流れ者の鉄槌——ドラガ・アイゼンハンマー
背丈は健悟の胸ほどしかない。しかし肩幅は健悟の倍はある。ずんぐりとした体躯に、鉄のように固そうな筋肉が詰まっている。白い顎鬚を三つ編みにして胸まで垂らし、革のエプロンを身に着けている。背中には——巨大な金槌を背負っていた。柄だけで一メートルはある。人間が振るうには大きすぎる。しかしこの男には——似合っていた。
ドワーフだ。生まれて初めて見る。
トビアスが最初に気づいた。村の入り口で朝の作業をしていたトビアスが、街道の向こうから歩いてくる影を見て硬直した。
「ガ、ガルドさん! なんかすごいのが来ます!」
ガルドが駆けつけた。街道の先を見て——目を見開いた。
「……冗談だろう」
「知り合いですか?」
「いや。しかしドワーフだ——間違いない」
ドワーフが村の入り口に着いた。小さな目が——周囲を値踏みするように見回す。石畳の道。傾いた柵。ロッテの宿の看板。そして——テール川にかかる橋。
「ほう」
低い声だった。地の底から響くような声。ドワーフは橋を見たまま動かない。
「あの橋——悪くない石組みじゃ。誰が修繕した」
ガルドが健悟を呼びに行った。
健悟が来た時、ドワーフは橋の欄干に手を触れていた。指先で石の継ぎ目を撫でている。職人の手つきだった。材質を確かめている。目を細め、鼻を近づけ、匂いまで嗅いでいる。
「あの——」
「あんたが——この橋を直した人間か」
「はい。鑑定スキルで状態を診て、応急修繕を——」
「応急にしては筋がいい。根固めの石を入れ替えたな? 支保工の配置も理に適っておる。——しかし表面処理が甘い。風化に弱い。あと三十年で同じ箇所がまた傷む」
一目で見抜かれた。それも——《万象鑑定》なしで。純粋な職人の目だけで。
「……お見事です。その通りです」
「ワシの目に狂いはないぞい」
ドワーフが胸を張った。健悟の倍の幅がある胸が、さらに膨らんだ。
「名乗っておこう。ドラガ・アイゼンハンマーじゃ。鍛冶師だ。——この辺りに、昔ドワーフの鍛冶場があったと聞いてな」
「鍛冶場——」
昨日、上流で見つけた廃墟。百五十年前のドワーフ式石組み。健悟はガルドと目を合わせた。ガルドが微かに頷いた。
リーゼを呼んだ。村長として挨拶をしなければならない。
リーゼは走ってきた。亜麻色の髪が風になびいている。ドラガを見て——一瞬足が止まった。ドワーフを生で見るのは初めてらしい。
「あ、えっと——ようこそハルベルト村へ。私が村長のリーゼです」
「ドラガじゃ。村長が若い娘とは——なかなか珍しいのう」
「よく言われます」
「褒めておるんじゃぞ。若いということは——変化を恐れんということだ」
ドラガの目が笑った。深い皺の奥に、鋭い光がある。百年——いや、二百年以上を生きた者の目だ。
健悟はドラガを上流の鍛冶場跡に案内した。ガルドとトビアスも同行した。
森を抜け、廃墟の前に立った時——ドラガの足が止まった。崩れた壁を見つめている。白い顎鬚が風に揺れた。
「……ドワーフの炉じゃ」
声が低かった。感情を押し殺した声。ドラガは廃墟に入り、炉の前にしゃがみ込んだ。煉瓦に手を当て、目を閉じた。長い沈黙。
「この炉を作ったのは——おそらくグレーンの一門じゃな。百五十年前にこの辺りで活動していた鍛冶一族。ワシの師匠の——師匠の一門じゃ」
「ご存知なんですか」
「炉の積み方でわかる。煉瓦の角度が独特でな。グレーン一門は炉の左側を五度傾ける。熱の対流を最適化するためじゃ。——廃れた技法だが、ワシは知っておる」
煉瓦の五度の傾きで、百五十年前の製作者がわかる。職人の知識の深さに、健悟は息を呑んだ。
「この炉——直せますか」
「直せるとも。壁を積み直して、煉瓦を補修すれば。炉の芯は生きておる。耐熱煉瓦が優秀じゃからな。百五十年経っても——まだ使える」
ドラガが立ち上がった。目に光が宿っている。
「ところで——あんた。ここで何を作るつもりじゃ」
「堤防の建材です。石を切り出して成形するための拠点として——」
「堤防? 石積みの堤防か」
「いえ。石積みだけでは強度が足りません。もっと強い建材が必要なんです。僕には——一つ、アイデアがありまして」
健悟は地面に棒で図を描いた。粘土と砂利と水の配合。それを型枠に流し込んで固める。固まれば石のように硬くなるが、石のように割れない。自由な形に成形できる。
「前の世界では『コンクリート』と呼ばれていた技術です。石灰と粘土と砂利を混ぜて水で練る。固まると——天然の石より強い人工の石になる」
ドラガの目が見開かれた。太い眉が跳ね上がる。
「石を……作るだと?」
「作ります。正確には、石に似た性質の人工建材を」
「石は——山が何万年もかけて作るものじゃぞ。それを人の手で——馬鹿を言うな」
「馬鹿ではありません。前の世界では当たり前の技術でした。建物も橋も道路も——全部、人工の石で作っていました」
ドラガが腕を組んだ。信じていない。しかし——好奇心が勝っている。職人は未知の技術を前にした時、疑いつつも耳を傾ける。拒絶するのは職人ではない。
ドラガが健悟の描いた図を凝視した。太い指で配合比を指差す。
「この——粘土の比率。焼成温度は?」
「焼かなくても固まります。水和反応という化学変化で——」
「焼かずに固まる石……」
ドラガの声が震えた。職人として——常識を覆される衝撃。石は掘るもの、削るもの、積むもの。しかし「作る」ものではなかった。それが——作れるという。
「しかし——この配合では強度に限界があるじゃろう。天然石ほどの耐久性は——」
「その通りです。前の世界でも、コンクリートの耐久性は課題でした。百年持てばいい方で——」
「百年? ドワーフの石積みは千年持つぞい」
「だからこそ——ドワーフの技術と組み合わせたいんです。コンクリートの成形の自由さと、ドワーフの素材加工の精度を融合すれば——」
ドラガの目が光った。職人の好奇心だ。未知の素材への情熱。石を「作る」という発想が——この老鍛冶師の中で何かに火をつけた。
「面白い。——面白いぞい、健悟」
ドラガが顎鬚を撫でた。三つ編みの先端を指で弾いている。考え事をする時の癖らしい。長い沈黙の後、ドラガが健悟を見た。目の色が変わっていた。品定めの目ではない。対等の技術者として認めた目だ。
「面白いぞ。——あんた、名は何と言う」
「土師健悟です。鑑定士をやっています」
「健悟か。よし——ワシはしばらくここにいてやろう。この炉を直す。そしてその——コンクリートとやらを一緒に作る」
「本当ですか」
「ドワーフは嘘をつかん。嘘をつくのは人間の専売特許じゃ。——じゃが、面白い嘘なら聞いてやるぞい」
リーゼが小声で言った。「ドワーフって——みんなこんな感じなの?」
ガルドが苦笑した。「酒飲みで、頑固で、技術の話になると止まらない。——ああ、こんな感じだ」
ドラガが炉を撫でている。百五十年前のドワーフが作った炉に、二百歳超のドワーフが手を触れている。時間を超えた職人の繋がりが——そこにあった。
夕方。ロッテの宿でドラガの歓迎会を兼ねた夕食。
ドラガは食事の量が尋常ではなかった。ロッテが出した黒パンを六個平らげ、チーズを丸ごと一塊食べ、エールを三杯空けた。
「ドワーフは食うぞい。特に働く前はな」
「……食費が心配だわ」マルテが小声で呟いた。
食事の後、健悟はドラガにコンクリートの詳細な説明をした。配合比、養生期間、強度の目安。ドラガは一つ一つの数字を真剣に聞き、時折「なるほど」「ふむ」と唸った。
「一つ提案がある」
「何でしょう」
「ワシは魔法石粉を持っておる。ドワーフの鍛冶で使う強化素材じゃ。これをコンクリートに混ぜれば——強度が上がるかもしれん」
「魔法石粉?」
「鍛冶の刃物に混ぜると、切れ味と耐久性が上がる粉末じゃ。石材に混ぜたことはないが——理屈は同じかもしれん」
健悟の目が輝いた。コンクリートに魔法素材を混合する。前世にはなかった組み合わせだ。異世界ならではの技術融合。
「試してみましょう。明日から」
「おう。素材が泣いとるからな——使ってやらねば可哀想じゃ」
ドラガが笑った。低い声が宿の食堂に響いた。ロッテが「声が大きいねえ」と苦笑している。
ノルンがドラガに薬草茶を出した。ドラガは一口飲んで「おお、悪くないぞい」と目を丸くした。ノルンが「お世辞が上手いね、ドワーフは」と笑った。
「お世辞ではないぞ。ドワーフは舌に正直じゃ。不味ければ不味いと言う」
「じゃあ——うちの黒パンは?」
「不味くはない。しかし——もう少し塩が欲しいのう」
ロッテが「うちのパンにケチをつけるのかい」と眉を吊り上げた。ドラガは平然と「事実を言っただけじゃ」と返した。健悟は笑いを噛み殺した。このドワーフは——村に馴染むのが早そうだ。あるいは馴染まないかもしれないが、少なくとも退屈にはならない。
窓の外で雨が降り始めた。しかし——宿の中は温かかった。新しい仲間が加わった夜。百五十年ぶりに——ドワーフの職人がハルベルト村にやってきた。鍛冶の炎が、また灯ろうとしている。




