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5話・とあるおじさん勇者様の周り

弱き生き物たちの住む場である【オウス・テレノ】は、

基本的な地形が山にもいかない起伏、

せいぜいがちょっとした丘や見晴らしのいい平地、

水はけのよい地質からくるのか湿地帯はなく、

河川も大きなものを除きさほど通っていない。

ソー・グロリャーゼ王国――過去、かの魔王討伐の任を負った勇者を選出した、

人間の住む土地【オウス・テレノ】有数の勢力を持つ国の1つは、

そんな数少ない大きな河沿いに首都を置き、5つの街と、

生まれては消えていく村々で構成されている。

国土は周辺諸国に比べれば大きい方ではあるが、

開拓する余地のある土地が少なく、

年々増加する人口を鑑みれば決して広いとは言いづらい。

そもそもの人間が住める土地の絶対値が、

その深さから奥地までは誰もたどり着いたことがない

大森林と凍てつく大地【フェーヤ・フォレスト】

そして、まさに少し前までは人外魔境だった【ディセンダント・オーブラ】

によって挟まれ、少なすぎるのである。

しかして、住む場所をそう簡単に増やせるでもなく、

所有している土地の大きさが多少手狭になるほどの人間を受け入れていると、

それだけでトラブルの種、他国からのスパイやら

魔獣被害やらの取締も必要になる。

なので、より軍事に力を入れ正規軍や冒険者を

統括するギルドも自然と大きくなってきた。



と、エミルたちが勇者ルイス・ハンブリングを打ち倒した次の日、その早朝の

リヴァフッド帝国、首都ガザー・ダルタにある軍事演習及び訓練場――

国の発展になくてはならない大河、

グルーン河のほど近くに並ぶ4棟の住居スペースに、

1棟の訓練場、赤レンガと木で出来た建物と河を

またいで約25km2ある演習スペースで構成された、

国の、家族の、己の為に軍に所属した者たちが戦う技術を学ぶ場所。


その訓練場で、まばらに剣を振るい、

一刀の太刀筋を極めんと早朝の自主練習をする者たちの中の1人。

ざんばらに切ってある明るい茶髪をカシカシと掻きながら、

先ほどまで振るい続けていた重り付きの木刀を壁際に鈍い音をさせながら置き、

続くようにドカっと座り込んで休憩する男――

レイル・ワイアットは顎から滴る汗を、

木刀を振り続けて重くだるくなっている手の甲で拭い振り払うと、

あらかじめ寮の自室から持ってきた手ぬぐいをそのまま手にとって、

顔に覆うように被せ、気の抜けるような奇妙な声を漏らしながら、

ズリズリと壁に背中を擦りつけるように横に倒れこむ。


「あ゛~、床板が冷たくて気持いい~」

「お前……今からそんなバテて大丈夫か?

まったく、何時ぐらいから今まで張り切ってなにやってんだか」


床板の冷たさに少しでもあやかろうと、

頬ずりし始めたクリスを見下ろして呆れたような声が降ってくる。

レイルは声の主を知っているのか、顔を向けることもせずにだるそうに返事をする。


「うるさいよハヴェル、なんか落ち着かなかったんだ、それだけ」

「親父さんが王からの依頼で山脈を越えて、気が気じゃないのはわかるけどよ、

他の人……勇者だった人たちも行ってるんだろ?

固まって動いたりはしてないと思うけどさ、大丈夫だろ。今更気にするな」


筋骨隆々と言った体躯をしており、身長180cmはある大男、ハヴェルは

肩に乗せていた、レイルのものより2周りは大きい木刀をズズンと

訓練場を揺らしながら床に下ろすと、

その音に反応してこちらに目を向けてくる他の兵たちに手をあげて謝り、

自らも豪快な音を上げてレイルの脇に座る。

レイルはその音にもピクリとも反応せずに、手ぬぐいで表情を隠したまま、

疲労で舌を動かすのも億劫なのか途切れ途切れに言う。


「あー……。まあ、いいか、ハヴェル、一応極秘だから、他言しないでおいてくれ」

「んん?なんだ、そう言われたら他に話さないから言ってみ」


極秘?とどんな内容かワクワクしているハヴェルに、

息を吐きながら、じゃあ言うぞ?

と前置きして、昨日の夜に聞いた話を自分の言葉にしながら簡潔に話し出す為に、

とりあえず結論から言っておく――


「ソー・グロリャーゼ王国、そこの勇者が死んだ」

「ほわぁっ!?」


話しだした途端に奇声をあげるハヴェルに、

一旦口を閉じて無言の重圧で批難してみるが、

ごめんごめんとまるで気にしていない様子に毒気を抜かれてしまう。


(まあ、驚きもするか……)


勇者と名のつく者は、その名に恥じぬ実力を持ち合わせている者しかいない。

仲間たちと力を合わせ、凶悪な魔族や伝え聞くドラゴンをなぎ倒し

【ディセンダント・オーブラ】を渡り歩く、

一騎当千にも等しい力と、幾度もの戦いの経験を持っていて、

並みの兵士では軽くひねられるどころか手も足も出ないような存在が

いきなり死んだと言われたんだ、

そう考えれば驚かない方がおかしいのかもしれない。

ただ、おれの場合は勇者のイメージが虫も殺せないような

優しく穏やかだった父さんが強かったから、

話を聞いたときは驚きよりも心配が大きかっただけで。


「昨日の夜に皇帝陛下から使いが来て知らせてくれたんだ。

冒険者ギルドでも採用され普及され始めている魔法が込められたプレート、

持ち主の命が尽きた瞬間にそのプレートに使った

大元の金属との魔力的な繋がりが切れるもので、

その反応が夕方辺りでなくなったらしい」

「どこかにプレートを落として、その反応が感じられないんじゃないか?」


寝っ転がって随分と楽になってきたのでスラスラと説明をするレイルに、

ふと思ったというように、ちょっといいか?と一言と再び話を切って聞いてくる。

その疑問は、おれも話を聞いたときは気になったところだったので、

そうだなと頷く代わりに床に頬を擦りつけて続ける。


「いや、プレートからは持ち主と魔法の繋がりが出来ていて、

落としてしまってもなくすことはない、

長くても3時間以上手放す状況に陥っていたら死亡なんだろうさ」

「……それで、お前の親父さんにも

なにか起こるんじゃないかと気が気でないと、か」

「ソー・グロリャーゼ王国の勇者は1人で探索していたらしいけど、

父さんはパーティーを組んで4人で向かった。

そう考えればまだ大丈夫だけど、寝れなくてさ」

「まあそう言うな、今のうちに少し寝ておけ、

朝はいけても昼からの演習はキツくなるぞ。

お前の親父さんはあの魔王も倒したんだ、心配するのは筋違いだぜ?

おら寝ろ、さあ寝ろ、さっさと寝ろ」


たしかに父さんは強かったそうだがそれは昔の話で今はどうかはわからない、

軍に所属していたなら前線からは身を引き、

その経験を活かして司令官や教官にでもなるような年になっているのだ。

ハヴェルには生きる伝説、英雄のような存在だろうが、

おれにとってはより身近な存在、親なのだ心配するなという方が無理な話だ。

だがまあ――


(こいつなりに気を使ってくれてるのかな……)


もうちょっと他の言い方があるだろうと、心の中で苦笑しながら、

心配してもらっているのかとありがたく思い、

後1時間くらいしか寝れないじゃないかと

愚痴りながら、少しだけ休む事にして目を閉じる。

レイルの体から力がふっと抜けて、

愚痴りながらも眠るのかよと察したハヴェルは、

そっと立ち上がり、かなりの重量があるはずの木刀を

片手で軽々と持ち上げると、再び剣の素振り稽古に行くのだった。


子守唄が素振りの音っていうのがちょっとアレだが、疲れてるからいけるか……。

こんな疲れ方をするなら、がんばって寝とけば良かったかな。


離れていく気配にため息と大きなあくびを1つついて、

レイルは早々に意識してから一気に襲いかかってくる疲れからくる

まどろみに身を任せて、ぐうぐうと寝息を立て始める。


……周りから時々投げかけられてくる、

ここで寝るなよ、という視線をものともせずに――







「あっつい……」

「この……なんていうんだ?肌にまとわりつくような空気もかなりきつい」

「ちょっと山脈の麓から離れたらこれだよ、もう年だからこたえるよ」

「おじさん勇者がんば」

「うん、おじさん頑張るよ」


【ディセンダント・オーブラ】アップシード大山脈から

少し離れた名も無き亜熱帯の森の中、

エミルたちの住処たる丸太小屋からはるか南方向に進んだ場所で

大粒の汗を額から流し続ける一行、

リヴァフッド帝国から旅立った勇者率いるパーティーの面々が、

数時間前にもした愚痴と励ましあいのやり取りを口々に吐き出しながら、

ザクザクと目の前に立ちふさがる背の高い草を切り払いながら歩いて行く。


「もう少し山脈側に近づけば涼しいだろうけど、雨やらもたくさん降るからね~」

「山脈からこちら側はロウさん以外来たことがないので従いますよ」

「全てにおいて経験者であるロウさんの考えに反対する理由もないしな」

「服の中がムレる」


と……その中の1人、明るい茶髪に薄い緑がちらつく茶色の瞳を持って

先頭に立ち周囲を警戒している男――

勇者ロウ・ワイアットが、小枝や雑草を打ち払ってきた鉈を持ったまま

右手を上げて後ろに続く仲間に止まるように指示をする。

すると、先程までの軽口の言い合いが

嘘だったかのように一言も漏らさずに立ち止まり、

各々の武器に抜き、戦闘態勢を取る。


「左前方距離20m数3だ、四足、大きさ2m」


さらに細かい索敵を行なって伝えながら、

持っていた鉈を腰の鞘に戻し、左に差していたロングソード――

魔王を倒した時の物ではないが魔法によって精錬され強化された

相当な業物であると分かるそれを抜いて、

ブラリと自然な体勢でこちらに近づく影を待ち構える。


「ローバストはレブラルを援護、レブラルは念の為に詠唱を、

オプティムはおれからこぼれたやつに回ってくれ!」

「わかった」

「ん」

「了解」


その後ろで、顔面を除き全身を重く強固な鋼鉄の鎧に纏い、

人一人よりも大きなグレートソードを握っている青い瞳を鋭く細めている男が、

剣を正眼に構えながらいそいそとボロボロの

ローブの中から木製のワンドを取り出している、

三角帽子を斜めに被り顔の半分しか見えない少女の前に出る。

オプティムと呼ばれた長身痩躯というより、

針のような男は緑と茶のモザイク柄で作られた

マフラーをはためかせながら近くの木に素早く登ると、

背にかけていた腕程の大きさの弓を取り出して矢を緩くつがえ、

おそらく同じ柄の服の効果であろう、

気配を極小まで小さくしてパーティー全体を

見渡せるように陣取ると、ロウが索敵した敵の姿が見えて声を上げる。

その様子に頼もしいものを感じると、念のためと戦闘の縛りを伝えておく。


「あ、そだそだ。山脈に入る前にも言ったけど、

レブラルさん以外は魔力とか気力の使用は極力控えてね?」

「わ、わかった」

「善処します」


多少どもりながらも元気よく答える2人に頷くと、

もう1人のほう、レブラルを見てみる。

落ち着いてていい感じだ、と確認した時に

オプティムが頭上から大声で知らせてくる。


「見えたッ!スリン・リンクスだと思う、魔法に気をつけて!」

「ん」


その声に反応して、レブラルは詠唱していた魔法を

一旦破棄して新しい魔法を組み直すと、オプティムが睨んでいるであろう

場所に向かってワンドを前に出し構え――

た瞬間に、数え切れないような小石の散弾が

まるで嵐の日の雨のように降りかかってくる。

小石といっても、赤子の手のひらほどの物が矢のような

速度で飛んでくるのだから脅威だろう、

当たれば骨折とまではいかないが、確実に痛みで悶絶するそれを、

ロウは横っ飛びで近くにある左の木の陰へ身を隠して避け、

ローバストとレブラルは詠唱が終わった

正面を魔力の盾で防ぐ防護魔法でやり過ごす。

すると、石の雨が止んだ瞬間に右から2匹の大きな山猫、

全身が艶やかな深緑色の体毛と、

体毛が変質して出来たウロコのようなものに

覆われたスリン・リンクスが、

特徴である自身の体長程もある長い尻尾で

ダンッと地面に打ち鳴らして、

ヤスリのようになっている真っ赤な舌を見せつけながら、

未だ魔法を展開している2人に飛びかかっていく。

と、ロウが見れたのはここまで、

小石によって隠れている木が削られていく音が

やんだかと思うと、風切り音を従えて木もろとも叩き切ろうと、

スリン・リンクスが尻尾を振るってくるのが

足を踏みしめる音と気配でわかったので、

剣をその気配の方へ思いっきり振る。


「ぐぎゃああああああああああ」


カウンター気味に振るった剣は、

見事ムチのようにしなる筋肉の塊である尻尾を両断し、

勢いそのまま背後にふきとばす。

スリン・リンクスは、己の一部を失った痛みに

絶叫しながらも、目を血走らせ突進してくる。

その様子を、ロウは冷たい目で観察しながらさらに剣を振るう――

体の重さをいかし、覆いかぶさるように鋭い爪を振り上げるスリン・リンクスに、

尻尾を切り落とした体勢を少しずらして避けると、

肩で相手の胴を押して飛びかかり空中にいる体の軌道をそらして

そのまま剣を持ち替えて刃を上にすると、柔らかい腹を切り上げる。


「ぐ、ぐるるるる……」

「せめて苦しまずにな」


飛びかかる勢いのまま倒れこみ、その衝撃で腹から内蔵を、

口から血をこぼしているスリン・リンクスを、

哀れなものを見るような目で見つめると、

立ち上がって襲ってくる気力を見せるそれに一足で近づき首の付け根、

脊髄と脊髄の間へと無駄な力を入れずに剣を入れ――断ち切る。


「ふう、こんなものかな……。さて、あっちはっと」


どこから何者に攻撃されたとしても対処できるように剣を軽く、

もう少し力を抜けば手から落ちてしまうのではないかと

思うほど脱力して持ちながら、熱い血を吹き出して

地を染め上げていくスリン・リンクスの死を見届けると、

ふいっとローバストとレブラルの方へと目を向ける。



「うおおおおおおおおおおお」


目線の先では、ローバストが雄叫びを上げながらグレートソードを横にし、

2匹のスリン・リンクスをギリギリと防いでいる。

1匹は牙で、1匹は爪で鈍重な剣を押し出そうとするが、

ローバストの怪力と鎧の重さで思うようにいかない。

そして、オプティムは樹上の影から

極細の矢がプスリプスリと2匹の背や尻あたりの

神経が集まってはいるが、痛みを感じにくい場所に向かって、

幾本も、だが一気に射ることはせずに

一定のリズムをもって撃ち続けている。


「ん、毒かな……?」


1本1本、矢が深緑の毛皮に吸い込まれていく度に微妙に動きが鈍くなっていく

スリン・リングスをしげしげと眺め、観察する。

動きは鈍くなってはいるが、

体重を活かして上から押さえつけているので対処しづらいのだろう、

少しずつ後退して負担を減らしているが、

あのままではいずれ押し切られそうだが

助けに入るべきかと悩んでいると、

何本かは堅い毛皮に滑り、弾かれてはいるが、

安全圏にいることからの安心で完璧な精度になっている射撃で、

ロウが目を向けてから7発目の射撃で一瞬だが、1匹の動きが止まる。

その一瞬の停止を待っていたようにローバストは剣を僅かに引き、

たたらを踏んだスリン・リンクスをすぐさま押し出し引き剥がすと、

前へのめり込むように突きを放つ。

貫いたのは胸、スリン・リンクスは抵抗しているが牙は下まで届かず、

爪も届いたとして力が入れづらい位置なので、鎧があれば十分防げるだろう。

と、引き剥がされたもう1匹に視線をズラすと――

爆炎とともにさらに吹き飛んで行ってしまった……。

多分、レブラルの魔法だろう、

ローバストがスリン・リンクスと密着していたために使えなかったものを、

少しだけではあるが、離れたために使ったのだろう。

それにしても派手な魔法だ、威力も凄まじく、

顎から腹までが爆風で抉れているが魔法の熱によって臓物と肉は焼かれ、

血は蒸発して殆ど出ていない。


(ただ、匂いは少しきついなあ)


肉の焼ける匂いに辟易しつつも、いや旨そうな匂いなのか?

と思い直して、レブラルの方へと近づいていく。


「おーい、おつかれさま」

「ん、おじさんもおつかれ」


ペチっと無骨なガントレットと、

柔らかで白魚のような手を軽く叩き合いねぎらいあっていると、

頭上からクルリと回転して、着地する音も立てずにオプティムが

舞い降りてくるとキザったらしく一礼し、

ニコニコとグローブで包んだ手を持ち上げて

ロウとレブラルの手へそれぞれタッチして、

いつまでも顔を出さないローバストに疑問をもって、

背からグレートソードの長く太い刀身を生やしているスリン・リンクスを見る。


「あれ?そういえばローバストさん大丈夫ですかね」

「大丈夫じゃないかな?あの程度だったら」

「いや、レブラルさんの魔法の巻き添えになっていたり……」

「あ」

「ん?」


その疑問にハタと気づいて、ギギギと音が聞こえてきそうな

ぎこちない動きでオプティムと同じく、

背からグレートソードの長く太い刀身を生やしているスリン・リンクスを見る。

確かローバストはのめり込むように突きを繰り出したんだった、

つまり弾け飛ばし仰け反っている筈の相手にのしかかるように

倒れているのが自然なのだが、実際には逆にのしかかられている。

その事実に口をヒクつかせながら、

隣で露骨に頭にハテナを出してなにも分かっていない

アピールをしている少女を見てみると

……微妙に視線を倒れているスリン・リンクスから外して、

気づいてないようだが冷や汗を垂らしている。


「い、いや……。生きてるからな」

「!?」


レブラルにジト目の、いやせめて謝ろうか、

という視線を投げかけていたらモゾモゾとスリン・リンクスの死体が揺れ動き、

くぐもった声がその下から聞こえてビクッと反応する。


「ローバストさん、大丈夫ですかー?」

「怪我はないが、重くて動けない……。どかすの手伝ってくれー」


ガシャガシャと暴れ、抵抗するも、

鎧+剣+スリン・リンクスの死体の重量で

なんとかしても起き上がることができないことを

必死にアピールするローバストに慌てて駆け寄り、

皮がうにょんと伸びる首根っこを掴んで

死体を脇にどかして手を貸しながら立ち上がらせる。


「いやあ、無事でよかったよ。君はまだ若いんだからね」

「無事、と言うか殆どレブラルの魔法から

避けるためにあの死体を盾にしたからなんだがなあ」


ちょっとびっくりしちゃったよ、

とポンポン自分より上にある頭へ手を伸ばして、

固くツンツンとした白が混じってい黒髪を優しく叩き、撫でる。

いつもは髪に混じる白髪とガタイのせいで

30代に間違えられる20そこそこの戦士は、

今はされるがままに撫でられて幾分か幼く見える、

撫でられても気にしていませんよという態度を取りつつも、

微妙に撫でやすいよう高さを調整しているのがなんとも微笑ましい。


(レイルももう少ししたらローバストさん位の歳になるんだよなあ。

これを子供と感じるのはやはり年をとったもんだ)


今は帝都で剣でも振るっているんだろうか、

と僅かな郷愁に浸っているロウの手から逃れると、

ローバストは突っ立てボーっとこちらを

見ているレブラルへ向き直り怒るでもなく、

勘弁してくれというように口を開く。


「レブラルよお~、お願いだからああいう魔法は

おれが近くにいるときはなるべくやめてくれよ。

バースト・ハッピーだからって巻き込まれたくないです。

いやほんと、まじすみません」

「爆風は指向性を持たせたから、

そっちにはたいした衝撃はなかったはずだけど?」

「え゛!?いや、ん~、でもですねレブラルさん、

音とかそれなりに近いとアレですしおすし……」

「ビビったか……」

「違うわッ、あれは反射行動だ!しかたいんだよ」


2人が「失敗したと思ってビビったわ、バカ」やら

「いや、その前に何かしら言ってくれよ」

などと騒いでいるのを、オプティムと並んで笑いながら見ていたが、

そういえば匂いがかなりあるんだったとハタと気づいて、

もう少し少女に言い負かされている大男の図を見ていたい誘惑を振り切り

手をパンパンと叩いて全員にこちらを向かせ、

とりあえず急いでしなければならないことを伝える。


「えーっと、この辺りには血と香ばしい肉の香りが

充満してるので早く離れようかな?

あ、その前に最低限牙とかを貰っていこう、

糧を貰わないと無駄に殺したことになっちゃうからね」


ローバスト、レブラル、オプティムの3人は冒険者である。

年相応の、あるいはそれ以上の冒険や戦闘の経験があるが、

それは【オウス・テレノ】でのもの、あちらでは平地が多く、

見渡しが良いので魔物を倒したあとも

そこそこ居座ってのんびりすることができるが、

大山脈を超えた場所【ディセンダント・オーブラ】では

早々にその場を離れなければ、血肉の臭いに誘われて

さらなる魔獣が集まってくるのを、複雑な地形や

障害物に囲まれていて察知するのが遅れてしまうのだ。

その結果、戦いが戦いを呼んで悲惨なことになるのだが……

そのような大山脈のあちら側とこちら側の違いを道中はゆっくり説明していたが、

今この状況でのんびり説明しているほど余裕はないので、

3人を急かして一通りの剥ぎ取り作業を終わらすと、急いで走り出す。



「――それにしても、結局魔法は開幕のやつだけでしたね」


随分と走り、ロウの指示で移動速度が徒歩に移り変わった頃、

オプティムがそういえば、と口を開く。

旅の道中はどうしても話題が尽きがちになる、

彼なりに気を使ってくれているのだろう。


(いい子だなあ)


「ローバストさんと近すぎたからねえ、

あそこで魔法使ってたらその隙に斬られちゃうとわかったからじゃないかな?」

「そうだな……。気力が使えたらもうちょい楽ができたんだけどな」

「ゴリ押し脳が」


頭の後ろで腕を組みため息を漏らすローバストの脇腹をボスボス殴るレブラル、

ズレ落ちそうになる三角帽子を直し、

殴った手が痛いのだろうか気づかれないように少しブラブラさせながら話す。


「それじゃ技術が付きづらいっておじさんが言ってたじゃん。

後、節約しないと遭遇戦が多いからバテるよ」

「わかってるけどさ、そのおかげで山脈越えする前よか強くなれたしな。

だがまあ、ロウさんとの実力差がデカすぎて……」

「焦っても仕方ないですよ。

それに、ロウさんは歴戦の勇者様ですからね、

簡単に追いつけるはずがないじゃないですか」

「おじさんとしては、そろそろ引退したいから、

若者に頑張ってほしいんだけどね」


そんな無茶な、みたいな顔をされるが割と本気なのだが……。

20年と少し前、魔王を当時の仲間たちと共に倒したはいいが、

最近新しい魔王が出たとかで魔獣や魔族の動きが活発化しているらしい。

らしい、というのは確定情報ではなくて、

各国に点在する国家占星術師の意見が奇妙に一致していることからの推測だそうだ。

曰く、約10年前から靄がかかっていた様に感じられなかった強大な魔力が、

日に日に大きくなってきているそうな――

曰く、それは大山脈の近くのどこか……

結界などの妨害で詳しい情報は分からないが、

知覚強度的にその辺に潜伏している可能性が高い――

曰く、それの強さは感知外にあって、

とてつもなく強いが程度がわからないほどだという――

曰く、それの周りにもおそろしく強い魔力が複数感知できる、

その反応は多分仮称新魔王の手下で、

最近急増する魔獣被害はその存在が大きい――

と、こんな感じだったか。

各国が別々に派遣した魔族領域特別調査隊が見つけた情報から鑑みて、

その存在は魔王の子供の可能性が高いとのことも聞いた、

ただ、魔族としては生まれたばかりの

状態でそのような力があるのか疑わしいので、

先の魔王討伐の時に逃げ延びた魔王の側近や、

辺境のボスが力をつけてるのでは?

とかの意見もあったが……

まあ、その詳細がわからないから

こうしておれが駆り立てられて調べているんだがね。

だが、おれや他の勇者も常日頃言って口癖みたくなってしまったが、

もう年だ、その仮称新魔王に敗れるかもしれないし、

その取り巻きにやられてしまうかもしれない、

もし倒せたとして今後も新魔王が立ち上がらないとも

限らないので後進を育てたいのだ。


そんな思いを察してくれたのか、神妙な表情をしながらオプティムが


「……そうですね、少しでもロウさんの負担を減らせる様にしないとですよね」

「ええ子やなあ」

「おれもまだまだ強くなるけどな!まあ、すぐにとは言えないけど……」


そうニコニコしながら振り返り、2人に語りかける。

あ、ちなみに隊列はおれ、オプティムさん、

レブラルさん、ローバストさんの順で並んでいて、

ローバストさんにはスリン・リンクスの尻尾を

肩から引っさげて持ってもらっている、

重そうだから代わると、走っている時に申し出てくれたのだ、皆いい子だなあ。

と、隊列はともかく、パーティーの若者たちの

気遣いにおもわず変な言葉遣いが出てしまった……

まあスルーしてもらったが。


レブラルはというと、魔力回復のためにゲシュという黒混じりの紫色をした実を

口の中で転がしているので喋らないで2人に挟まれボーっとしている。

ゲシュの実は【ディセンダント・オーブラ】固有のベリーのような実だ、

その実の禍々しさから食用にはならないと思われ、

あまり存在が知られていなかったが、

どこかの国の勇者が空腹に負けて食べてみたところ、

果実の味とみずみずしさ、そして蓄えられている魔力に心打たれて持ち帰り、

その存在が広まったそうな。

ただ【オウス・テレノ】では栽培出来なかったので、

主に高位の冒険者に大山脈を越えてもらい取ってくる

しか口にする方法がないので、基本的に高級品扱いになっている。

まあ、おれたちはその大山脈を越えた場所で

冒険を進行しているのでそこそこ手に入るので、

こうして多少惜しむこともなく使えるのだが。


(乾燥保存させてるから、余ったらレイルにも持って帰ろう。喜ぶかな?)


「というか、ロウさん敵を倒すの早すぎだろ!

気力も魔力も使わずに軽くいなしすぎだよ」

「木の上で見てましたが、

ものすごく速く動いてるわけではないんですよね……

いや、速いことは速いのですが、無駄がないゆえの動きといいますか」

「感じたことをよく考えていけば、色々と見えてくるんだよ。

……さて、そろそろご飯にしようか」


ゲシュの実の味を思い出したら、空腹が訴えてきたので昼飯を提案する。

あれは魔法を使うレブラルの為に、あくまで魔力回復の為に使うので

自分が食べるわけにはいかない、

なにも、食べるものはあれだけというわけでもないし。


「んむ」

「では、良さそうな場所を探してきますね」

「おれもオプティムと行こう、なにかあったらいつもどおり

念話(コネクト・センス)〉で連絡する」

「はい、お願いしますねー」


と、申し出てくれる。

せっかくなので、スリン・リンクスの尻尾や大きな荷物を預かって

食事ができそうな場所を探してもらう、

見つからなかったら作るしかないが……

あまり派手なことはしたくないので控えておく。

ローバストさんとオプティムさんが草木の向こうへ行くのを、

レブラルさんと一緒に手を振って見送ると、木の上へ一旦避難して、

間をつなげるために適当に話す。


「2人が戻ってきたら、そうだね……

テール・スープとステーキにしますかな。

カッチカチのパンも、スープでふやかしたら食べやすくなるからね~」

「おじさん、料理上手いからね」

「ありがとね、レブラルさんも作るの手伝ってね?

やってくうちに色々と上手くなっていくから」

「うん、わかった」


素直な子やな~、と微笑ましく見ていると、

レブラルがモゴモゴと口を動かしてゲシュの

実の種を捨てようとするのを見ておもわずその口を手で塞ぐ。


「おっと、その種も、というか種に魔力がたくさん蓄えられていて、

ポーションとか作るときにあると便利だから捨てないでおこうね?」

「もごも――わかった」


軽く言い聞かせると手を離し、これまた素直に頷くレブラルに満足し、

再び2人が戻ってくるまでの暇を潰すべく話し出すと、

レブラルは種をペッと手に出して、腰に付けているポーチに放り入れると、

きれいな黒目でジッと見つめながら耳を傾けてくれる。


「その種で作るポーション製作もそのうち教えてあげようかな、

薬の精製も料理も似た様なものだとか言っていた奴がいてね。

そいつの料理はたしかに美味しいんだけど、

材料が不明すぎてちょっとこわかったり――」


「で、魔王の大好物がゲシュの実で作ったお菓子らしいくて、

それを試しに食べてみたかったけど、

さすがに砂糖とかバターとか集めるのが大変でね、

断念しちゃったんだよ――」


「今は別れたけど、そいつがね。大の甘党でさ――」


「そこで言ってやったのさ、魔剣を下着で――ん?」


昔話に花を咲かし……

いや、年寄りは思い出話をすると長くなると言うけど本当だね、

自覚すると恥ずかしいけど、じゃない!話していると、

遠くから魔力の糸がこちらの魔力に接続されるような感覚、

念話(コネクト・センス)〉が繋がる感覚がして話を一旦止める。


《オプティムです。いい感じの場所を見つけたので来てください。

遠くに雲が見えたので、寝床にもできそうな場所にしておきました》

《了解、天気もよく見てたね、合格。

じゃあ雨が降らないうちにすぐ行くから》


念話(コネクト・センス)〉の会話を早目に切り上げると、

前の枝に座っているレブラルを見る。

レブラルにはローバストから〈念話(コネクト・センス)〉が来ていたのだろう、

小さく頷いて荷物を持って下におりていく。

よほどお腹がすいているのか、テキパキとしたその動きに遅れないように、

枝にかけていた尻尾を担ぎ、他の荷物を掴んでその背中を追っていく――

02/01 ルビ振りの書き方統一

03/22 改行の整理

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