父娘の亀裂
三、四分ほど待っていると、ガラっと引き戸が開いて修哉さんが出てきた。私は駆け寄って行き、「どうでしたか?」と噛みつくような勢いで聞いた。
「あぁ、大丈夫だ。肋骨の骨折以外は、顔の傷もすぐ治るだろうって。骨だって若いからすぐにくっつくって言ってたよ。ただ、しばらくは家族以外は面会できないらしい」
「じゃあ、無事だったんですね。良かった……本当に良かった……」
嬉しくて全身に鳥肌が立つ。体中から“不安”という文字が消えたように感じ、無意識に顔がほころんだ。
「ひかるちゃんはもう遅いし帰った方がいいよ」
「あ……」
安堵した途端、私は自分が救急車で運ばれてここに来たことを思い出した。携帯電話を取り出し、慌ててお母さんに電話をかける。
「もしもし? ごめんね、電話できなくて。今、病院にいるの。駅で倒れちゃって」
お母さんはホッと胸を撫で下ろしたような声で、「夜中まで連絡もないし、捜索願を出そうとしたところだったのよ。すぐ病院に行くからそこにいて」と言って電話を切った。
「修哉さん、私帰りますね」
「一人じゃ危ないから送って行くよ」
「いいえ、お母さんが迎えに来るので大丈夫です」
私は、すぐに病院の外へ出た。一人、ロータリーの前でお母さんの迎えを待つ。十五分ほど待ったところで、お母さんがタクシーから降りてきた。そして、私の手を取って「心配したんだよ。いったいどういうことなの? どうして渋谷の病院にいるの?」と矢継ぎ早に質問をした。
「心配かけてごめん、渋谷駅で倒れちゃったの」
「もう治ったの? どこが悪かったの?」
「貧血だと思う。考えたら朝から何も食べてなかったし、ここ最近ストレスが多かったから」
「そうなの? 本当に治ってるの? 家に帰っても平気なのよね?」
青白い顔をして泣きそうな表情を浮かべるお母さんを見ていると、これ以上心配をかけてはいけないと感じた。
タクシーから降りて自宅のドアを開けると、お父さんがイライラした様子で私を待っていた。
「ひかる! お前、何時だと思ってる。どこに行ってたんだ」
「病院」
「どこか悪いのか?」
「ただの貧血だから平気」
「その前はどこにいたんだ」
「駅」
私は面倒臭そうに答えた。
「駅に何時間もいたっていうのか」
お父さんの顔を見ていると、嫌でもDNA鑑定書のことが思い出される。必死に忘れようとしても、“否定”という二文字が脳裏に浮かんできてしまうのだ。
「関係ないでしょ。心配するフリはやめて」
「その言い方はなんだ!」
「もう嘘をつくのはやめない? 私たち、本当の親子じゃないんでしょ。DNAは嘘をつかないもんね。ねぇ、どうして本当のことを言ってくれなかったの?」
「お前、もしかして見たのか……」
「あなた、私に内緒で鑑定をしたんですか」
お母さんはお父さんの腕をつかみ、真剣な表情で頼み込むように言った。だが、お父さんの表情は硬いままで、何も言わず二階へ上がってしまった。そして、静かに書斎のドアを開け、中に消えていった。