冷たい視線
学校に来るのは何日ぶりだろう。退院して二週間ほどで夏休みに入ったので、およそニヶ月半の間、登校していないことになる。
「おはよう!」と下駄箱で靴を履き替えながら元気に挨拶してきたのは、クラスで一番仲の良い理香だった。
「おはよう」と返すと、「もう大丈夫なの? メールしてもあんまり返事なかったし、心配してたんだよ」と理香は言った。たしかに理香とは数回電話で話したが、メールは三回に一回くらいしか返してなかったような気もする。自分が元気のない時に返信をすると、ネガティブなオーラに相手も引きずりこんでしまうように思えて気が進まなかったのだ。
教室へ足を踏み入れると、自分が異質なものに思えた。ニヵ月半前には自分もここにいたはずなのに、今はまったく違う空気が流れているような気がした。
「ひかるの席はこっちでしょ」と、理香は窓側の一番前の席を指さした。
「え? 席替えしたの?」
「あ、そっか! いなかったもんね。ちょうど夏休みの一週間くらい前にしたんだよ。休み前なのに、いきなり彩夏たちがやろうって言いだしてさ。どうせ自分たちが同じ班になりたいからじゃない? ほら、すぐに文化祭と体育祭があるしさ」
一番前の席は思ったよりも気楽だった。後ろを振り向かなければ、目の前にあるのは黒板と教卓、そして小さな掲示板だけ。彩夏グループや他の女子グループの声がガヤガヤと後ろから聞こえてきたが、前を向いている時は違う世界にいられるような気がした。女子のグループから受け入れてもらえなかった私が出来ることと言えば、嫌われないように、いじめられないように、そして目立たないようにするだけ。それだけが自分を守る手段だと思っていた。
彩夏の取り巻き女子のうちの二人が私の机までわざわざやってきて、「渡瀬さん、やっと学校に来たんだね。ねぇ、夏休み前になんかあったの? ずいぶん休んでたじゃん」と言った。もちろん本当の事を告げる義務はないのだから、「ちょっと風邪が長引いちゃって……」と適当にごまかした。二人が目を合わせながらクスクス笑って去っていくのを確認し、後ろの席をちらっと見ると、彩夏を中心とした女子三人が慌てて私から目をそらした。そして、彩夏が大きな声で「うちの担任にマジで告ったらしいよ。しかも、フラれてリスカしてるし。カッコ悪っ」と教室中に響き渡る声で言った。周りの取り巻き女子は、彩夏につられて一斉に「だよね」とか「そうそう」と声を上げ始めた。
ドクンと心臓の鼓動が速くなり、胸の奥がチクチクと痛んだ。私はカバンの中から文庫本を取り出してぱらぱらとめくった。本の内容なんて関係ない。ただ、何か他のことをして気を紛らわしていないと、涙がぽろぽろとこぼれ落ちてきそうだったのだ。クラス中から浴びせられる視線が痛いほどに私の背中に突き刺さり、今にも走って逃げ出したい衝動に駆られた。このニヵ月半でクラスでの自分の立ち位置が、目立たない存在から目ざわりな存在に変わってしまったことに気づかされ、私は極度の不安を感じた。