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嵐の前兆

 あの裁判の日以来、学校での私はまるで空気のような目に見えない存在になっていた。ふと、昔誰かが“最大のイジメは無視である”なんて言っていたのを思い出す。集団という力を利用し、一人を攻撃の対象にして団結力を強めてしまうのだから、女子というのは本当に恐ろしい生き物だ。

 重苦しい気持ちのまま教室のドアを開けると、理香が笑顔で駆け寄って来た。

「ねぇ、今日二人で先生の所に行かない?」

「どうしようかな」

 私はあの日、翔お兄ちゃんの記憶喪失を目の当たりにしてから、病院へ行くのが怖くなっていた。

「行こうよ、ね?」

「いや、やめておこうかな」

「ひかるが行かないって言っても私は行くよ。先生の様子が気になるし」

「今回はいいや、ごめんね」

「わかった。新しいことがわかったら電話するからね」

 理香は一瞬残念そうにしていたが、気持ちを切り替えたのか笑顔のままで自分の席へ戻って行った。


 学校が終わるとすぐに帰宅し、ベッドの上にゴロンと横たわるのが最近の私の日課になっている。学校での私は何重もの殻を被る。無視という攻撃から身を守るのにいっぱいいっぱいで、心身ともに疲れきっているのだ。心の充電をするためにも、私はなるべく学校にいる時間を短くするようにしていた。

 受験勉強もそっちのけで、本棚から小学生の頃に愛読していた漫画を手に取る。パラパラとページをめくったところで、通学カバンに入っていた携帯電話からけたたましく着信音が鳴った。

「もしもし?」

「ひかる、ヤバいよ! 早く病院に来て」

「どうしたの?」

「あの人が来てるんだよ」

「誰?」

「保健室のお姉さんが、病室に入り浸りなんだってば」

「今もいるの?」

「うん」

 中田先生が絡むとロクなことが起こらない。今回も記憶喪失を利用して、翔お兄ちゃんに何か変なことを吹きこんでいるかもしれない。私はざわざわする気持ちを抑え、大急ぎで駅へ行き、到着駅でバスへ乗り換えて病院に向かった。

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