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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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港の灯——ハルベルト河港完成

 冬の終わり。まだ寒いが——風の匂いが変わった。枯れ草の下に、新しい緑が顔を出し始めている。凍りついていた川岸の土が緩み始め、水面の氷が薄くなった。春の長雨にはまだ早いが——季節は確実に動いている。


 地下水脈の危機から二十日が過ぎた。あの日を境に、工事の手順が変わった。全ての基礎工事の前に《万象鑑定》で地下構造を確認する。グリュックが地下の水流制御弁を毎朝点検する。二度と同じ事故を起こさないための——仕組みだ。


 (前世の現場で学んだことが一つある。事故は二度目を起こしてはならない。一度目は不運。二度目は——怠慢だ。国交省時代、橋梁の施工中に鉄筋が一本折れた。上司は「まあ予備がある」と笑った。翌週、同じ箇所で三本折れた。工期は二ヶ月遅延した。——二度目を防ぐための仕組みを、一度目の直後に作る。それが危機管理の基本だ)


 健悟は岸壁の上に立ち、《万象鑑定》を発動した。青い構造線が河港の全体に走る。


  【ハルベルト河港・建設進捗】


  【岸壁左翼:完成(100%)】


  【岸壁右翼:完成(100%)】


  【中央桟橋A:完成(100%)——水脈事故後の修復含む】


  【中央桟橋B:97%(最終仕上げ中)】


  【自動荷揚げ装置:魔力結晶起動済み・回路接続完了(100%)】


  【繋留柱:6/6基 完成】


  【傾斜路:完成(100%)】


  【全体進捗:98%】


 九十八%。あと二%——桟橋Bの最終仕上げだけだ。


「トビアスさん、桟橋Bの防水塗布は」


「昨晩の分が乾燥中です。午後には完了します」


 トビアスが水辺から声を返した。建設班の棟梁は——最後まで手を抜かない。防水塗布の厚さを指で確認し、不十分な箇所にはやり直しを命じている。彼の下で育った若い工員たちも——今では一人前の表情をしている。三ヶ月前は鉄棒の持ち方も知らなかった村の若者たちが——建設技術者になった。


「ノルンさんの防水材も——残り全部使い切ったぞい」ドラガが鍛冶場の方から歩いてきた。白い顎鬚に煤がついている。「アクア・マギクリートの在庫もきれいに使い切った。ぴったりじゃ。無駄がない」


「計画通りです。資材調達のスケジュールを——ドラガさんの製造ペースに合わせて逆算しましたから」


「計画通り——か。お前さんの計画はいつも気持ち悪いくらい正確じゃのう。鍛冶の温度管理並みじゃ」


 ドラガが笑った。褒めているのだ。鍛冶の温度管理——それはドラガにとって最も精密な仕事だ。それに並ぶと言うのは、鍛冶師からの最大の賛辞だ。


 フェリスが荷揚げ装置の前に立っていた。銀髪が川風に揺れている。琥珀の瞳が——装置を見つめている。古代の魔力結晶が——青白い光を放っている。二日間かけて充填した魔力が、回路を通じて装置全体に行き渡っている。


「起動テストの結果は——完璧です。荷物五百キロを、岸壁の上まで三十秒で引き上げます。人力なら十人がかりで五分かかる作業です」


「八百年前の技術者に——感謝ですね」


「ええ。私たちは——先人の遺産の上に立っています。謙虚でいなければなりません」


 フェリスの声に——珍しく感慨が混じっていた。百二十年を生きたエルフが、八百年前の技術者に敬意を払っている。時間を超えた技術者の連帯だ。


 午後。桟橋Bの最終仕上げが完了した。


  【ハルベルト河港・建設進捗:100%】


  【総工期:103日(予定150日に対し47日の短縮)】


  【最終コスト:銀貨694枚(予算720枚に対し26枚の節約)】


  【予備日残:10日(未使用)】


 完成した。百三日間の工事が——終わった。予定の百五十日を大幅に短縮した。地下水脈の事故で五日を失い、春の雨で三日を失い、それでも——予備日を十日残して完成させた。


 健悟は——岸壁の上に立って、港の全景を見下ろした。風が強かった。春の風だ。冬の刺すような冷たさではない。体を揺らす、温かみのある風。三十メートルの岸壁が左右に広がり、中央に二基の桟橋が水面に突き出している。アクア・マギクリートの青緑色が春の光を受けて深い色合いを見せている。傾斜路が岸壁から水面まで緩やかに下り、荷揚げ装置の魔力結晶が青白く脈打っている。繋留柱が六本、等間隔に並んでいる。


 港だ。テール川に——港が完成した。


 ガルドが横に立った。剣の柄に手を置き、港を見ている。大きな体が——珍しく力を抜いていた。


「守るものが——増えたな」


 短い言葉だった。しかしガルドにとって——それが全てだ。守るものが増えること。それは——喜びであり、同時に覚悟だ。


 ドラガとグリュックが並んで岸壁を歩いている。ドワーフの二人が——自分たちの仕事の成果を確かめるように、壁面に手を触れている。


「良い仕事をしたぞい」ドラガが呟いた。


「わしの弁も——ちゃんと動いとるしのう」グリュックが赤い顎鬚を撫でた。地下の制御弁が——安定した水流を港に供給している。坑道技師の仕事が、港の地下で静かに機能し続けている。


 トビアスが工員たちと握手を交わしていた。若い工員の目が輝いている。自分たちが作ったものが——目の前にある。形になっている。前世の建設現場でも見た光景だ。完成の瞬間に——全員の顔が輝く。疲労も不満も消えて、ただ——誇りだけが残る。


 夕方。テール川の下流から——三隻の帆影が見えた。


「来た——」マルテが呟いた。帳面を胸に抱えている。指先が震えていた。しかし——商人の顔だ。


 イレーネの交易船団。ヴァッサー商会の旗を掲げた三隻の川船が、テール川を遡ってくる。先頭の船に——深紅のドレスを着た女が立っている。イレーネだ。風に黒髪がなびいている。鋭い目が——完成した港を見ている。


「マルテさん——入港手続きを」


「分かってるわ」


 マルテが桟橋に立った。手に帳面とペンを持っている。ハルベルト河港——最初の入港手続き。帳面に記す。船名、積荷、船員数、入港日時。前世の港湾管理と同じだ。記録が——全ての基盤になる。


 繋留柱にロープが巻かれた。太い麻縄が金属の柱に巻きつく。ドラガの鍛冶で作られた柱が——初めての船を受け止めた。軋む音がした。ロープと金属が擦れ合う音。張力がかかり、船体が岸壁に寄せられていく。良い音だ。健悟はそう思った。インフラが機能する音——それは、どの世界でも同じだ。


 イレーネが船から桟橋に降りた。靴の音が、新しいアクア・マギクリートの上に響いた。


「見事ね」


 それだけ言った。しかし——イレーネの目が光っていた。商人が利益を確信した時の目だ。この港が——金を生む。そのことを、一目で見抜いている。


 荷揚げ装置が起動した。魔力結晶が青白く輝き、船の積荷が——岸壁の上に引き上げられていく。十人がかりで五分かかる作業が——三十秒で終わった。工員たちから歓声が上がった。イレーネの目が見開かれた。


「自動——荷揚げ——」


「古代の技術の復元です。フェリスさんの魔力で起動しました」


「これは——予想以上ね。荷揚げコストの試算を——全て書き直さなければ。人件費が九割削減される計算になるわ」


 イレーネが帳面を取り出した。数字を書き込み始めている。マルテと——同じ動きだ。商人は数字で世界を理解する。利益を嗅ぎ取れば——即座に計算が始まる。それが商人の本能だ。


 リーゼが岸壁の端に立っていた。碧い目が——港の全景を見つめている。亜麻色の髪が夕陽に照らされて金色に光っている。


「健悟さん」


「はい」


「ここに——碑文があるの、覚えてる?」


 岸壁の基礎に刻まれた古代の碑文。《テール河港——水の民の交わる場所》。フェリスが解読した、八百年前の言葉。


「覚えています」


「テール河港——同じ名前にしたいな。この港も——テール河港。八百年前の人たちが作ったものの上に、私たちが新しいものを作った。名前は——引き継ぎたい」


「良い名前です」


 リーゼの碧い目が——潤んだ。涙が、一筋だけ頬を伝った。しかし——笑っていた。


「お父さん——見てる? 港ができたよ。船が来たよ。——あなたが夢見た景色が、今——ここにあるよ」


 小さな声だった。港の喧騒にかき消されそうな、小さな声。健悟は聞こえないふりをした。これはリーゼと、もういない父親との——二人だけの会話だから。


 冬の最後の夕陽が、テール河港を照らしている。完成した港に、三隻の船が停泊している。工員たちが笑い合い、マルテが帳面に数字を書き込み、イレーネが積荷を確認している。ハルベルトに——新しい時代が始まろうとしていた。


 しかし——翌朝。


 夜明け前の暗い時間に、蹄の音が響いた。街道を一騎の馬が駆けてくる。全力疾走だ。村の入口でガルドが馬を止めた。


 レオンハルトだった。金色の髪が乱れ、頬の古い傷が白く浮き上がっている。馬が荒い息をついている。一晩中走らせたのだろう。手に——封蝋のついた書状を握っていた。伯爵の紋章——剣と秤を交差させた意匠。赤い蝋が、朝焼けの光に不吉に光った。


「緊急の知らせだ」


 レオンハルトの声が——硬かった。騎士の声ではない。かつてのパーティリーダーが——仲間に危険を告げる声だった。


 交易制限令。伯爵がハルベルト河港の交易に——制限をかけた。完成の翌日に。祝杯の余韻が消える前に——次の戦いが、始まった。

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