プロローグ
最終的な着地点だけ決めて、のんびりダラダラ妄想を垂れ流していきます。
道中何が起こるかは不明
「魔王よ、なにか言い残すことはあるか?」
広く、豪奢な玉座の間――
その広間を真っ二つに分かち、重厚なオーク材でできた両開きの扉、
大の大人が5人は余裕で通れそうな広い入口と、
ミスリル蒼鋼で縁どられ、様々な宝石が、
装飾過多ではないが少なくない数はめ込まれている玉座……
人間の敵であり魔の女王、その者の座していた場所を繋ぐ、
真紅と、金糸が織り込まれた汚れない絨毯に、
赤黒い血だまりを広げ膝をついている『魔王』へと『勇者』は問うた。
魔王
ダークエルフ特有の褐色の肌に長い黒髪を垂らし、
悪魔のような羽と共に全身を傷だらけにしても、
己の、そして他人からの返り血によって真っ赤に染まりながらも、
なおも絶対王者のプレッシャーを感じる存在。
俯き、一旦閉じていた目を開きながら顔を上げ、
眼前の勇者を、先ほどの戦闘で潰され一つになった、
宝石のように美しい白銀混じりの蒼い瞳で見つめ、ニヒルに笑って魔王は言う。
「ふふふ、私を倒したとしてもいずれ、第二第三の魔王が――」
「おまえ、意外と余裕だな」
己の絶体絶命な状況にたたく軽口。
たしかに、幾多の攻撃によって魔王の身体に刻まれた傷は致命傷へと至っているはずだ、
なのにこの軽口、まだなにか奥の手を残しているのだろうか?
もしそうなら、もうほとんど戦う力の残っていない勇者に打つ手はないかもしれない、
だが、どんなことをしてきても、決して諦めないで立ち向かうために、
訝しげにジッと勇者は魔王の瞳を見つめ返す。
そんな様子の勇者に、微笑ましいものでも見るように小さく口角を上げ、
魔王は無抵抗を表すように両腕をゆるく、
まるで勇者の攻撃を甘んじて受け入れるように広げる。
「そんなことはない!もう結構ギリギリだ。
だから勇者よ、世界の半分をやろう、仲間にならないか?」
「断る、どうせだったら戦う前に言うんだったな。まあその場合でも、断っていたが」
「まあ、おまえたちは私を倒しにここまで来たのだからな、そうだろうな」
「なら何故聞いた」
「お約束だろう?」
「なんのことだよ……」
魔王がどんな行動を取ろうとも、出遅れないようにと気を張り詰めていた勇者は、
気の抜けるようなやり取りで己の目が真剣に細められたものから、
少し呆れているようなジト目に変わっていることに気づいていない。
その様子に、さらに微笑みを大きくして、
己より10分の1ほどしか生を受けてからの時がたっていない青年に向かって
軽々しく、親しみを込めて、さらに問いかける。
少しだけ、意外だというように
「それはそうと、おまえは随分と悠長だな、言い残すことは?
なんて聞かずに斬りかかると思ったぞ、憎くはないのか?
私は人間を苦しめ、おまえの仲間を皆殺しにしたんだぞ」
魔王の問いに、少しだけ眉をひそめ、だが勇者は平然と言う。
「ああ、たしかに憎い。だが魔王よ、おれたちは皆、覚悟をもって戦ってきた。
今更、逆上などするものか……
仲間は帰ってこないが、それを受け入れられないほど、おれは弱くはない」
「ふむ……おまえは、悲しくはないのか?」
「悲しいに決まっている!
だが、嘆くのはこの戦いが終わり、この世に平和が訪れてきたときだけだ」
魔王は、すこしだけ首を伸ばし、見慣れた玉座の間からは程遠い様子を見回す。
激しい、戦いだった――――
冒険の間、様々な都市を渡り、手に入れた数多くの文献、
知識によって魔法の深淵を覗いた『魔法使い』を見る、
今やその思慮深さを浮かべる顔は削られ、石柱にもたれかかっている。
迫り来る強大な魔物、時には人間を相手に剣を取り、
自身の剣技と戦いでの技術を高めていった『剣士』を見る、
右半身を真っ黒に炭化させ、壁に打ち込まれている。
癒しの力と薬学の知識をもって、仲間を、
そしてその手の届く人たちをことごとく救おうとしていた『錬金術師』を見る、
右肩から左腰までを両断され、内蔵をこぼしながら転がっている。
そして最後に……
幾多の障害を乗り越え、経験を積み、
人の極限まで強くなり己の前にたどり着いた『勇者』を見る、
体中に傷を負いながらも、瀕死の魔王に気丈に剣を向けている姿を。
その有様を確認して、小さく苦笑し、最後の力を振り絞り、のろのろと立ち上がる。
(……絨毯が台無しだな、メイド長が文句を言うかもしれん)
主従の関係というにはいささか親しすぎる、友人と言っても差し支えない、
明るく凛とし、時として修羅の如く知識を収集する1人の女を思い浮かべ、苦笑する。
(そしてそうか、覚悟か……
私と同じ覚悟を、この勇者ももって戦いを挑んできたんだな。
己の信じる正義に従い、失うかもしれない大切なものと、
手に入れられるであろう大切なものを見据えて――
さすがだ、勇者だから、ではなく。
この者だからこその勇者なのだろうな、この者に討たれるなら、後悔はない。
ただ、心残りは、我が子の成長を見れないことくらいか……)
「そういえば、言い残すこと、だったな」
「ああ、おれが、おまえの呪詛を受け止めてやろう」
立ち上がった魔王を、鋭く観察しながら、だが静かに言う勇者に、
口の端から垂れる血を拭う振りをして、笑いを噛み殺す。
(人間から見た魔王は、どんな人格をしているんだろうな。
執事長は、貴女が魔王とあらんとする姿が
魔王ですよとかよくわからないことを言っていたが)
前代の魔王の時代から仕えている執事、
常に礼儀を忘れなくて堅苦しいことこの上ないが、
今振り返れば、随分と甘やかしてくれた1人の男を思い浮かべ、
数瞬で笑いの形をとっていた口元を引き締め、手を下ろすと、
おぼつかない姿勢をシャンとし、高らかに言う。
「呪詛……か。では、2つの言葉を残そう。
一つは 『勇者とその仲間たちよ、見事であった』
もう一つは、 『すべての魔のモノに、繁栄と祝福を』 と!」
「う、む……聞き届けた」
「ん?不満かね?」
魔王の言葉に、釈然としない態度をとる勇者に一歩、歩み寄りその手に握る剣を掴む。
その、敵意のない、なんとも自然な動きに反応が遅れ、
勇者は急いで剣を引こうとするが、魔王の手に掴まれた刀身はピクリとも動かない。
「しまっ――」
「なにもせんよ」
そして……そのまま、剣先を己の胸に導く。
勇者は、その意図が分からず、大きく目を見開き、魔王の手と顔を交互に凝視する。
「……どういうつもりだ?」
「なに、私は負けたのだ。醜い足掻きはしないさ」
魔王は思い浮かべる、己に付き従ってくれた幾多の魔族と魔物たちを。
悪いことをしたとその者たちに心の中で軽く謝罪しながら、
なんでもないように、まるで軽い賭け事にでも負けてしまったよ
というような口調で答える魔王を、理解ができないと、勇者は思わず口をついてしまう。
「死ぬのが、こわくないのか?」
「こわいさ、だがな、私もおまえもいつか必ず死ぬ。
こんな死に様ならいいかと思っただけだ」
「…………」
(このような馬鹿げたような達観した考え、
さすがに齢18の若者には理解しづらいか、まだまだ人生の序盤だからな、だが――)
「なぜ黙っているんだ?お前の目の前にいる相手は、僅かにも躊躇するような相手か?
周りを少しでも見てみるがいいさ、思い出したか?」
この玉座の間の扉を開き、その顔を見て、
勇者と、将来育つであろう我が子がダブった時点で……
手が出せなくなった時点で、こうなるのは半分決まっていたのだ。
「そうか……では、さよならだ」
(私は、弱くなったな……だが、この弱さも、悪いものではない。
照れくさいが、弱さをもてたことが、少し、うれしかった。)
「ああ、一足先に逝ってるよ」
――ドスッ
勇者の剣は魔王を貫き、血に濡れた褐色の体を、光り輝く粒子に還ていく。
ふと、今まで出会ってきた様々なものたちとの記憶が脳裏に浮かんでくる。
はじめての乗馬が、友の悪魔から無茶ぶりされて乗ったスレイプニルだった事、
新しい魔法の開発をしていたら城の半分を壊してしまい、
城中のものに怒られ呆れられた事、
厳しく、そして優しかった父と母の温もり、
どんな時にも付き従ってくれた執事長とメイド長との楽しい会話、
城から抜け出すところを見つけた時の、
下僕たちが浮かべた小賢しい悪巧みに加担する時の笑み、
そして私の、愛した人と、その間に産まれた子……
ああ、私ではダメだったよ。
ならば、人に託すか?
いや、さすがにそれは気に食わないし、信じられないな。
では、我が子が願う世界に、期待してみよ、うか。
おそらくは、私と同じ轍を踏んだりは……しないだろう。
我が子が、望む……事に、きた、い…………し、よ
勇者は、光と消える魔王を見届けると。
静かに剣を鞘に収め、
仲間の遺体を、そっと城の庭に埋め、去った。
世の人々に、魔王が倒れたことを伝え、平和が訪れたのだと知らせるために――――
魔王の玉座の裏にある、隠し通路には気づかずに。
03/22 改行の整理