至心の祈り
事情聴取を終えて警察署を後にした私は、ひどく重い足取りでとぼとぼと駅へ向かった。翔お兄ちゃんがどこの病院に搬送されたのかを聞いても、警官は誰ひとりとして教えてくれなかった。個人情報保護法というもので家族以外には教えられないと言うのだ。電車のホームに立っていると、銀色の車体に緑色の線が入った電車が目の前をサーっと駆け抜けて行った。胸を渦巻く重苦しく不安な気持ちは時間が経つごとに膨らんでいく。
何もできない悔しさに涙がこぼれ落ちた。瞳から流れ落ちる雫が、頬を伝い、ぽたっと地面に落ちる。不意にざーっという音が聞こえた。外を見ると、バケツをひっくり返したかのような雨が降り始めていた。まるで私の心の中を表わしているかのような降り方に、妙な安心感を覚えた。この雨の音と一緒に、私も消えてしまいたい。夜の闇と一緒に、私をどこかへ連れて行って――。
気がつくと、私は見慣れない部屋でベッドの上に横わたっていた。
「あの……」
小さく声を上げると、そばにいた中年の看護師が安心したような笑顔を見せた。
「気がついたのね」
「ここは……?」
「病院よ。駅で倒れて、救急車で運ばれてきたの」
「ここに、桜庭翔太って人が来ませんでしたか? 殴られてけがを負っていると思うんですが……」
「ここら辺ではうちが夜間の救急当番だけど、患者さんの個人情報までは教えられないのよ。ごめんね」
看護師さんは申し訳なさそうに言い、忙しそうにバタバタと病室を出て行った。私は、スカートのポケットの中で何かが振動しているのに気づいた。手で探ってみると、携帯電話がマナーモードのままで着信を知らせていた。一度は茶髪男に携帯電話を奪われ地面に叩きつけられたが、後で翔お兄ちゃんが拾って私のスカートのポケットに入れてくれたのだ。画面を開くと、「着信あり」という文字が目に飛び込んでくる。お母さんとお父さん、理香からそれぞれ数回着信があったようだ。
私は、自力でベットから立ち上がると、点滴の針をすっと抜いた。ピリっとした痛みはあったが、そのまま止血もせずに廊下へ出た。深夜の病院は思ったよりも暗い。常備灯はついているが、スムーズに歩くのは困難に感じた。隣の病室のドアを開け、私は静かに足を踏み入れた。そして、一人ひとりの患者の顔とベッドの脇にある名札を確認する。すべての病室を回ったが、結局、翔お兄ちゃんは見つからなかった。私はそれでも諦められず、赤いランプが点灯している手術室の前までやってきた。そして、「手術中」と書かれたランプの下で体育座りをした。
翔お兄ちゃんからもらった指輪をぎゅっと力をこめて握り、ただひたすら祈りをささげる――どうか私の願いを聞いてください。翔お兄ちゃんを助けてください。私の命の代わりに、あの人を救ってください。