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3話・森のお食事会

森の中、僕はいる。


――森、と言っても整備され歩きやすいよう道が敷かれていて、

この辺はそうは見えないが一応森の中である。

とてつもなく大きな菌類と木々に囲まれ、人が4人ほど楽々すれ違えるような広い道

一面をまるでカーペットのように様々な地被植物で覆われた森の中を、歩いている。

菌類……木々に取り付いて共存している地衣類はよくわからないが、

キノコは(いささか大きさが桁違いだが)だいたいわかる。

教育係であり、メイド長のセルヴァに色々と教えてもらったのだ。

例えば、ユキワリ。

下から見上げるヒダは曲がりくねっており、雪のように白く

傘の表面はなめらかで、仄かに優しい白光を纏うクリーム色をしている。

例えば、シバフダケ。

すごく長い茎の先にあるヒダは、

刻まれている間隔が疎らで、灰色に近い黄褐色をしている。

傘は、平べったいものや釣鐘状のものがあって同じものとは思えないが、

成長によって形が変わるんだそうだ。

5mさらには10m以上はあるだろうこれらは、

全部食べれるんですよとセルヴァは言っていたが、

どう食べたらいいのだろう、そこが少し気になったけど、

なんだか意味深な笑いを浮かべていたから聞けなかったな。

他にも色々と種類はあるけれど、だいたいこの2つが多く生えていて、

オークやブナの木たちと共にこの常に黄昏時の『世界』を守っている。


妖精達の輪冠世界ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム


三層からなる直径1kmの円形の森……僕の母が遊び場、教育の場、

そして非常時の避難場所として創ってくれた世界。

今は、この世界を維持していた母の魔力は底を尽きてるので、

僕がこの魔法の核となっている指輪

妖精の指輪(アルヴリング)〉を受け継いで魔力を注いでいる。

執事長のモルレウスは、僕に負担をかけまいと指輪を使おうとしたらしいが、

妖精の指輪(アルヴリング)〉はエルフ族だけが

使える秘宝らしく、ダメだったようだ。

それに、物心がついた時から僕の右手の薬指に嵌っていて、

もはや体の一部と言ってもいい程馴染んでいる

母の形見だ、手放すのはなんだか辛い。





ふわふわとした羊毛のようなくせのある黒髪に、

宝石のように美しい白銀混じりの蒼い瞳、

陶磁のような白に健康的な赤みが浮き出る肌を覆うは、

長袖だが丈がウエストライン程しかないカーキ色のアザラシ皮でできた服、

真っ白なアザラシの毛皮の腰巻きの下には膝上までの長さのズボン、

膝下まである貧金によって補強されているレザーブーツに身を包んだ少年。

エミル・ペランツァ・イヴィライ・カンナは、

その木製の指輪を幼い頃からの癖になっている親指の腹で撫でていると、

ふと漂ってくる肉の焼けてるような匂いやツンと鼻を刺激する香辛料の匂いと共に

前から長身のメイドと執事――

格好は全く違うが顔や声はまったく同じ2人の『青年』が喋りながら歩いてくる。


「今日のコックとキッチンメイド、気合入ってたよ~」

「執事長とフールドラ様が、勇者を発見して戦ってたから

労いでたくさん作るとか聞いたかな――

ぁ……エミル様!お待たせして申し訳ございません。

夕食の準備が出来たので、お呼びに行こうと思っていたのですが……

なにか、ご用事でもございましたか?」


声が同じでどちらがどちらの発言かわかりづらいが、

最初に聞こえてきた声は腰まである長い藍色の髪と、

同じ色の瞳の色を持つメイド服を着た青年のものである。

執事服を着た青年は同じく藍色の、

うなじ辺りでぴっちりと切り揃えられた髪をサラサラと揺らし、

顎に指を当てて、思い出すように答えたところでエミルに気づいたのだろう、

小走りで近寄ってきて恭しく一礼をすると、

何時もは森の中心にある書斎で本を読んでいる

エミルが森を歩きに出ているのは珍しいと聞いてくる。


「ん、勇者を捕まえたと聞いてソワソワしちゃって……。

勇者って母、魔王を倒すほど強いんでしょう?どんなだろうね」

「恐れながら、エミル様のお母上は魔力の殆どを我が子でおわされるエミル様への、

闇の衣を継承する儀式で消耗していました。

そして、戦いを挑んできたときは4人掛りとのことだったので、

あまり期待なさらない方がよろしいかと」

「それはそうだけど、魔族って基本戦う時は誇りを持って1人で向かうって

暗黙の了解みたいになってるだけで、

4人で力を合わせてとかも面白そうじゃないかな?」


無邪気な顔でそう、13歳程の人間の姿をしたエミルが執事姿の青年を見上げて、

「♪~」鼻歌を歌い上機嫌そうに手を「♪~」取ると、

メイド姿の青年にも「♪~」手を伸ばす。

メイド姿の青年はまるでダンスを誘う男女みたいだなと思い、

手を取るのが恥ずかしくなるが、主であるエミルを拒否できるはずもなく、

おずおずと手を取ると気になったことを聞いてみる。


「エミル様はえと……勇者の事はどう思ってるのですか?

ルー、魔王様に酷いことをした張本人なのに、

それほどお気になされていないような――」

「ズィズィ!?」

「ん?止めなくていいよ、ジェジェもちょっと引っかかってたでしょう?」

「……申し訳ございません」


従者の枠で言えば、出過ぎた質問をしたメイド服の青年――

ズィズィに、ジェジェと呼ばれた執事服の青年が慌てて止めに入るが、

エミルはフリフリと手を振って気にしてないと手を振り、

謝らなくていいよー、と申し訳なさそうに頭を下げるジェジェの頭を、

ズィズィと手をつないだままの手でポンポンと頭を叩いて上げさせると、

2人を引っ張りながら食卓が置かれている広場へ向かう道のうち、

一番遠回りになるものを選んで歩き出す。


「じゃあ、歩きながら話そうか」

「ごめんなさい、エミル様」

「ありがとうございます」


さらに謝ってきたズィズィに、しょうがないなーと笑いかけて数歩歩くと――

今までの無邪気な子供のような雰囲気を一変させ、

真剣な目つきになり真っ直ぐに道の先を見つめながら語りだす。


「僕はね、母が倒されたことで勇者を怒ったりはしてないんだよ」

「な、なぜなんですか!?」

「ん、母が死んだときはそんなにモノがわかってない時だったけど、

楽しかったなあっていうのはなんとなく覚えてるよ。

もし今僕に付いて来てくれている皆がいなかったら、

勇者……人間を今も憎んでいたかもね。

でもね、モルレウスとセルヴァは教えてくれたんだよ。

母の……色々なことをね。

勇者も多分事情や誤解があって戦っているのだろうと、

全ての闘争には各々の理由があるのだと理解しようとしていた事や、

武力以外の方法で【ディセンダント・オーブラ】を治めようとしていた事、

度重なる進撃に、怒りに身を任せて戦争を仕掛けようとしてしまった事、

そして、もし勇者に負けることがあったら、自分の失敗から学んで、

戦いとは違う別の方法で世の王として立派になって欲しいと言い残した事……。

もちろん、そんな殺伐としたものばかりじゃなく、

母が好きだった食べ物を食べてる時のニヤケた顔が微笑ましかったとか、

僕のことを父と共にとても愛してくれて、

今着ているこの服も父がアザラシの皮を母が魔法を込めて作ってくれたとか、

父と過ごす時間は短かったがとても幸せそうで、

そんなひと時の為に仕事を頑張っていたと言ってもいい程だったとか、ね」


ズィズィとジェジェは黙っている、

話を促すのではなく、話に割り込むのは無礼だから。

という理由もあるが、なにより何時もは外見通り

幼い口調や仕草をしていたエミルの、

いつもは見ない真摯な態度に口が開けなかったのだろう。


創られ、エミルに管理されている世界では風は吹かない。

せいぜい気温調節と空気の循環のための微風くらいだろう、

そのため葉音は無く、足音も、道を覆う背の高い地被植物によって吸収され、

森は静かにエミルの声を受け入れる。


「人間が憎くないわけじゃないし、復讐したいとも思う。

でも、全ての人間が悪いわけじゃないと

理解できるし、母もそう思っていたと聞いた。

直接的な殺し合いは、さらなる殺し合いを呼ぶのは分かりきっている、

憎しみの連鎖を広げたいわけじゃない。

でも……でもさ、それじゃあ、魔族の、僕の気がすまないんだよね」


道の端に咲いている水仙の香りと、そろそろ近くなってきたのだろう、

先の広場から漂う様々な料理の香りが混ざりあって、思わず顔が緩んでしまった。

薄暗闇を照らす妖精光球(ウィル・オ・ウィスプ)を眺めて思う、

このひと時ひと時が愛おしいと。


(メイド長とその召喚メイド、

量が多そうだからジェジェも手伝ったのかな?がんばったなー)


「だから、僕は僕の方法で、人間に面白おかしく復讐してやるよ」


エミルは緩んだ口をそのまま釣り上げ、

悪巧みを思いついた子供のように笑いながら、

話は終わりだというように、料理の香りが漂う広場への入口――

縦に倒れている巨大な杉の木の中を抉ってできたトンネル、

もちろん人3人が横に並んでも窮屈に感じないそこへグイグイと進んでいく。

ズィズィとジェジェは主の雰囲気の変化、

いつものものに急に戻ったのを目をパチクリさせながら確認すると、

顔を見合わせて、エミルの言葉をどう捉えていいのかわからないというように、

苦い顔をするのだった。







全長1mと半分ほど、エミルと同じ位の背丈をもつ鈴蘭、

柄の短い掌状の葉や線状の小さな葉を持つ、5弁花の黄色い花、

葉はほとんどなく、真っ赤な牡丹のような花を付けているもの、

根際から肉厚な葉を放射状に広げ、漏斗状の蒼い6弁花を多数穂状につけるもの、

他の植物に絡みつくほど長い蔦に黄色いラッパ状の花をたくさん咲かせているもの、

様々な花々と、先程もあったキノコたちに囲まれた空間。

直径50mはあろう歪な円状の広場、

3つの道が西と東、南と森の至る所に繋がるように伸びている

その中心に、広場の広さに見劣りをしないほど大きな長方形の食卓が、

端から端までサラダやスープ、魚料理や肉料理を載せた皿で

いっぱいになりながら置かれている。


エミルはその上座に座り、既に席についている7人の従者たちを見回す。

右手には近いほうからメイド長のセルヴァ・リリーローズ、

全身をボロボロのローブで包み、

ドクロを模した仮面を被っているルートミック・グルーミィ、

身長は3mを超えるであろう大きさの、

目と腕と足が1つずつしかない巨人ヒューアット・コールドット、

左手には執事長のモルリウス・フリーデン、

現在は非常時ではないので簡単な服を着ているが、

戦闘時は片手でハルバートを振り回す豪腕の少女フールドラ・D・フィエリテ、

そして、広場に一緒に入ってきたズィズィとジェジェが並んで座っている。


この場にいるものは、血どこか種族すら違う者たちばかりだが、

皆の事は同じ日々を過ごしてきて、仲間いや、

家族同様に大切な人たちだと思っている。

モルレウスは母への忠義の延長みたいな感じで、

他の皆も僕のことをどう思っているかはよくわからないけど、

少なくとも僕はそう思っている。

とても大切な人たちだから、両親のように失いたくない……。

だから――


「遅くなってごめんね~、ちょっとお話に花が咲き乱れちゃってね。

だ、だからそんなに怖い顔でズィズィとジェジェを睨まないであげて、モル」


(とりあえず、遅れてきたことを謝ろう!)


「そうですか……。エミル様がそうおっしゃるのでしたら」

「あ、ありがとうございます。エミル様」

「お心遣い感謝します。エミル様」

「ん、本当に僕が一方的に話してただけだからね、

ズィズィとジェジェも皆もごめんね?」


モルレウスからの怒りの波動を受けて、

顔が引きつっていたズィズィとジェジェの身の危険を感じて、

怒りの矛先を自分に向けるように先制して謝罪しておく。

ただ、一応の主の振る舞いとして、

謝るというより軽く大したことではないと確認するような程度で言うだけだが……。

席に着いている皆の顔をザッと見渡しながら、謝罪の意を確認していくと、

短剣程の大きなナイフとフォークを既に両手で握っているフールドラが

親しい友人に話しかけるように声を上げる。


「エミル様ぁー、あんまり遅れないでくださいねー!待ちきれないよお」

「フールドラ、いくら貴様でもその言葉遣いは許されんぞ!」

「えー、エミル様が軽い感じでいいよ

って言ってくれたんだもん、いいじゃんよ。ヒューちゃん」

「それは我にも言って頂いたわッ、

だが少しは弁える事をするがいい、小娘がッ!」

「あ゛!?小娘って言うなよ?人型を取るとこれだけど、

年を200重ねてるんだからな!もう大人だ、大人!」


それに反応してヒューアットが、胸から生えている腕で指差し注意をするが

フールドラは口をとがらせて言い返すと、ギャーギャーと言い合う。

その様子を、エミルとセルヴァは面白そうに、

ルートミックはそもそも興味なしといったように静かに座って、

ズィズィとジェジェはいつものことだなあと自分たちでは止められないので傍観し、

チラッとモルレウスの顔を横目で覗くと――

勢いよく前に向き直る。


「フールドラ、ヒューアット、いい加減にしてください。

皆の……エミル様の前で恥ずかしくないのですか?」

「あ……ご、ごめんなさい」

「うむぅ、騒ぎすぎた。皆の衆、エミル様、申し訳ございません」


無表情に、エミルが止める前にズィズィとジェジェへ

向けていた怒りの波動に感じるものを発し、

大きい声ではなかったが、厳しい声で料理をはさんで目の前にいる2人に言うと、

エミルに向き直り、お騒がせしましたと謝罪して静かに瞑目する。


「んぁ?まあ、騒がしいのは楽しくて好きだけど、

その前に料理を作ってくれた人と材料に対して祈らないとかな?」

「そうですね、これ以上料理を冷ます必要はないですからね」

「うー、セルヴァ~、そこそんなに言わなくていいから。

遅れたのはだいたい僕のせいだからね?って、分かって言ってるよねそれ……」

「いえいえ、そんなことないですよ」


不自然にこちらを見ないセルヴァにぼやくと、微笑みながら答えられる。

その笑みがなんとなくわざとらしくて釈然としないが、

何と言い返したらいいのかわからないので、気にしてないふりをして続ける。


「ん、ではでは。いただきます!」

「はい、いただきます」

「いただきます」

「いただきまぁす」

「頂きます!」

「いただきます」

「いただきますー」

「……いただきまス」



食前の挨拶をしたエミルは手近にあるサラダの中から、

底が浅くて幅広い木の皿の中に入っている、

キノコとひよこ豆、いんげんとレッドキドニービーンズをトマトとレタス、

オニオン等と混ぜたサラダを選んで、自分の小皿に取り分けると、

もきゅもきゅもしゃもしゃくしゃく口に入れていく。

本来、給仕の仕事は執事にしてもらうのは正しいが、

モルレウスともズィズィ、ジェジェとも一緒に食事をしたいので、

特別に、お茶の用意や食器の取替など、

簡単な給仕をセルヴァが召喚したメイドにしてもらい、

他は自分でするという事にしている。


「ふにゅふにゅ、ビネガーの酸味と塩コショウの配分がなんとも……。

マスタードのピリッとした感じもいいし、

オリーブオイルを絡ませてる所なんかも最高だねー」

「喜んでもらえて良かったです。

そう味わっていただけたら作った甲斐も合いますし」


前菜に舌鼓を打っていると、セルヴァが本当に嬉しそうに笑う。

目の前からなにか「うめぇー、この肉うまい!

この、なんていうかうまいなッ!」聞こえるが、

「フー、それはキノコですよ……」皆が喜んでくれたようで

満面の「マジかッ!?」引きつった笑顔で……。


「…………フーが食べてるのも食べみたいなあ?」

「え、ええ。マッシュルームのステーキですよ」

「ん、これだね。――っと大きいねえ」

「はい、魚の干物で出汁を取り煮込んで

味を染み込ませてから、ガーリックとバター、

豆を発酵させて作った液体調味料と共にソテーさせていただきました。

お好みで脇に添えてあるレモンを一絞りしていただけると、

さっぱりと食べられます」

「細かい解説ありがとう。

ん、これは、フーがお肉と勘違いしたのもわかるかも……。

うん、こんなに肉汁が……すごい、ジワって出てきて美味しいねー」

「ありがとうございます」


噛めば噛むほど染み出てくるキノコのエキスにウマーと、

ホクホク顔でナイフとフォークをどんどん進めていく。

その様子を、フーはすごく美味しそうに食べてくれるけど、

味わってくれないからなあ、エミル様が癒しだぜ!

という思いを胸に、セルヴァは無表情に見つめる。



――フールドラはというと、モルレウス、ズィズィとジェジェを巻き込みながらも

次々と肉の皿を平らげていく。


「セッちゃんが自分の世界に入ってる……。

ねーねー、モッさん、この肉はなんの肉なのぉ?」

「ドラゴンの肉ですよ」

「モッさん……」

「ドラゴンの肉って……フールドラ様もドラゴン種ですよね?」

「そだよー、ドラゴンは結構共食いするから気にしなくていいよー」

「こちらは大丈夫ですが、そんなものなんですか?」

「そんなもんだよー。んー、肉うめえ!」

「フールドラ様、野菜も共にいただかないと栄養が偏ってしまいますよ」

「いいのいいの、雑食っていってもドラゴンはだいたい肉食みたいなもんだから」

「フー、ジェジェの言うとおりですよ。野菜も食べると綺麗になれますよ」

「マジか!?」


モルレウスは上品に銀のスープスプーンを使って、

琥珀色に輝くコンソメスープを口にしながら

軽く、茶化すように反応するだけだが、

ズィズィとジェジェは、焼けたてで湯気が立ち上りもっちりとしている白パンを

モフモフとラム肉のソーセージと一緒に食べながら、

律儀にフールドラの言葉に答える。


「じゃあ、なんか野菜チョイスしてー」

「では、冬瓜とセロリのスープはどうでしょう?さっぱりしますよ」

「んむんむ」

「蒸し野菜もどうですか~?菜の花と人参、パプリカ、ナスがありますよ」

「人参甘いね~」


野菜を挟んだことで肉の脂が和らいだのだろうか、

さらに肉の皿を平らげていくフールドラを、

それでも自分の分の料理は死守しながら、

面白い見世物を見るような目を向けて

極力絡まれないように静かに食事に手をつけるモルレウスだった。



――ガツガツと目の前から料理が(肉料理中心に)消えていくのを眺めながら、

何本もの赤ワインを仮面の下にグラスを忍ばせて飲み比べをしているルートミックは、

隣で人の頭蓋ほどの大きさのホワイトチーズにかぶりつき、

スノー・チェリーから作ったチェリー・ブランデーをぐびりと飲んでいる

ヒューアットに、ぼそりと掠れた声をかける。


「お前モ、つまみばかりジゃなく料理を食わんと、

あれに全部食われてしまうゾ?」

「我はもう十分食べたからな。

なに、持て余すものまで懐に入れるほど意地汚くはないのだ」

「ふむ、そんなものなのか?

ワタシは、飯を食うことができないからようわからんネ」

「お主はトレント属だから酒すらもいらないと思うのだが……」

「酒も水ダ、これはこれで美味いシ

土壌からエネルギーを取るより効率がいいから嗜好しているのだヨ」

「まあ、その嗜好のおかげで酒を酌み交わす仲間になれて楽しいものだ」


カッカッカッと笑い1つしかない腕を素早く動かすと、

今度は艶やかな黄色がかった茶色い円盤型のゴーダチーズを

手に取って香りを楽しむと、口の中へ一口に放り投げてラム酒――

薄い褐色のそれと一緒にググッと飲み干す。


「げふぅ……。

この面子じゃあ、酒を呑むのは我とお主しかおらんからのう。

いや、モルやセルヴァも飲めるのだろうが、

酔ってはいけないと口にせんのだ」

「仕方ないネ、モルレウスもセルヴァも真面目だから」

「エミル様のお側に控える立場はわかるんだがの~」

「ん?ワタシでは不服か?」

「そんなことはないのだが、道連れは多いほうがいいだろうさ」

「冗談だ。マあ、呑メ……」

「お主も冗談など口にするのだな……」

「今宵はいい玩具が手に入りソうで機嫌がいいんダ」


ルートミックは、岩石の鱗を持つロックリング・スネークを

丸々漬けた焼酎を入れた、1m程もある酒瓶をゴゴっと脇に寄せ、

互いに互いの空いたグラスへ注ぎ合うと、何度目かわからないほどした

乾杯を再びして、なんともいえない酒の味に笑い合う。



そのようなやりとりをガヤガヤして、

食卓いっぱいにあった料理がほとんどなくなってきたところを見計らい、

エミルは脇に立っている、

セルヴァに召喚された真っ黒いマスクをベタっと

顔面に貼り付けているメイドに作ってもらった紅茶を、

一口含んで唇を湿らせると、食事の喧騒を静めるように少し大きめの声で口開く。


「――っと、皆一通り食べてるかな?

なんだかんだで、皆揃っての食事は久しぶりだったけどいいものだねえ~。

セルヴァも気合入れたみたいで、すごい良かったよ。

特にヒラメのムースはよかった!

ホタテのペーストと生クリームのソースとよく絡み合って、

中に挟んでたカニとアスパラとも相性抜群でね。よかったらまた作ってね」


エミルが話し始めた瞬間、広場にいる者は全て会話を中断し、

己の主の声を聞き逃さないようにピタッと上座側、エミルの顔を見つめる。

わざわざ『皆』と言葉につけたのだから、

なにか大事なことを話すのだろうと察するのは、

親しくしているとは言え、主従関係の従う側の者には必要だろう。


「ありがとうございます。

エミル様に喜んでいただけて嬉しい限りです、また後日お作りしますね」


よほど料理を褒められたのが嬉しかったのだろう、

立ち上がり最敬礼しようとするセルヴァを手で制し、

フリフリとありがとうねーというように振ると、話を続ける。


「フールドラも、警備の任務ご苦労さま~。

途中から警備というより、隠密みたいなことさせてごめんね?」

「いい、ですよ~。今回はそんなに難しくなかったから」

「ん、モルレウスも戦闘させて悪かったね。〈念話(コネクト・センス)

で聞いたけど、詳しく話を聞きたいから後で部屋に来てね」

「承りました」

「んむんむ。ヒューアットはモルレウスの服一式、早速用意してくれてありがとうね。

急な仕事だったから愚痴の一つでも覚悟してたけど、

すんなり受けてくれたみたいで助かったよ」

「そ、そんなことは……ございません。恐れ入ります」


なんで恐れ入ってるの?

と不思議な気持ちで見つめるが、言及するのも変な話なので放っておき、

一旦大きく息を吸ってルートミックの顔……ドクロの仮面に向き


「勇者の死体は石棺の間に置いといたから、

これが終わったら、悪いけど一仕事お願いするね?」

「分かりましタ、アイテムと魔法のどちらを使いマすか?

魔法からの蘇生でしたラ、半魔族になりますが支配できまス。

アイテムを使うのデしたら完璧に蘇生が出来ますが支配はできなイので、

拷問する必要があるかもシれません。

ただ、話を聞くだけでしタら魔法をおすすめしますガ……」

「うん~、そうだね魔法のにしておいて、

あの種は生産出来るけど時間かかるからね」

「了解しましタ」

「うん、じゃあこれが終わったら一緒に行くからね~」

「はい」


そこで一旦言葉を切ったエミルは、

食卓についている7人(人ではないが……)を見回して、

決心したように頷くと、どう話していいのか迷うように少し呻きながら、言う。


「ん~っとね。うん、僕、エミル・ペランツァ・イヴィライ・カンナは

生まれてからそろそろ21の年になります。

人間は15から働き出し、18から力をつけ、

20から大人として認められるそうです。

勇者が魔王を倒したのが、18か19くらいだって聞いたけど凄いよね~、

僕なんていまだに覚えたりやることがたくさんあるのに、

世界を歩き回ってたんだからねっと、少し脇にそれたかな?

んでね、その勇者たちの子孫はそろそろ、

大人になってるんじゃないかなあ、なんて思ってさ。

別に、いつか勝手に育っていくんだから気にしなくてもいいけど、

問題はそのタイミングで前の世代の勇者に見つかっちゃったって事なんだよね~。

さて質問です、なんで前の世代の勇者に

見つかっちゃったら問題になっちゃうのでしょうか?」


静かに発言の許可を得るために手を上げる

モルレウスとセルヴァ、ヒューアットの3人と、

おそらく〈念話(コネクト・センス)〉で相談しているのだろうズィズィとジェジェ、

成り行きを見つめているルートミック、

そもそも思考を放棄しているフールドラを順繰りに見て笑い、

「じゃあ、モル~」と言って指差し指名する。


「エミル様が維持しておられる〈妖精達の輪冠世界ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム〉の

出入り口に設定されている丸太小屋の位置情報が、

他にも広がっている可能性がある、というわけですか……」

「ふむふむ、正解!安定のモルだね~。

で、ここで重要なのが前の世代の勇者ってところだね、

もし来てたのが普通の冒険者とかだったら、

その情報の重要度はそんなに高くないけど、勇者が動くってことは、

それなりに重要な情報として流れてるってことだよね。

情報源はこれから勇者に聞いてみるからいいとして、

多分ぞろぞろと各地の勇者たちとその名を継いだ子供が来るのが

目に見えてるってとこが面倒くさいところなんだよ。

だからね、勇者から情報を一通り聞いたら、さっさとお引越ししちゃいます!」


その言葉に驚き硬直し、目を見開いている一同が

真っ直ぐに自分を見ていると思うとむず痒く感じながら、

なんだかんだで今までお世話になった場所だからなあ、

などとぼんやり思いながら、質問を挟まれぬようにさっさと続ける。


「まあ、お引越しといっても、最低限の手荷物を持って、

他の物はここに置きっぱなしにしたまま旅に出るだけなんだけどね。

ああ、ゲートとなってる魔法陣を消して、

何者かが住んでいた痕跡をほんの少し残しておいたほうがいいかな?

その辺りも後々詳しく決めるとして……。

旅、かつての勇者のように各地を回るついでに、

してみたいことがあるんだ――

ズィズィとジェジェにはここに来るまでに少し話してたけどね……

僕、人間に『復讐』したいんだ」


『復讐』という言葉を聞いた瞬間に、

鋭い目つきになったモルレウスとセルヴァは、

その真意を図ろうとするように、慎重に問いかける。


「エミル様、それは……お母上様のお言葉を十分理解なさった上でのことですか?」

「私たちが弱いとは言いませんが、多勢に無勢です。考え直していただけませんか?」


エミルは、真摯な表情の2人と、

戦いの話題が出て滾っているのか笑みを浮かべているフールドラ、

微動だにしないで、こちらの判断に任せてくれるルートミック、

戦いたいが、戦いたくもないというような複雑な表情をしているヒューアット、

どんな復讐をするのかと静かに次の言葉を待つズィズィとジェジェを見て、

堪えきれないように、フフッと笑って

モルレウスとセルヴァ、広場の全員に向かって言う。


「別に、戦って皆殺しにしてやるッ!

ってわけじゃないからさ、怖い顔しないでね?

ただ、この復讐がうまくいったら、人間の数は激減するだろうけどね」

「それは……どのようなことをするのですか?」


長年、考えてきた……人間に侵略されていく魔族たちの土地の情報を聞きながら、

なんとか人間に仕返ししたい、しかし全面戦闘は避けたい、その思いを胸に20年。

毎日続けているセルヴァとする魔法の座学、

その休憩中に偶然目にしてしまった魔導書からの発想!

それは……



「んむ、それはね―― 『全ての人間を、同性愛者にしてしまうことだよッ!!』 」

02/01 ルビ振りの書き方統一

03/22 改行の整理

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