという。
にわかに信じ難い事だとは思うが、この異世界が存在するというところから既に信じ難い事なので、どうも混乱する。
黙り込んで考える僕を見かねたのか、ゆらが僕に話しかける。
「だからネ、ボクは、るなの想像から生まれたの。るなが願ったんだヨ? 友達が欲しいって」
僕は、微かな寂しさに駆られ、呆然とした。
ゆらは、僕の想像だったのだ。僕が作ったものなのだ。普通の友達では無かったのだ。
「でも、るながボクを作ってくれたんだヨ。そして、るなの気持ちがボクに自我をくれたんだヨ」
ゆらは嬉しそうに続ける。やはり、気持ちが読まれているのと、そうでないのとでは、大きな違いがあるようだ。
しかし、寂しいが、ゆらが居てくれる事に変わりないのだ。
ゆらのおかげで、僕は今まで楽しくいる事ができたのだ。
僕の戦慄を汲んだのか、ゆらが優しく声をかける。
「ボクが自我を持てるっていうのはネ、ボクを想像してくれた人が、ボクを愛してくれてたって事なんだヨ」
なんでも、ゆら曰く、愛されていない想像は自我を持てないという。そういうもの達は、この世界に生きられないというのだ。
僕は、落ち着くために深呼吸をした。しかし、それはゆらにはため息に見えたようだ。
不思議そうな顔でゆらが問う。
「どうしたの?」
僕は笑った。そういえばこの世界に来て、少ししか時間は経っていないようだが、まだ不安で、心から笑っていなかったような気がする。
しかし、今なら心の底から笑える。
僕は自分の大切な人を、自分で作り出したのだと。本当に笑える事だ。
なかなか有り得る事では無い。
これは皮肉混じりに笑えるのでは無い。大切な人を自分で作り出した、珍しく良い事を成し遂げた、自分への称賛だ。
僕は思わず声に出して笑ってしまった。
そんな僕を見たゆらが、少し怪訝そうに話しかけてくる。
「なんかボク、可笑しい事、言った?」
僕としては全くそんな事は無い。
「なんでもないよ」
そう言いながらも、なぜか笑みが溢れる。
ゆらは、暫く怪訝そうな表情をしていたが、仕方がない。しかし、果たして、仕方がないのは僕の方だろうか、ゆらの方だろうか?
「まぁ、よくわかんないケド、服、着てみてヨ」
ゆらは一瞬で、さっきとは違った表情になり、先程買った服が入っている袋を僕に渡しながら、楽しそうに言った。
服の事を忘れていた僕は、ゆらのその言葉で遠足の前日のような待ちきれない気分になった。
僕はまだまだ子供なようだ。
「うん。どこで着替えてくればいい?」
「ここでいいヨ」
ゆらが爽やかに言ってのけるが、何となく人の前で着替えるというのには抵抗がある。
「いやいや、どっかで着替えてくるからさ」
僕がそう言うと、ゆらは口を尖らせた。折角のイケメンが、まるで幼い子供のような表情。
「つまんないヨー」
いや、つまらないとかいう問題ではない。
「あっちの部屋借りていい?」
僕は隣の部屋を指差した。ゆらは相変わらずつまらなさそうにしている。なんつー趣味だ。
「いいケド……。じゃあ、そこが今からるなの部屋ネ」
ゆらがまるでおままごとのような、軽い口調で言う。結構重要な事だと思うのだが、そうでもないのか?
しかし、異論は無い。
「わかった、ありがと。じゃあ着替えてくるから」
新しく自分の場所となったその部屋に入る時、ふと後ろを振り返ると、つまらなさそうなオーラを出したイケメンが、床にうつ伏せになりながら、「覗くしかないか……?」と呟いていたのは、見なかったことにしよう。
勿論、僕は着替えるときに、部屋のドアはばっちり施錠した。