隠された本音
俺がひかるの初めてだったのか。ファーストキスならきっと驚いたはずだ。なんだか悪いことをしたな。もっとロマンチックな演出を考えてやれば良かった。正直、イマドキの女子高生なら、もうキスぐらいは済ませているのかと思ったけど……。ひかるは違った。俺のことを待っててくれたのだろうか。自分勝手に解釈をして自己満足に浸る。
見舞いに来てひかるの顔を見たら、ものすごくホッとした。顔色はまだ悪いけど、この分だと明日は学校に来られそうだ。ひかるの部屋にいると、当時の記憶が鮮明によみがえる。そういえば、虫垂炎で病院から退院してきた日もひかるはベッドで眠っていた。あの頃の俺は、心配で毎日のように見舞いに来ていた。
ベッドに横たわるひかるが、俺の腕をつかんで何か考え込んでいる。
「もしもの話だけど、翔お兄ちゃんと私の関係がバレたらどうしよう」
「お前はこっぴどく叱られるだろうし、俺は教師クビだろうな」
「クビになっちゃうの?」
「ワイセツ行為で懲戒免職だろ」
「ワイセツって……。キスしかしてないのに! そんなの嫌だ」
「最悪の場合の話だから。心配すんなよ」
「もしバレて先生がクビになったら、私も学校やめるから」
「ダメだ。お前はちゃんと卒業して、大学へ行きなさい」
「先生のお嫁さんになるんだから、別にいいじゃん」
「ちゃんと教養をつけて仕事を見つけなさい」
「いいの! 家で翔お兄ちゃんの帰りを待つの。毎日おいしいご飯をつくって、お風呂の準備もして、可愛いエプロンをして待つんだもん」
「……ったく。お前はいつからこんなに口答えするようになったんだ?」
はにかんで笑うひかるがかわいい。今すぐ抱きしめたい衝動に駆られたが、さすがにドアを一枚隔てた向こうに母親がいると思うと、そんな欲望も消え去った。
ここに来てもう三十分近くたつ。そろそろ帰らないと、本当に怪しまれてしまうだろう。いくら俺が昔の命の恩人だとはいえ、教師が生徒に手を出したとわかればタダじゃすまない。ベージュのスプリングコートを手に取り、ベッドから立ち上がろうとした。その瞬間、ひかるがぐいっと腕を引っ張った。
「ダメ。帰らないで」
「おい、なに言ってんだ」
「翔お兄ちゃん、私も行きたい。ここにはいたくないの。家へ連れて行って」
不意打ちだった。正直に言えば、心がぐらっと傾いた。普通のカップルなら即答でYESと答えるかもしれない。だが、仮にも俺は高校教師だ。
「お前はバカか! 少しは頭で考えろ。俺は教師だぞ? しかも担任の」
嬉しい気持ちを隠すようにわざと冷たく突き放した。
「……」
泣きそうな顔で見つめるひかるを置いて、ドアを閉めた。
ひかるにはちゃんとした人生を歩んでほしいんだ。俺のせいで一寸も狂うことのないように。