一緒に行こうヨ
それから僕たちは、ずっと会話をしながら家へ帰った。
一体、こんな僕のどこが寂しい人だというのだろう。僕は全く寂しくないのに。
『ボクがいるからネ』
そうだね。
主に、ゆらを必要としているのは僕一人だ。主になどとは付けなくてもいいのかもしれないが、もしかしたら僕の他にもゆらを必要としている人がいるかもしれない。
いないとは言い切れないのだ。
だって僕はゆらのことを何も知らないのだから。
そして家に着いた僕たちは、僕の部屋に入った。
家に着いた時には、家に誰もいなかった。お母さんもお父さんも仕事に行っているのだ。帰ってくるのは、おおよそ7時くらいだろう。
今はまだ5時だ。外は少し暗い。冬になってから日の落ちるのが早くなってきたことを実感する。
僕は夏より冬が好きだ。暑くて汗をかくよりも、寒くて震える方がまだ見苦しくないと思っている。
僕はそんなことを思いながら、自分の部屋にあるベッドに腰かけた。
ベッドはふわふわとしていて、座るとそのふわふわが僕に伝わる。気持ちがいい。
思わず横になってしまいたくなる。
『本読んでヨ』
ゆらがすかさず本の催促をしてくる。さすがに僕とて、ゆらとの約束を破るわけ無いのだが、睡魔は恐ろしい。
睡魔は色々な気持ちを疎かにさせるためにあるのだろうか。
僕はゆらりと立ち上がり、自分の机からシンプルな本を1冊取ると、今度はベッドに潜り込んだ。
そして、しおりの挟まっているページを開くと読書に没頭した。
没頭するのは良かった、しかし、没頭するということは夢中になるということ。
僕はゆらが僕に話しかけていることに気がつかなかったのだ。
あまり重要な問題ではないが、ゆらにとっては重要な問題だったらしい。
『話聞いてる?』
ゆらが少し怒ったように言う。
ごめん。聞いてる聞いてる。
僕が本を読み始めてから2時間くらいが経っていた。
ゆらは最初、僕が本を読んでいる間は静かに黙っていたのだが、ふと静かに僕に話しかけ始めた。
僕はそれに気が付かず、ゆらは段々機嫌を損ね始めた。
そして、僕がゆらの声に気付いたときには、ゆらは怒っていた。
恐ろしいことだ。夢中になると、時間の感覚はおろか、周囲からの声にも反応できなくなってしまう。
『……聞いてなかったみたいだから、もっかい言うケド』
あ、うん、ごめん。ありがとう。
ゆらがため息を吐いているような雰囲気がする。
姿も見えず、音も聞こえない分、僕らは雰囲気で会話を進める。
『つまりネ、るなは、異世界にいく気はない? ってコト』
……僕はついさっきまで本当に話を聞いていなかったらしい。ゆらの言葉に思わず耳を疑う。
『あるの? ないの?』
え、いや、いきなりすぎないか。そして、情報が少なすぎる。
『うーん、詳しく言うとネ、ボクが住んでるのはこの異世界ってトコ。でね、どうせならそろそろ、るなを連れてってもいい頃かな、なんてネ』
なんてネ、な問題ではない。僕は今まで、ゆらがそんなとこに住んでるなんて知らなかったし、ましてやそろそろ僕を連れていこうなんて考えていることなんて、全く分からなかった。
なんで教えてくれなかったんだよ。
『サプライズってやつ?』
サプライズじゃあないだろう。
まぁ、取り敢えず、何故僕を異世界へ連れていこうなんて言い出したのか聞きたい。こっちとしては、まだなんの情報もなしに、理解が追い付かない状況なのだ。
『え、だって、こっちの世界だと、るなはボクの事見えないし聞こえないデショ。それにボクもるなの事見えないし聞こえないカラ』
え、異世界に行けば、ゆらの事が見えるのか。それはとても惹かれる。
『デショ。おいでヨー』
ゆらは本気で僕の事を誘っているようだ。僕も異世界へ行きたいという思いが無いでもない。それに、もし、この世界にはもう二度と戻れないとしても、未練は全く無い。
『あっちは楽しいヨ。うん、でもこっちには戻ってこれなくなるケド、損はないと思うヨ』
ゆらは本当に楽しそうな雰囲気を醸し出している。
僕は今、たいして迷っていない。本当はもう少し迷って、慎重に考えるべきなのかもしれない。けれど、ゆらは僕の大切な友人。ゆらの事を信じれば、何も心配など要らない気さえするのだ。
『大丈夫。ボクがちゃんと連れてってあげるヨ』
ゆらの安心させるような落ち着いた雰囲気。
その一言で僕の気持ちは固まった。
異世界へ行こう。ゆらと一緒に。
『わーい! じゃ、行こう!』
いや、ちょっと決まったにしてもな、心の準備とかな、色々あるから……。
『今から行くから、るな、小さく丸まって!』
話を聞け!
いや、でも今はゆらの言ってることを実践した方がいいのか?
僕は何故か咄嗟に身の危険を感じ、ゆらに言われた通りに、ベッドの中で丸くなった。僕の手から離された本はベッドから落ちた。
僕は少し何かが恐ろしくなり、目を強く瞑った。
その瞬間、聞こえるはずの無い、誰かの大きな笑い声が部屋に響き渡ったような気がした。