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1話・孤独の勇者

かつて、数多くの魔族を付き従えた魔王が居を構えていた【ディセンダント・オーブラ】

俗世に興味を持つことのない妖精たちの住処たる大森林【フェーヤ・フォレスト】

様々な方法で繁栄を続ける人間や弱き動物たちの活動領域【オウス・テレノ】


この世界に生きる、主な3つの勢力は、各々の勢力圏を持ち、

数少ない例外を除き、お互いに極力の不干渉を決めていたが――


約25年前……

人間たちの生活の場所である【オウス・テレノ】に、

度々侵入してくる魔物の被害が増加してきた頃、

人々の安全は脅かされ、その事を危惧したとある国の王は人類共同戦線を張り、

【オウス・テレノ】にある7つの国に、

神託や国を挙げての選抜などによって

選ばれた年若い少年少女を1人ずつ『7人の勇者』として、 

【ディセンダント・オーブラ】へと、

諸悪の根源たる魔王討伐の使命をもって派遣した。

そしてその数年後、6人と1人の勇者の働きによって、

魔族の数は6割程度に激減し、その王である『魔王』は討伐された。



――そして現在【オウス・テレノ】と【ディセンダント・オーブラ】との境界、

南の、人間が統治する辺境、ファーティル村から極北に広がる

【フェーヤ・フォレスト】へと、世界を二分するように約15000kmもの長さで

横たわっている【アップシード大山脈】最も標高が高い場所だと約10000mもある

高く果てしない、越えるものを拒み続ける世界の壁の麓。

その【ディセンダント・オーブラ】側、

森と山の境界に小さな丸太小屋がぽつんと建っていた。

近くには都市や村落はなく、なんとなく違和感がある。

なぜなら、小ぶりではあるがしっかりとした丸太小屋である。

しかも、町などで複数の家宅が共同で使用するような、

立派な井戸までもが脇に設置されているのだ。

このような建設は、やろうと思えば大掛かりなものになるので、

大人数が長期の建設期間を要して建てるもので、

建材なども、人里離れたこの場所に運んでくるには

大変な労力がかかることは確実だからだ。



そんな場所に向けて、男が1人。

濃い茶色をした瞳に、金髪が少し混ざっている

少し長い茶髪を後ろで大雑把にまとめている男が歩いて行く、

旅の疲労をさほど感じさせない動きは、長時間歩くことに慣れているからだろう、

迷いなく、踏みやすい地面と滑りやすい下草や

木の根があるそれ以外をより分けて足を進めている。


そして、その丸太小屋を視界に入れた瞬間、

入口や裏庭から誰が出てきても見つからないように、

すぐ近くにある木に、静かに自分の体をぴったり重ねる。

少し前までの、あまり辺りを警戒していないような、

ザックザックと霜混じりの土を大股に踏みしめていた

歩きからは想像できないような俊敏さは、

もしこの光景を何も知らないものが見たら、

あまりの変わりように驚いて絶句するであろうほどだ。

――まあ、近くに人などいないので、いらない心配だが。


茶髪の男は、深緑のマントを羽織り、下に防寒用の服などを重ね着しているのだろう、

少し膨れた青地に金縁の白い縦縞模様が縫い付けてあるサーコートを着て、

首に鉄のような金属片のペンダントを掛けている。

右肩には人の子の胴程の太さと長さをもつ円柱形の荷袋、

左腰には通常のものより少しばかり大きいロングソードを下げていた。

若干派手ではあるが、先ほどの動きと合わせて

冒険者や戦士など、戦いに慣れたものだろうとわかる。

そんな男……ルイス・ハンブリングはチラリと

隠れた木の陰から顔を半分だけ出し、つぶやく。


「ん、ここ……だろうな。やっと見つけた」


ルイスは数秒、ジッと丸太小屋を睨み様子を伺うと、

さらに丸太小屋から少し離れた場所にある

木の根元に移動して、身を縮こませるように座り、

肩から下げていた荷袋を静かに下ろす。

そのままゴソゴソと、中に入れてある水の入った皮袋を手にとると、

ぐっと、残り少ない水を飲みながら、隙なく丸太小屋を監視する。


(ここに、あの魔王の息子、あるいは娘がいるのか……)


緑地用簡易隠密(カルム・ヴェール)


水を飲み終えたルイスは、皮袋をぞんざいに荷袋の中に放り、

顎から垂れていた水を拭って手を振ると、

水の飛沫と共に緑色の薄膜が周囲に半円を描くようにかかる。


ルイスの周り1mほどの空間と外の空間を隔絶させた魔法、

カルム・ヴェールは、主に隠密用の魔法として使われ、中からは外の様子が伺えるが、

外からは魔力の迷彩によって使用者の姿を隠すことができるものだ。

視覚的には隠れられるが音や匂いは漏れる、

さらには〈透視(クレアボヤンス)〉や〈生命探知(ディッテクト・ライフ)〉、

センシビティ=(其の感覚は)インディケイシュン(指し示す)〉などと看破する手段は数多くあるが、

手軽に素早く、そして魔力の消費が少なく使えるので愛用していた。


(距離は十分開いているだろうし、しなくてもいいかもしれないけど、念の為にな)



――18年前、魔王が倒れた後、勇者を派遣した国、ソー・グロリャーゼ王国の

魔族領域特別調査隊が魔王の城を探索した結果、

勇者一行が魔王との戦いを繰り広げた玉座の間、

その先に隠し部屋があることがわかり、部屋を徹底的に調べ尽くした結果、

魔王に子供がいたことが発覚した。

その知らせは、魔王が倒れ平和が訪れたと歓喜している

国の民には、混乱を招かぬように極秘にし、

王国、そしてその周りの諸外国の上層幹部と勇者たちにのみ知らされてた。


そして、あるかどうかは不明な他の世界では分からないが、

少なくともこの世界では人間は一部の例外を除き、

さほど魔力を持つことができない種族である。

一般人では使える者は少なく、使えたとしても1つや2つ、

生活に役立つ簡単な魔法を使える程度である。



では、簡単なものではあるが隠密の魔法を使い、

国家最重要機密級の情報を持っている男、ルイスはなんだというと……

『勇者』である。

かつては青年ながらも過酷な冒険をしていた勇者も、

時を経て様々な経験を積んだ1人の男性となって、新たな冒険に身を投じていたのだ。



(そういえば、魔王が討伐されて、仲間たちと分かれてから20年くらい経つのか……

魔王の後継者の暗殺依頼を受けてからは1人で行動してばかりだったからな、

思い出らしいものなんてほとんどないから、あっという間に感じる。)


ルイスは、丸太小屋からは目を逸らさずにそっと、右手の肘までを覆う、

バーンウルフの皮をなめした作ったソフトレザーグローブを外し、

人差し指と薬指にはまっている指輪の内、

人差し指にある金色の指輪に刻まれている呪文をゆっくりとなぞり……


解放(リベレイション)


ボソリと呟く。

すると、魔力を使った様子はなかったが、

微かに指輪に刻まれていた呪文が光を放つと、込められていた魔法が解き放たれる――


そよ風の探索者ブリーズ・オブ・シーカー


大気の流れを媒介に、周囲の動くモノを肌で感じ取ることができる魔法を。

広範囲に影響を及ぼす魔法の効果の強度は、込める魔力によって決まり、

さらに持続させるには相応の消耗を強いられるのだが、

ルイスはあらかじめ、マジックアイテムの

狡猾で怠け者の指輪レイジ・イン・スライリー〉に、

魔法を、組み込んだ設定と必要になる分の魔力と一緒に封じ込めていたので、

欠片ほどの負担も負わずに即座に発動できたのだ。


(だがまあ、俺ももう歳なんだよな。

これが終わったら、風の谷にある町ヴァンヒルの丘にでも家を建てて、

腰を落ち着かせるのもいいかもしれないな)


魔法の範囲はルイスの周囲500m、発動継続時間は約1時間――

これほどの規模の魔法を使うのに、どれほどの魔力を指輪に込めたのだろう。

張り込みを想定した魔法ではあるが、それにしてはいささか魔法の質が高すぎて

過剰な警戒度合いなようだが、

相手が魔王の子であるならまだ不安を感じずにはいられない。


(そこらへんの魔物ならともかく、

実力の分からない相手に1人で挑むのは気を使うなあ。

多分、俺と同じくらいか少し下、いや少し上あたり?だろうし)


が、不安をいつまでも引きずっていても得はないので、

そよ風の探索者ブリーズ・オブ・シーカー〉によって

生まれた風を頬に感じながら、グローブをはめ直す。


(まあでも、そもそも勝算のない戦いだったらここに来てなかったしな。

引退の景気づけに、『深淵のモノ(アビスクラス)』のアイテムでも使ってしまうか。

なんだかんだであんまり使ったことなかったし)


「ま、それはまたあとでかな。とりあえず1時間、

仕掛ける準備をしながら休憩しないと、疲れたままやるには大きすぎる仕事だ」


荷袋とは別に、腰に下げていたポーチの中をまさぐって手のひら大の干し肉を探し当て、

ナイフで筋に切れ目を入れて縦に割き口にくわえると、静かに息を吐いて、

発動中の〈そよ風の探索者ブリーズ・オブ・シーカー〉を信頼して目を閉じる。


猛烈な塩気が口の中に広がるが、歩き疲れた体にはちょうど良く、

ガチガチに干されているモスビーフの繊維をモニュモニュとふやかして、

噛める硬さになるように頑張る。

……当分、噛み切れそうにないが。


事前にできることはしておいたから、この辺りの正確な地形と、

後はあわよくば相手の人数と戦力が知りたいんだが……。

小屋の扉か窓をそこそこ開けっ放ししてもらわないと分からないんだよなあ。

まさか1人で逃げ延びているわけでもあるまいし、

側近の1人か2人は覚悟しておいたほうが良さそうだ、

さすがにあの小屋に5人以上は住めなそうだから、

そこらへんは安心してよさそうだけど


咥えている干し肉と、ナイフを弄びながら周囲の地形を把握しつつ、

ぼんやりとこの後の行動を考える。


周囲の地形はおおよそ平坦、

地面に大きな凸凹はなし、あったとしても木の根くらい。

風は山側からの吹き降ろしで、丸太小屋からは風下。

動くものも、大小合わせて見つからない。

魔力も、遮断されてるのだろう未だ感知不能、か……。

気温も、山の麓にしてはマシな方で状況はそこそこいい、

だから攻めるなら早いほうがいい。


「んー、撤退の時のことも考えて、あと20分後かな」


攻め入る予定が決まったので、考え疲れたというように軽く伸びをして、

のんびりと荷袋に手を突っ込んで赤色や青色、

なぜかブルブルと震えているものや微かに音を漏らしているものなど、

様々な薬品が収めてある縦長のポーション瓶らを地面に並べていく。


「貧乏性で使えなかったからなあ、使うとなると変な感じがする」


いままでは一人だったからとはいえ、

街などで買えるようなポーションで道中は事足りていたので、

高級素材で精製されたり、長期の魔法式で造られた目の前にあるものは、

なかなか使う機会がなくて溜まっていたのだ。


依頼の報酬で貰ったりばかりで、

金は武器か防具にくらいしかかけてなかったんだがなあ。

ああ、魔法の媒介とかにもそこそこ使ったな。まあ、どうでもいいか。


どうしてこんなにあるんだろう?

と、目の前のポーションを眺めて軽く首をかしげながら、

今回使うであろう効果を持つものを慎重に選び、

腰に交差して下げている専用のベルトに下げていくと。

今度はロングソードを静かに鞘から抜いて、

刀身と刃をざっと見回して目立った傷がないことを確認する。

戦闘に関係ない小道具や所持金などは

それほど気にせずに持ち歩いているが、武器や防具は違う。

直接的に命に関わる事柄なので、かなり気を使って手入れをしている。

……今思えば、戦闘に関係ない小道具や所持金にもちゃんと把握していたほうが

面倒事を回避できた場面も少なくないが、

仕方ない、お金の管理などは15年前に

パーティーを組んで旅をしてから今までさっぱりなので

諦めていた、これは性格の問題なのだ。


ルイスは、これからこれから人の中で生きようと思ったら、

直さないといけないなと少し嬉しいような、困ったような苦笑を浮かべて

懐から麻布を取り出すと、魔法が付与されているのだろうと

分かる仄かな輝きを纏う刀身を拭う。


「さて、じゃあ行きますかね」


大きく息を吐きながら自分に発破をかけ、立ち上がる。

カルム・ヴェールの効果は、魔法の膜に体が出た時点で消えてしまったが、

どのみち移動するので問題ない。

体を少しでも軽くするように木の根元に、

荷袋と腰に下げていた携帯食料や香料が入っているポーチ、

懐にしまっていた数枚の羊皮紙を丁寧に置き、

重しに近くに転がっていた石をその上に乗せて、

慎重に、大きな音を出さないように木の影から木の影へと移りながら、

静かに丸太小屋に近づいていく。


「小屋に明かりは、点いてるんだよなあ。

なんで誰の気配もないんだ?冬ごもりには早すぎるし、

そろそろ暗くなるから出かけてても戻る頃合だろ」


先程は気づかなかった、

静かすぎることに猛烈な危機感を覚えてさらに気を張り詰める、と――




「それは、あなたという敵が近づいてきたからですよ」




とても穏やかな、壮年の紳士のような年月を感じる低く渋い声が耳元で囁かれた。


「っ!?」


ルイスは振り返りもせずに即座に前方に身を投げ出すと、

一瞬前までルイスの頭があったであろう空間が、

パウゥッとものすごい音を響かせて弾けた。

突然の「敵」という言葉に頭の中が混乱しすぎてろくに考えがまとまらない。


(なぜだ!大気の流れに不自然な動きはなかった。

こんな接近を許すなんてありえない、どうして……)


身を投げ出してから数回、ゴロゴロと転がり距離をとって振り返った先にいたのは、

半身になって右手をまっすぐに突き出したポーズで立っている、

身長180cm以上はある長身痩躯の執事、だった……。

磨かれていない黄銅のような落ち着いた色と、白髪交じりの金髪を綺麗に後ろで纏め、

顎髭は丁寧に整えられている。

真っ黒なスーツの執事服をキッチリと着こなしている姿は、

どこぞの上流階級に仕えているような気品さが伺える、が――


(さっきのは、あいつが攻撃してきた音……なのか?いったい何をしたんだ?

それに、今は〈そよ風の探索者ブリーズ・オブ・シーカー〉で感知出来ているのに

なぜ気づかなかった!なぜ……)


「おまえは何者だ?人間、か?」

「恐れながら、先ほど申し上げたようにわたしは敵ですよ。

そして、人間ではありません。

エミ、いや次代の魔王様の執事長をさせていただいています、

ポライト・シンオーガと呼ばれるものです」


纏う空気、服装、あまりの場違いさに思わず聞いてしまって、

返事など来るはずはないと心の中で自分を罵倒していたら、

即座に目の前の執事が慇懃な言葉遣いと共に

頭を下げてきたので、口を開けてポカンとしてしまう。

肌の色や身体は人間そのものだが、魔族なのだろうビリビリと皮膚を刺すように

不可視ながらも圧倒的な魔力の圧迫を感じる。


こいつ、バカか?いや、そんなことはないな、こっちに答えたのは余裕からだろう。

威圧感から察するに、辺境公級(マーグレイヴクラス)大公級(グランドクラス)の実力だろうけど、

おれ1人じゃ時間がかかるな……。まさかこんな奴がいるなんて思わなかった。


「シンオーガ?オーガ系統なのか、

聞いたことがない魔族だな、だけどおまえさん相当強いな」

「聞いたことがないのですか?それは……残念ですね。

強さについては、わたしなどあくまで執事なのでそれほどではありませんよ」

「そうか……」


それほどではないわけないだろ!ものすごい音したぞ。

まったく、どうせ実力差が小さかったら

逃げるのと戦うのは同じくらい手間だからな、やるしかないか。


ゆっくりと、緩慢と言ってもいいほどの動作で、

ルイスは腰に下げた鞘からつい先ほど眺めた刀身を、

見せつけるように鞘の中で滑らせる。

そして、その姿をゆるく手を組んだまま穏やかな瞳で見つめている

壮年の紳士に向かって、少し挑発的に問いかける。


「……どうした、かかってこないのか?戦う気がないなら退いてもらいたいんだが?」

「いえいえ、まだ構えてすらいない相手に仕掛けることはしませんよ。

それと、わたしは既に臨戦態勢なのでお気遣いなく」


(無用心に突っ込んでもらったほうがやりやすかったんだが……

余裕はあるけど、舐めてきてはいないのか?)


視線は執事を外すことはないままに思考していると。

挑発的な問いかけをサラリと受け流しながら笑みを深くして、

執事はルイスの胸元と手元へと分かりやすく視線を向け、それに、と続ける。


「なぜわたしたちの居場所がバレたのか、

色々と話していただいてから死んでいただきたいので」

「……それをおれがバカ正直に話すと思うか?」

「ふむ……話していただけないとなると、多少手間ですが仕方ないですね」


ルイスが鞘から剣を抜いたのを見ると、

執事は前に組んでいた手をゆっくりと解いて、

ゆらりと身体がブレるような不思議な歩き方で近づいてくる。


(無手で戦うのか……オーガだし、魔法は使えないと見ていいのかな。

リーチはこっちのほうがあるから、防御主体で近づかせないように戦うか)


戦い方を決めたルイスは、バックステップをしながら

ベルトに下げたポーションをひとつ取ると、そのまま素早く地面に叩きつけた。

すると瓶の破片と中の液体を盛大に撒き散らせながら、

空気と反応して紫色の煙をどんどんと発生させていく。


「む……」


その煙を見た執事は口と鼻を手で覆って、

煙に触れないように距離を取ろうとするが、

紫色の煙が広がるスピードには咄嗟に対応しきれないで、

ボフンと紫の壁に飲み込まれる。

ルイスはニヤリと口を歪めると、さらに腰からポーションを取って、

今度は口の中に突っ込むように中の液体を流し込む。

すると、ポーションに込められた効果

対物理上位障壁フィジカル・エピスタシスバリア〉が体中に行き渡り、

物理的な衝撃を阻む障壁を身体に纏うように展開させると、

さらに魔力とは違う力、気力を臍のあたりにある丹田に溜めて気術を発動させる。


ラファル=キュイス(其の腿は突風の如く)


(手遅れかもしれないけど、ついでに音声遮断の結界でも張っておくか)


気術によって音無く風のようにポーチを置いた木の根元に駆け寄ると、

中にある数個の石をむんずと大雑把に掴んで、

魔力をほんの少しだけ注ぎ込み頭上に放り投げる。

投げられた石は、刻まれた呪文を光らせながら

細かく砕け、空気に混じって四散し舞っていくと、石に定められた魔法を解放する。

ルイスはその効果を確認せずに、視界が紫に染め上げられている中、

空気の流れを頼りに真っ直ぐに執事へと、

ロングソードを両手に地に体をこすりつけるような低姿勢で突進する。


(まずは、機動力を削ぐ)


左右の手をクイッと軽く回して気力を集中させる、

気術には至るほどではないが筋力を強化させるには十分だろう。

そのまま逆袈裟に、執事の右脛と左腿があるであろう場所に斬りかかる。



――スカッ



「お?」

「わたしも、気術は多少心得がありますので」


感覚拡張系の気術を使ったのだろう、こちらの動きを完璧に察知したようなタイミングで、

一歩後ろに飛んで避けられた。

その事実に、面倒だなと少し唇を噛んで考える。


(中途半端な攻撃だと避けられるか……。なら、魔法を絡めてやってみるか)


斬りかかる前は確認していなかった、

音声遮断の結界が〈そよ風の探索者ブリーズ・オブ・シーカー〉内に

ちゃんと発現していることを、視界でチラチラと光る石の粒子を見てわかると、

左手に魔力を素早く集めて思い描く魔法を発動させる。


炸裂炎散弾バーストショット・ペリット


数え切れない数の炎の弾、

拳大のそれが10mもの広がりをもった燃える壁となって、

執事を押しつぶそうと飛んでいく。

少なくない数の炎の弾が、辺りの地面に当たり木に当たるが、

地面に当たったものは炸裂しさらに小さな炎の弾を撒き散らし、

木に当たるものは、その射線上には何もなかったというように炭化させ貫通していく。

その様を見れば、木の陰に隠れたりという小細工をする事の無意味さがわかるだろう。


(これで右か左、あるいは飛行魔法で避けたところを……ヤる)


さすがにこの攻撃は当たらない、

当たっても体のどこかに掠る程度だろうとあたりをつけて、

右手に嵌めてある、1人で冒険し今までろくに

使う機会が回ってこなかった方の指輪に大量の魔力を注いで、

発動する大魔法を待機状態に留めておく、が――


(避けない!?)


執事は、自分に迫ってくる炎の弾の威力に目を向けながらも

静かに佇んだまま動こうとしない。


(右手の魔力を察知して、あえて避けないつもりか。

だが炎に目隠しされ、焼かれながら避けれる様な代物じゃないぞ)


執事の余裕な態度に少し面食らいながらも、相手の実力は詳しくわからないが、

数少ない身のこなしの情報から油断せずに気を引き締め、

炎の魔法が着弾する寸前に右手に握るロングソードを真一文字に突き出し、

拳の先から開放を今か今かと焦らすように強烈な魔力を漏らす大魔法を解き放つ。


風の精霊王の息吹ブレス・オブ・ジーニャ


景色が歪む、強引に凝縮された空気が暗くなり

薄くなってきている木漏れ日の光を引っ張り、

不可視ながらも大魔法の姿――人の頭ほどの球体、を晒したかと思うと、

先ほど放った〈炸裂炎散弾バーストショット・ペリット〉とは

比べ物にならないほどの速度、音速へ届くのではという速度で直径1m程に広がり、

術者の敵を貫き消し飛ばさんと真っ直ぐに突き進み、

ゴッという進路上の大気や炎を抉り行く音と共に執事を飲み込んだ。


ルイスは、炎の燃焼と凝縮放射された空気によって軽い酸欠になり、

息が上がっているのを押さえ込んで新たにポーションを手に取ると、

蓋を開けて頭からドロリとしたそれをふりかける。


仮想駆動型筋肉の鎧イマジレーション・ニッティングアーマー


生体反応を感知したのかどうなのかよくわからないが、ふりかけられたポーションは、

込められた魔法のカタチに従い、青みがかった半透明の極細の糸状になって全身を、

対物理上位障壁フィジカル・エピスタシスバリアごと覆い尽くし、

まるで他の植物を絞め殺さんとする蔓植物のようにギュッと身体を締め付けて定着する。


「ん、追撃いくか」


大量に空気が移動したことにより、

うまく大気の流れが読めなくなったことに内心舌打ちしつつ、

余波が収まるまでの少し間は仕方ないと自分を励まして、

風の精霊王の息吹ブレス・オブ・ジーニャの余波で舞い上がる木の破片と土くれの先、

執事が立っていたであろう場所目掛けて、適当に魔法を放つ。


巨石の突進槍(メガリス・ランス)


ルイスの目の前から、山の斜面で筍が伸びてくるように斜めにせり上がった。

長さ3mはある細長い円錐が6本、

一本一本がルイスの4倍以上の重量があるにもかかわらず、

魔力によって得た推進力によって、

不明瞭な目標物を穿たんと一斉に飛び出していく。

それに追従するように走り出すルイスは、

握っているロングソードに込められている魔法

纏うモノ(クローカー)〉へ、懐から出した札を擦り付けて、

右半身を引き剣を自分の体に隠すような構えをとる。


――ドドゴッ


対物理障壁でも張っていたのか、

近づいて見えてきた土煙から浮かぶ人影に槍が目標を穿つ音ではなく、

打撃音が2回したが、魔法のダメージは突き通ったはずなので、気にせず踏み込む。

すれ違いざまに遠心力と魔法、気術によって強化された一撃を、

札から刀身に纏わせ迸る雷撃の魔法と共に

既に姿が目視できる近さにいる執事の脇腹に叩き込むと、

目を焼くような光を背に、ルイスはその勢いのまま執事の後方、

2mほどの場所にある木にぶつかって止まる。


「ふう……やったか?」


(割と全力全開だったんだが……やりすぎたかな?)


剣に纏わせた雷撃にアテられたのだろう、痺れる両手にため息をつきながら振り返り、

胸と左足に地面から生えている槍を受けたまま突っ立ている執事を見る。

執事服は、袖や裾は派手にちぎれ飛び脇腹の部分は大きく裂けていた、が――


(血が、出ていない!?)


その下の肌は傷一つ無く、目を見開き呆然とする。

そんなルイスに、目の前の執事はゆっくりと向き直り、

少し乱れた髭と髪を整えて話しかける。


「さすがは、深淵のモノ(アビスクラス)のマジックアイテムによる魔法ですね。

効きましたが、他の攻撃はわたしの種族特性〈対物理及び氷雪・炎(ギガースキン)熱耐性〉に阻まれて

十全の威力を発揮できなかったようで、思ったほどの効果は見られなかったようですが」

「な、おまっ、あれが――」


効かないなんてありえないだろ。

という言葉は、突然目の前に現れた執事の腕が消えたと

思った瞬間に強制的に途切れさせられた――

なぜだろう、声帯で震わせるための空気が肺から送られてこない。

代わりに鉄臭い液体が喉からせり上がってくる。

なぜだろう、視界が反転した。

クルクルと回りはじめた。

木の葉に遮られた空と地面を交互に見ながら。

ボドッという、重い獣肉を落としてしまった時のような音がすぐそばで聞こえた。

下草と木の破片、そして地面が目の前に広がる。

徐々に、黒に塗りつぶされていく……。


「初撃はお譲りしたので、

エミル様をお待たせしないよう、次はわたしの番ですよね?」


ひどい耳鳴りと、上等な革靴が土を踏みしめてくる音の中、

それが『勇者』ルイス・ハンブリングの聞いた、最期の言葉になった……。

02/01 ルビ振りの書き方統一

03/22 改行の整理

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