だって恋しちゃったんです 中
「私もあの頃は若かったわ・・・」
「若かった、ってまだ二年しか経ってないだろ」
「高校生にとって、二年は大きいんです!」
「ああー、はいはい」
ちら、と腕時計をチェックする先生。私も黒板の上についている壁時計に視線を向けた。
12時半。お昼だ。ああ、もう終わりまで何分もない。
「先生、お昼は?」
「弁当」
「コンビニ?」
そうだ、と返ってきたなら、じゃあ次から私が作ってきてあげる、と言えるのに。
「昨夜の残り物つめた自作弁当」
残念だったな、と笑う。ああもう、こっちの意図はまるわかりのよう。私の気持ちを分かっていてのその返しは意地悪なのに、してやったり、と笑った顔にドキドキして何も言い返せない。
悔しいけれど、やっぱり、好きなんだと思う。
あの受験の日からの想い。
初めは、大人の男の人、に憧れていただけだったのかもしれない。お兄ちゃんでない男の人との接触。男の人として意識したこと。初めてのことだらけで、恋に恋していただけなのかも。
でも、今は違う。
笑った顔、いたずらが成功したような時の顔、考え事をしているときの顔、いろいろな表情を見るたびに心臓が高鳴る。こちらを見てくれるだけで嬉しい。それなのに、一定の距離以上近づけない。口では、好き好き言っていても、やっぱり嫌われたくないし、何よりドキドキして近づくことができない。
一年生の時には先生は三年生担当で、ようやく今年、一緒の学年になれた。まあ、去年も時々応援で一年生に入ってくれたりはしていたんだけど、でも本当に時々。数学毎時間姿を見られるのは、やっぱり担当学年だからこそ。
希望して数学係になって、先生に準備があるかどうか聞きに行ったり、手伝いで荷物を持って準備室から教室まで歩いたりしているけど、隣を歩くのなんて勇気が出なくて、少し後ろをいつも歩いてる。そして、斜め後ろから先生の姿を大事に目に焼き付ける。
これが恋でなくて何だというんだろう。
「お前な、来年もう受験なんだからな」
「分かってますー」
「分かってるなら、もうちょっと頑張れよ」
「頑張ってますってばー。でもなぜか、数学だけは点数とれないんですよねえ」
こうやって夏休みにも大好きな先生に会える補習があるのは嬉しい。しかも、今日は他の人がお休みで二人きり。
だけど、本当は、いつもいい点を取って、褒められたい。なのに、大好きな先生の教科だけ点数がとれないって、どうしてだろう。
家でも勉強はしているんだけどなあ。
「何でかなあ。家ではね、問題解けるんだよ。でも・・・」
「そりゃ、授業中俺の顔ばっか見てるからだろ」
「は、はっ?」
そんなことは・・・。
「授業中視線が痛い」
「・・・・・・自粛してるもの」
「あれでか?自分が受験を控える高校生だってこと自覚しなさいよ。教科書と恋愛したほうが自分のためだぞ」
「もう、馬鹿なこと言わないでよ」
「ほら、最後一問解いてしまいなさい」
「・・・はあい」
ほら、こうやってさりげなく諭される。私の気持ちを、するっと避けていく。
分かってるよ、自分が高校生だってこと。それでも、やっぱり受け止めてほしいと思うのは、わがままなのかな。
教科書に向き直る。どこの問題だっけ、と一瞬わからなくなって視線だけで探していると、視界に入ってきた先生の指。ここ、と声はなくトントン、と示される。
ああ、こうやって視界に先生の一部分が入るだけで胸が高鳴るというのに、どうやってこの気持ちを止めろというの。
すう、はあ、と小さく息を吐いて、今度こそ問題に向かう。どの公式を使うかはさっき覚えたから、これは簡単。
公式に、問題に出てきた数字を当てはめていく。出てきた答え。答えがはっきりと出る数学は面白いと思う。こうやってさらっと解けるのは何とも言えない快感だ。
先生も、解がはっきり出る気持ち良さにはまって数学の先生になったのかな。
「できた」
「よくできました」
顔を上げたら、目の前にノートをのぞき込む先生の顔のアップが。あ、と思う間に、先生お気に入りの赤鉛筆で丸をつけてくれた。
ああ、びっくりした。でも、こんなことでドキドキしてるなんて、負けるようでなんだか知られたくない。ふいと視線をそむけて、こんなの簡単だもの、と呟いた。
もしかしたらそんな私の気持ちはお見通しなのかもしれないけど、ああそう、と先生は笑った。
何だかなあ。いつも私だけ。私だけこんなに、ドキドキしてる。悔しい。
視界の隅に、時計が入る。十二時四十五分。ああ、もう終わってしまう。
先生との時間を終わらせたくなくて、頭を働かせて話題を探した。
「・・・・・・あ」
「どうかしたか?」
そういえば。
「そういえば、ねえ聞いて、先生。お兄ちゃんね、好きな人ができたみたいなの」
「へえ、園村兄に彼女、ねえ」
「違うわ、彼女じゃなくって、好きな人」
「あっそう。どっちでもいいだろ?」
「違います。全っ然違う!・・・けど、まあ、格好いいお兄ちゃんに好きなんて言われれば、相手だってその気になるに決まってるから、時間の問題かもしれないけど・・・」
「お兄ちゃんっ子のお前は、何だ、ショックでも受けてるのか?」
「べ、別にショックは受けてないけど・・・でも、やっぱり複雑だなあ。お兄ちゃんの隣が私でなくって違う女の子になるなんて」
「いつか彼女になってもいじめんなよ」
「ううーん、どうしよっかなあ」
「・・・おい」
「なあんてね。いじめないよ。だって、私だって先生がいるもの」
「勝手に決めるな」
そう言って軽く私のおでこにデコピンする先生。ほら、こんなじゃれあいが楽しくてしょうがない。
前はきっと、先生の言うように、お兄ちゃんにべったりだったからきっとショックだった。お兄ちゃんに私以外の女の子が、なんて。でも・・・。
「・・・・・・」
「・・・?なんだ、どうした?」
「・・・ううん、なんでもない」
お兄ちゃんよりも、今は。
先生に彼女が、と考えただけで胸が切り裂かれそうなくらいに痛い。
彼女がいるかどうかなんて、聞いたことはない。いないかもしれない。でも、もしかしたらいるかもしれない。先生からは、彼女の話題なんて出てこないけど。だから、これまで堂々とアタックしてきた。
聞けるわけない。怖くてしょうがない。
「さ、それじゃ今日はここまでだな」
「・・・お昼、一緒に食べる?」
「遠慮シマス」
「もう、けち!」
私の振り上げた手を、教科書で受け止めて笑う先生。ああ、この気持ち、どうしたらいいですか。
教科書やノートをまとめて、じゃあお疲れさま、と教室を出ていく先生の背中に、私はもう一度、もう、と呟いた。
「確かにね、格好いいとは思うのよ」
「思う、じゃなくて、格好いいの」
「はいはい。そう、格好いいんだけど。でも先生よ、先生」
「知ってるってば」
「分かってないから言ってるの。相手が先生なんて、ハードル高すぎでしょ。リスクありすぎ。ものすごい確率で結ばれたとしたって、隠さなきゃいけない」
「・・・うん」
「生徒同士の恋愛のほうが気楽よ。成就する可能性だって高いし、何より隠さなくていい。楽しいと思うんだけどなあ」
ぶつぶつと階段の踊り場でこぼしているのは、栞だ。去年からクラスが同じで、いつも一緒。もちろん、私が先生が好きなことも、知ってる。分かってくれてる。
それでも、さっきからずっと反対するようなことを言っているのには理由がある。
「海斗くん、いいと思うんだけどなあ。断るなんて信じられない!」
「・・・・・・」
海斗。篠田海斗。同じく二年生の、去年同じクラスだった男の子。その彼に、たったさっき告白されたから。もちろん、断ったけどね。それが栞は気に入らないらしい。
スポーツができて、愛想もいいから、いつも友達に囲まれている。以前話した時、確かに爽やかでいい人っぽい感じはした。でも、それだけだ。
好きだと言われても、え、と驚きはしたけれど、胸が高鳴ることもなかった。それどころか、思ったのは、先生も私にこう言われてこんな感じなんだろうか、ってそんなこと。
海斗くんには、片思いっていう同じ立場にいる人間として大変申し訳ないと思う。でも、やっぱり私の好きな人は先生で、それはどうしても変わらなくて、変えたくもなくて。
可能性は全くないのか、と言われたけれど、先生に振られたからじゃあ海斗くんで、っていうのはもっと失礼だと思うから。正直に、ごめんなさい、と答えた。
「いいよ、突然ごめんな、だって」
「・・・・・・覗き見してたのね」
「もちろん。親友の一大事よ」
「そんな胸張って覗き見してたって言われても」
「いい人だと思うよ、本当に。裏表もなさそうだし」
「・・・うん」
「付き合ったら、きっと楽しいと思う。放課後にお茶したり、遊びに行ったり」
「・・・うん」
「それでも、付き合ってみようとは、少しも思わなかった?」
「・・・うん。だめ、だった」
「そっか」
「うん」
「じゃ、仕方ないね」
壁に寄りかかっていた体を起こして、うーんと伸びをする栞。そんな栞を見ながら、私のことを思ってくれていることが分かるから、申し訳ないな、と思う。
でも、栞だけじゃなく、他の誰から言われたって、やっぱりうなずく気はなかったから。
「・・・楽しいことをしたいから一緒にいたいんじゃなくて、好きな人と一緒にいるだけで幸せだと、思うの」
「・・・ふうん?」
「無理して楽しいことをしようとしたって、きっとそれは本当に楽しくは、ない、かなって」
上手く言えないけどね、と言いながら、私も壁から背中を離して、階段に向かった。栞も続いて、二人で、とん、とん、とゆっくり階段を降りる。
私は楽しいけどなあ、とぶつぶつ言う栞には、中学から付き合っている彼氏がいる。
でも、楽しいのはその彼氏が好きだから、でしょ、と言うと、まあそうなんだけど、と返ってきた。
嫌いじゃないけど、特に好きじゃない人と二人きりでお茶に行ってもきっと微妙な空気だと思わない?彼氏の友だちと二人で遊びに行くと考えればどうよ、と言えば、まあそれはそうかも、と呟いてから、ようやく笑顔を見せた。
「ああー、でも残念!」
「ほら、栞、もうこの話は終わりにしよ。ほら、学年コーナーでは内緒だよ」
「もちろん、話題にしちゃって海斗くんに申し訳ないしね」
「海斗?篠田のことか?」
「へっ?」
突然海斗くんの名前が出てきて、驚いて上を向けば上の階からひょこっと顔を出した人物がいた。
「せ、せんせい?」
まずい、と焦る。今の話、もしかして聞かれた?
いつでも会いたい先生、でもできれば今だけはあまり会いたくなかったかも、なんて思った瞬間。
視界が回った。
「おいっ!?」
「わ、くるみ!?」
何がどうなったか分からないけど、気が付けば、階段の一番下の段に背中をもたれて地べたにぺたりと座っていた。
「・・・ったた・・・?」
くるみ、と栞が慌てて近くにしゃがむ。
「大丈夫!?」
「あー、うん、なんとか・・・?」
「なんとか、って・・・ビックリさせないでよ」
「あー、ごめんー」
本当に心配そうな栞に、へらりと手を振って笑ってみせる。
「おい、大丈夫か」
続いて慌てて降りてきたのは、先生。ああ、間抜けなところ見せちゃったなあ。
「頭、打ってないか」
「え?あ、ああ・・・頭は、平気です。痛くないし・・・」
「痛いところは」
「え、と・・・特に、ない、かな」
「・・・・・・」
そんな、心配しなくても大丈夫ですよ、と先生にも笑ってみせれば、は、と息をつきながらその場にしゃがみ込んだ先生。
「・・・先生?」
「・・・びっくりさせるな」
「え?あ・・・え、と」
脱力して、大きく下がった先生の頭。
本当に心配してくれたんだと分かって、驚かせて申し訳ないと思うと同時に、少しだけ、嬉しさを感じる。
「ごめんなさい」
「・・・まあ、上から突然声をかけた俺も悪かったからな。だけど・・・ひっくり返るとは思わなかった。お前、上向きすぎだ」
「あはは、そうですよね」
「笑い事じゃない」
そう、ようやく顔を上げた先生におでこをこつんと小突かれる。
注意されたのに、ふふ、となんだか嬉しさが込み上げてきて、止めようと思っても笑ってしまう。
こうしたちょっとしたことで、ああもう、好きだなあ、と思うんだ。
「・・・ところで」
そこで、ずっと私と先生とのやり取りを見ていた栞が、口を挟んできた。
ごめん、忘れていたわけじゃないんだけど。
「さっき、海斗くんのこと、探してましたよね?」
「ん?ああ・・・探してた。どこにいるか知ってるか?俺じゃないんだが、斉木先生が探しててな」
「斉木先生が?海斗くんなら、教室か、もしくはまだ屋上だと思いますよ」
「屋上?」
「し、栞?」
「さっきまで、くるみと一緒にいたんです、彼」
「栞ったら!」
何で、先生に、そんなこと。
慌てて栞を止めようとしても、栞の口は止まらない。しかも、言い方が少しきつい。どうしてそんな、けんか腰のような声音で。
栞の、どこか怒ったような表情から視線を離せない。先生に視線を戻せない。
手に、腕に、背中に、どっと嫌な汗が噴き出してくる。
ああもう、先生、黙ってないで何か言って。でも何を言うかこわい。やっぱり何も言わないでいてくれたほうが・・・。
「・・・ふうん?」
「何をしていたか気になります?」
「ちょ、ちょっと、し、しお・・・」
「高校生の恋愛事情にはあまり詳しくないからね。まあ、でも告白、かな。篠田から園村妹に。正解だろ?」
「正解です。・・・先生は、どう思います?」
「篠田、ねえ。いいやつじゃないの。頭もそこそこいいし、スポーツできるし、性格もいいし」
「先生もそう思います?」
「モチロン」
「でも私が聞きたいことは、海斗くんについてじゃなくて、先生の気持ちなんですけど」
「ん?」
「今、分かっててはぐらかしましたよね」
「何の話かな」
「・・・大人の人のそういうところ、嫌いです」
「ごめんね」
「じゃあ、はっきり言います。答えてほしいのは、先生の気持ちです。教えてください」
「俺の、ねえ・・・」
二人の会話が大変ハラハラするんですけど。ああ、栞ったら、突然何を言うの、先生に。
先生も、少しずつイライラしてきているように見えるし。
それになにより、先生の答えが、こわくてたまらない。
「俺は」
「あ、あああっと、もう、こんな時間!」
「くるみ?」
「もう昼休み終わっちゃうよ、栞、補習始まっちゃう。準備しなきゃ」
「・・・くるみ」
「ほら、行こ!先生も、次の準備があるでしょ。こんなところで油売ってないで・・・」
これ以上ここにいるのは心臓に悪い。そう思って、二人の会話を中断させ、勢いよく立ち上がった。
と。
「・・・ったあ―――」
せっかく立ち上がったのに、またその場にうずくまってしまった。
い、痛い。足首が。
靴下の上からじゃよく分からないけど、もしかしたら落ちた時に捻ったのかもしれない。
「・・・捻っちゃったみたい」
「そうみたいね」
えへ、と栞を見れば、はあ、とため息を落とされた。
あれ、どうしてそんな呆れたような顔をしているの。
「・・・広沢先生」
「何だ」
「次、授業あります?」
「次は・・・空き時間だけど」
「じゃ、驚かせた責任を取って、くるみを保健室までお願いします」
「は?」
「え?」
「それじゃ、私補習なんで」
補習の先生には言っとくから、じゃあね、手を振ってあっさりと背を向けた栞は、私たちの目の前からあっという間に姿を消してしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・せ、先生?」
「・・・・・・なんだ」
見るからに面白くなさそうな顔。こんなにあからさまに不機嫌な顔は珍しい。
こんな表情もするんだな、とその表情を心に保存して、言葉を続けた。
「あの、私、自分で保健室行けるから、大丈夫です」
「・・・・・・その足で?」
「ほ、ほら、ゆっくり、ひょこひょこ歩きで。次の時間、どうせお休みするんだから、時間かかったって」
「時間かかったって、って・・・早く手当てしたほうがいいに決まってるだろう。全く・・・」
相変わらず不機嫌そうではあるけれど、さっきよりは少し声から棘が抜けた感じ。
ああ、良かった。ほっと胸をなでおろす。その一瞬の油断がいけなかった。
「ほら、行くぞ」
その言葉が聞こえた次の瞬間には、視界が高くなっていた。
これは、ままま、まさかの。
「お、お姫さまだっこ!?」
「ああ、そうともいうか」
「ちょっ、まっ、おっ」
「ちょまおって何だよ」
「ち、違!そ、そうだ、お、おんぶ!おんぶがいい!」
「お前、スカートだろ。中見えるぞ」
「うっ」
「ほら、女っていったってそれなりに体重はあるんだから、首に掴まっとけ」
だって、だってね、だってこれ、顔が近すぎるんだよ、先生。息がかかりそうな近さ。
今までこんな近くに寄ったことなんてないんだってば。少し近くに行っただけで、あんなにドキドキするのに。
こんな至近距離で。しかもくっついて。
これじゃ、心臓の高鳴りが伝わっちゃうよ、先生。
「・・・・・・こういう時は軽いなっていうもんだよ」
いつもは簡単に軽口に答えられるのに、今は、そう小声で返すのが精いっぱいだった。
保健室の先生は席をはずしていて、保健室に二人きり。ああ、受験のときみたいだな、と思う。あの日は、私はベッドに横になっていたけれど。
先生から渡された氷水を、赤く腫れている足首に当てたまま、包帯を探す先生の姿を見つめる。
先生、さっき何を言いかけてたの。本当は、どう思ってるの。海斗くん、いい人だって言ってたけど、私が海斗くんと付き合えばいいって、思ってるの。
聞きたいことはたくさん。でも、どれもこれも聞く勇気がなくて、声には出せなかった。
「・・・ああ、あった」
「・・・包帯?」
「テーピングの方がガッシリ固定できると思うんだけどな、まあ包帯でもいいだろ」
「・・・違いがよく分からない」
「ああ、お前、運動部じゃないんだっけ?」
「部活?あ、と・・・うん、茶道部」
「へえ、茶道ねえ」
「な、何、似合わない?」
「意外だなって。別に似合わないとは思わないけどな。ああ、でもそうか、菓子目当てか」
「ち、違うもん」
「どうだか」
そんな軽口をたたきながらも、目の前では、無駄のない動きでどんどん足首が固定されていく。
「・・・すごい」
「何が?ああ・・・これ?学生の頃、部活でよくテーピングしてたから」
「え、運動部だったの?何部?」
「何部だと思う?」
「え、と・・・野球?」
「残念、サッカーでした」
「・・・ふうん」
先生が学生時代の頃。しかもサッカー部。きっと、格好良かったんだろうなあ。
サッカー場に黄色い声援とか飛んでそう。・・・想像するだけでちょっと嫌だ。
「眉間にしわが寄ってるぞ」
「・・・先生がもててただろうことが想像できて嫌だ」
「あ、そう。・・・よし、と」
私の言葉をさらりと流して、先生は包帯の端を巻いてあるところに織り込んだ。
つれない。
「そういえば確か、篠田もサッカー部だったな」
「え?」
「一度見に行ってみたらどうだ?サッカー、楽しいぞ。何より、篠田も喜ぶだろう?」
そう言って、すっと立ち上がる。
「・・・それは・・・」
サッカーを純粋に楽しいとすすめているのか、それとも海斗くんのことを前向きに考えろということなのか、どっちなの。
そう、聞きたかったけれど。私はなかなか言葉にできなかった。
でも、気になるから、やっぱり聞かなきゃいけない気がして、口を開けた時。
「あら、来てたの。ごめんなさいね」
タイミング悪く保健室の先生が戻ってきた。
「ああ、お邪魔してます。・・・何か言ったか?」
「あ、う、ううん・・・」
「そうか?それじゃ、俺は行くな」
先生は保健室の先生に簡単に事情を説明した後、それじゃあ安静にしてなさいよ、と言って背中を向けた。
いつもよりも、ずっと素っ気ない、気がする。
その態度が、さっき勇気がなくて聞けなかった海斗くんとのことに対しての先生の答えであるように感じて、血の気が引いていく。目の前でドアが音もなく閉まったところで、ひゅっと息を吸った。
振り向くこともなく保健室を出ていった先生。どうしようもなくて、私は俯いた。
「・・・あら、どうしたの?まだ痛む?」
「・・・ううん・・・大丈夫・・・」
違う。大丈夫、なんかじゃない。つらいよ、先生。
涙を流すことは、先生が海斗くんとの仲をすすめたことを認める気がしたから、我慢しようとしたけれど。
それでもどうしても止められなかった一粒が落ちて、床に小さな染みをつくった。




