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2話・メイド長とアホの子

「これは……もうこの服はダメですね」


薄暗闇の森の中、右手に元『勇者』の頭を掴み

左肩に首なしの身体を担いでいる執事は、

所々ちぎれ飛び、ボロボロになっているところに

血の滴る赤い断面に汚されていくスーツと手袋に

極力目を向けないようにしながら大きくため息をつく。


(勇者の実力を体験するため、という言い訳はありますが、

これではヒューに小言を言われてしまいかねないですね。)


「――あの性格ですからね、どう言い出したものか……」

「なんのことですか?」


一分ほどだろうか、上の空でボーッと立っていたら(もちろん死体を両手に抱えて)

スッと執事の後ろに生えている木の陰から1人のメイド服を着た女性が、

肩下まである黒髪をサラリと流しながら首をかしげて歩み出て、

いつの間にか声に洩れていた執事の考え事に問いかけてくる。


「ああ、セルヴァさん。考え事を口に出していたようでお恥ずかしいです。

いやですね、執事服一式がこの通りダメになってしまったので、

ヒューアットさんに新しく仕立ていただこうと思うのですが、

どう頼んだものか考えていたのです」


考え事の最中、突然声をかけられたにもかかわらず、驚いた様子を見せずに振り返ると、

右手を大きく広げるように掲げて、勇者の首と執事服をセルヴァと呼んだメイドへ

見やすいように向ける。

メイド――セルヴァは鏡のように磨き上げられた黒曜石を思わせる真っ黒な瞳で、

その2つと肩に担いでいる身体、

そして戦闘の爪痕によって変わり果てた

周囲を順番に眺め回すと、大したことではないのでは?と


「そうですね……。

今ではヒューアットさんは装備品の生成を一手に担っていますが、

元々は剣方面専門の鍛冶師だったそうですからね。

布系統の防具の生成あまりいい顔はしないでしょうが、

エミル様の護衛からの損傷で、同じ鬼人属のモルレウスさんの頼みならば

多少は心を砕いていただけるのでは、と思うのですが」

「その、あまり言い訳の為だけにエミル様の御名前を使いたくないのですよ……」


些細な小言を回避するなんて個人的な理由で、

主君の名をまるで使うように出すのは忍びない。

何だかんだといっても、ヒューは自分の仕事には手を抜かないので、

装備の完成度は安心だからと諦めえたように言う執事――モルレウスに、

そうですかと淡々に答えて目をジッと見つめながらセルヴァは言う。


「手がふさがっていますが、モルレウスさん。手伝うことなどありますか?」

「手伝うことですか?では、近くにある勇者の所持品を回収していただけますか?

後始末を押し付けるようで心苦しいのですが、お願いします」

「了解しました。ではお先に戻っていてください」


そして、とうとう周囲に訪れる夜の闇に半ば隠れながらフッと笑い


「ヒューアットさんには、私からも口添えしておきます。

ずっと、影から見ていただけで任せっきりにしてしまっていたので同罪ですから」


そう告げ人差し指を立てて唇に当ると、

何事か言いたげなモルレウスに再び首をかしげて……

今度はなんだかあざとい感じがするが、

黙らせるとモルレウスと通り過ぎるように歩き出して、

グルリと何かを探すように周りを見渡す。

モルレウスはその姿を見てゆっくりと、

長い一礼をする(もちろん死体を両手に抱えて)と、

闇に溶け入るように音もなく去っていく。







「ック、クククク。ふひっ、ぐへへへへ。かっこいい……」


常人ならば一歩も動けなくなるような闇の中、

モルレウスが丸太小屋へ向かって行くのを横目に確認したセルヴァは、

ルイスが戦闘の前に荷物を置いた木の根元に、迷いなく真っ直ぐに歩きながら、

我慢していた口の緩みを大きな笑みに変えて、小さく、

心の奥底から漏れてくる情熱を小出しに吐き出していく。


「やっべー、モルさん渋すぎだろjk。というか、

私の本性知ってるくせにあの態度で接してくれるとかマジ濡れるんですけど!

どうしよう、今度襲ってみようかな、でもそのまま本気の殺し合いに

発展しそうでからできないよなあ。

ああもう、紳士なおじさまってなんであんなに魅力的なんだろう!

あの笑顔で雌豚のように罵られてみたいッ!

叩かれたいッ!ムチでビシバシ叩かれていいように調教されたいッ!

……いや、でもそれだと人間関係的にどうなってしまうんだろう、

エミル様にも蔑まれたような目で見られちゃうのかな。

フフッ、それも魅力的だけど、魅力的すぎるけど!

あの輝かしい笑いを代価に差し出すのはとても、とてもとても惜しい!

うふぉぉおおおおおお、今私すごい決定を迫られているんじゃなかろうか?

氷のように冷たい目線と罵声か、

陽だまりの中のとても言い表せないようなかわいい笑顔!

え……選べない!選べないよッ無理だ、なんて残酷な2択なんだ!

この両方が手に入るなら、悪魔に魂を売り渡したっていいのにッ!

って、まあ、私も悪魔みたいなものですけどね……。

とりあえずこの2択は、また保留にしておきましょうか、

頼まれたことは速やかに丁寧にしなくては」


既に目当ての場所に突っ立ていたセルヴァは、

我に返ると悶えて赤くなっていた頬を冷ますように手で扇ぎ、

目の前にある荷袋を手に取ると、

ルイスの魔法の余波で吹き飛んだポーチと羊皮紙も回収するべく、

先ほどあたりをつけておいた場所へ歩き、数枚の羊皮紙を回収したところで


「ん?」


少し先、約20m前方の地面――

先ほどモルレウスと話していた辺りに、

木の葉の隙間から差す微かな月の光をうつしてチカリと輝くものを見つける。


(なんでしょう、見逃したものでもありましたか……?)


「ああ、勇者の証ですか。モルレウスさん、

大事なものなのに落としてしまうなんて……。

ドジっ子属性も持ち合わせているとは、侮れないですね」


風のように数歩で距離を詰めたかと思うと、そのままの勢いでしゃがみ、

落ちていた金属片を拾うと、しげしげと眺める。


「これが勇者の証のウーツ鋼のプレート……?

派遣国のソー・グロリャーゼ王国の紋章と、

―ルイス・ハンブリング―と名前が刻まれている他には魔法もかかっていない

普通のものに見えるのですが、こんなものなのでしょうか?

15cm程の大きさで遠目には通常の鉄とさほど見分けがつかないですし、

模造品などは作られないのでしょうか。まあ、私が気にすることではないですが」


ひとしきり眺めて満足したセルヴァは少し血に濡れている部分を指で拭うと、

クルクルと紐の部分弄んで、ブレスレットのように手首に絡ませると、

顎を上げて鼻をピンと持ち上げてヒクヒクと何かの匂いを探し始める。


(食料などが入っていたポーチはどこでしょう……。

血の匂いが存外強すぎてわかりづらいですね。

『お話しを聞く』べく、なるべく損傷の少ないやり方で

始末して頂いたのにこれほどとは、日頃の不摂生が過ぎますよ勇者さん)


心の中で軽く罵倒を20程、今は亡きルイスに叩きつけながらも、

それをおくびにも出さずにクンカクンカと鼻をひくつかせ続ける。


「そういえば、この粉々になった木などはどうするのでしょう。

治すとしたらエミル様の手をお借りするしかないのですが……。

モルレウスさんは苦い顔をしそうですけど

頼んでみましょうか――っと、見つけました」


さっきまでほとんど感じられなかった、干し肉やシナモンの匂いを

いきなり感じて不審に思いながらも、

その匂いが漂ってくる場所、根元が焼け焦げて倒れてしまった木へ向かうと、

もぎゅもぎゅという何かを口に詰め込むような音を、

何者かがうずくまって出している。


「……なに、しているんですか。フー」

「もぎゅ?」


うずくまっている人影に声をかけると、石のように硬い干し肉を口に頬張って、

頬を巣へ餌を運ぶハムスターのようにしている15、6歳程の、

流れる鮮血のように赤い髪と、

同じ赤色を金の輪で閉じ込めたような瞳を持つ褐色肌の少女が

振り返って目をしばたかせる。

裸足で麻のワンピースを着ている姿は、

その成長途中ながらも将来性を感じさせる

美貌を除けば何処にでもいる農家の娘の様だったが、

左脇に柄を見せるように背負う、金を下地にルビーやガーネット、

カーネリアン、コーラルなどの赤い宝石でこれでもかと装飾された

ペシュカドと呼ばれる3、40cm程の豪華な短剣が異彩を、

様々な贅を凝らされてはいるが細く鋭いS字に湾曲した、

殺すための形状は、自分は襲われるものではなく襲うものであると主張している。

その、短剣と姿かたちがチグハグで浮いている少女が、

両手で口を押さえて、口の中のものが出ないように抑えながら……喋る?


「んぎゅ、んくのんがんがむぐっふんふぁぐら、

もぐもぐ……ふう、まあいいけどね」

「なにを言ってるんですか、貴女は……」


フーと呼ばれた少女は、麻のワンピースの胸元……無駄がなくスレンダーなそこに

こぼれ落ちてる干し肉や干しイチジクの欠片を

パッパッと払いながらピョンと跳ねて立ち上がると、なんでわからないかなあ、

と言いたげな目で見つめて、持ってるポーチをブンブン振って言う。


「だからぁ、モルさんが勇者と戦うって聞いたから、見に来たけどもう終わってて、

つまんないなぁとか思ってたら肉の匂いがしてたから食べてたんだよ」

「だいぶ省略してませんでしたか?」

「そう?」


(この人は……私よりだいぶ年上なはずなのに、

どうしてこんなに可愛らしくもとい幼いのでしょう)


なにかおかしいかとキョトンとしている少女を前に、

可愛い可愛いと抱きつきたくなる衝動を理性で叩き伏せながら、

一応の忠告と少しばかりの心配を混ぜて説くように話す。


「フー、いえ……。フールドラ・D・フィエリテ、

戦士職の貴方が警備の任務で勇者の接近をいち早く感知し、

気づかれずに、かつ速やかに報告できたことはとても優秀なことだとわかります。

セシル様も感謝していました。ですが、その装備のままというのはいただけません。

麻の服を着ているだけでは、無いとは思いますが、

貴方の探査能力を騙し通せるような伏兵に奇襲を受けた時、

負傷してしまうかもしれません。

貴女が傷つき、もしくは亡くなってしまったら、セシル様はとても悲しむでしょう。

臨戦時の重鎧を着ろとは言いませんが、せめて軽鎧を着てください。

対象物の沈黙(サイレンス)〉は使えなくても〈消音の世界クワイエット・ワールド

は使えるのでしょう?」

「ん……むぅ、わかった。でも、範囲魔法はめんどくさいんだ、ですよ……なぁ」


静かに、言い聞かせるようなセルヴァに、

苦い顔をしたフールドラは俯いてしまう。

確かにフールドラは正面戦闘、単純な火力なら飛び抜けて高く、

能力のウェイトを割いてはいるが、

それほどに苦手だったかと疑問に思って聞いてみる。


「?、自分を基点に範囲2m程で展開していればさほど負担はないと思いますが……。

え?なんですかその、あなたが天才か!みたいな顔は、

今までどのように隠密行動をとっていたのですか!?」

「え?えっと、んと……。とりあえず空飛ぶでしょう?」

「…………」

「で、〈動体物特化の望遠眼ホークアイズ・テリフォート〉使って見回す!かな」

「……では、今まで範囲系の魔法を使うときはどうしていたのですか?」

「ん?全力全開だよ?」

「なんて無茶苦茶な……。

それに、空を飛ぶにしても上に目を向けられたら見つかってしまうじゃないですか」

「いやでも、高さ3、400mくらい上だから大丈夫かなって……。

ごめんね?これからはセルヴァが教えてくれたやり方でやってみるよ」


大雑把過ぎるけど悪くはない、かな……?

基礎能力が私と違いすぎて何が何やら……。

でも、今後のことを考えると褒めるのは後にしたほうがいいかも。

説教臭く言ってしまった手前でもありますし。


「そうですね。現在、セシル様に仕えている者で実戦経験があるのは

貴女とモルレウスさんしかいないので、しっかりしてくださいね。

……頼りにしているのですから」


なにかがズレてはいるが、うまくやっているフールドラに

どう言っていいのかわからなくなったセルヴァは、

それはそうと、と早々に話題を切り替える。


「あまり、勇者の食料を食べないでくださいね。

もうそろそろ夕食ができますから、食べれなくなってしまいますよ」

「ん、そうだな。セッちゃんの飯は美味いからなー、

腹を膨らませて行くのはもったいないね!」


神妙な顔つきで話を聞いていたフールドラは、

夕食の話が出た途端に花が咲いたような笑顔になって同意すと、

急いで中身を覗かせるポーチの口を閉めて腰に付けて、

そのまま浮かれたように跳ね回り、口からチロチロと赤い光を漏らして目を輝かせる。


ちょろい……!?簡単に話題変えられました。そして、切り替え早っ!

実力はあるのに、未だ準支配者級(セミボスクラス)の位にいる理由がわかった気がします。



――知能ある魔族には、同族のいらぬ戦いを回避するための

方法として、各々の格付けを用いる。

その格付けは必ずしも確実なものではないが、

それでも大雑把な抑止力にはなっている。

強さの段位は12と1つ、セルヴァの言った準支配者級(セミボスクラス)

上には特例とも言えるただ1つを除いて、支配者級(ボスクラス)があるのみの

魔族の上位者だが、準支配者級(セミボスクラス)支配者級(ボスクラス)には

無視できない大きな違いがある。

それは、組織の管理をする権限を持つ者とそれを補佐する者、

前者は当然支配者級(ボスクラス)の持つ権限であり、

それが覆ることはありえなく、準支配者級(セミボスクラス)にも

組織管理に口を出すことはできるが、あくまで提案、

ということになってしまうので、絶対的な発言権の差があるのだ。


もちろん、強さの段位は単純な戦闘におけるモノもあるが、

準支配者級(セミボスクラス)支配者級(ボスクラス)には

最低限の知略を巡らせる知識も必要とされる、

薄くも、一部の魔族には高い壁があるのだが、

フールドラはまさにその壁を前に立ち往生しているのだ、

ただ、魔族の中でも長寿に分類される種族に属し、

他の基準とはズレて幼いので仕方ないといえば仕方いのかもしれないが……。



「ふふ、今日はモルさんとフーにはたくさん働いて貰ったので、

色々と作らさせてもらいました」

「おー、楽しみ!お腹減ってるから、覚悟しといてよぉ」


ふんむっと、大きく胸を張って現在調理中の料理の名前を

つらつらと上げていくセルヴァに、フールドラは幸せそうに目を細めながら、

ダラダラとと口からヨダレを垂らしてガバっと抱きつくと真剣な目で問いかける。


「肉は!?その中にどれくらいあるのッ!」


うおおおお、かわえええ。これは抱きしめ返して、結婚しようって言う場面かな!そうかな!?

これで食事を味わって食べてくれたら素敵なんだけどな!!


無邪気なフールドラに赤面しながら、いかがわしい事を脳内に流しているセルヴァは、

奥歯を噛み締めて変なことを口走らないように瞬き1つ分の時間をかけて自重すると、

完璧な微笑みを浮かべて答える。


「たくさんありますよ。みんな、大飯食らいなんですから大変ですよ」

「えー、でもご飯作るのは召喚したメイドなんでしょう?」

「それでも、下ごしらえなどは私がしてますし。一応、魔力を消費してるんですよ?」

「ふむぅ、何時もほかに色々仕事してるのに大変なんだね。おつかれぇ」

「以前はハウスキーパーでしたが、

今はメイド・オブ・オール・ワークですからね、当然ですよ。

ですが、ありがとうございます。そう言ってもらえると、嬉しいものです」


(あの頃は、心得はあっても仕事を受け持つことはほとんどなかったですからね……)


セルヴァは先代の魔王、いや正確には未だ魔王を

正式に宣言している者はいないので以前の、と言ったほうがいいか……。

以前の魔王が【ディセンダント・オーブラ】を治めていた頃の城での日々を思い出す。



――以前の魔王、以前仕えていた主、

ルーチェ・ペランツァ・イヴィライ・カンナ・エル・ディセンブラは聡い王だった。

女の身でありながら、先代魔王の様に暴力で統治する無意味さを説き、

数々の魔族をまとめ上げ交流し、

各々の文化と技術を取り込み、提供しながら魔族のさらなる発展へ導いた。

その交流の際に、影の悪魔――シャドウデーモン族の族長の娘として、

父と共に城に会見の為にルーチェ様と初めて会ったのだが……。

一目惚れだった!その美しすぎる瞳に見つめられた瞬間に全身に電流が走り、

親であり族長である男が前もって忠告していた

「取り込まれるな、うまく出し抜けるように立ち回れ」

と言う言葉が抜け去るほどに、

あの人への思い「ああ、あの人をペロペロしたい。

サラサラのあの髪の毛を撫でまわゲフンゲフン」

……熱い思いに胸がいっぱいになり、足元に飛び出し跪いて、

身の回りの世話をする事と友人となることを条件に

シャドウデーモン族の忠誠を誓ってしまい、父に怒られてしまった。

いや、怒られたというのは少々優しい表現だったか……

正しくは殺されそうになった。

あの時は流石に肝を冷やした、ルーチェ様が咄嗟に忠誠の代わりに、

かなりシャドウデーモン族側に優位な契約をしてくれなかったら、

私はこの場、どころかこの世にはいなかっただろう。

それからは、ハウスキーパーの仕事を

魔法を駆使して出来うる限り完璧にこなし、

仕事の合間にルーチェ様を眺めて眺めて、時にお喋りをして、

時にさりげなくボディタッチをし、時に――ゴホンゴホン、

仕事が休みと時は、レディースメイドのゴルゴーンに指揮を一任して、

ルーチェ様とお茶や狩りを楽しんだり、

城下へ遊びに飛び出してしまったこともあった。

そのように騒がしくも穏やかで、

楽しく過ごしていた日々は、変わってしまった……。

あの男、ローン族のシール・ファー・ウォールスが来るまでは!

アザラシの皮を被ったあの男は、厚顔にもルーチェ様と交際を始めて、

さらには速攻子供を作りやがって死にやがった!

確かにイケメンだった、優しくてイケメンだったけれども!

ルーチェ様の幸せそうな顔が見れて嬉しかったけれども!

その1年後にお産まれになった、子供のセシル様なんてもう、

叫びそうに、というか叫ぶほど可愛らしいけれども!

もうすこし私にも構って欲しかったなあ、とか思ったりして!

くっそう、あの泥棒猫、いやどちらかといえば泥棒犬か!うまいな私ッ!

ゴホン……。

ルーチェ様はシール様が亡くなってからは、いっそう精力的に 

【ディセンダント・オーブラ】の治安向上の為に粉骨砕身、

ほとんど休むことなく動き続けるが、

以前から問題になっていた流れの魔物たちによる

【オウス・テレノ】への影響、によって現れた、

勇者と名乗る7組の魔王討伐隊と冒険者という名の

殺戮し略取する者達の存在によって

【ディセンダント・オーブラ】は混乱に陥る。

当初は魔物を駆除するのが目的と思われたが、

一定の魔物を駆除しても撤退せず、

さらに【ディセンダント・オーブラ】の深部へと侵攻して、

魔族たちをも襲い始める勇者たちに報復を考える部族が増える。

ルーチェ様は最初、反対されていたが、報復を考える部族の勢いは凄まじく、

大切な人が……シール様が亡くなった痛みを知っているルーチェ様は、

悲しみと怒りに震える部族を止めることは叶わなかった。

――怒りは新たな怒りを増長させる、

話し合いの場を持つこともせず戦争を叩きつけてきた人間に、

怒りはせれども、己の支配領域を守るために

安易に動けない支配者級の者も倒され、ついにルーチェ様も決意した。

魔族の王として、ほかの命を使ってでも勇者たちを打ち倒す覚悟を。


そうして、うやむやだった魔族と人間の関係は、対立としてかたまり突き進む。

そして、殺し殺されの戦いの果て、

強力な魔物が出る深部手前まで人間の生活域が出来上がりました。

と――



(……いつの間にか、余計な事まで思い出してしまいましたね。

過ぎ去った日々は惜しいですが、今は今で楽しいですしね)


いきなり遠い目をしだしたセルヴァに構うことなく、

抱きついたまま目の前にある大きな2つの膨らみ、いや球に顔をうずめ

「なんでこんなに育ってるんだー」と、羨ましがるように堪能するフールドラは

ふと、たゆんと揺れるそれに齧り付きたくなるような欲求に駆られ――


「――ん、今全ての料理ができたみたいです。

早く帰りましょうか、私たちの帰るべき仮初の場所に」

「おふ、ほーられ。ひふふうほ!」


なにかの知らせを聞いたように反応し、

我に返ったセルヴァが真っ暗な闇を透かして丸太小屋の方へ目を向け言うと、

少し尖りすぎな犬歯を大きく見せるように口を開けたまま返事をしたフールドラは、

自分がしようとしたことが恥ずかしかったのか、ピョンとセルヴァの胸から飛び出し、

その目線の先、勇者の進撃によって少なくなってしまったが、

仲間たちがいる場所への入口へ向かって小走りに数歩、トトッと進み振り向く。


「ほら、セッちゃん!

自分で言ったんだから、早く行こーよー。お肉食べよ、お肉ッ!」

「はいはい、皆さんを待たせてはいけませんからね。

私は転移して行きますから、遅れないでくださいね」

「あ、ずるーい。いいもんね、転移より速く着いちゃうから!」


そう手を振りながら言うと、

お先にーと言い残して消えるように周りの木々の間を縫いながら走り去る。

セルヴァはかろうじて目に映るその後ろ姿を見届けると、

周囲の黒に溶けるように、その場から姿を消す。


(どんな時でも、共に歩んでくれる人がいれば、世界は面白いままですよ。

ルーチェ様――)

02/01 ルビ振りの書き方統一

03/22 改行の整理

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