枯れた涙
靴も履かず紺色のハイソックスのままで、ふらふらと外をさまよっていた。漆黒の闇の中、ぼんやりと顔を上げると、黄金の光を放つ満月が憂いを帯びたような目で私を見つめていた。出口のないトンネルを歩いているような無力感に襲われる。下を向いたまま、おぼつかない足取りで駅とは反対方向へ向かった。
ふと我に返ると、私はどんぐり公園の前に立っていた。再会した翔お兄ちゃんと初めてキスをした場所。オレンジ色の街灯の光を頼りに、公園の片隅に転がる土管の中に入って体育座りをした。コンクリートが素肌に当たるたびに、刺すような冷たさを感じる。昨晩から続く衝撃的な出来事の数々が、ぐるぐると止めどなく頭の中を回っていた。嫌な事ってこんなに続くものなのだろうか。私の先祖は過去に一体どんな罪を犯したというのだろう。どうしてここまで罰せられなくてはいけないのか。考えてみてもまったく理解できなかった。やるせない気持ちが沸々とこみ上げて来る。昔、「悲しい時は思いっきり泣くんだよ。涙が心の傷を洗い流してくれるから」と言っていたお母さんの顔が浮かんだ。でも、今は涙さえも出てこない。心はこんなに苦しみもだえているのに、好きなだけ泣くこともできないのだ。
街灯のそばに蚊やヌカガが数匹集まってきているのが見えた。汗の臭いに反応したのだろう。一匹の蚊がやってきて、私の左腕にとまった。いつもなら刺される前にパンっと叩き殺してしまうところだが、今はそんな気にはなれなかった。
「そんなに私の血が欲しい? あげるよ。好きなだけあげる。大丈夫、殺さないから安心して。今私を必要としてくれてるのはあんただけだもん」
蚊のお腹が血で膨れていくのを確認してから、紺色の通学カバンを膝の上に乗せてファスナーを開けた。そして、中からおもむろに小さな裁縫箱を取り出した。今日の家庭科の授業で使うために、布切れや針、糸、裁縫ばさみ、糸切りばさみなどを裁縫箱に入れておいたのだ。ゆっくりとした動きで裁縫ばさみを右手に取ると、自分の左手首に刃を当てた。躊躇することもなく、手前にスッと引く。赤い液体がポタポタと腕を伝って肘まで垂れてきた。想像していたような痛みはなく、意識だけが少しずつ遠のいていくのを感じた。
私は弱い人間だ。だから、自分の居場所が少しずつ暗黒の闇に犯されていくのを黙って見ていることができなかった。薄れゆく記憶の中で、翔お兄ちゃんと過ごした思い出がまぶたの奥に浮かんできた。私をぎゅっと抱きしめてくれる腕、柔らかくて温かい唇、甘くて優しい声。あなたのすべてが好きだった。今までありがとう、そしてごめんね。こんな私をどうか許して。