待ち伏せ
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「おじゃまします」
内緒で合鍵を使うのは空き巣に入るような気分で後ろめたい。でも、今日はどうしても翔お兄ちゃんと一緒にいたかった。そのまま泊めてもらおうと思い、駅前のコンビニで歯ブラシまで買ってきたのだ。玄関で茶色のローファーを脱いで、さっと向きを揃えた。翔お兄ちゃんはきっと今頃バスケ部の練習についているはずだから、帰宅するのは早くても午後七時過ぎだろう。ドアを開けると、すぐ右側に作り付けの白い靴箱、左側に重厚感のある陶器製の黒い傘立てが置いてあった。傘立てには、紺色の傘とコンビニで買ったようなビニールの傘が一本ずつ刺さっている。静寂の中、カチャとドアの開く音が響き渡った。リビングルームはシンプルで、物があまりない。モノトーンで統一された室内は、どこかのオシャレなホテルの一室のように感じられる。黒い革張りの三人掛けソファの下には、毛が長くてふさふさの真っ白なカーペットの上が敷かれている。この上にゴロンと寝転がるだけで、ぐっすり安眠できそうな気がした。
ゲージの中で、チワワのヒッキーナが元気よくキャンと吠えた。「ここから出して!」と訴えかけるような目で私を見ている。勝手に出していいものか迷ったが、つぶらな瞳で見つめられると居ても立っても居られない気持ちになった。そっと抱き上げてソファの横に座らせた。そして、膝の上に乗せ、何度も体を撫ぜる。最初はちょっと震えていたヒッキーナも、今は安心しきって私に体を委ねてくる。なんてかわいいんだろう。
「私のこと、必要としてくれてるんだね?」自分を頼ってくれる存在のありがたさを噛みしめた。
ヒッキーナは腕の中からピョンと飛び出してキッチンの方へ走って行った。あわてて後を追いかけると、大きなシルバーの冷蔵庫が目に入った。翔お兄ちゃんは一人暮らしなのに家電や家具は大きめサイズをそろえるのが好きなようだ。そっと扉を開けると、すぐ目の前にグラスに入った飲みかけの牛乳があった。喉は乾いていなかったが、残っていた分をくいっと飲みほした。
「間接キスだね、翔お兄ちゃん」
私は小さく言って、腕に抱いているヒッキーナの頭を撫ぜる。寂しさを紛らわすために犬に話しかけると、気持ちがスっと楽になった。
「ねぇ、翔お兄ちゃんを驚かせちゃおうか?」
ヒッキーナは、わけがわからないといった様子で、自分の小さな手をペロペロ舐め続けている。私は翔お兄ちゃんが帰ってくるまで、ソファの陰に隠れることにした。ここなら玄関から入ってきてもすぐには気づかないだろう。そっと近づいて、後ろから「だーれだ!」と言ってみようかな。きっとびっくりして飛びあがるだろうな。翔お兄ちゃんの驚く顔を想像しただけで、胸がほわっと温かくなり、顔がほころんだ。
ガチャンと鍵を回す音が聞こえる。急にパッと視界が明るくなった。どうやら、ソファの陰に隠れている間にウトウトしてしまったらしい。さっきまで薄暗かったリビングルームにオレンジ色の照明がついた。私は高揚する気持ちを抑えながら、すっと立ちあがった。
目の前には、スーツを着た男と肌色のストッキングを穿いた足を大胆に投げ出す女の姿があった。白いカーペットの上で、女が仰向けになった男に馬乗りになってキスをした。目の前で繰り広げられる光景に、私の体は硬直して動かなくなった。あまりのショックに声も出せなかった。あの人たちはいったい誰……?
「おいっ、やめろ!」
大きな声がして、男が女を突き飛ばした。
「なによ、その気だったくせに」
突き飛ばされた反動によろめきながら、女は不満そうに声をあげた。
聞き覚えのある二人の声。どう考えても、翔お兄ちゃんと中田先生に違いなかった。顔はよく見えないけど、絶対にそうだ。ふたりは付き合っている? 翔お兄ちゃんは中田先生を選んだってこと? 必死に押さえていた涙が私の頬を伝う。声を出さないように我慢していたのに、口から嗚咽が漏れてしまった。
「ひかる! どうしてここに……」
翔お兄ちゃんは上半身だけを起こした状態で、愕然とした表情で私を見た。