表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/52

6話・猫さんたちとの会合

「――っレブラルさん、そっちに敵が来ますよ!」

「うぇ!?……了解」


先導する小さな背中に付いて行き、

数歩進んだ瞬間、その前方10mに5つの足音がして急いで駆け寄る。

先程まではなにも感じなかったが、微かに感じた物音の方へ神経を集中させ、

いつでも守りに入れる体勢をとっておく。


「相手は隠密性が高い。5体以上いる可能性があるので気をつけて」

「ん」


(それにしても、魔法なしとはいえここまで気づかなかったなんて……。

気づいたのは半分葉擦れの音をたまたま拾っただけだし)


どんな相手だろう、とレブラルを庇うように背にし耳を澄ませる――

どんな些細な情報も逃さまいと気をつけるが、

確実に5体以上いる対象の音が殆ど聞こえない。


(この森にいる魔獣でこんな奴いたか……?)


足音など皆無で、背が低いのか歩行速度がそこまで速くなく

葉擦れの音も先ほど察知したもの同様些細なものしか届いてこなくやきもきする。

こちらには気づいているのだろうか、と一瞬思ったが、

森にいる魔獣で気づいていない訳はないかと思い直していると、

近づいてきて幾分か感じる気配がこちらを大きく迂回していく。


《ニャーニャー、なんかいるから避けとこうニャー》

《ウニャー、面倒事はゴメンだニャー》

《ゲシュの実が少しするんだけど、気になるニャー》

《頼んだら分けてもらえるかニャー?》

《いや、見た瞬間襲われそうニャ人間の匂いもするニャ》

《でもゲシュの実持って帰ったらエミル様喜ぶニャ!》

《じゃあ、一応頼んでみてダメだったら……ヤるニャ》

《了解ニャー》

《ふふふ、滾るニャ》

《面倒事になりそうだったら、ニャーはとりあえず逃げるニャー》

《おまっ、見捨てるのかニャー!?》

《逃げるが勝ちニャッ》

《なんか、格好良く言ってるけど、格好悪いニャ》

《ニャニャニャー》

《ニャーニャー》


「…………」

「……猫?」


(なにか聞こえるんだが……)


耳を澄ませているからだろう、

レブラルにも僅かに声が届いたようで

なんだかニヤニヤしているが気にしないでおこう。

聞こえてきた話の内容からするに、相手は言葉を解する程の知能があり、

先ほどまでは関わらないつもりだったが近づいてくるらしい、

しかも接触したさいのこちらの対応次第で交戦する可能性がある、と……。


「レブラル、ここはさっさと離れようか」

「……やだ」


(ええええ、なに考えてるのこの子!?)


とりあえず無駄に戦う可能性を増やすこともないだろうと、

レブラルの手を引いてこの場を去ろうとするが、

なぜか足を踏ん張り動こうとしない。

が、いつまでも留まるわけにはいかないので、

気力を使ってでも担いで遁走しようと屈んだところで、声が掛かる。


「ニャーニャー、そこ行く旅の人」

「もしよかったらゲシュの実を少し譲ってくれないかニャ?」

「くれたらお礼にご飯あげるニャー」

「え?それあげるのニャ?」

「何かをもらうからにはそれなりの対価は必要ニャ」

「ニャニャー、常識ニャー」


草をかき分けて出てきたのは2足歩行をする6匹の猫、

それぞれの柄が灰青色、黒色、白色、茶トラ、三毛、灰色の

――ケット・シーだった。

大きさは普通の猫よりも少し大きいくらいだろうか、

それがワンド、いや体の大きさから見るとスタッフか、

それと弓、剣や槍、斧といった武器と旅荷物が入っているであろうカバン、

なにか大きな肉を持って、

威圧的にならないように隊列を組んでいることから

好戦的ではないが戦いなれている感じがする。

この数の差では戦ったら良くて逃げられるか、

悪くておれかレブラルさんのどちらか両方が

大きな怪我を負うのが分かってしまったので、

刺激しないよう大きく分かりやすい動きでゆっくりと

ポーチの中に入っているゲシュの実を数個取り出して見せる。


「わかった、手持ちが少ないから

これくらいしかないが勘弁してくれ。礼はいらない」

「マジでかニャッ!?旅のお方さんいい人だ、ニ゛ャ゛ッ――」


その実を受け取ろうと歩いてきた

灰青色のケット・シーが手を伸ばしてきたところに――

横からいきなりレブラルが突っ込み、

しっかりホールドして動けないように拘束する。


「……え?」

「な、なんニャッ!?」

「騙し討かニャ!よくもニャメロウをッ」

「ニャメロウの仇を取るニャー」

「ニャメロウの死を無駄にするニャよッ」

「いいやつだったニャ……」


お互いが予想外の事態に固まり変な声を出していく……

後半からなんだか先走ったことを言っているが、

おれもレブラルさんの意図がわからないのでツッコムにツッコメない。

というか、ニャメロウ可哀そうだなおい


「レ、レブラルさん?なにしてんの?」

「ん~、モフモフ」

「ぐ、ぐるじいニ゛ャ……」


パッと見、愛らしい猫をサバ折りにしているようにしか見えなかったが、

よく見るとニャメロウと呼ばれ死亡扱いされたケット・シーの

頬に自分の頬をグリグリと擦りつけて、

本人曰くモフモフの毛並みを堪能していただけだった。


(レブラルってこんなキャラだったのか……)


このまま抱いていても死んでしまうことはないだろうが、

目の前に立って武器を構えているケット・シーたちが

既に仇討ちムードになりつつあるので、無言で後ろ襟を引っ張って、

絶妙な力加減で身動きが出来ていないニャメロウを解放させる。


「クハァッ!た、助かったニャア」

「!?ニャメロウが生き返ったニャッ」

「ゾンビニャ!苦しまないように始末してヤるニャ」

「マジでゾンビかニャ!?こわいニャ」

「今だから言えるッ、

前にニャメロウのお菓子食べたのニャーなのニャ!すまんニャー」


レブラルの腕から飛び出したニャメロウは、

そのままケット・シーの隊列に身を隠そうと走り出すが、

いまだ誤解中のケット・シーたちに武器を向けられたり、

ぶっちゃけられたりして精神的にダメージを受けているようで、

なかなかに気の毒なのですぐさま小さく頭を下げて謝る。


「悪かったな猫さん、連れが失礼をして。

追加で干し魚も渡すから許してくれないかな?

あとついでに言っておくけど、殺してないからねー」

「ニャン……だと……?」

「生きてるよニャ、うん、信じてたニャ」

「誰ニャ!ゾンビなんて言ったのは!?」

「おミャーだろうニャ……」

「お、お菓子……は、今度ニャーのあげるからニャ、怒らないでニャ?」


が、5匹のケット・シーはロウの言葉を

さほど聞かないで口々にニャメロウを取り囲むと、

なぜか胴上げしだして、ノリとテンションで

仲間への気まずさを紛らわせようとしている。


「で、レブラルさんはなんであんなことしたんだ?」

「ごめん、つい……。反省はしている、だが後悔はしていない」

「ついって……」

「だって、毛並みが良さそうな子だったから」

「……えー」


その喧騒に紛れてコソコソとレブラルと言い合うが、

どうにも可愛いもの好きの血が騒いで暴走したらしい、

あまり会話になっていなくてどう言ったらいいのかわからない……。


「おミャーら薄情すぎて泣けるニャ……」


と、胴上げが終わった人垣(猫垣?)の中からニャメロウが出てきて、

涙目になりながら口を尖らせ(唇はないがなんとなくそう見えた)て後ろで

「すまんニャー」とか言っている5匹に恨めしげに言うと、

こちらを向いて――それでもレブラルを警戒して

すぐさま左右に逃げれるように足を緊張させて、

ジリジリと近づきながら再び話しかけてくる。


「で、なんだったんだニャ?戦う気……ではないようニャガ」

「あ、終わったかな?ごめんね、この子が暴走しちゃって……

悪気はなかったんだ、お詫びにゲシュの実の他に干し魚を

あげるから許してくれないかな」

「ナイス毛並み」


おれは敵意がない事をアピールして

ゲシュの実を握ったままだが手を上げて、

なぜかいい顔をして親指を立てている

レブラルの脇を肘で突っついて謝るのを促すが、

くすぐったいのか笑いながら身をよじっているだけでなにも言ってくれない……

なにこの子、いつもは冷静に物事を判断して

動いてくれるのに、今は判断してくれない。


「ニャ?あ、ありがとうニャ?」

「うん、モフモフしててすごい良かったよ」

「ニャハハハー、褒めてもなにも出ないニャー」

「毛玉なら出そう?ほれ、ほれ」

「んニャー、毛変わりはもうしたから出ないニャー」


(…………なんだこれ、おれが間違ってるのか?)


なんだかうまく話しているレブラルに釈然としないが、

交戦状態に持ち込まないような様子になっているので文句は言えない。

が、なんだかニャメロウはレブラルとの話で盛り上がってるので、

少し離れたところにいる5匹に話しかける。


「えっと、とりあえずゲシュの実を渡すから受け取ってくれないかな?

干し魚は近くにいる仲間が持っているから、少しかかるけど」

「ニャー、了解だニャー。

ただ、干し魚を持ってくるまであの女の子は人質的なアレニャー」

「人質ってなんだか悪いことしてるみたいだニャー」

「その仲間と一緒に飛びかかってくるかもしれないからニャー」

「ほんとはあの子とちょっと遊びたいからニャー」

「ニャーの毛並みも負けてないニャー」

「「「「「というわけで、行ってらっしゃいニャー」」」」」

「どういうわけだよ……いや行くけどさ」


話がトントン拍子に進んでいって、

いまいちついていけていないが気にしたら負けだ。

たしか干し魚はオプティムさんが大事にとっておいていてくれたはずだから、

それをとりに行かなければならないのは分かるが、少し心配になってくる。

いや、レブラルさんじゃなくてケット・シーの心配なのだが……。

視界の脇で、さっそく2匹のケット・シーを片手で締めて、

もう片方の手でニャメロウの頭を撫でているレブラルを見るが、

まあ、力加減はするだろうし大丈夫かな、とそれ以上考えないようにして、

オプティムさんとローバストさんのいる場所まで真っ直ぐ早足で歩いて行く。


念話(コネクト・センス)〉で2人を呼んできたほうが安全かもしれないが、

こっちが緊急事態だと勘違いされてしまったら、

面倒な事になりかねないので仕方がない。


(その辺りの微妙なニュアンスは魔法じゃ伝わりにくいんだよなあ)


まあ、残念だけど気楽に連絡できるだけ

あの魔法は便利なんだろうなと、たわいない事を考えながら

寄ってくる大きなムカデのような魔獣を蹴飛ばして歩いていく。

場所は、オプティムさんが〈念話(コネクト・センス)〉使用時に

今日の寝床予定地の場所のイメージを流してくれたから迷わないが、

寄ってくる敵をまともに相手するとかなり時間を取られてしまうので

こうしてあしらうしかないのが面倒くさいんだよなあ、寄ってくるなよと。



「で、到着しました」

「え?レブラルさんはどうしたんですか?」


2人の見つけた寝床予定地、

大きな木がぽつんと立っているだけの更地に着くと、

その大きな木の根元に草を組んで作った

屋根を掛けていたオプティムさんが聞いてくる。

ローバストさんは少し離れた場所で下草を刈ってこちらを見ている。


「えっと……猫と遊んでいて、

干し魚を渡す事になっちゃったから取りに来たんだ」

「?、よくわからないですけど、必要なら――どうぞ」


ケット・シーの事を話そうにも、

敵意がないことも話そうとすると長くなりそうだったで、

だいたい間違ってはいないだろうふうに省いてそう答えると、

レブラルさんは疑問を感じながらも、なにかあったのだろうと察して、

腰に付けているポーチから探って渡してくれる。


「ごめんね、このあたりだと貴重品なのに」

「いいですよ、話を省略したくなるほどめんどくさい事なんですよね?

まあ、危険はないみたいですけど」


(おお、なんかお見通しで申し訳なくなってきた、

まだまだ若いのに気配りご苦労様です。)


せっかくなにも聞かずに干し魚を渡してくれたので、

その心遣いに感謝して無駄な時間を作らないようにすぐに回れ右をして、

話しているあいだに随分と草が刈られて

綺麗になって小さい広場になった寝床予定地を振り返――


「おお、ここですかニャー」

「重いニャー、さすがに疲れたニャー」

「頑張って隠密してやったニャ」

「担いでる時に尻尾触るのはらめニャッ」

「飯はまだかニャ?」

「悪ノリしすぎたニャ……」


「やあ」

「…………」


森と寝床予定地の境目にある木の暗がりから顔を出した1匹の先導係と

5匹のケット・シーに担がれたレブラルさんが手をあげて挨拶してきた……。

ご丁寧に隠密系の魔法を使ってきたのだろう、

目の前に視認しているが気配が薄すぎて少しでも目を離すと見失いそうになる。

あと、ケット・シーたちのドヤ顔がうざい。


「来たんだ……いや、いいけどさ。

猫さんたちはおれたちに囲まれるのを警戒してたんじゃないのか?

そのためのレブラルを置いていたんじゃ……」

「いや、レブラルちゃんはいい子っぽいから信じたニャ」

「ご飯奢ってもらえると聞いて、ニャ」

「聞いて、ニャ」

「お菓子もいただけると嬉しいニャ」

「嬉しいニャ」

「そんなわけで、少しの間よろしくニャ」


矢継ぎ早に話す5匹を締めくくるようにニャメロウがお辞儀してくるが、

そんなのでいいのか?こっちは一応、

領地侵攻している他種族だぞ?とかなんとか頭をよぎるが、

それよりもこちらとしても食料は分け与えるほど余裕はない……

いや、スリン・リンクスの尻尾や剥ぎ取らせてもらった舌肉もあるけど、

あれは残ったら保存しておこうと思ってたんだが。


(というか、スリン・リンクスからいただいた肉を使っても

この人(猫)数はまかないきれないから、

持っている少ない食料も使わないとだよな)


「んと、手持ちの食料じゃお腹いっぱい食べさせてあげれないけど、いいかな?」

「ニャー、その辺は了承済みニャー」

「ニャー」

「「「「ニャー」」」」

「大丈夫、おじさん勇者。この子たちとってもいい子だから」


……まあ、こんなに楽しそうなレブラルは初めて見るし、

旅の殺伐とした変化のない日々からしたら面白いイベントだ、

なので少しくらいは仕方ないかと思いオプティムとローバストを見ると、


「その代わり、レブラルさんは明日から食料集め頑張って下さいね?」

「みんな文句ないなら、おれも別に反対する理由ないしいいわ」


オプティムは肩をすくめて、ローバストはポーチから干し肉を取り出して

ケット・シーたちにフリフリと揺らし遊ぶように動かしながら答える。

口ではそっけなく言っているのに、

なんでそんなにノリノリなんですかローバストさん?

だけど、異議はないみたいなのでさっそく食事の準備に取り掛かる。

数を作ろうとしたら手間はそれほど変わらないが、

時間はかかるのでさっさとしないと日が暮れてしまうからね。


「じゃあ、レブラルさんと……ローバストさんは猫さんたちと遊んでいてね。

オプティムさんはすまないけど、手伝ってくれるかな?」

「はい、よろこんで」

「めんどくさいけど、まあ仕方ないよな。暴れられると困るしな、うん」


レブラルさんに手伝いはまた今度してねと、

ローバストさんには食事前に食べ物を渡さないようにと言い、

少し地面を抉り、そのへんにあった石と枝で作ったであろう焚き火と

簡易台所へオプティムさんと向かう。


「じゃあまずは時間がかかるスープから作ろうか、

魔法は使ってもいいからこの中に水を用意しておいてね」

「はい」


そうオプティムにパーティーが持ち歩いている中で一番大きな鍋を渡すと、

まずは道を切り拓くために使っている鉈を片手で抜いて目の前に掲げ、

もう片方の手を横に広げて魔法を詠唱する。


爆裂する紅焔の投擲槍(フレア・フラグランス)


すると20cm程の長さの炎の槍が魔力によって生成されるので、

掲げた鉈に近づけ高温殺菌すると、

ついでにスリン・リンクスの尻尾の毛と皮も燃やしてきれいにして、

地面を抉って作った焚き火へ放りこんで火を灯す。


『ボッ』


「っおおう!?」


火力はかなり抑えていた「なんニャなんニャ!?」が、

あらかじめ用意されていた「ものすごい音したニャ!!」

油分を多く含む葉や木の皮に反応したのだろう、

小さな爆発が「敵襲だニャ、構えるニャッ」起きて、

火の粉が盛大「大丈夫だから落ち着け」に舞い上がりちょっとびっくりした。

まさか「ニャーじゃなければ取り乱していただろうニャ」

ここまで燃えやすいとは思わなかった、辺りで適当に

「あ、この森は火気厳禁なんで気をつけるニャ」集めたもので

これじゃあ迂闊に炎熱系の魔法は使えないなと思い、

レブラルさんが爆発系の魔法を使って「わたしさっき爆発の魔法使ってた……」

いたことを思い出して背筋が冷たくなった。


〈もし、指向性を与えた爆風でなかったら、

生まれた炎で火事になっていたかもしれない……〉


この辺は日の雨量と「マジかニャ!?」回数が多いから、

木は湿っていてさほど広がりはしないだろうが、

飛び火先が乾燥していた場所だったら瞬間的には

「それ絶対やめたほうがいいニャ」火が先程のような勢いを持つだろう、

そのせいでいきなり「うん」森全体と敵対することになれば、

任務に支障が出るどころか中止するしかなくなるだろう。


(とりあえず、レブラルさんに注意しておかないとかな)


「レブラルさん、さっきの音で気づいたと思うけど、

この森じゃ火が出るような魔法は控えてね?」

「うん、クロメにも言われた。気をつける」

「クロメ?猫さんたちのどなたかな……。

自己紹介も飯を食うときにしようか、あんまり長い仲になりそうにないけど」

「……わかった」


遊び始めて、食事の少しの間しか一緒にいられないことを忘れていたのか

目に見えて残念そうにするレブラルだが、

一緒に行動しては仮称魔王への依頼は

やりづらくなると分かって、文句一つ言わずに頷くと、

短い間を惜しむように三毛のケット・シーに抱きつく。


「ぐはっ!?く、苦しい……ニャ」

「ニャ、ニャーコーッ!!」

「逝ったかニャ……」

「お、おれは優しく抱いてやるぞッ?」

「お断りします、ニャ」

「ニャ」

「おれは悲しい……」

「どんまいニャ」


大男が猫に慰められている図ももう少し見たかったが、

飯を待って遊んで時間を潰してもらっている以上、さっさと動かなくては。

と、ここで後ろから声がかかる


「なんだか、仲間はずれにされてるようで寂しいですね……」


振り返ると、きれいな水をいっぱいにためた鍋を持つ

オプティムが遠い目をしながら佇んでいた。

悪いなと少し気まずくなりながらも、

本当にこんなに早く水を用意できるとは思っていなかったので気を取り直し、

色々と追加の指示しておく。


「あ……ごめんね?まさかもうできてるとは思わなくてさ、早かったね」

「ええ、魔法を少し使ってたので」

「うむうむ、ありがとう。

じゃあ、火をつけといたから焚き火のとこにかけといて、

見つけた草の中で食べれるものと薬草、

にんにく……はダメだねそういえば、生姜はいけるから生姜も放り込んどいてね」

「はい」


ネギ科のモノは猫にはダメだったなと臭い消しの代用に生姜を使うことにして任し、

とりあえずこちらは肉の処理をする。

爆裂する紅焔の投擲槍(フレア・フラグランス)〉によって毛が焼けて短くなった尻尾を、

同じく焼いて消毒した鉈で皮ごと剥ぎ、肉と骨だけにすると、

今度は半分に分けて片方を骨ごと適当な大きさに切りそろえ、

片方は肉を骨から削ぐようにして厚く切り取ると、

胡椒を馴染ませるように振り皿に別ける。

肉を削いだ後に残った骨はきれいに血を拭いて、

木にぶら下げて乾かしておき下ごしらえは終了。


「ふう、あとはぶっ込むだけだな」

「こちらはできてますよ~」

「じゃあ、持ってくね」


すでに焚き火を2つに増やしてくれて、

1つに鍋をセットして火を通してくれているオプティムさんの元へ、

ブツ切りと厚めに切られた尻尾が入っている皿を持って行く。


「これを入れて――後は30分ほど煮込むだけだね。

ほんとは4、5時間煮込みたいけど、

その辺は鍋に通・保温の魔法がガッツリ込めてあるから大丈夫かな」

「はい、そっちのお肉はどうするんですか?」


尻尾をブツ切りにした方のものはドバドバっと

鍋に入れたら残した方の肉を指さされたので、

焚き火の近くにある比較的平らな石の上に置いて手をあけて、

得意げに腕を組んで話す。重いし邪魔だしね。


「ふっふ~、ステーキ用のお肉なんだよ!」

「え……いや、鉄板も鉄網もないんですけど?

ロウさん、それ関係を生成する魔法使えたんですか?」

「いやね、〈念動力サイキネティック・エミッション〉を使って火の上に浮かして、

うまいこと熱伝導を操れば問題ない事に今日気づいてね。

あれの魔力の消費量は魔法にかかる負担と時間で決まるから、

小さな肉くらいなら余裕で1日は浮かせてられると」

「そんな器用な事ができるんですね……。では、お願いしましょうか、

魔法の料理道具箱マジックック・ツールボックス〉にあれば楽だったんですが、

それは欲張りすぎですね」

「まあ、一応上等な魔法の道具といっても、10個しかモノが入らないからね~」


魔法の料理道具箱マジックック・ツールボックス〉は、

魔法によって仮想空間収納が付加された

手のひら大の白に赤い縁取りがされた箱である。

収納したい道具に魔法印を刻み、箱へと契約させる事で、

10つまでの料理や食事に使う道具を

自由に出し入れ出来るようになる効果を持っていて、

料理に使うもの以外は制約によって契約できないが、

かかっている魔法の質が高いと制約なしで様々な物を収納できる箱もあるらしい。

ただ、それらはその性能に見合うだけの貴重品であり、

いまだに数回お目にかかったことはあるが手にしたことはないほどの代物だ。


(これでも十分だけど、そんなものがあったら

手ぶらで動き回ったりできるんだろうな)


ただ、仮想空間を創りだす魔法はそれだけで高等魔法なので、

制限があるが10つモノが入る箱もそれなりに高価なものであるのだが……。

長年――10年以上使ってきたモノになると

そのようなありがたみも薄れてきてしまうのは仕方ない事だろう。


そして今のうちに明らかにしておくが

《マジックック・ツールボックス/魔法の料理道具箱》の内約は、

包丁2種(肉を切るものと野菜を切るもの)、まな板、フライパン、

鍋3種(大・中・小)、お玉杓子、食器入れ(カトラリー)、

食器入れ(ディッシュ)である。

正直、鉄板や網なぞ入れる余裕はない……。


「ぼくたち庶民からしたら、その大きさで10つ『も』なんですけどね……」

「そう?で、準備は終わったからみんなに合流して少しお話してようか」

「そうですね、あっちは楽しそうですし」


オプティムは、贅沢な悩みだなあなどと呆れ顔で言ってくるが、

この程度のものなら金を積めば手に入れられるレベルのものなので、

早々に話題を流してレブラルとローバストが

ケット・シーと戯れている方へと目を向けると――



「ニャー、4段目!へい、4段目!」

「いけるニャ、これならいけるニャ!」

「こわい……早くしてくれニャ……」

「手がプルプルしてるニャ、これ以上は……」

「い、息が、できない、ニャ」

「頑張るニャー、ファイトだニャー」


――猫が背に猫を乗せて塔になってた。


(なんだこれ、どんな状況だ……?)


「……なに、やってるの?」

「あ、おじさん勇者、オプティム。料理終わったの?」

「ええ、それでローバストさん。

どんな流れで猫さんが連なってるんです?」

「え……あ、どんな流れだっけか?」

「さあ?」

「え?」

「ん?」

「…………」

「…………」

「なんで遊んでた当人たちがわからないんだ……」

「猫さんたちがかわいそうじゃないですか!ほら」


2人の要領を得ない返事に返す言葉がないが、

なんだか悲惨な状況になりそうな予感を感じたオプティムが、

4匹のケット・シーが縦に連なっている上にさらに乗ろうとする1匹を指差す。


「これで、干し魚もう1つ追加ニャッ」

「待つニャッ!シロがもう限界っぽいニャ!!」

「こ、これ以上は……潰れる、ニャ……」

「がんばれニャ、ニャーは出来るケット・シーニャッ」

「だから……限界だと……ニ゛ャッ」


その瞬間、生まれたての子鹿よりも不安定に揺れ動いていた塔が下から崩れていき、

雪崩のように猫が上から転げ落ちてくる


「――っと」


のを、ロウが空中を掴むような動作をして空中で止める。


「あぶ!あぶ!ニャハフッ」

「ニャグッ!?」

「ふニャ!?」

「緊急回避ニャッ」

「」

「お、おい落ち着けって」


空中で落下するはずだった動きが不自然に止まったためにジタバタともがくが、

見えない何かに胴体を抑えられているために

抜け出せなく変な声を出しているケット・シーたちに、

落ち着くように言うが思うように聞いてくれなくて額から汗を一つ垂らす。

ロウがしたことは簡単で、魔法の〈念動力サイキネティック・エミッション〉で

ケット・シーたちの落下を支えているだけなのだが、

その魔法は激しく動くモノや重いモノを動かすときにより消耗してしまうので、

抵抗されるとその分魔法を維持するのが大変になってしまうのだ。


「暴れたら下のやつの上に落ちゃうって……」

「!、みんな静かにして」

「ニャッ!?レブラルちゃんが言ってるニャ、聞くニャ」

「ニャー、わかったニャッ」

「了解したニャ」

「既に退避済みニャ」

「」


見かねたレブラルさんが静止してくれなかったら、

塔の一番下の土台となって今はピクピクと微かに動いているケット・シーが、

上から落ちてくるケット・シーたちの衝撃で、

死にはしないまでもかわいそうなことになっていただろう。

……できればおれの言葉も聞いてもらえれば嬉しいんだが。


そして、すぐさま静かになったケット・シーたちを

何もないところへ軟着陸させてやり、

一番下にいたケット・シーを起こして話を聞いてみる。


「で、大丈夫か?」

「お、おうふ……なんとか、ニャ」

「なんでこんなことしてたんだ?ケット・シーの体的に無理があるだろ」

「いやあ、5段タワーが出来たら干し魚追加で5つくれるって話でニャア……」

「レブラルさん……」

「たしか、そんな話もしたような気もする」


料理中に話をチラリと聞いた限りではレブラルさんが

主立って動いて遊んでたようだったので聞いてみるが、

顔を横にそらして微妙な返事をする。

いや、言われて完全に思い出しただろそれ


「……まあ、猫さんたちに大事がなくて良かったけど、

なにかあったら大変だから変なこと言わないであげてね?」

「わかった、ごめんね。シロ」

「乗っかったニャーたちも悪かったニャ。それと、おじさん、ありがとうなのニャ」


(あ、おれの呼び名おじさんなんだね……)


レブラルさんのせいだろうとはわかるが、

残念だが言われ慣れているので訂正する気にもなれずにスルーしておく。


「こっちのせいで怪我させちゃうとこだったしね、

干し魚はなるべく渡せる分は渡すから心配しなくていいよ」

「すまんニャー」

「いやいや、それより飯ができるまで世間話でもしようか。

手足に回復もしてやりたいしな」

「おじさんもいい人だニャー、やっぱりエミル様の言うとおりだったニャー」

「エミル様?」


干し魚も、まあ仲良くなれる代価だと思えば安いのかもしれないし、

追加で渡すと言ってしまったらしい手前仕方ないだろう。

それよりもこの森や近くの情報を聞いてみたいので話してみたら、

エミル様なる名前が出てきた……。


(様が付いてるってことは、族長さんかなんかかな?

ケット・シーは独自の文化を持ってるらしいし)


「ニャーッ!!それは言っていいことじゃないニャア、シロは自重しろニャ」

「さすがに許しを貰わないと話せないこともあるから、

そこらへんは察して欲しいニャー」


やはりそうらしい、ケット・シーの内情何かを

迂闊に外に漏らしたりなんかはできないからな。

元々そこまで突っ込んで話す気はないので特に気にせずに答える。


「まあ、詮索されて困るようなことは聞かないから大丈夫だよ」


まあ他には色々と聞かせてもらうけどね。

と、ほくそ笑みながら焚き火の近くに

みんなを移動させ、楽しいお話(情報収集)をするのだった。

03/22 改行の整理

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ