再会
傘の下で緊張しながら必死に歩幅を合わせていたら、「俺のこと覚えてない?」と先生が意味深な言葉を発した。
「どういう意味ですか?」
「昔さ、隣の家に住んでたんだよ。引っ越した後、ずっと連絡取ってなかったから覚えてないかもな」
「先生が隣の家に?」
「そう、君が八歳のときまで隣に住んでいた」
小学生の頃、憧れのお兄ちゃんが隣家に住んでいたことを鮮やかに思い出した。
「もしかして、翔お兄ちゃん?」
思わず、昔の呼び名が口をついて出た。
「そう。あの翔太だよ。俺は生徒の名簿を見た瞬間、また会えるんだって懐かしくってさ」
信じられない! 諦めていた再会の時がこんなに突然訪れるなんて。
「本物の翔お兄ちゃんなんだね」
「ひかる、思い出してくれて本当によかったよ」
先生は満足そうに笑みを浮かべた。
ふと、駅への通り道に公園があるのを思い出した。無造作に積まれた土管が、下に二つ、上に一つ、合計三本、小さな公園の隅っこに横たわっている。冷たい雨風をしのぐにはちょうどいい。私たちは、左下の土管に入って隣同士に座った。密着度がますますアップして心臓がドクドク鳴ってしまう。この鼓動が先生にも聞こえてしまうかもしれない……。そう考えるだけで、恥ずかしさで顔が赤くなっていくのを感じた。
私は緊張を隠すために、突拍子もなく質問を投げかけた。
「ねぇ。先生と翔お兄ちゃん、どっちで呼んだらいい?」
「ふたりだけの時は好きな方でいいけど。でも学校では先生だぞ」
私の額を指で少しだけ押すと、念を押すように「生徒たちの前ではお兄ちゃんって呼ぶなよ」と付け加えた。
あの頃から、私は翔お兄ちゃんに憧れていた。でも私は小学生、お兄ちゃんは中学生。家庭教師として来てくれていたことも思い出に残っている。引っ越し前日に翔お兄ちゃんにキスを迫ったこともあったっけ。
「翔お兄ちゃん……私、あの頃はマセガキだったよね」
「あぁ、ホントだよ。キスしようとして、俺を押し倒したんだからな」
口角を上げてにやっと笑うと、私の顔を見て「今も面影は変わんねぇな」と呟いた。
「なによー! それって今も幼いってこと? 子どもってこと?」
「そう怒るなよ」
翔お兄ちゃんは私の頭に手をのせて、ぽんぽんと優しく撫ぜてくれた。
再会できたことがただ幸せで嬉しくて……。これから人生を狂わすほどの大波乱がふたりの前に待ち構えていたことを、この時の私は知る由もなかった。