両親のケンカ
今日はズシンと心が重い。理由は、両親の大げんかだった。朝の六時半ごろ、お母さんのどなり声で目が覚めた。慌てて階下に行ってみたら、ケンカの痕跡の酷さ(ひどさ)に血の気が引いた。花瓶は割れて粉々になっていたし、食卓テーブルの上にあるはずの花柄のお皿やコップが床の上でひっくり返っていた。読みかけの新聞や、テレビのリモコンまでも床に散乱していた。
両親に気づかれる前に、こっそり支度をしていつもより三十分早く家を出た。今まで親があんなに激しく物を投げ合ってケンカする場面なんて見たことがない。ショックで胸の動悸がおさまらない。お父さんがお母さんに暴力でも振るっていたらどうしよう。ちょっと前にテレビで見た事件のようになっていたら……。帰宅したら、二人は元通りになっているだろうか? もし、どちらかが家を出ていくことになってしまったら……? 想像しただけで背筋が凍り、寒気がした。
耳の奥で始業のチャイムの鳴る音がかすかに聞こえた。だんだんと目の前が白くなっていく。理香が大きな声で騒いでいるのが視界に入ってきた。目を見開いて「ひかる!」と叫んでいる。
目が覚めたら、白いパイプベッドの上に寝かされていた。私の周りに引いてある真っ白のカーテンをかき分けてみる。
「気がついた?」
保健室のお姉さんと呼ばれている綺麗な顔立ちの中田先生が、ゆっくりとした動きでベッドの横に座った。グリーン系のアイシャドウにオレンジ色のチーク。マスカラはしっかり塗り、黒いアイラインが上げ気味に書かれている。切れ長の目に合うように、メイクも研究し尽くされているみたいだ。薄くて小さな唇に、真っ赤な口紅が目立つ。年齢は直接聞いたことがないけど、恐らく26歳か27歳といったところだろう。
「あの、私どうして?」
「貧血で倒れたの。朝ご飯はちゃんと食べてきた?」
首を横に振った。
「きっと血が薄くなっていたのね。明日から少しでもいいから何か食べてから学校に来るのよ」
「はい」
廊下から足音が響いてきた。だんだんと近くなってくる。もしかして先生かも、と淡い期待が胸をよぎった。
ガラッと引き戸のドアが開く。
「あ、ひかるさんのお母さんですね。わざわざ呼び出してすみませんでした」
「いいえ、こちらこそ。娘がご迷惑をかけてしまって」
お母さんが息を切らしながら申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
「今日は貧血がひどいので、家で休ませてあげてください。学校にいても授業には行けないでしょうし」