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暴かれた本性

 ドアの開く音がして、中田先生が白衣姿で現れた。

「あら? 桜庭先生じゃないの」

「うちの生徒が授業中に倒れてしまって……」と今にも泣き出しそうな声で翔お兄ちゃんが口を開いた。

「先生は授業があるんでしょ、早く行って。私に任せて」

「でも……」

「渡瀬さんは今朝も倒れたのよ。また貧血を起こしたのね」

 中田先生は少し面倒臭そうな顔で、ちらっと私の方を見た。

「そうだったんですか」

「ここで少し休めば回復するはずだから。とにかく先生は早く授業に戻った方がいいんじゃない? それとも渡瀬さんがそんなに心配?」

 冷たい目線のまま、翔お兄ちゃんをドアの方まで追いたてる。中田先生の登場で、私の願いはあっさりと打ち砕かれてしまった。

「渡瀬、五時間目が終わったらここに来るからな。無理はするなよ。ちゃんと寝てるんだぞ」

 翔お兄ちゃんは、ひどく心配そうな顔をしながら名残惜しそうに去って行った。ドアが閉まったのを確認し、中田先生がふーっとため息をつく。そして、「体が弱いのね」と私の方を一瞥いちべつした。

「ごめんなさい。また倒れるとは思ってなくて」

「今日はもう早退しなさい。今、お母さんに電話をかけるから」

「ダメです! いいんです、一人で帰れますから」

「そう? そんなに嫌なの? すごい顔してるけど。親と何かあった?」

 中田先生の観察力は相変わらず鋭い。表情や言動から、心の中を簡単に読み取ってしまう。頭が良くて綺麗な人だけど、この人には関わりたくない。さっきの態度からも翔お兄ちゃんに好意を持っているように感じたし、何よりも“噂”を知っているのが怖い。それに、中田先生や彩夏のような長身のスレンダー美人にはコンプレックスを感じてしまう。私は童顔で背も小さいせいか、幼く見える。男なら誰しも、あんなグラマーな美人に言い寄られたらイチコロなんだろうな。翔お兄ちゃんはいったい私のどこを好きになってくれたんだろう。こんな風に考えているだけで、言い知れない不安が胸を締めつけた。

「大丈夫、大丈夫」

 呪文のように自分に言い聞かせて、首にかけている指輪をぎゅっと握った。

「渡瀬さん?」

 不審な顔で、中田先生はじっと私を見ていた。

「何を握っているの?」

「いえ、何でもないんです」

 慌てて、セーラー服の下に指輪を通したネックレスをしまう。

「そのネックレス、いつもつけてるね。大事なものなの?」

「はい」

「ふぅん。誰かの形見? あ、違うか。彼氏からのプレゼントでしょ?」

「違います。自分で買ったんです」

 顔色を変えないように注意しながら、さらっとウソをついた。

「そう。じゃあ見せてよ? 私も見たいなー、どんなネックレスなの?」

 興味深々といった顔つきで、私の横たわるベッドのすぐそばまで歩いてきた。

「イヤです! やめてください。」

 中田先生の手が私の首周りに触れた。とっさに強く体をねじる。

 その瞬間、パシン! と大きな音が響いた。そして直後に、頬に鋭い痛みが走った。一瞬のうちに起きた出来事だった。私、叩かれたの?どうして……?わけがわからずにポカンとしていたら、中田先生がヒステリックに叫んだ。

「なんて生意気な子なの!」

 般若のような顔で上から私を睨みつけている。そして「これ以上私を怒らせないで!」と言い放ち、ドアを閉めて出て行った。

 一人になって、やっと状況が飲み込めた。今までピーンと張りつめていた空気が、少し柔らかくなったような気がする。“怖い”という感情が波のように押し寄せ、とめどなく涙があふれてくる。今日はもうダメだ。精神的にボロボロになった自分がとても惨めで、辛くて、心が張り裂けそうだった。

 さっき叩かれた拍子に床に落ちてしまった自分のカバンを拾う。散乱した物を集めて、手早く中にしまった。ベッドの下をのぞくと、銀色に光るものが目に入った。鍵だ。何度も返そうと思ったけどできなかった、お守りのようにずっと持ち続けていた合鍵。

 決めた。これから翔お兄ちゃんの家に行こう。

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