8話
アイガは考えていなかった。情が自分の所持金が0な事を把握していて、冷蔵庫が空っぽに近い状態な事を誰よりも知っている事を。だからアイガは正直に言った。
「ごめんなさい。あのお金で買ったの。あなたに、健康的なご飯食べてほしかったの……」
アイガは泣きそうになる。だって、情の顔が少し怒っているから。
きっと理由は、情の置いて行ったお金を夜ご飯の材料代に使った事、それから、無理にバイトの賄いを遠慮して欲しいとお願いした事。
全部全部、私の勝手な行動だった。今度こそこの家を追い出される。そう思ったアイガは下を向いて黙る事しか出来なかった。
情は「はぁ」とため息をついた。そしてこう話した。
「お前、昼飯食べてないだろ」
「……え」
アイガは予想外の言葉に思わず顔を上げる。
そのアイガの顔を真っ直ぐに見て、情は話を続ける。その情の顔はアイガが顔を上げる前とは違い、全く怒っているようには感じなかった。
「だから、昼飯食べてないだろ?昼飯我慢して、夜飯の材料買ったんだろ?ったくもーっ、ならメールしてくれよなー?そうすりゃ、帰りに買って行くし、お前も昼飯食べれただろー?」
そう言いながら情は、座った姿勢から上半身の力を脱力するようにパタンと両手を広げながら横になった。
「……?」
アイガはまだこの状況に頭がついて来なく、ただ目を丸くして情を見ていた。
「怒って……ないの?」
ポツンとそう言ったアイガに情は答える。
「こんなに頑張って美味い飯作ってくれてたんだろ?何を軸に怒るんだよ?怒りたいのはお前に昼飯を我慢させた俺自身だ。しかもハンバーグは俺の好物だ」
その言葉を聞いてアイガの目からポロポロと涙が溢れる。
「おい!?なんで泣くんだよ!?怒ってないって言っただろ!?」
情が慌てて体を起こしアイガの元へ近づく。そしてあわあわする情にアイガは言った。
「違う、泣いてないの。嬉しいの。嬉しいのになんでか涙が出るの」
それを聞いて情は微笑んだ。
「お前が人間かどうかは知らねーが、人間は嬉しい時にも涙が出るんだよ。『嬉し泣き』って言うんだぜ。確かに不思議かもな」
情は自分の服の裾でアイガの涙を拭く。
「泣きやめよ。俺一瞬たりともお前に怒ってねーぞ?」
「うん。ありがとう。それと、雑」
「はいはい。どういたし────、はぁーーーー!?お前、今最後に『雑』って言ったな?」
「だって、服で顔ゴシゴシされたら痛い」
「確かにそうかもしれねーけどよ、今の状況だったら普通我慢するだろ!?俺の服、今お前の涙でビショビショなんだぜ!?」
「痛かったんだもの、仕方ない」
「はぁーーーーーーーーっ!?」
アイガと情が出会って24時間ちょっと。改めて、二人のイレギュラーな同棲生活スタートです!(どうなる事やら……。)
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「じゃあ、大学行ってくる。帰りなんか買ってくるか?」
「ううん。大丈夫」
「そうか、ちゃんと昼飯食べろよ?」
「うん。分かった。行ってらっしゃい」
「おう」
玄関扉が重みでパタンと閉まり、情の姿は見えなくなる。
「よし」
アイガは何かを決意したように両腕を曲げて手をグーにすると、そのまま外に出て行く。
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「おっはよー、情」
「はよーっ」
今日も軽く情の背中を叩きながら、明るい声で伊織が隣の席に座る。
また今朝のご飯事情について聞かれるかと思いきや、伊織は机に両手を伸ばして体重を預けるような体勢で違う話題を口にした。
「なぁー情ー。俺ん家の犬、なんで懐かねーのー?」
「だから知るかよーーって、お前、ついには腕も噛まれたのか?」
伊織が伸ばした腕には、二枚ほど連ねて絆創膏が貼られていた。
「あぁ、そうそう。今朝エサを与えようとした時、吠えながら噛まれたんだよ。いやー痛かった痛かった」
そう言いながら伊織は絆創膏の上から腕を撫でた。
「イジワルでもしながらエサ与えてんのかよ」
冗談混じりに頬杖をつきながら情が言う。
「なわけないだろ!ちゃんと名前呼びながら皿に入れてあげてるよ」
「ふーん。なんなんだろうな。普通は徐々に懐くものだと思うけど」
「だよなー、何か間違ってんのかなー?」
伊織がそこまで言った時、急にバッと体を起こし、顔の前に手をパチンと合わせて情に向かって話し始めた。
「なぁ、明日の休みの日俺ん家来てくれないか?それで俺ん家の犬が懐くよう指導でも何でもしてくれ!」
「はぁ!?俺犬飼ったこと無いし、専門家でもないから、何も教えられねーぞ!?」
「それでも良い!頼む!来てくれ!」
情は伊織に懇願される。バイトは夕方からだし、休みの日は確かに暇だし、伊織の飼っている謎に懐かない犬も気になるし……。
「しゃーねーな。分かったよ、行くよ」
「ガチ!?ありがとー!情!」




