表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/75

噂(うわさ)

 朦朧もうろうとする意識の中、鼻の奥にバラの香りがツンと漂ってきた。うっすらと目を開けると、白衣を着た人影が立っているのが見えた。

「渡瀬さん、気がついた?」

 聞き覚えのある艶っぽい声。

「倒れて保健室へ運ばれたのよ? 覚えてる?」

 中田先生だ。白衣の前ボタンは閉めずに、薄いピンクのブラウスにグレーのボックスプリーツのミニスカートを履いている。

「すいません、私覚えてなくて」

「貧血だと思うけど。朝ご飯食べてきてないでしょ?」

「今日はちょっと時間がなくて……」

 中田先生は「栄養失調かもしれないね」と言って、コンビニのロゴが印刷してある、レタスとトマト、ツナなどが挟まったサンドイッチを差し出した。

「これ、食べなさい」

「えっ、いいです。大丈夫です」

「ダメよ。何か食べないと力が出ないでしょ」

 中田先生は、無理やりサンドイッチを私の手に握らせた。

「前よりもずいぶん痩せたように見えるけど。何か悩みでもあるの?」

 視線を下に向けたまま、私は小さく首を横に振った。

「ダイエットしてるんじゃないの?」

 中田先生は、図星でしょという顔をしてニヤリと笑う。

「はい。まぁそんなとこです」

 私は少し口角を上げて笑い、適当にごまかした。

「ねぇ、渡瀬さんはどの科目が一番苦手?」

「え? 苦手な科目ですか?」

 突然話題が変わったので、困惑して数秒黙ってしまった。すると、中田先生が答えをせっつくように早口で「生物が苦手なの?」と聞いてきた。

「はい。でも生物だけじゃなくてどの科目も苦手です」

「そう」

 予想していた答えが得られなかったせいか中田先生は不服そうな顔を浮かべた。

「桜庭先生、クラスでも人気あるでしょう?」

「……」

 突然、翔お兄ちゃんの話を振られて心臓が一気に跳ね上がった。ドキドキと脈拍が速くなる。

「かっこいいよね。年も若いし、みんなの憧れの的じゃない?」

「そう……かもしれないですね」

 慎重に答えを選ばなくてはいけないと思えれば思うほど、語尾が口ごもってしまう。

「渡瀬さんはどう思うの? 桜庭先生のこと」

「ど、どうって……特に何も」

 心臓が音を立てて、血液をドバっと頭に巡らせている。このままだと頭部だけのぼせてしまいそうだ。

「私ね、気になる噂を聞いちゃったの」

「噂、ですか?」

「そう。桜庭先生ってうちの生徒と付き合っているんだって」

 中田先生が、鋭い目つきで私を見た。恐怖に手が震える。全身から冷や汗が流れ出し、血圧が急上昇していくのを感じた。顔を見られないように下を向き、「そんな噂、知りませんでした」と答えるのが精いっぱいだった。必死に隠したつもりだったけど、声が震えてしまう。

「あ、でもね、もう別れたんだって」

「別れた……?」

 中田先生の声が頭の中で何度もこだまする。

もう別れたんだって

もう別れたんだって

もう別れたんだって

もう別れたんだって

もう別れたんだって

 どういう意味? 翔お兄ちゃんと私が別れたってこと? 翔お兄ちゃんが告げた「バスケ部の顧問」は言い訳だったの? 私と別れるつもりだったの?

 まさかそんな……。信じられないし、信じたくない。絶対に違う、違うに決まってるんだ。胸が苦しくて、息ができなくて、首にかけている指輪をぎゅっと握る。

「翔お兄ちゃん、助けて!」

 私は、心の中で必死に叫び続けるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ