翔太の思い
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「ねぇ、見て。あの人の傘壊れてるよ」
ひかるは暴風で傘がひっくり返っている人を指差して、心もとない表情を浮かべた。
「コンビニ傘は風に弱いからな。せっかく海に来たけど、この雨と風じゃどうせ外には出れないし、そろそろ帰るか」
時計を見ると、午後五時を回っていた。俺は静かにサイドブレーキを解除し、ウィンカーを上げ、アクセルを踏み込んだ。
「交通情報を聞くにはどうしたらいいんだっけ」
ひかるは、ラジオのスイッチがどこかわからないようだった。俺はハンドルを握って前を向いたまま、ラジオのチャンネルを合わせていく。ザザザっという雑音の後に「現在、首都高速はかなり混雑しております。なお、一部の区間で通行止めとなっており……」と、機械的な声が車内に響き渡った。真剣にラジオに耳をそばだてていたひかるは、「ヤバイよ。ここ、通行止めだって」と急に大きな声を出した。通行止めか……。俺は確認の意味を込めて、繰り返し流れているアナウンスをもう一度注意深く聞いた。結果、ひかるの言っていることは正しかった。
「しばらく動けそうにないな」
「電車は? 動いているの?」
「この天気じゃ止まっているかもしれない。でも、とりあえず駅へ行ってみるか」
俺は車を走らせ、最寄駅へ向かった。
駅前のロータリーに車を停めると、ひかるは改札口まで走っていき、一分くらい経って戻ってきた。そして、「電車も止まってるって」と途方に暮れたような声を出した。
「親に帰りが遅くなるって電話をかけたほうがいいかもしれないぞ。きっと心配するだろ」
「でも、誰とどこにいるか聞かれたらどうしよう。なんて答えたらいい?」
少しイライラしたような口調でひかるは言った。
「電話かけてやろうか?」
俺はひかるの右手から携帯電話をすっと抜き取り、発信履歴から電場番号を探すフリをした。ただの冗談のつもりだったが、ひかるは真剣な顔つきで「ちょっと、やめてよ! 今度こそ翔お兄ちゃんクビになるよ! 私もう知らないから」と止めに入った。
「え? クビって?」
「あ、いや、何でもない」
「ハッキリ言えよ。気になるだろ」
「お父さんがね、前に翔お兄ちゃんをクビにするって言ってたから。校長先生に電話をかけるって言ってて……」
ひかるは、退院後に起こったお父さんとの経緯を詳しく俺に説明した。
「あの時、お前のお父さんをかなり怒らせちゃったからな」
「多分脅しただけだよ。早く別れさせたかったんだと思う」
「だよな。お父さんの気持ち、痛いほどわかるよ。娘のことが心配なんだよな」
ひかるは携帯電話を俺の手から取り返すと、待ち受け画面をじっと見て黙りこくった。そして着信履歴の画面を開き、通話ボタンを押した。
「もしもし、理香? さっきは心配かけてごめんね。今? 先生といるよ」
ひかるの突然の行動に、俺の心臓はドキっと跳びはねた。目をまんまるく見開いた俺の顔を見て、ひかるは人差し指を自分の唇の前まで持ってきた。そして、黙っててという仕草をして見せた。
「お願いがあるの。湘南まで来たんだけど、台風で車が動かなくなっちゃって。だから今日は帰れないかもしれない……。今夜は理香の家に泊まることにしてもいい?」
ひかるは、冷静な声で淡々と話した。
「ありがとう。本当に助かる! もし、親から確認の電話が来たら、理香、お願いね」
受話器の向こうから、「わかったよー、任せといて!」と言う吉岡の声が漏れ聞こえた。ひかるが電話を切ったのを確認し、俺はすぐに口を開いた。
「お前、今日は帰らないつもりなのか?」
「うん」
「おい、勝手に決めんな」
「今、お母さんに電話するから」
「ちょっと待て、無視すんなって」
「駄目なの? 私と一緒にいたくないの?」
「あと何時間か経てば通行止めは解除されるはずだ。だから、ちゃんと家に帰れ」
「どうして? 私、翔お兄ちゃんとここにいたいの。離れたくない」
ひかるは哀願するような目つきで俺を見た。まるで捨てられた子猫のように、つぶらな瞳で訴えてくる。
「駄目だ。ひかる、お父さんとの信頼関係を壊しちゃいけない。せっかく和解できたんだろう?」
「何よ、先生ぶっちゃって。こういう時だけ親の味方をするわけ?」
「俺はとっくに教師をやめててもおかしくない立場なんだよ。でも、ひかるのお父さんとお母さんは、俺たちの関係を知った上で黙っていてくれたんだ。それはなぜだかわかるか? お前の親はひかるを信用してるんだ。俺とは別れたって信じ切っているんだよ」
「でも、どうしてうちの親は翔お兄ちゃんと私が付き合っていることを認めてくれないの? もし、わかってくれたら……この気持ちをわかってくれたらどんなにいいか……」
「それは無理だな。教師と生徒は禁断の関係だから。親にそこまで期待しちゃいけないよ」
「でも、一晩くらい一緒にいてくれたっていいじゃない。親には理香の所に泊まるって言えばいいんだし」
ひかるはひどく不満そうな顔で俺を見つめていた。
「とにかく今夜は帰るんだ。いいな?」
俺は、男としての抑えがたい衝動を胸の奥でチリチリと感じながらそう言った。本能だけで動けるなら、今夜は迷うことなくひかると一緒に過ごしていたかもしれない。だが、ひかるの父親に殴られ、蹴られた時のことを思うと、そんな気持ちも自然と薄まっていくように思えた。娘をあれほど大切に思っている父親にいつか結婚の許しを乞うその日まで、俺は軽はずみな行為を慎まなくてはならない。それに、もし教師をクビになれば、ひかるへのいじめがもっとエスカレートすることは容易に想像できた。だから今はひかるを守るためにも、自分自身を戒めなくてはならない――俺はそう思っていた。