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解き放たれた心

 ロッカーの中で目隠しをされ、手を後ろで縛られていては身動きが取れない。唯一自由に動く足でドアを蹴り、何度も「助けて!」と叫んでみたが、誰も来てくれる気配はなかった。

 暗所恐怖症のせいだろう。暗闇で過ごすことに言い知れぬ恐ろしさを感じた。心臓が締め付けられて、呼吸が荒くなる。遠くで下校を知らせるチャイムが聞こえてきた頃には、私は少し意識を失いかけていた。その時、更衣室のドアがガチャっと開く音がした。

「ひかる、ここにいるのか? いるなら返事をしろ!」

 はぁはぁと荒く息を吐きながら、翔お兄ちゃんは大きな声で叫んだ。すぐに返事をしようと思ったが、もう私にはあまり体力が残っていなかった。蚊の鳴くような声で「助けて」と言ったが、ロッカーの外にまで聞こえているかどうか自信がなかった。「どこにいるんだ!」と翔お兄ちゃんは焦ったような声で、更衣室の中を歩き回っている。大きな足音がすぐ前まで聞こえてきた時、私は最後の力を振り絞って足でロッカーの扉を蹴りあげた。

「ここか! 閉じ込められたんだな?」

 翔お兄ちゃんは何度も扉を引いている様子だったが、一向に開かなかった。

「鍵はどこにあるんだ! クソッ! ひかる、誰が閉じ込めたんだ?」

私は答えるべきかどうか迷っていた。ここで犯人の名前を告げれば、彩夏の行動はエスカレートするかもしれない。

「名前を言えよ。こんなことをするなんて、いったい誰なんだ! ひかる! 答えてくれ! うちのクラスの奴なのか?」

「ちがう」

「じゃあ、誰なんだ? おい!ちゃんと答えろ」

「もういいの」

「いいわけないだろ? ドアを開けるのに鍵がいるんだよ。誰がやったのか言ってくれないと、すぐにドアを開けられないだろ。頼むから言ってくれ」

「ドアを……開けて。お願い。私、苦しいの。暗くて……怖いの」

「カギがないんじゃ仕方ないな。今、用務員の佐藤さんを呼んでくるからな。待ってろよ」


 暗闇の中でしばらく耐えていると、「ここです! 早くお願いします」と叫びながら近寄ってくる翔お兄ちゃんの声と、バタバタとした足音が聞こえた。

「こんなイタズラ、前代未聞だな。人を閉じ込めるなんて一体どんな神経してるんだ」

 六十歳近くの用務員の佐藤さんが、イラっとしたような口調でつぶやいた。そして、カギを開ける専門の業者らしき男の人が「大丈夫? 今開けるからね」と私に話しかけてくる声も聞こえた。

 二分も経たないうちに、カチャリという音と同時に扉が開いた。

「ひかる! 大丈夫か?」

 翔お兄ちゃんは、ロッカーから一秒でも早く出ようとする私を両手で抱きとめ、瞬時に自分の着ている白衣で私の体を包み込んだ。そして、目隠しを剥ぎ取り、手首を締めつけていた紐を解いてくれた。

 ロッカーの前には、険しい顔をした翔お兄ちゃんと、驚いて口を開けたままの佐藤さん、そして三十代前半くらいのベージュの作業服を着た鍵業者さんが立っていた。翔お兄ちゃんはすぐに、用務員の佐藤さんとカギ業者の男性に向かって「ありがとうございました。うちのクラスの生徒なので、あとは僕が」と早口で言って、ここから去るようにうながした。

 二人きりになった更衣室で、翔お兄ちゃんは私を力いっぱい抱きしめた。

「怖かっただろ」

 私は首を少し縦に振った。

「お前、昔から暗い場所が苦手だったもんな。でももう大丈夫だ。家まで車で送ってやるからな」

「そんなことしなくていい。目立っちゃうでしょ。私たち、また噂の的にされちゃう」

「いいんだ。気にするな。俺はもう覚悟を決めたんだから」

「ダメだって! 私たち別れたでしょ? もう先生のことは好きじゃないの」

「お前バカだな。その上、意地っ張りで、見え透いた嘘をつく」

 翔お兄ちゃんは口角を上げてフッと小さく笑った。そして、私の頭の上に手を乗せてぽんぽんと軽く撫ぜた。

「もう一人で抱え込むな。いいな? これは命令だからな。それから、好きじゃないとか嫌いだとか嘘をつくのも禁止だ。お前、まだ俺のこと好きだろ? 無理に嫌いになろうとしたって駄目だ。ひかるは俺の女なんだからな」

 凍りついていた心が少しずつ解けていくような温かい気持ちになった。私はコクリと小さく頷き、翔お兄ちゃんの顔をまっすぐ見つめた。その途端、涙がぽたっと流れ落ちて白衣に小さなシミをつくった。

「私、翔お兄ちゃんを傷つけたくなくて。先生の仕事をクビになるんじゃないかって思って。だから、別れなきゃって思ったの」

「わかったからもう泣くな。俺の白衣に鼻水がつくだろ」

 翔お兄ちゃんは紺色のタオルハンカチを目の前に差し出した。そして、私の頭をすっぽり包むようにぎゅっと抱きしめた。

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