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言えない本心

 夏休みが開けて最初の体育の授業は水泳だと、昨夜連絡網が回ってきた。いくら女子高で男子の目がないとは言っても、水着での授業にはいつも抵抗を感じる。更衣室は古ぼけた八畳ほどの部屋で、授業中のみ一人ひとつロッカーを使うことが許可されている。ロッカーの鍵は腕時計のように手首に巻きつけるような形になっており、それを肌身離さず授業中身につけることが決まりになっている。私はなるべく端の方で静かに着替えたかったので、昼休みが終わる直前ではなく三十分ほど前に教室を出た。三年A組の教室から屋外のプールに出るには、校舎と屋外プールを結ぶ渡り廊下を通る必要がある。プールの授業があっても、たいていの生徒は五分前か三分前に更衣室へ来てささっと着替えてチャイムの音と同時に整列するのだ。昼休み中にこの渡り廊下を歩く生徒は多くない。

 私は、誰とも目が合わないように下向き加減に早足で渡り廊下を歩いていた。すると背後から突然、ぎゅっと右手を握られる感触を感じた。ビックリして振り返ると、翔お兄ちゃんの姿が目に飛び込んできた。白いワイシャツに紺色と白のチェックのネクタイ、それにいつもの白衣を羽織っている。不安そうな緊張しているような表情を浮かべて私を見つめていた。

「具合、悪いんじゃないのか」

「先生こそ青い顔しているじゃない」

 私は前方に生徒の気配を感じて、慌てて握られた手を振り払った。

「お前、クラスで何かあったのか?」

「どうして? 何もないよ」

「最近元気ないだろ」

「そんなことないって。別に何もないから心配しないで」

 見たことのない女子生徒が二人、私たちの横を通り抜けた。何かヒソヒソと話しているような気がして、私はひどく不安な気持ちにさせられた。

「私、これから体育だから。じゃあ」

 踵を返そうとしたところで、今度は手首を強くつかまれた。

「おい、待てよ」

「やめてよ、離して!」

 翔お兄ちゃんは、「ちょっとこっち来い」と短く言って私の腕を引っ張った。

「痛いよ。やめてったら」

「俺、まだひかるのことを諦められないんだ」

「その話は聞きたくない」

「どうして急にそんなに冷たくなったのか教えてくれよ」

「もう別れたんだから、慣れ慣れしくしないで」

 私は翔お兄ちゃんをキッと睨んで、小走りでプール脇にある更衣室へ向かった。態度とは裏腹に、自分の心がひどく弱っていくのを感じた。でも、今はどうしようもない。何か行動を起こせば、それが即二人の破滅につながってしまう。自分の気持ちさえ殺せば、翔お兄ちゃんの人生がめちゃくちゃになることも防げるはずだ……。私はそう固く信じていた。

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