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8話・白と水晶の場所

時は少し遡り前日の深夜、

妖精達の輪冠世界ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム〉内、

三層からなる直径1kmの円形の森、その最下層を作る石柱と石筍、

石花で出来た薄暗闇に覆われた、石と水晶、上層から滴る水、

そして僅かな菌類で構成されている白色の森。


コッコッコッ――


エミルが今歩いている場所はグニャグニャと構成されている巨大な空間の壁際、

中層から降りてくる際に通るいくつもの道の1つである、

長さ100m高低差35mの天然の階段である。

もちろん壁と同じ石質の手すりが、見た目には多少頼りないがしっかりとついていて、

足を踏み外し、または滑らしそのまま石筍と水晶からなる針地獄に真っ逆さま、

ということはないように出来ている。

右側の眼下には鬱蒼と茂る木々のように、

まるで来るものを惑わす迷路のように石柱と石筍、水晶が列をなしていた。

遠く壁や床に見える永久光鋼石の原石が微かに周りに光を投げかけ、

水晶がその光を吸収、反射させて幻想的な光景となっているのが見える。

時々永久光鋼石の光を遮るように蠢くものもいるが、害をなすものはもとより、

そもそも知っているものしかこの世界に

入ることを許可していないので、不気味さは微塵もない。

知らないものが見たらどう思うかは知らないが……。


「そういえば、中層にこもってばっかりでここに来るのも久しぶりだったりして」

「こコに来ル用事なぞ、ほとんドありませンからネ」

「そうだよね~、でもまあ散歩程度には見回ったほうがいいのかな、

何かあったらすぐにわかるとは言え、一応僕が維持してる場所だからね」


(ここにいる子たちとも会いたいしね)


涼やかで爽やかな空気を頬に感じ、

足音を響き渡らせながらこれから行く場所に待っているモノの事を考える。


洞窟のような場所で爽やかな空気というのは

おかしな話で、ほとんど閉鎖的な空間の最下層だが、

湿度が高くジメジメとしていたり、

冷気や熱気がこもって極端に温度が傾いたりはしていない。

なぜなら中層の森と同じく環境設定が成されており、

その構造上から風は作りづらいが快適な広い空間になっているからだ。

ここからは見えない小さな横穴などには湿度が高く調整され、

乾燥を嫌う者たちの住処になっていたりもするように、

各々の場所によって細かく設定がなされているのは

母親が作った世界を維持しようとするのと同時に、

家族にも等しい仲間の為でもあるのだろう。

なにはともあれ、エミルとルートミックへ視点を戻そう。


(勇者かあ、個人個人で実力差はあるだろうけど、

それでもヒト形態で倒しちゃうんだもんなあモルは。

僕もなにか出来ること見つけたいけど……)


「変身とかは、できないんだよなぁ」


実力を抑えた仮の姿での部下であり

仲間の戦果に羨ましい気持ちを持ってボソリと言う。

日々の鍛錬の成果を試せないから、

自分がどの程度の存在なのか分からない。

魔王として魔族を導いていた母に恥ずかしくない

息子になるためにどの程度努力をしていいのか、

もちろん努力を怠るためではなく、

あくまでモチベーションを保つためでの目標が欲しいのだ。

勇者と戦って自分の実力がどの位置に立っているのか把握したい、

それか目指すべく強さの節目をハッキリしたいのだ。

手っ取り早く、みんなのように変身出来れば単純に戦力アップが出来るし、

ヒト型では出来ない事や、魔法を使わないと

出来ない事が出来るかもしれないけど、

いかんせんどうしたらいいのか分からない。

セルヴァに聞いても、大人になれば自然に出来るようになりますよ、

なんてあしらわれちゃったし……。


「ン?なにかオッしゃいましたかナ、エミル様」

「いや~。あのさ、母は魔王だったけど変身とかってできたのかな?

ほら、母ってピュア・ダークエルフだったから気になって」

「ワタシは見たコとはないデすが、出来テいたタらしいですヨ」


(ん、ということは僕にも出来る可能性はあるってことだよね)


じゃあなんでセルヴァはぼかしたような

言い方をしたんだろう、と石灰質の岩に似た、

少し湿っていてなめらかな感触の手すりをペタペタといじりながら、

んーと考えるがいい答えが浮かばないので放置し、

まあルーに聞けばいいかな、と結論を出して、

左の壁に一定間隔で埋め込まれている

永久光鋼石を厚く透明度の高いガラスで覆い、

銀で縁どられているランタンを目で追いながら言う。


「そっか……。じゃあ、僕もいつか出来るかな?ガオーって感じで」

「ガオーって感じかワ分からないデスけど、

変身は魔力関係なクある程度ノ時を過ごせば出来ルようになりますヨ。

そノ、いつ出来るかは種族ト個人差で色々ありまスが」


(あ、具体的な日を言ってくれなかったのは余計な期待をさせないためか。

なら普通に言ってくれればいいのに)


ふむぅ、と息をついて〈妖精の輪(アルヴ・リング)〉を撫でる。

セルヴァは話すことと話さないことの基準がわからないなあ、

人間基準で18禁の本を見せてきたり……。

いや、僕はもう21だし教えてもらったときはちょうど18の時だったけど、

そういうの関係なくどうなんだろう?

人間からしたら普通のことなんだろうか、

その辺りもついでに勇者に聞いてみようかな。


「ふむ~、その時が来るのをゆっくり待つしかないのか~。

期待しないで待ってたほうがいいかな」

「個人差デ、変身出来ない者もイるようですけどネ……。

エミル様は今のままでも十分お強いのデ

それほど気にしなくてモいいト思いますが」

「ありがと、変身出来たら色々やれることが増えるからさー、

あった方がいいかなって」

「姿だケを変えたイのであれバ、魔法でも良いのデは?」


(……その発想はなかった。そうだよね、

姿だけなら今度セルヴァに幻影か肉体変化系の魔法教えてもらおう、かな)


僕が覚えている魔法の中で幻影系の魔法はそれほど、

肉体変化系の魔法なぞ皆無なので、

いつか使う状況が来るかもわからないならば、

覚えておいても損はないだろう。

姿だけを変える魔法は間接的には色々と

あまり効率の良いものではないけど、

その効果自体は隠密系のものを使えないが、

コソコソ動きたい時に重宝しそうだ。

限られた条件だけど、人間の街中では使う機会も

ありそうだしね、うん、まあ知っていたけどね。


「ぁえ?まあ……あれだよ、魔力消費ない方がお得じゃないかな?

だから聞いてみただけだよ、うん」

「魔力なゾ溢れるほど持っていルというのに……

デスが、抑えるところを分かっていタだけているトありがたいデス。

ワタシたちに任セてくださいネ?適材適所とイう言葉があルように」


(僕もモルたちみたく格好良く戦ってみたかっただけ、なんて言えない……)


「うん、ありがとうね。

ところで勇者の荷物はセルヴァから

受け取ったんだよね?どんな感じだったの?」

「ハイ、内訳付きデ受け取りましたヨ。

1人旅に必要な最低限な物、トいう感じでしたネ、読み上げマしょうか?」

「ん、自分で読むからいいよ~、メモちょーだい」

「……ドうぞ」


普段ならチラとでも視線をよこしてから受け取るところだったが、

さすがに階段を下りている途中では

万が一踏み外してしまうかもしれなかったので、

多少はしたなかったが、前を向きながら手の平を

後ろに歩くルートミックに見えるように、

肩辺りまで持ち上げてクイクイと催促して置いてもらう。

ルートミックはちゃんと渡せなかったからか、

少し不満そうな声を出しつつも文句は言わずに渡してくれる。

こんなところで歩きながらなのに、そんなこと気にしなくてもいいのにね。


「ん、っと~。ふむふむ……」


後ろを向きながらなどは危ないが、

メモに目を落とす位なら階段を下りながらでも大丈夫だ、

ここで足を踏み外すほど無様ではない……フラグじゃないよ?

僕はダークエルフの血が入っているので、

軽い暗視が備わっている蒼をメモに刻まれた文字に向ける。

壁に埋め込まれている永久光鋼石の光はガラス越しに拡散して、

人間には気休め程度の光量しかないが僕には十分だ。


(セルヴァは几帳面だから、見やすいなあ)


一定の間隔でズラズラと羅列されている内容は見やすく分かりやすい。

それを見れば、後ろでルートミックがぶら下げている荷物の中身は、

言っていた通り旅に必要な物が本当に最小限しか入っていなく、

戦闘を補助する道具類も、お粗末ではないが微妙な物ばかりだった。


(勇者を駆り出しているのにこの装備はなんだろう?

国の援助なしとか、あまりにお粗末じゃないかな……)


「広場でも言ったけど、勇者って複数で

行動するのが普通だと思ってたんだけど、

今から会う勇者は1人だったんだよねぇ……

自分に自信があったのか、なにか理由があったのかな?」

「強さの自信ワそれほど無イように思ワれますネ。

ランクはともかく、ポーションの種類が

豊富ナので慎重派だト思われまスが」

「んあ~、どうだろうねえ?

答え合わせまでゆっくり考えるのも面白いね」


答えが出ればそれでよし、

答えがでなくてもその答えは本人に聞けばすぐにわかるようなことなので、

疑問に思ったことをとりあえず言ってみる。

するとルートミックが真剣に少しの間、顎に手を当てて考えて答えてくれる。

そこまで真剣に考えてくれなくてもいいのにな、

と我関せず主義のくせに意外と律儀な様に少し笑ってしまう。


「そうデスね、下に着いたら

デモニック・ディオネアらが押し寄せて歓迎しに着ますかラ。

あまり来てくれなイと不貞腐れていタので、長くなりそうデス」

「え゛、不貞腐れちゃうほどなの?

なにかお詫びに持ってきたほうが良かったかな……」

「イえ、何かを渡すほどでワ……声を掛けてあげテいただけれバ十分かト」


が、続く言葉で微笑の形になっていた口元が固まる。


(押し寄せて?

いや、最下層に住んでいるモノの全員がこっちに来ないまでも、

半数、3分の1でも集まったら凄い事になりそうなんだけど……)


迷宮然とした薄暗く細い通路にみっちりと集まってくる

様々な魔族や魔獣を思い浮かべてしまい、頭を抱える。

慕われてるのは嬉しいけど、行き過ぎると困ってしまう。

悪意からじゃなくて、善意からの行動は対処しづらくてどうしようかと悩むが、

時々ここに来て、みんなの不満を発散させてあげるしかないかなと結論を出す。


(みんなに会いたくないわけじゃないしね)


「そ、そう?でもここ、暗いのは落ち着くけどあんまり用事はないからなあ。

ん~、今度から散歩がてら来ることにするよ」

「ソうしていただけれバ、ワタシも嬉しいデス」

「ルーも?っと、着いたね――」


勉強の息抜きにはいつも、

上層の樹冠と雲で出来た秘密の場所まで散歩してゴロゴロしているので、

今度からはここにも来るよう言うと、ルートミックも賛成してくれる。


(ルーも1人で篭ってるばかりじゃなくて、たまには僕とお話でもしたいのかな?)


なんて嬉しく思ってくれたことに嬉しくなっていると、

いつの間にか階段を下りきっていた。

階段下は少し広い空間になっており、

真正面と正面右、右側に道が続いているのが見える。

真正面の道は少し進むと、壁を抉って左へ行く道もあり、

初めてここに訪れたものは高確率で

道に迷ってしまうような徹底した迷路ぶりである。

そんな道を、地に足をつけてグルリと見渡すと、

その見える道全てからゾゾゾという乾いたものが滑るような、

引っ張られてくるような音や、

ガシャガシャという金属同士を打ち鳴らしたような音、

カサカサと大きな虫が這い回るような音が聞こえてきて、

何かが勢いよく大勢で近寄ってくるのがわかる。


右の道からはグール・ド・シャドウ――

ハイエナのような顔をした鋭い爪をもつ獣人の魔族が、

暗闇に紛れる黒く長い体毛と、真鍮の留め金と緑の何らかの

革で出来たベルトで腰から下げられている、

体毛と同じ色をしたメイスやシミターを揺らしながら、道幅いっぱいに――


正面右の道からはインセクス・レオロード――

獅子の顔に、たてがみのように細く長い触角を首や顔周りに生やし、

白色の毛皮とヌラヌラとした甲殻を身に纏っている

身長2mはあろう巨大な甲虫の魔族が太く強靭な2足で地を蹴り、

直立したら地面に付くほど長い4本の腕から伸びる、

研ぎ澄まされた甲殻と棘によって出来ている長い鉤爪を利用して引っ掛け壁を蹴り、

白色の壁となって――


正面の道からはデモニック・ディオネア――

真っ赤な口内を見せびらかすように開け、

その周りに付いている進化して鋭い牙のようになっているトゲを震わせながら

移動してくるハエトリグサの魔族。

縦横無尽に広がる蔦や指のように形作られている葉を使って動く速度は早く、

魔獣ですらない犬や猫なら一瞬で捕食してしまうようなモノが、

やはり道いっぱいに、巨大なハエトリグサの生垣を作りながら近寄り、

広場に入ったところで足のようにまとめ上げた蔦で片膝をつき頭を垂らす。


「お、おおう……」


大勢のデモニック・ディオネア、

そしてグール・ド・シャドウとインセクス・レオロードも

同じように片膝をつき並ぶ光景は中々に壮観であり、

広場の半分を占めて道の先まで見えるそれを見て

思わず怯んだような声が出てしまう。

ルートミックに歓迎されるとは聞いたが、

まさかこんな大勢が物凄い速度を出して集まって来るとは思わなかった。


(近くにいる者がぞろぞろと集まってくるのかと

思ってたけど、こんなに来るんだ……)


従順過ぎる態度にどう声をかけていいのか分からず少しの間つっ立っていると、

1体のインセクス・レオロードが進み出て一礼し、

キシキシと鋭い牙が擦れ合うような音と共に声を響かせる。


「ヨうこそおいでくださいマした、

エミル様!ワレラ一同、エミル様ノご訪問心より嬉しク思っていまス。

おもテなしの準備は常時出来ておりますのデ、

ドウゾお入用のモノがありましたら何なりト申し上げてくださイ。

そして、奥に甘い焼き菓子なドも

用意させていまスが、紅茶ト共にいかがデスか?

紅茶はワレラ丹精込めたモノがありますが、

その日ノお好ミに合うよう数種類から選べるよウ熟成させていまス」


ルートミックとはまた違うかすれ、

所々キーが外れたような声は同族以外には聞き取りづらいものだが、

あまり訪問していないとはいえ何年も

同じ場所(同じ場所というにはいささか広域だろうが)

で住んでいたのだ、通常の会話ができる程度には慣れているので、

とくに話し方については言うことはなく、だが言いづらそうに言葉を紡ぐ。


「……うん、えっと、歓迎は嬉しいんだけど、

したいことがあるから後でかな?」

「左様で、ゴざいますか……。

では、なにかしらご入り用の際はなんなりとお呼びください」


目の前で顔だけ上げてこちらを見つめてくる

雄々しい獅子顔の申し出に申し訳なく思う。

残念そうな表情は見せないが、

なんとなく声色で落胆した様子が分かってしまったので余計に。


あんまり期待させたくないけど、

みんなにも散歩のこと言っておいたほうがいいのかな。

ずっと待っててくれるのは嬉しいけど、

それに報えないとどっちにとってもいいことじゃないし。


少し考えてみたがそれがいいと結論して、

セルヴァから教わったモノを頼むときに使う仕草――

小首をかしげ微笑み、相手をじっと見ながら優しく

言葉を紡ぐ、というのをやってみる。

本当は相手を見上げて、目を潤ませながら、頬を上気させながら、

という要素も付け足したほうがいいらしいけど、

目の前の相手は長身とはいえ、今は片膝を落とし

背中を丸めているので目線は自分と同じか少ししたくらいだし、

目を潤ませながら、というのは頼むというより

懇願のほうに入るんじゃなかろうか?

そもそも涙腺を自在にコントロールなど出来ないし、

頬を上気させるというのもまた然りなので放置。


「ありがとね。その……暇なときがあったら

散歩に来るから、その時にでもよろしくね?」

「っ!?ありがトうございまス、その際は。

差し出がましいデスが、もしよろしけれバ向かう先ノ案内なぞいたしまスが」


言うと、目の前の相手――インセクス・レオロードの、

名前はブリズウル・ヴァリアーだったかな。

は、なぜかびっくりしたように体を震わしたけど、

気にするより早く、いつもそうなのだろうと分かる

無駄な身じろぎ一つしない様に戻っていたので、

あえて言う事でもないので話を進める。

まあ、先ほどの自分の仕草が少し恥ずかしくもあったので、

照れ隠しに頬を掻きながらちょっと目線を

そらして話すのも許されるだろう、というか許して。


「それでもあんまり来れないかもだし、

気楽に来たいから今日みたいに用意とかしてくれなくていいからね?

案内は……ん~、まあいいか。じゃあ石棺の間までよろしくね」

「エミル様にはコちらに訪問なサれた際には

快適に過ごしテいただきたかったのデスが……

了解しましタ。ありがトうございまス。

ではドウゾ、足元は暗うございまス。お気を付けテ」

「うん~」


なんだかブリズウルの後ろの辺りから、

集まってくれたみんながざわめいてるけど気にしない。

気にしないけど、なるべくこの場は早く立ち去りたいので、

そう今回のような騒ぎは必要ないよう言って、

立つように促すと、一礼して立ち上がり後ろに控えている大勢の部下や、

他種族だが同じ場所に住まう仲間に目配せして広場から、

そして見える通路から下がらし、目的の石棺の間まで先導してくれる。

僕に暗視があるのは分かっているだろうけど、

注意を促してくれるのはさすがに過保護じゃないかな?

とも思うけど、まあ水晶や石筍なんかが

日々不自然なほどの速さで育っていくこの場所では、

つまずいてしまうことがあるかもしれないと考え直して素直に従う。


キャリッキャ、キャリッキャ

コッコッ

カツッカツッ


ブリズウルは、エミルが話しかけない限り

無駄口を叩かないように口を閉じ、

目線を少し下へ向けて、白く光を反射させる地面を注視している。

なぜなら、階段の明かりと同様の永久光鋼石のランタンが

はまっている壁と壁、道幅は2、3mあるので、

歩くにはゆったりとした余裕があるが、

時々道中に先の鋭く尖った水晶が生えている。

それを脇腹から伸びる2本の腕で淡々と、

ほぼ無音で切り払い道の脇に寄せ、

つまずいたり引っ掛けて怪我をしないようにしてくれている。


ルートミックもズリズリとローブの裾を引きずりつつも静かにしていて、

エミルの後ろで乾いた足音を鳴らす以外は音が聞こえない。

微かな足音がなければ、そこにいるとは気づかないだろう

静けさは気にならないといえば嘘になるが、

いつものこと、階段でもそうだったので振り向いて確認したりはしない。


一行はそれぞれ違う足音を今はもう静寂に

包まれている通路に響かせながら、

先ほどの百鬼夜行でもするのかという、

見るものが見たら絶叫しかねない

有様だった広場から正面の道へ進む。

そして、この道に入ってきてから

3つ目の左に続く横道を横目に無言で少し歩きながら、

近くにルートミックとブリズウル以外いないことを

気配をよんで軽く確認するとエミルは口を開く。


(きっちり調べるほどではないけど、

話す気がない者に話を聞かれるのはなんだか嫌な感じになるからね)


「――で、みんなそんなに僕と話したかったの?

言ってくれれば来るのに」

「エミル様とノご対面は、皆願イこそすれ

ゴ進言しますホどの身の程知らズはおりませン。

この下層にはエミル様がオ使いする施設が殆どナいのは理解しテいますゆえ、

ドうかお気ノ向くまま、思い出シていただいた時にデもお越し下さイませ」

「ん~、でも一応主君の筈の僕があんまり来てくれないって

不満に思っているとルーに聞いたんだけど?

一緒に住んでる仲間として、お話したかったら会いに行くくらいは

してあげたいし言って欲しかったな」


エミルが聞くと、必ず一礼をしてから答えてくる

ブリズウルにむずがゆいものを感じる。


(ケット・シーの子たちはまだ気軽に話してくれるんだけどなあ……)


あと、一歩引いた感じがちょっと不安かな。

僕は色んな経験がまだまだだから、

良いところを増やしたり悪いところを直したりするために、

嬉しいことも嫌なことも素直に言ってもらったほうが

僕的にはいいと思うし言ってるけど、

今まであんまり話してなかったからなあ、

これからちゃんと話すようにして気軽に言ってもらえるようにしなきゃか。


エミルがルートミックの名を出して、

階段を降りている際に聞いた話をしてやると、

ビクリと硬直し、怒気やら呆れやら後悔やら、

そして嬉しさ?を感じる雰囲気を振りまき、

近くにあった水晶を一瞬で粉々に切り刻んで、

文字通り粉にしてしまう。

雰囲気が一変して、水晶の哀れな様を目にして

びっくりしたエミルは沈黙するしかなかったが、

後ろを歩くルートミックは右手で仮面を押さえて上を向き、

なにか不味かったのかつぶやいている。


「エミル様……」

「ルートミック様ェ……。ゴホンッ!そう言っていただけて嬉しいデス。

では、お立ち寄りノ際には我らトお話していただきたいデス。

そして先ほドも申しましたヨうに、

お茶の用意ワ常時出来てオりますのデ

息休めにもどうゾお使いくださいマせ」


ブルズウルはルートミックに胡乱げな目線を、

永久光鋼石を眺めるような仕草で横を向きついでに投げかけると。

口の中でモゴモゴと言葉を噛んで、気を取り直すように咳払いをし、

少し声を張って本当に嬉しそうに言ってくれる。


「うん、ありがと。セルヴァは緑茶好きで、

紅茶はあんまり淹れてくれないから楽しみにしておくよ」

「光栄デス」

「その際はワタシも読んでくださいネ。

ホ、ほらブリズウル、こぼシた愚痴を話されたからといって

ワタシと目を合わせテくれないのはどうなんダ?気を直してクれ」

「……エミル様を案内させて

イただいているノで振り向くことワできないデス。

ナので合わせないわケではないデス、気にシないでくださイ」

「う、むぅ……エミル様が訪問する際にワ

1番に知らせに行くよウ計らうから、どうダッ!?」

「――仕方ないデスね。いえ、決して拗ねていたわけではないのですが。

そう、他意なドありませンでしたが、

ルートミック様がそう言っテ下さるのでしタら

無かったことにシます、なにヲとは言いませんガ」

「根に持ちすぎだロう、虫のクせに……。いや、ワタシも悪かったけどサ」

「~~~、~~~~」

「~~~~~」


(水晶の粉ってなにかに使えないかな~)


自分をはさんで頭の上を飛び交うやり取りは、

なんだか入り込めないので適当に聞き流していく。

というかはさまれていると居心地が悪い、

話しながらも水晶を粉々にして道をきれいにしていく様を見て、

綺麗だな、なんて現実逃避気味にトリップしだすの仕方ないよね。


永久光鋼石の光を反射させて

キラキラしてるなあ、月夜に降る粉雪みたいだ。

ああ、そういえば積もっている雪は外に出たらすぐ見れるけど、

雪が降ってる所はあんまり見たことないかも、

寒いからって止められたり、

何かして部屋に篭ってる時にだったりとかだもんなあ、

旅に出るようになったら、

降ってる雪の他にも色んなものが見れるんだよね、楽しみだ。

で、水晶の粉はよく考えたら魔法の触媒として重宝しないかな……。

ある程度の魔法の威力を増幅させる力を持ってるから、

簡単なのや中くらいの魔法の補助にいいかも?

いやでも、普通にアクセサリーとして身につけたほうが普通にいいのか、

薬の調合にも使えそうだけど、

そっち方面はルートミックに聞けばいいかなっと――


「~~~~~?~~~」

「――から、ルートミック様ワもう少し自重しテもよろしいかト」

「ブルズウルは結構ズバズバ言うな、もうやめテ」

「えっと、もう着いたから話やめようか?」


とりとめもなくしていた水晶を連想させた考え事、

と言うにはおこがましいような思いは、

少し行った先に見える道の突き当たりに鎮座されている巨石、

大きさがエミルを軽々越えて道幅いっぱいに広がり、

大きな円盤になっているそれを視界に入れた瞬間取り消し、

我に返って2人の話を打ち切らせると、ブリズウルに巨石――

石棺の間の扉を開けるように頼む。


「じゃあお願いね?」

「失礼しましタ。そして了解デス」


話に熱中しすぎて気づかなかったのか、エミルの声でハッとしたブリズウルは、

背をピンと伸ばして敬礼し、早足で扉へと向かっていった。

ルートミックとはいうと、足早で駆ける光沢の違う

2つの白を合わせる塊を見送りながら、

やれやれというように軽く頭を振ると、

エミルの視線を感じて視線を向ける。


「エミル様、ワタシどもが気が付キませんデ申し訳ないデス。

少々、痛イところを突かれテ……いえ、自業自得ナんですけド」

「まあいいけど、ほどほどにしといてね?」

「ハイ、後ほどブリズウルには謝罪シに行きまス」

「ん、それがいいね」


話しながら扉の方へ目を向けると、

ブリズウルが既に円盤の巨石を横にスライドさせ、その脇で待機していた。

この世界の管理者ではあるがすべての場所に

直接訪問したことがあるわけではないエミルは、

名前だけしか知らなかったが、死者を埋葬する場所を守る扉が、

見た目より軽そうだったり意外とすんなり

音もなく開いていいのかと疑問に重いつつも、

待機しているブリズウルを待たせないように、

歩く速度を少しだけ上げる。


「ありがとう。意外とすんなり開いちゃうんだねこれ、重くないの?」

「重量はかナりのものと思ワれますが、

刻まれタ溝を使い決マッた方向へ力を加えるト、

それほド苦もなく開ケられるよウ出来ているようデス」

「ふんむぅ、未だに来た事ない場所が多くて

細かいところはわからない事ばかりだなあ」


ブリズウルと、その隣でどこまでも続く

地獄の入口のように光ひとつない穴、

エミルたちが立つ道に並べられている永久光鋼石の光を

飲み込んでいるようなそれの前に立つと、

スライドさせて5分の1ほど壁の中に収納されている巨石をペチペチと叩いて言う。


あ、いい感じにひんやりしてて気持いい。

固くてしっかりしてて……

元々はもっと大きな一枚岩から削られたのかな?

褐色だけど、なんの石かわかんないや。


「おそらく溝に力の流れ……

ベクトル補助の気術発動ノ簡易呪式が刻マれているのかト。

ソれならば気ヲ持つ生き物には開ケられ、死者にはこじ開けラれないでしょうシ」

「ベクトル補助?随分マイナーのだね。

っと話は終わってからしようか、じゃあ入ったら閉めちゃっていいよ~」

「ハイ、では終わりマしたら声をかけテくださいますよウお願いしまス。

お開けしますのデ」

「うん~、ルー行くよ」

「ハイ」


自分が管理している世界であり、

母からの形見であるこの世界の知らなかったことを

ゆっくり調べてみたい気もするが、

このまま死体が眠る部屋を開けっ放しにして

だべっているのはさすがにまずいし、

後でお茶に行くと言ってしまったので、

さっさとするべきことをしてしまおうとルートミックを連れて中に入る。


「デは、閉めまス」


背後で声がすると、その方向から微かに入ってきた光を遮り、

大重量の物体が地を擦る音をほとんどさせずに扉が閉まる。

いくら暗視を持っているとはいえ、

光源が全くないと見えなくなってしまう

程度のものなのでちょっとびっくりしてしまう。


「んぁ!?妖精光球(ウィル・オ・ウィスプ)でも連れてくれば良かったかな」

「アレは光っていまスが明かりにワ殆ど使えませんヨ?ワタシが照らしまス」

「僕が……っていいか、お願い」

「失礼しまス」


照らし出す(イルミナル)()まぐれ南瓜(ディニア)


暗闇の向こうでルートミックが

微かに身じろぎした気配を感じるのと同時に小さな、

手のひらに乗ってしまうような丸い物体。

オレンジ色の外皮を、中から溢れてくる光で朱くしている南瓜が闇に、

腕を前に差し出したルートミックの手の上に浮き上がる。


生まれでた南瓜はよく見ると顔に見えるような穴が開けられており、

そこから光を出しているようだ。

薄暗闇に目が慣れていたエミルには眩しいほどだったが、

実はそれほど強くないその光にすぐさま慣れて、

薄くすぼめていた目を開いてしげしげと見つめる。


「ルーって、そんな魔法も使えたんだね」

「ええ、ワタシは視覚ヲ光に頼っていないので

アまり使ったことはナいですけド」

「可愛くて、なんか似合わないね」


ニヤニヤと、ニタニタと笑う南瓜はなかなかに愛嬌があって可愛い。

浮いていながらもフルフルと震えながらも

ルートミックの手の上から離れて、

フワフワとその周りに絡みつくように動き回る姿も、

小動物然としていて撫でてみたくなる。


「そうデスか?まあソれはさて置き、行きまショうか」

「ん、あとさ……これ、可愛いけど灯りとしては小さくないかな……?」


ルートミックはそんな感じの僕に不思議そうに首をかしげて先に進もうとするが、

さすがに光源の大きさ自体が小さいので、

互いの顔を確認出来るほどしかない明かりに引き止める。

部屋の広さはそこそこ広いのだろう、

小さく弱いとはいえ光が壁にまで届いていないので

依然周りは殆ど見えないままだ。

暗視があるので足元くらいは見えるが、

それだけなので灯りとして使った魔法に疑問を抱く。


「ゴ心配なく、コレは時間が経つごトに――」


が、ルートミックが魔法の説明をしようと

口を開いたところで、納得がいった。

大きくなっているのだ、少し目を離したうちに

手のひらに乗るような大きさだったそれが、

今は両の手のひらほどになっていた。


『ケヒャケヒャケヒャ、クヒャヒャ明るいッ明るいぞおおおおおおおッ!!』


というか喋ってる……。


「空気中に微かに漂うノ魔力を吸収して

大きくナッていくのデ、心配はご無用ですヨ」

「え?これはスルーなの……ん?って増えてる!?」

「仕様デス」


喋ってることには突っ込まずに、

そのまま簡単な説明を終わらすルートミックに

もう少し詳しい説明をと言おうとしたところで、

喋っていた南瓜が『りゃめええええ、生まれりゅううううううう』

その、すごい声を出して増えた。

最初は小さなコブのようなそれが急に大きく丸くなり、

手のひら大ほどになったところでポンッと分かれて……うん、増えてる。

最初にいたほうの南瓜にはもう新たにコブが出来始めているし、

分かれた方の小さい南瓜もゲヒャゲヒャ言っているが、

ルートミックは冷静に、なんでもないかのように言う。


「……結構増える速度があるんだけど」


分裂した南瓜がさらに分裂して、ねずみ算のようにどんどん増えていく。

今、南瓜の数は8個目になり、可愛いのはいいのだが

際限がないといずれ南瓜たちに圧迫され、

僕たちの身動きが取れなくなってしまうのは目に見えているので、

そんなことになる魔法をルートミックが

使うはずはないと分かりつつも聞いてしまう。


「……仕様デス」


(さいですか……)


すると、ルートミックもその様子を確認して

少し気まずそうにすると、少し視線をそらして言う。

そういうの、不安になるからやめてほしいんだけど


「ま、まあ仕様なら仕方ないのかな、うん」


まあ、いざとなれば全部燃やし尽くせば解決する……よね?

03/22 改行の整理

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