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過労死した国交省官僚、異世界で《万象鑑定》を得て辺境村のインフラを直したら交易都市の王になっていた件  作者: ぽんぽこライフ


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ネットワーク完成——そして異変は加速する

 ハルベルト、フェルゼン、ライネルト、フィンケン、ドルフタール。五つの集落を結ぶ通信ネットワークが——完成した。健悟が最初の通信塔を設計してから四十三日。古代文明の遺構調査と並行しながらの突貫工事だった。


 フェリスが最後の通信塔の起動を確認し、五基同時のネットワークテストを実施した。ハルベルトから発信した信号が——五基全てを経由して戻ってくるまでの時間。三・二秒。辺境全域を一瞬で駆け巡る情報のループが完成した。


「通信ネットワーク——全五基、正常稼働を確認しました」フェリスの声が制御室に響いた。琥珀の瞳に——達成感が浮かんでいる。しかしすぐに表情を引き締めた。「ただし——古代プロトコル信号のノイズが、日ごとに強くなっています」


 翌朝。リーゼが定期通信を開始した。


 毎朝九時。五つの集落と同時に通信を繋ぎ、前日の報告を受ける。天気、収穫の見込み、住民の健康状態、街道の状況。日常の些末な情報が——通信塔を通じてリーゼの執務室に集まってくる。


「フェルゼンは——昨日の雨で橋の手すりが緩んだとのこと。修繕人員を要請しています」


「ライネルトは——出産があったそうです。母子ともに健康」


「フィンケンは——魔物の目撃情報。西の森で小型が二体。自警団が対応済み」


 ザインが通信記録を丁寧に書き写していた。若い文官の筆が——淀みなく走る。


「素晴らしい仕組みです。辺境伯領内でも——各村の状況をリアルタイムで把握できる仕組みは存在しません。伯爵にも報告しましたが——大変な関心を示されました」


「伯爵が?」


「はい。——『統治効率が格段に向上するであろうな。余にもその塔を一基よこせ』と」


 リーゼが苦笑した。碧い目が——少しだけ困った色を見せている。伯爵の「要求」は——命令に等しい。しかし通信塔の建設にはフェリスの魔法と、ドラガのマギクリートが不可欠だ。技術と人材は——ハルベルトにある。交渉の余地は残っている。


 マルテが通信塔を使い始めたのは——リーゼよりも早かった。


「これで各村の市場価格をリアルタイムで共有できるわ。今日のフェルゼンの小麦は一斗八十リーナ。ハルベルトは七十五リーナ。この差額を——効率的な交易で利用できる。情報の非対称性が——解消されるの」


 マルテがそろばんを弾いた。辺境一の商人は——通信塔ネットワークの完成を最も待ち望んでいた。各村の物価情報を即座に把握し、需給の偏りを見つけ、最適な交易ルートを計算する。マルテのそろばんが止まらない。


「広域交易情報網ね。——前世で言うと、何に相当するの?」リーゼが聞いた。


「電子商取引——いえ、何でもありません。市場情報の共有は——どの時代でも商業発展の基盤です」


 健悟は——自分の言葉に苦笑した。前世の用語が口をついて出そうになる。しかし本質は同じだ。情報の流通が——経済を動かす。道路が物を運び、通信塔が情報を運ぶ。二つが揃って初めて——真の意味での経済圏が成立する。


 伯爵もすぐに通信塔を利用し始めた。ザインを通じて——定期報告を求めてきたのだ。ザインが通信塔の前で姿勢を正し、伯爵の言葉を復唱する。


「『統治効率が格段に向上するであろうな。辺境の各拠点の状況を即座に把握できるとは。まさに——我が領の目と耳である』」


 伯爵の言葉には——賞賛と同時に、支配の意志が含まれていた。通信塔は情報を共有する道具であると同時に、監視する道具にもなり得る。健悟はそれを理解していた。国交省時代——道路管理用のカメラが治安維持にも使われた経緯を知っている。インフラは常に——権力の道具にもなる。


「伯爵のための塔ではなく、辺境に住む人のための塔です。——しかし、伯爵にそう伝えるのは得策ではありませんね」


「ええ。——伯爵には『領の安定に資する情報基盤』と報告しています」ザインが微苦笑した。文官としての処世術だ。


 リーゼがその夜、定期通信で各村の村長と話した後、健悟の作業部屋を訪れた。


「通信塔って——不思議な道具ね。声が聞こえるだけで——遠くの村が、近く感じる。フィンケンの村長が『リーゼ殿の声が聞こえると安心する』って言ってくれた」


「声は——最も原始的で、最も強力な通信手段です」


「難しいことは分からないけど——もう、孤立する村はないんでしょう?」


「はい。この通信網がある限り——辺境のどの村も、孤立することはない。声が届く」


 リーゼが——少し笑った。碧い目が柔らかく光っている。町長としての責任と、二十歳の若い女性としての感情が——同居する笑みだった。


 しかし——通信塔が運ぶのは、良い知らせだけではなかった。


 ネットワーク完成から三日目。異変の報告が増え始めた。


「ライネルト南方で小規模な地震。建物に被害なし。しかし井戸水が再び濁り始めた」


「フィンケン北部の森で魔物の目撃が増加。通常の二倍の頻度」


「ドルフタール付近の水源で——水温が二度上昇。原因不明」


「フェルゼンの通信塔が——断続的なノイズを受信。古代プロトコルと一致」


 報告は日を追うごとに増えた。五日目には十二件。七日目には二十一件。通信塔がなければ——これらの報告は数日遅れでバラバラに届き、全体像を把握することは不可能だっただろう。皮肉なことに——通信塔ネットワークの完成が、辺境全域の異変を初めて可視化したのだ。


 健悟は作業部屋の壁の地図に、報告のあった地点を一つずつ赤い点で打っていった。


 十日目の夜。全ての赤い点を地図に落とし終えた時——パターンが見えた。


 健悟は折り畳み定規を取り出した。赤い点の群れに——定規を当てる。中心点から最も近い赤い点までの距離。最も遠い赤い点までの距離。そして——中間の赤い点の分布。


「同心円だ」


 独り言が——部屋に落ちた。


 全ての異変は——中央制御核の推定位置を中心に、同心円状に分布していた。内側の円には地震と地盤異常。中間の円には魔物の異常行動と水温上昇。外側の円には井戸水の濁りと通信ノイズ。


 (影響が波紋のように広がっている。しかも——日を追うごとに外側の円が拡大している。十日前は半径二十キロの範囲だった。今は——三十キロに達している。ハルベルトは——その円の縁にある。地震の報告が最も多い内側の円。その中心に——中央制御核がある)


 健悟は中心点の座標を赤い丸で囲んだ。北東の山岳地帯。街道がまだ届いていない未踏の領域。古代の導管が全てそこに向かって収束していた場所。


 深夜だったが、フェリスを呼んだ。銀髪のエルフが地図を見た瞬間——琥珀の瞳が鋭くなった。


「データを時系列でプロットしてください。影響範囲の拡大速度を」


 フェリスが別の紙にグラフを描き始めた。横軸に日数、縦軸に影響範囲の半径。赤い点を一つずつプロットしていく。最初の三日間は直線的な増加だった。しかし四日目以降——曲線が上向きに反り始めた。


「指数関数的に上昇しています」フェリスの声が硬い。「このペースが続けば——十日後にはハルベルトの中心部まで影響が及びます。二十日後には——辺境全域が影響範囲に入ります」


 フェリスがグラフの曲線の先に——赤い×印を打った。推定二十日後の地点に。


「これが——臨界点です。全ての末端制御装置が同時に応答する閾値に達する日です。碑文に書かれていた——『大いなる循環の再開』が起きる日。二十日後」


 健悟は地図とグラフを交互に見つめた。二十日。猶予は二十日。前世の災害対策で——二十日の猶予があれば十分な準備ができた。しかしここでは——対象が自然災害ではない。三千年前の古代文明のシステムだ。何が起きるのか——誰も知らない。


「リーゼに報告します。そして——伯爵にも。通信塔ネットワークを使って——辺境全域に警戒態勢を敷く必要があります」


「防衛の話になる」フェリスが静かに言った。「私は——戦いは専門外ですが」


「俺もです。しかし——インフラは防衛の基盤です。道路は兵站を支え、通信は情報を伝え、防壁は侵入を防ぐ。前世の軍事史で——ローマ帝国が広大な領土を維持できた理由の一つは、街道網と通信制度でした。俺の仕事は道を作ることです。しかし今は——道を使って人を守る番です」


 通信塔の光が窓の外で明滅していた。五つの塔が——辺境の夜空に光を放っている。人の声を運ぶために作った塔。日常を繋ぐために作った塔。しかし今、その塔が——危機を告げる塔に変わろうとしている。


 健悟はグラフをもう一度見た。指数関数的な上昇曲線。数学は嘘をつかない。前世でも、この世界でも——数字は常に、真実を告げる。曲線の先にある赤い×印が——二十日後の未来を静かに告げていた。


 (前世で——最後に見たグラフは、残業時間の推移だった。右肩上がりの曲線。あの時は——自分の体が限界に達するまでグラフの意味を理解しなかった。今度は——決して同じ過ちを繰り返さない。グラフが警告を出しているうちに——動く)

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