私を呼ぶ声
「あっつい……」
うだるような暑さに目が覚めた。全身が汗でべとべとしている。ベッドの上で半袖のパジャマを脱ぎ、薄いグリーンのキャミソールと同色のショーツだけになった。そして、机の上に置いてあるエアコンのリモコンを握り、設定温度を二度下げた。
ベッド脇に置いてある目覚まし時計を見ると、午前十一時半近くになっていた。ゆっくりベッドから起き上がり、下着姿のままで浴室へ移動した。シャワーの蛇口をひねりながら、ぼんやりと今年は厄年なんだろうかと考えた。でも、前向きに考えてみると、そうそう悪いことばかりでもなかった。新学期早々に翔お兄ちゃんと再会できたし、一緒に海やゲーセンにも行けた。ファーストキスもしたし、指輪だってもらった。あの時は本当に嬉しかったな……。思い出すだけで頬が紅潮してしまう。
必死に考えまいとしていた翔お兄ちゃんの顔が脳裏にくっきりと浮かんできた。こんなに好きでお互いに求めあっているのに、別れを選ばなくてはいけないなんて……。胸が苦しくてたまらない。神様、どうせ別れる運命ならどうして私たちを再会させたの? 翔お兄ちゃんに会いたくて、抱きしめてもらいたくて、狂おしいほどに心がかきむしられる。
その時、玄関から誰かが入ってくるのを感じた。家には誰もいないはずだし、戸締りはきちんとしているはずだ。もしかしてお母さんが途中で帰宅したのかもしれない。そう思いながら、体にバスタオルを巻きつけて浴室のドアを少しだけ開けた。ちらっとドアの外を見てみたが、何の物音もしなかった。ほっと安堵のため息をついて浴室に戻ろうとしたところで、「ひかる」と私を呼ぶ低い声が聞こえた。
普段だとこの時間帯は静寂に包まれており、玄関からは物音一つしないはずだ。両親に夏休みはなく、平日は毎日朝八時頃から夕方六時過ぎまで仕事に出かけている。私は顔を合わせないために、わざと午後六時すぎに一旦寝て、夜中に何度か起き、正午くらいに完全にベッドから出るというおかしな生活をしていたのだ。
それなのに、誰かが私を呼んでいる……。なんとなく気味が悪くて、浴室のドアを開ける手に緊張が走った。