7話・猫は好き嫌いが激しい
「ふむふむ、でもう少し西に行くとスリン・リンクスの巣があると」
「そうニャー、今は繁殖期じゃないから
ちょっかいかけない限りはそうでもないけど、
近くで騒ぐと一斉に襲ってくるから近づかないのが吉ニャー」
「といいつつその尻尾を食べてるとか複雑ニャー。
いや、美味しいけどニャー」
先ほどまで各自適当に座り、猫を抱き、立って賑やかに話をしていたが、
テール・スープが出来て飯時になった途端に黙々と、
時々こちらの話を答えるときと食べ物を口の中に入れるときにだけ
まともに口を開くだけになっていた。
今はノリとテンションがおじさんには
ついていけなさそうなケット・シーの中では、
まともに話が出来るニャメロウと向かい合ってスープをすすっている。
他のは焼いた肉を取り合うために黙って殺気を飛ばし合い、
フォークを飛ばし合いしている。
いくら魔法を込められた食器入れ(カトラリー)からは
魔力を少し渡せばいくらでも出てくるとはいえ、
これはどうだろう……いや、うるさくないからいいか、
少し限度を超えたら肉を支えている魔法を解除してしまえばいいし。
「ネギ系のモノは入れてないけど、大丈夫かな?
味付けはこっちの好みだったんだけど」
「大丈夫ニャー、ニャーたちケット・シーの味覚は結構丈夫にできてるから、
香辛料とかも全然平気なんだニャー、だからこのスープもすごい美味しいニャ」
「それは良かった。スープよかあっちの
焼肉のほうが人気みたいでダメなのかと思ったよ」
チラと5匹のケット・シーとレブラルさんを見てみる。
ローバストさんとオプティムさんも少し離れた場所で
既に確保している肉を咀嚼しクスクス笑いながら、
その様子を眺めているのが完全に見世物の体になっているな。
「ニャー、あんな食べ方久しぶりだったからニャー、はしゃいでるのニャー」
「そう、なのか?」
「お外で食べるのはニャー、大体はセルヴァ様が
用意してくれた食事を食べてるからニャ」
「ふむ……様ってことは偉い人なんだよな?
用意してくれるってどゆことだい?」
「ニャーたちの食事の管理をしてくれるお方ニャー。
これも詳しく言えないけど、尊敬出来る方ニャー」
「そうなんだ、どんな毛並みの方なんだろうな」
「ん、ニャ、ニャ~」
ケット・シーの文化、というか暮らしに興味がないわけではないが、
どのあたりまで話していいなかわからないので、
ニャメロウが自分で話してくれるまでお預けかな……。
モゴモゴと口の中で言葉を転がしているニャメロウに、
少し話題をずらして本題に入る。
「そういえば、この辺りで魔獣をけしかけるような魔族っているのかな?
最近、そんな感じの被害が多くてさ」
「魔獣をけしかける?ん~、よくわからないニャー。
というか、魔獣って魔法や気術を使えるけど基本獣のことニャ?
話なんてできないから普通はそんなことできないと思うけどニャー」
「ふむ、人間には時々、魔獣を〈調教〉出来る奴が出てくるらしいけど、
魔族にはそういう技を持っている者はいないのか……」
「いや、いることはいるけどニャー、
そういう魔法を使える種族は閉鎖的か
平和的な魔族ばかりで考えられないのニャー」
もちろん、情報をもらうためにはこちらも
相応の情報を話さないと話になたないので、
ちょっぴり重要かな?とも思えることを話してみる。
ニャメロウがその情報をどう使うかはわからないが、
悪いことにはならないだろう、というか、
情報だと思っていないかもしれないが……。
「魔王になれるような魔族とかは考えられないのか?」
「ふう~、いまだに人間はそんな勘違いをしているんだニャ~?
これは、本当にエミル様の言ったとおりのまんまニャ。要報告モノだニャー」
「?、どういう事だ?それに言ったとおりって……?」
で、おれはニャメロウの話になんだか妙なものを感じたので、
少しまずいとは思いつつも魔王という名前を出して牽制してみる、と
ニャメロウは呆れたようにため息を吐きつつ、
困った人だなあという視線を後半部分からの
ボソボソとした言葉と共に宙に投げかけ答えてくれる。
「ニャー、今は亡き前魔王様を勇者が襲うようになった原因、
人間の大部分が抱える偏見の事ニャー。
なにかしら自分たちに都合が悪いことがあったら、
悪と決め付けている魔族のせいにすぐにしてしまうのニャ?
大方の魔族は【オウス・テレノ】になんて興味ないニャ、
自分たちの土地を代々守って楽しく暮らせれば、
それ以外のことなんて割とどうでもいいんだニャ~。
それに表立って魔族全体が人間を相手になにかしようとしたら、
山脈の向こうに広がるちっぽけな平地なんて
数日で焦土と化すというのに気づいてないニャ。
まったく、困ったものだニャー。今は大丈夫だけどニャ、
穏健派だった前魔王様が討たれたことで
恨みを持って動く輩が出ないとも限らないというのにニャー。
もちろん他の種族は止めたりなんてしないニャー、
自分たちに被害が出ないなら勝手にやってろっていう
スタンスの魔族が大部分だからニャー。
それが遠まわしに自分たちになにをもたらすか分からずにニャ、
まあそれが魔族の考え方っていうのはわかるんだがニャ~……。
あ、あとエミル様の事はNGでお願いするニャー」
一気にしゃべるのは疲れるのか、
スープに時々口をつけながらも次々と重要な事を話してきて、
脳の処理能力が追いつかなくなってくる。
【オウス・テレノ】が割とどうでもいい?数日で焦土になる?
いや、たしかに【ディセンダント・オーブラ】の全体像や、
住んでいる魔族の全体数はわからないが、それほどまでに差があったのか?
……いや、あったかもしれない、
ちょくちょくだが長年【ディセンダント・オーブラ】に遠征をしているのに、
果てが見えない大地と魔族の種族たちは理解していた。
だが、それほどとは……信じられる情報だろうか?
戦力についてはその規模になると詳しくはわからないだろう。
ぐるぐると思考を凝らしていく、そもそも確定情報ではないのだ、
信用不確定な二次情報をどの程度信用するか、
いや……そもそも話を聞く段階で信用していなかったら、
情報収集は成り立たないのではないか?
などとさらに思考は迷宮に迷ってしまった旅人のようになってしまったが、
そのような状態は気持ち悪く、
埒があかなくなったので一旦頭の中をリセットして口を開く。
だんまりだとおかしく思われちゃうからな。
「あ、ああ……って!?前魔王って穏健派だったのか!?
【オウス・テレノ】へ魔獣を送り込んだりとかって……」
「いや、だからさっきも言ったとおり、
そういうことができる魔族はそもそも出来たとしてもしないんだニャー。
〈調教〉といっても家族のように親しくなって言う事を聞いてくれる、
という感じなのニャ。なんで家族をそんな使い捨ての
尖兵みたいな扱いにしなきゃいけないニャ?ありえないニャ」
「……そうだよな、ああ」
先ほど感じた妙な感じがわかった。
魔族は決して邪悪な存在ではないということ、
たしかに一部はそんな存在もいるだろうが、
ほとんどはあるがままに生きていて、
人間がちょっかいをかけなければなにも問題はなかったのではないか、と。
そしてその誤解を魔族側、ごく少数だろうが少なくともエミル様とかいう
ケット・シーはわかってくれている事……。
魔王討伐のきっかけも、人間の国の辺境や希に都市部に
被害を及ぼす魔獣をけしかけてくる原因たる魔王を討つ、というものだった……。
それをどうにか魔族側の、こちらの誤解を理解している者に
知らせて協力してもらえれば、魔獣の被害も少しはおさまるのではないか?
虫のいい話だとは思うが、それはどうにかわかってもらうしかないだろう。
そう、全ては誤解から始まったとしか思えない、
ニャメロウが嘘をついているとは
考えられないし、嘘をつく理由もメリットもない。
ただ、そう思わされて価値観を操作されているのなら話は別だが……
おれにそれを見抜く力はないから、もう気にしても仕方ないだろう。
おれは、ニャメロウの話を全て信じることに決める。
根拠?んなもん勘だッ!
「前魔王様はそれはもうお優しい方だったニャー。
戦いも、己のためではなくそれぞれの土地のボス様が
討たれてしまった悲しみと魔族の為だったニャー。悲しい事だニャ……」
「……人間側は、なんにも分かっていなかったんだな。
今更、謝ったところでどうしようもないが、一言謝らせてくれ……すまない」
「いいんだニャー、おじさんが前魔王様になにをしたわけでもないしニャ?
それに、エミル様が言うには勇者にもなにか
事情があるんだろうとも言っていたからニャ。
ニャーは納得しづらいけど、お優しくて聡明なエミル様の言うことニャー、
それだけでなんだか我慢出来るんだニャー」
(そういえばまだニャメロウたちにおれが
魔王を倒した勇者だとちゃんと教えていなかったな……)
後ろめたさに押しつぶされそうになるが、
今それを明かしてもプラスに働くことはないだろう、
むしろ気まずくなったり、印象が悪くなってしまうかもしれない。
時期を見て話すにしても今ではないなと感じ、黙っていることにする。
とりあえずみんなに〈念話〉で口止めしてもらうか、
今更だしみんなわかっていてくれてると思うけど。
《あー、みなさん。静かに聞いてね?
おれが勇者だってことは猫さんたちには内緒にしておいてくれるかな?
魔族にも色々いるからあんまり漏らしたくないんだ、だからお願いねー》
《わかってるぜ、ロウさん。さすがにそれくらいの分別はあるからな》
《了解です。たしかに勇者は魔族にとって難しい問題ですからね》
《……ん~、わかった。言わないようにする、うん》
3人とも、撃てば鳴るように表立ってはそのまま素早く返事をよこしてくれる。
レブラルさんの返事はなんだか
歯切れ悪かったようだけど気にしない、多分大丈夫だろう。
勇者だとバレるかの問題はこれでいいとして、
個人的に気になることを聞いてみる、
ニャメロウたちとは仲良くしていきたいとも思うが……。
「じゃあやっぱり、人間は苦手か?」
「ニャー、それに他にも、人間にも魔族みたいに善いやつと悪い奴がいるから、
一を見て全を見たような気になるなとも言われたニャ。
その通りだったニャ、おじさんはとってもいい人で良かったニャー、
エミル様の言うとおりだったニャー。
人間は苦手だけど、おじさんは好きだニャー」
「……ありがとね」
なんだか、自分より小さな猫さんの考えがとても当たり前で、
とても凄いもので関心しっぱなしだ。たとえそれが他人からの考えでも、
それをすんなりと受け入れて言葉にするというのは、
エミル様とやらへの信頼と物事をちゃんと考える思慮深さゆえだろう。
若い頃、そう勇者となり旅に出る時にはニャメロウのような思慮深さが欲しかった、
ちゃんと自分でものを見て感じ、考える力が……。
(そしたら、こんな後悔や後ろめたさも少しはなくなっただろうに)
考えても仕方はないが、考えずにはおられない。
ちゃんと魔王と話し合う事をすれば、するような努力をしていたら、
あの時仲間を失わずに済んだのだろうか?
魔族と戦いではなく話し合いの場を作れば、
魔獣の被害ももう少しなんとか……って、
またぐるぐる考え始めたので再び思考をリセットして、
煮込み柔らかくなっているスリン・リンクスの尻尾をしゃぶっている
ニャメロウや焼いた肉をニャーニャー言いながら食べている猫さんたちを眺める。
おれは下手に考えすぎるからな、もう少し頭の回転がいいか、
スッパリとキリをつけられるようにしたいものだ。
……この歳までこうなら、もう治らないか。
あ、猫さんたちは〈念動〉の魔法を使って
スプーンやフォークを使っていて、猫の手を無理矢理に
使って握っているわけではないのでけっこう上手に操っている。
この魔法は日常的に使うもので、
人間が使う〈念動〉系統の魔法よりも、
そして魔族が使うものより効率と性能は上らしい、
どんなものか教えて欲しかったがケット・シー固有で門外不出の魔法だから
とすげなく断られてしまった代物だ。
「おじさん、お肉はもうないの?」
「ん?ああ、もう焼く肉はないからスープも食べなね。
猫さんたちも、野菜摂ろうね?」
と、レブラルさんが焼く肉がなくなってこっちに来る。
そういえばさっきから魔力の負担がなかったけど、食べ終わってしまったのか、
早すぎるだろッ!?おれはまだ1つも食べてないというのに、慈悲はないんですか?
……ないですか、そうですか。
わざわざ自分で鉄板役をしたためにかなり惜しかったが、なんというか、
年長者の威厳的な何かのために気にしていないふうを装いつつスープをすすめる。
わざわざ作ったのにあんまり見向きもされなくて悲しいぞ、
割と薬草の下処理頑張ったんだからな。
「ニャーたちはどちらかというと肉食だから、
野菜はなくてもいいんだけどニャー」
「それでも、食べれるなら野菜も一緒に食べたほうが
消化とか栄養的にはいいんだけどね」
「メチオ、いいから食べてみるニャー。
味が染みてるのにシャキシャキしてて美味しいニャー、
セルヴァ様に教えたいくらいびっくりな野菜ニャー」
「そんなにかニャ?」
なんだか訝しげにメチオと呼ばれた茶トラのケット・シーが聞いてくる、
いや知らないけどよっぽどセルヴァ様というケット・シーの料理はうまいんだろうな、
舌が肥えてそうというのもあるが、
それ以上のものはそうそうないんじゃないかという自信がありありと見える。
こちらとしても、お客様用としてできる限りの手を加えた自信作なので、
野菜を食べるように言うニャメロウに乗っかっていく。
「うん、一応自信作だからね。食べてみてね~、
セルヴァ様って方がどれくらい料理うまいのかわからないけど、
長年旅料理を続けてきたからそれなりに美味しいと思うよ?」
「ニャー、そこまで言うなら……。
お腹すいてるしニャ、野菜大盛りでお願いするニャー」
おれはメチオに頷くと、鍋から皿にスープを
注いで渡してあげる、もちろん野菜たっぷりで。
「んニャ、フニャフニャ……。おお!!
たしかにうんまいニャー、とくにこの山菜かニャ?
シャキシャキというより、サクサクした歯触りがニャーにはツボニャ、
お気に入りになっちゃったニャー、
どんな魔法でここまで野菜の鮮度を保てたのニャ?」
一口、ゆっくりと咀嚼して味わってから感想を聞かせてくれる。
よほど気に入ってくれたのだろう、
興奮しつつもスプーンを丁寧に操りスープの中に入っていた野菜、
その中で気に入ったモノ――
あれは薬草の、名は半月草を掲げて目をキラキラさせている。
月を浴びる時が経つほど薬効が強くなり、
苦味と葉の硬さが強くなる月巡り草と呼ばれる草の2段階目。
苦味が少しあるが、葉の硬さもあいまって
なかなかに食用にしようとしたら癖のあるものだが、
おれは結構好きだから入れてみたんだが、気に入ってもらえたようで嬉しいな、
薬草を食事に使うのに馴染みのない周りには不評だったから余計に。
「それはおれも好きな奴なんだ、気に入ってもらえて嬉しいな。
よし、おじさん特別に教えちゃうぞ~」
「え……ぼくが聞いたときには秘密だって言って、教えてくれなかっ――」
オプティムさんがなにか言っているが気がつかないふりをしてみる、
だって旅の途中で教えてもそうそうできるようなものじゃないからね。
教えても試せなかったらなんだか
モヤモヤして消化不良みたいな感じになりそうだからさ。
「魔法は殆どいらないんだけどね、強いて言うなら道具かな。
対植物特化の魔法が付与された包丁はあるかな?」
「ニャー、それくらいならあるニャー」
「ぇ……よしよし、でその包丁を使って
なるべく切るときは断面がキレイになるように、
素早く切っていく。気力で強化してもいいからできるだけ
包丁と野菜が触れる時間は減らしたほうがいい」
「ふむふむ」
ケット・シーたちの住んでいる場所の設備は結構良いものらしい。
対植物特化の魔法が付与された包丁なんて高価でマニアックなものを、
それくらいと言ってしまうのはなかなかに生活に余裕をもっている証拠だろう。
だが、そんな感じをおくびにも出さずに素直に頷いて学んでいる姿からは、
豊かで高い地位にいる者特有の、物事をどこか軽んじる雰囲気はない。
(こっちでは豊かなのが普通で、威張るほどのことでもない感じなのかな?)
魔王討伐の旅の時は、魔族の主要な場所ばかり襲撃していたので、
通常の基準がわからないんだよなあ。
まあ、そういうことは後々調べるか、後進に任せよう。
「そして大切なのは香油、なるべく粘度の高い良いやつのを使う。
おれが使ったのはリクイッド・ロータスから作ったもので、
そこそこ貴重な香油なんだよ?で、香油を野菜に薄く塗って膜を作ってあげる」
「香油かニャ。それは……ルートミック様に頼んでみようかニャ」
ケット・シーたちは時々ボソボソと喋るなあ……。
後半はあまりよく聞こえなかったが、
多分また聞かれたくないような名前を呟いていたのだろう。
口が軽いんだか堅いんだかわからないな、まあそこには触れずに話を先に進める。
「――いいかな?味付けはお好みだけど、大切なのは塩だね。
おれが知っているのではルーセント・ハライトっていう岩塩――
特徴は溶質がえらく低い塩……まあ簡単に言うと、
普通のものより水分を奪わない塩というところかな、それを使う」
「そんな塩があるのかニャー」
「ちょっと珍しいけどね。後は沸騰しない程度に
スープと一緒に煮込んであげれば出来上がりだよ。
材料を揃えれば割と簡単に出来るから、やろうと思ったら材料集め頑張ってね」
「ニャー。ありがとうニャー、
お礼に知りたいことがあったら遠慮なくなんでも聞いてくれていいニャー。
あ、もちろんエミル様やセルヴァ様のこと以外でだニャ」
スープをおかわりしながらも、ちゃんと話を聞いてくれていた
メチオはそう言うと、早く自分で試してみたいのか、
それとも誰かに教えたいのかウズウズしながらも、
律儀にお礼を申し出て立ち上がり、さっさと言ってみ?
と膝をプニプニの肉球で押してくる。
なんだか謀ったみたいで申し訳ないが、
せっかくなので素直に聞きづらかった事を聞いてみる。
「ありがと。じゃあ直球に聞くけど、おれたちは冒険者でさ、
ここに新しい魔王かものすごく強い魔族が出てきたか調べるために来たんだ、
今はもうそうじゃないけど、魔獣の被害はそのせいだと思っていたからね。
そのことについてなにか知ってることがあるかな?住んでいる場所とか、
どんなやつなのかとか些細なことでもいいんだけど」
「――ニャー、ん~そうだニャー……。
ニャーには心当たりがないから、みんなにも聞いてみるニャー」
「あっ……ああ、よろしく頼むよ」
肉球の感触が少し名残惜しかったが、
他のケット・シーに話を聞きにいくために離れて行ってしまった……。
おもわず引きとめようとしてしまった手を引っ込めて、
スープを片手にゴニャゴニャとささやきあう猫たちの群れを見守る。
(――というか、いつの間にスープとってったんだ……?)
メチオとの話に夢中になっていたのもあるが、
なんだかんだ言いつつもケット・シー全員がスープをすすりながら
普通に喋っているのは、メチオが毒見をしたからなのだろうか?
言ってくれればちゃんとよそってやったというのに、
抜け目がないというか、意地っ張りというか。
「まあ、美味しいって食べてくれるならいいか」
なんだかスープを食べつつ話し合っているので、
時間がかかりそうだなあとローバストたちのほうへ合流する。
「やっ、そっちはどんな話してた?」
「いつもはなにをして過ごしているのかとか」
「……なにが好きなの、とか」
「どんな魔法が使えますか~とかですね」
遊んでいたけど情報収集はきちんとしてるんだな、
レブラルさんは少し不安でもあるが……。
話の内容は、ケット・シーたちと別れてから確認したほうがいいので
ひとまず情報のまとめは置いておこう。
それにしても――
「3人とも、猫さんたちみたくいつの間にか
スープ持ってるんだね。わりと野菜多めだし」
「いやあ、まさかそんな高価なものだとは思っていなかったんで」
「ぼくはいつもこれくらいですけどね。
スープは、猫さんたちが隠密系の魔法を使って
こそこそとってくれたおかげですよ。さっさと食べたいからと」
「ほんとに気づかれずにみんなの分持ってきたのすごかった」
いつもはそこそこしか食べない野菜をもりもりと食べているのは、
メチオへの説明のおかげなのか……。
いや、いつもさっき言ったようなやり方で野菜を調理してるわけじゃないから、
ローバストさんは少し勘違いしてそうだけど、
そこのところは気づかないうちは言わないでおいたほうがいいのかな。
あと、猫さんたちをけしかけたのはレブラルさんじゃないよね?
なんか言葉にそんな感じが……いや、気のせいか
「今回の目的の情報はニャメロウは知らなかったみたいだったけど、
猫さんたちの誰かが知ってるかもに期待かな」
「そうですね、信用出来るものかどうかはともかく、どんな情報でも欲しいですね」
オプティムさんがモゴモゴとスリン・リンクスの
尻尾の骨を口の中で転がしながら言い、
ろくな情報がないままここまで送られた国――
いや、オプティムさんたちは冒険者ギルドかな?に愚痴を漏らす。
その気持ちはわからなくもない、凶悪な魔獣蔓延る場所に
ろくな説明なしに送り込まれたからな、
だが、パーティーのリーダーとしてそれに
ハッキリ賛同するわけにもいかないので、レブラルさんへと話を逸らす。
「猫さんたちは好戦的な魔族じゃなくてよかったねー、
最初はどうなるかと思ったけど楽しいし」
「ケット・シーは魔族というより精霊とか妖精らしいよ、
境目が曖昧だからどっちでも呼ばれるけどって」
「妖精か……その辺のことも聞いてみたいけど、軽くしか聞けなさそうだなあ」
仲間に関係する深いところは、仲間を守るためか
勝手に話すことに抵抗があるのか、まあどちらもか……
話してはくれないのはわかったので、軽く聞けるような情報を
なるべくもらえるように質問をしたほうがいいよなと、
半分諦め混じりにため息をつく。
重要な情報をポロっと話さないかと
少し期待していなかったかと言われれば嘘になるが、
ケット・シーの頭の良さがわかったというのもまたいい情報なので納得しておこう。
(こっちも情報はあんまり渡したくないわけだし、お互い様かな)
「というか、ケット・シーは熱帯の場所にはいなかったはずなんだけど、
そのへんも聞いていいのかどうかわからん……」
「あ、それはなんでも、エミル様という方への食料集めの最中で、
住んでる場所はここじゃないって言ってたな」
「ああ、それで大きな肉担いで歩いてたんだ。
自分たちの飯の時にそれも使わなくちゃだから、
こっちで飯もらえるって喜んでたんだね」
ローバストさんの言葉になるほどと合点して、
ホイホイとレブラルさんの言葉に着いてきた意味がわかった。
まあ、レブラルさんを気に入ったというのも
ゼロじゃないにしろ大体この理由だよな、
じゃあ、やっぱり長居は期待しない方がいいかな、
少しでも話がしたかったけど猫さんたちは早く食料を運びたいだろうし。
と思ったところで、猫さんたちが食べ終わったスープの皿を片手に
ぞろぞろこっちに来てニャーニャー言ってくる。
「ニャー、みんなの話だと、
北に行ったところに強い魔族が何人か住んでたらしいニャ。
今はもうどこかに行っちゃったかもしれないけどニャー、
なにか手がかりがあるかもニャ?」
「スープうまかったニャー」
「今度ニャーたちも試してみるニャー」
「まあまあ良かったニャ」
(分かっていたけど、結構急いで行っちゃうんだな。
他にも聞きたいことは沢山あったけど)
「……あ、ありがと。ニャメロウも情報ありがとうね、
進路変更出来たら北に行くかもかな」
乗り出して肉球を腹に押し付けてくるので、
嬉しくすぐったくてにやける口元を強引にほほえみに変えてお礼を言うと、
数瞬考えて、とりあえず国に方針を報告してみてからしか行動が取れないので、
確定したわけではないが行けるなら行ってみたい場所なのでそう告げる。
「ニャー、まあ詳しい場所はわからないけど、
ちょっと遠いらしいから考えて行ったほうがいいニャー」
「そして、そろそろおいとまするニャ」
ニャメロウが追加でそう詳しい場所がわからなくて残念だと言うと、
メチオがニュッと並ぶ猫さんたちの顔の間から飛び出て、
おれの手のひらの中に何かを押し付けて猫さんたちを引っ張り、
少し離れた場所に集め始める。
「ニャー、お礼と挨拶済ませたら帰るニャー」
「残念だニャー」
「早く帰らないと、持って帰るものが傷んじゃうからニャ」
「そうニャー、名残惜しいけどニャー」
「飯うまかったニャー。ゲシュの実もありがとうニャ」
「ニャーニャー、またどこかで合ったら飯奢ってくれニャー」
が、さらにレブラルさんやオプティムさんに
抱きついていこうとする猫さんたちに、メチオとニャメロウは
手を引っ張り、背を押しながらズリズリと離していく。
「ははは、少し楽しかったですよ。また会いましょうね」
「ニャー、世間は意外と狭いニャ。またニャー」
「……もう行っちゃうの?」
「レブラルちゃんとはまだまだ遊びたかったけど、仕方ないのニャー、ごめんニャー」
オプティムさんはニコニコしながら、
レブラルさんはソワソワしながらそれを見届け小さく手を振る。
……ローバストさんも、
涙目になりながらも一緒に手を振っているのが何とも言えない哀愁を漂わせている。
まあ、いつまでも別れを渋っていたら余計別れづらくなるので、
キリのよさそうなところで手をパンパンと叩いて終わらせる。
「ん、じゃあね。道中無事に帰れるといいね」
「ああ、それは心配いらないのニャ」
レブラルさんとローバストさん、
ニャメロウと猫メチオ以外のさんたちのジト目目線がなんだか痛いが、
だってそれ、終わりどころを作るのおれくらいしかいないじゃないか、
年長者としてパーティーのリーダーとしてさあ、
だから仕方ないじゃないか、無言の圧力かけんといてっ!!
「ほら、みんなもちゃんと送ってあげよう?」
「……わかった。猫さんたち、ばいばい」
「今度はちゃんと遊ぼうな」
「次に会えたら、もう少しお話ししたいですね」
「そうだニャー、その時はニャー」
(……ん?なんだろう、急いでなかったのか?
なんだか微妙にゆっくりしているような――)
ロウがいっこうに急ぎ移動する準備をしださない
ケット・シーたちに妙な違和感を感じた瞬間、
黒毛のケット・シー、クロメが荷物から取り出した簡素な小瓶を持って来る。
「ニャー、精霊水は用意出来たニャー」
(精霊水!?ってこっちにもあるものなのか……?)
猫の手から浮かぶ小瓶の中に入っている、
紫水晶を溶かし込んだような液体、精霊水を見て驚く。
【オウス・テレノ】で精霊水とは、
教会の井戸で汲まれた水を薬草やハーブで浄めた聖水に魔力を込めて、
込めた分の魔力に比例して、
使用した際の魔力回復や魔法伝導を助長させる効果を持つものの事を言うのだが、
どうやら【ディセンダント・オーブラ】にも教会に属するものがあるのか、
もしかして教会を介さずに作る方法があるのかもしれない。
しかし、おれが知っている精霊水と効果が同じだとして、
なんで今取り出すのだろう?
移動速度強化系の魔法の助けにでもするつもりなのか?
それにしては贅沢なものを使うんだな、
と感心しているとさらにニャメロウが手を少し振ったかと思うと、
1つの〈巻物〉を手にしてバッと空中に広げる。
〈巻物〉は精霊水とは違い、
魔力そのものを貯めるのではなく魔力と共に魔法を刻み込み、
その媒体を使い捨てることで、
中に込められている魔力と呪式を解放して
手軽に魔法が使用出来るアイテムである。
込められている魔法の事をちゃんと理解できているなら中々に使い勝手がよく、
魔法が使えないものや魔力を温存したい時などに重宝する代物ではあるが。
〈巻物〉作成は、込める魔法の強さによって
必要になる魔力や代償に使う材料の入手難易度、
呪式を刻む難易度が格段に上がっていくので、これもまた高価で貴重な代物だ。
(まあ、低級なモノならパパッと作れるんだけど、そんな感じじゃないもんな)
魔法が込められたアイテムや武器、防具には
それぞれそ希少性とそこに内蔵された
力の強さなどによってランクが付けられている。
最下位に位置して一般の生活にも
通常に取り込まれている『魔法級』
大きな街の職人や駆け出しの冒険者が愛用する『至高級』
街の権力者や中級の冒険者に扱うことが許される『偉大級』
上位の冒険者や国お抱えの親衛隊にのみ
触れることすら許されない『自然級』
国宝として取り扱われ、最上位の冒険者でも
所有している者は数少ない『遺産級』
後は『聖遺物級』や『神聖級』、『深淵級』とあるが、
これらはどれも【ディセンダント・オーブラ】や
【フェーヤ・フォレスト】の奥地や、強力な力を保有している
魔族の長やら精霊の長が所有していたり、
忘れ去られた太古の遺跡に厳重に保管されていたりするので、
それはもう目にした個人の偏見によってランクが変わったりする。
――そして、なにが言いたいかというと、
ニャメロウが手にしている〈巻物〉は見て取れる魔力の質からして、
間違いなく『偉大級』以上の代物だと分かる。
中級の冒険者が好んで使うアイテムだからとて、
先ほどの精霊水といい使い捨てのものをそうポンポン使えるのは、
豊かなどという言葉だけでは済まされず、相応の地位と実力、
技術を持った集団に属しているということだ。
植物特化の魔法付き包丁の時にも思ったが、実は予想以上の集団なのかもしれない。
(エミル様か……。ケット・シーの社会構造はどうなってるんだろうな)
「んニャ、レブラルちゃんたちは巻き込まれると危ないから近づかないでニャ」
「え、危ないって、なにをする気なんだ?」
「ニャー見てわかるとおり――」
〈家路〉
ニャメロウが言うと、
媒介となっている羊皮紙のような皮の端から
小さな魔力の炎が生じ燃やし尽くしていき、
〈巻物〉に込められた呪式が解かれ、
込められていた魔法が発動する。
魔法は、最初帯状の魔法陣となってケット・シーたちを横に囲み、
さらに徐々に上下や斜めに走り、半球体のドームの様な形を作って覆っていく。
〈家路〉――
魔法の才を持つ上級冒険者や、
一部の国家お抱えの魔法使いクラスしか使えない
転移系魔法にそんなものがあったような気がする。
転移系でも瞬間移動や座標転移、亜空間経由と
魔法により手段は異なるがこれは座標転移のもの、
たしか、あらかじめ指定さた場所に転移する効果だったか……。
言葉にしてしまえば単純な効果だが、
転移系の魔法は移動先の適切な認識が出来ていないと
見当違いな場所に飛んでしまったり、
転移中になにかミスをすると、体の一部、
いや全てを失うこともあるので、失敗はできない魔法だ。
なので通常の、何かを強化したり燃やしたりなどの
魔法よりも難易度が高い魔法なのだが……。
〈巻物〉といっても、
そこに込める魔法を使う者がいなければ
成立しないからな、そんな使い手もケット・シーにはいるのか。
「――転移するからニャ」
「じゃあニャー」
「ニャー」
「ニャーニャー」
「ばいニャー」
「猫さん凄い……」
魔法陣が次々と構築されていく様を見て
おもわずつぶやきながら、レブラルさんが呆然とする。
まあ、そうそうお目にかかるようなものじゃないからね、
ローバストさんは単純に綺麗だなーと驚いて、
オプティムさんは静かに見守っている。
おれは魔法陣の向こうで、思い思いのポーズをとっていたり
手を振ってくれていたりしてくれている猫さんたちに手を振り返す。
手の中にはメチオから貰ったものが
握られてるので、猫の手になっているが……。
「ん、じゃあなー」
「っ、またね」
「また会おうぜー」
「さよならですね~」
それに我に返ったのか、レブラルさんも慌てて手を振り、
猫さんたちに珍しく大きな声をあげる。
少し遅れてローバストさんとオプティムさんも声を張り上げたところで、
ドーム状に展開されていた魔法陣が
一瞬で中空に1つの点になるように収縮して消える。
後には強い魔力の残滓と魔法の発動の際に生じた
微かな光の跡が残っているだけだ、
多分もう目的地である場所に着いているだろう、すごいことだ……
猫さんたちと合ってから、驚くことばかりだ。
「最後の最後にすごいものを見せてもらいましたね」
「うん……転移魔法は私も使えるけど、あんなにすごいのは無理」
「いやー、綺麗だったな」
3人とも、猫さんたちとの別れと転移魔法にそれぞれ息をはきながら言う。
ローバストさんは感動しているとかその辺だろうが、
レブラルさんとオプティムさんの心中は複雑だろうと察せられる。
まあ、そのへんもゆっくり時間を使って整理していくか、
幸い日をまたげるような拠点にしておいてもらったからな。
予想外の収穫の結果と、ケット・シーとの
楽しい会話を思い出して少し嬉しくなりながら、
とりあえず先にしてしまう事を指示する。
「よしッ!じゃあまずは、お皿と鍋洗おうか。あと、骨も埋めないとね」
うん、後片付けは大切だよね。
03/22 改行の整理