更衣室での惨劇
金属のドアノブを回し更衣室へ足を踏み入れると、ギシっと床から木のきしむ音が響いた。私は壁側の一番奥のロッカーにタオルや水着などを放り込んだ。そして誰もいないのを確認し、半袖のセーラー服の赤いスカーフを取り、脇にあるチャックを開ける。慣れた手つきで水着に着替え始めた。
その時、ガチャとドアの開く音が聞こえ、誰かが更衣室へ入ってくる気配がした。腕時計を見ると、午後十二時四十三分を指している。まだ授業開始の十五分以上も前だ。こんな時間に来る人はいないはずなのに、と首をかしげて考えていると突然視界が暗くなった。そして紐のようなもので、両手を後ろに縛り上げられた。
「やめて!」
私は反射的に声を出した。目の前が見えない恐怖に足がすくむ。
「渡瀬さん、本当のこと教えてよ。うちの担任が好きなの?」
自信に満ちた彩夏の声が背後から響いた。周りでクスクスと複数の笑い声がしていることから、犯人は恐らく三人以上だ。私はひどく動揺し、「どうして目隠しなんてするの? 早く取って!」とありったけの大声で叫んだ。
「ちゃんと答えたら取ってあげる。ね? だから、私の質問には全部答えるの。わかった?」
「何が聞きたいの」
「あんたと桜庭翔太の関係。付き合ってるって噂と、告ってフラれたって噂があるけど、どっちが本当なわけ?」
「どっちも本当じゃない。付き合ってないし、告ってもいない。これで満足?」
「なにその態度。じゃあその首にかけている指輪は何なの?」
誰かの手が、私の首にかけられているシルバーのネックレスのチェーンに触れた。
「これは……」
「それって特別なものなんでしょ?」
「別にそんなんじゃない。」
「へぇ、じゃあこうしてもいいわけ?」
誰かがネックレスを力いっぱい引っ張った。首が締まって苦しくなり、息ができなくなる。「うっ」という低い声と同時にブチっと鈍い音がして、細いチェーンがちぎれた。指輪がカランと床に落下する音が虚しく響いた。
「どうしてこんなことするの?」
私は全身が身震いするのを感じながら、声を振りしぼって聞いた。
「あんたが嘘をついたから」
「それは……」
「保健室のお姉さんと私、親戚だって言ってなかったっけ? 寛子さん、うちの母方の叔母なんだよね。だから、ごまかしたってムダ。ねぇ、翔太と寛子さんが付き合ってるってこと知らなかった? それとも知ってて邪魔してるとか? 寛子さんから聞いたんだけど、あんたが翔太を誘惑して寛子さんから奪ったんだってね。人の彼氏と浮気しておいて罪の意識とかないわけ? しかも彼女になりたくて告ったんでしょ? 結局翔太にフラれた後も、気を引くためにリスカしたって。私、全部本当のことを聞いたんだから。嘘をついたってムダだよ。あんたってマジで最低なヤツ」
彩夏は、翔お兄ちゃんを翔太と呼び捨てにし、中田先生のことを寛子さんと呼んだ。彩夏と中田先生が親戚だったこと、二人が付き合っているという言葉、そして翔お兄ちゃんを誘惑して奪ったという事実無根の言いがかりに私は驚愕し、言葉が何も出てこなかった。
「渡瀬さんって着やせするタイプなんだー。けっこう胸おっきいよね。これで誘惑したんでしょ? ねぇ、翔太にどんなことされたの? 答えなさいよ」
淡いグリーンのキャミソールに同色のショーツだけを身にまとった姿で、私は顔が真っ赤に染まっていくのを感じた。自分は目隠しをされているのに、相手には全部見えているんだ……なんてサイアクな状況だろう。
「先生とは何もしてない」
「また嘘ばっかりついて」
「信じて! 私は誘惑なんてしてない」
「嘘をつく悪い子にはお仕置きをしないとねぇ」と彩夏は、耳元でふっと笑いながら囁いた。そして、私の体を強く後ろに倒すようにして、ぐいっとロッカーの中に押し込んだ。ガチャンと不吉な音が耳に届く。彩夏たちは「五時間目の体育はプールじゃなくてバレーボールに変更だってぇ」と笑いながら言い、バタバタと大きな足音を立てて去って行った。