動揺
「ひかるー! 昨日どうだった? 先生としちゃったんでしょ?」
教室に入ると、理香が駆け寄ってきた。興味深々といった顔で、にやにやしている。
「シーッ、小さい声で話してよ」
「何があったのか教えて。私だって協力したんだから。ひかる、バージンだったんでしょ?」
「ナイショ」
「ひかるって秘密主義でつまんない! 感想聞くの楽しみにしてたのにぃ」
「実はね、泊まらなかったの。昨日は家に帰ったんだよ」
「え? なんで? 湘南で通行止めって言ってたじゃん」
「先生、真面目なんだもん。親が心配するから帰れって言われた」
「そこまで行って帰されたの?」
「うん。私もちょっと期待してたんだけど、あっさり却下されちゃったよ」
「なんかガッカリだねー」
「だよね」
「私、ひかると先生のこと応援してるんだからね」
「ありがと。でも、最初わかった時はびっくりしたでしょ?」
「うん、信じられなかった。だって、先生と付き合うようなタイプに見えないもん。大人しいし、男なんて興味ないって顔してたでしょ。あ、実はね、私、ひかると先生が理科準備室で放課後に会ってたの知ってたんだ」
「え……」
「ひかるの顔つきが毎日すっごい幸せそうだったから、何かあるんじゃないかって思ったの。でも、聞いても教えてくれなかったでしょ? だから後をつけたことがあって」
「全然気づかなかったよ」
「毎日準備室に通ってたでしょ? あの時点で、怪しいなーって思ったんだ」
「バレてたんだね」
「ひかるから言ってくれるの待ってたのに、なんで黙ってたの?」
「私と先生だけの秘密が欲しかったから……かな。私みたいな何のとりえもない生徒がイケメンの先生と付き合ってるなんて……なんか手の届かない夢みたいでしょ? 誰かに喋ったら泡のように消えちゃう気がして。だから言えなかったの。結局今は親にもバレたし、クラス中にも知れ渡っちゃったけどね」
「もしかして、この前のリスカは先生が原因だった?」
「先生だけじゃないよ。いろんなことが重なったの」
「最初の頃は幸せそうだったのに、途中からなんか辛そうだったもんね」
「私ってそんなに顔に出る? 恥ずかしいな」
「ねぇ、じゃあ今はまたラブラブなんだよね?」
「一応そうかな」
理香は大きく伸びをすると、「私も彼氏がほしーい」とお腹から絞り出すような声を出した。
私は席を立ち、一人でトイレに向かった。早足で廊下を歩く。その時、突然「渡瀬さん、ちょっといい?」と背後から声がした。振り向くと、彩夏が申し訳なさそうな顔つきで立っていた。
「この前はごめん。私の勘違いだったみたい」
反省したような表情を浮かべ、彩夏は顎の前で両手を合わせた。
「私、今印刷室へ行ってきたんだけど、なんかヤバそうだったよ」
「ヤバイって何が?」
「翔太がクビになるって田辺たちが話してた」
「え? それ、本当なの?」
「嘘だと思うなら、実際に印刷室に行ってきたら? 自分で確かめて来なよ。」