家庭教師
前までは近所のお兄ちゃんだったのに、今は教師と生徒。いつの間にか禁断の関係になってしまった。俺は、ひかるが赤ちゃんの頃から八歳まで隣の家に住んでいた。その頃のあいつは、活発で人見知りもしないし、明るい子だった。俺が中学生の頃、ひかるのお母さんに家庭教師を頼まれた。私立の中学校に入れたいってことで、七歳から八歳までだいたい一年くらい勉強を教えていた。あの頃から、ひかるは机に向かうことが苦手だった。俺の顔をちらちら見て、全くテキストに集中してなかった光景がつい昨日の事のように思い浮かぶ。昔からひかるは愛嬌があって本当にかわいい奴だった。
あいつの家庭教師を始めて半年くらいたったころ、俺は親友を亡くした。あの体験は今思い出してもすごく苦しい。いつも一緒に登下校し、部活も一緒だった大親友が、夏休み中に海で溺れ死んでしまったのだ。親しい人の死を目の当たりにする惨さ。これはどんな言葉にも代えがたかった。
こんな心境で勉強を教えるのはひかるにも悪いと思い、家庭教師をしばらく休もうと決心してあいつの家の前に立っていた。すると、誰かがそっと俺の手を握ってきた。
「翔ちゃん、今日はお勉強の日じゃないよ?」
ひかるが俺の腰のあたりにぎゅっと抱きついて、無邪気に笑っていた。
「翔ちゃん、どうしたの?なにかあったの?顔が白いよ」
「ひかる、俺はもう勉強を教えてあげられないんだよ」
「どうして?」
「すごく悲しいことがあってね。心が苦しいんだ」
一筋の涙がこぼれてきた。そんな俺を見上げてひかるはポツリと言った。
「ママが言ってたの。悲しいときは誰かに話すといいんだって。悲しみが半分になるんだよ。だからひかるが聞いてあげる。ねっ?」
「ひかる……ありがとな」
外から見えない門の陰で、しばらく泣き続けた。ひかるの笑顔には不思議な力があった。見る者を癒やす何かがあるように感じた。家庭教師を最後まで続けられたのも、精神的におかしくならずにすんだのも、天真爛漫なひかるに毎週会っていたおかげかもしれない。