ひっそりと横たわる罪悪感
「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」
電車に揺られながら、ひかるは意を決したように俺を見て言った。
「ん?」
「学校で変なことを言う人がいて、なんだか胸がスッキリしないの。もしかして、翔お兄ちゃんと中田先生の間に何かあった……とか?」
「それ、どういう意味だよ」
「だからその……恋愛関係が一度でもあったのかってこと」
ひかるは伏し目がちに、声を落として言った。その時、ふと俺の脳裏に悪夢のような光景が浮かんできた。万が一、あの日、魔女の部屋で一線を越えた関係になっていたとすれば……たとえ身に覚えがなくても浮気をしたことになってしまうんだろうか。ひかるに対して後ろめたい気持ちを感じつつも、俺はいちいち報告するような話題でもないと思い直し、口をつぐんだ。
「変なこと聞いちゃったね。ごめん、忘れて」
「それ、誰が言ってたんだ?」
「ちょっとね。うちのクラスの子たちが話してたから」
「中田先生とは何もないよ。向こうから告白はされたけど」
「やっぱり。あの人、翔お兄ちゃんのこと好きなんだね」
「みたいだな。でも俺は断ったからな。付き合ったことは一度もないから安心しろ」
「わかった」
「胸のもやもやはおさまったか? すっきりしたか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがと」
ひかるはまたいつもの笑顔に戻って、俺の方を向いた。
「ねぇ、やっぱり電車にして良かったね。首都高なら通行止めが解除されても、きっと渋滞がひどいでしょ」
「そうだな」
「駐車場に置きっぱなしの車はどうするの?」
「明日、もう一度湘南へ来るよ」
「あーあ、いつか翔お兄ちゃんとお泊まりしたいなぁ」
「お前が高校を卒業したらな」
「ホント?」
ひかるは上目遣いのまま、喜々とした表情で俺を見た。そしてウキウキした様子で、指を折って卒業までの月数を数え始めた。
「じゃあ、あと六ヶ月だね。三月が待ちきれないよー」
ひかるの無垢な笑顔に、俺は大きな安心感を覚えた。まるで一本のロウソクに火が灯ったかのように、心の底からじわじわと温かくなる。そして、空っぽだった胃が満たされていくように感じるのだ。だが同時に、俺の胸に暗雲のようにひっそりと横たわる罪悪感は、どれだけロウソクに火を灯したとしても、決して燃え尽きてくれそうにはなかった。じわじわと俺の首を締めつける罪悪感こそが、魔女の企みだったのだろうか――。