7話
情はラーメン屋の制服(エプロンと三角巾)に着替えてバイトを始める。
主な業務は、お客さんの注文を受け取り厨房に伝える事。出来た料理を運ぶ事。あとは簡単な料理の手伝いなどだ。
情は淡々と業務をこなしていく。毎日もやっていれば自然と慣れる。
情がイレギュラーな事に憧れがあるのは、この生活がずっと続いているからだ。あまりにも人生に楽しみが無さすぎる。つまらない。
朝起きて、コンビニ弁当を食べて大学へ行って、バイトしてラーメン食べて寝ての繰り返し。
バイト代は家賃や光熱費、学費や食費などに消えていくので、伊織と遊ぶのも極たまにだ。
「お疲れ様っしたー」
「おう!情、今日もお疲れ!今日は何ラーメンだ?」
熊のように縦にも横にも大きな体で、声が低くて人によっては威圧感を感じる店長だけど、逆に捉えればラーメン屋らしいし、表情や声色、態度などは従業員お客さん問わず優しい。
そんな店長が今日も情に賄いを作るため、玉杓子を肩にかけながら声をかけた。
「いや、今日はいらないっす」
「おぉ、そうか!今日はいらないのか!
────はぁっ!?どうした情!?熱でもあるのか!?」
店長は驚いて玉杓子を持っていない方の手で情の肩を揺さぶる。情は前と後ろに大きく揺れながら答える。
「いや、元気っすけど、今日は家に人が居るんで。その人に今日は賄いを遠慮してくれと言われて…」
店長は一瞬静止画のように固まったが、すぐに
「ガーッハッハッハー!そういう事か!なら、早く帰ってあげな!待ってんだろ?」
と言った。あまりにも飲み込みが早くて情は少しビックリした。
「あ、あざっす。じゃあ、失礼します」
そう言って情は着替えを終えて店を出る。
ちなみに、店を出る直前にあまりにも店長がルンルンで何かを口ずさんでいたので、チラリと見たら「情に彼女かー!」と、とんでもない勘違いをしていた。
すぐさま否定しようとしたが、バイトで疲れていたし、アイガを待たせる訳にも行かなかったので、特に何も言わずに帰路に着いた。
そのうち、誤解を解かなければ…。
「帰ったぞー」
情はクタクタになった体で家に入る。すると、すぐに美味しそうなハンバーグの匂いがした。
「ぐぅぅ~」と、それにつられてお腹が鳴る。
「おかえり。もう出来るよ」
下に向けていた目線を上げると、玄関の目の前にあるキッチンに、今日の朝と同じ黒色のエプロンをしているアイガが居た。
盛り付けられたお皿にはメインのハンバーグに加えて、キャベツとニンジンが添えられていた。
ピピー。というご飯が炊き上がった事を知らせる電子音が炊飯器から鳴る。
「アイガ、まさかメールで賄いを断れって送ったのって……」
「毎日コンビニのお弁当もダメだけど、毎日ラーメンもダメ」
アイガは今の問いの答えとしては微妙かもしれないが、そう言った。
「ご飯よそって、テーブルに持って行くから手、洗っておいで」
アイガはキッチンに向いて作業をしながらそう話す。
「わ、分かった」
情は言われた通り靴を脱いで、手を洗いにすぐ横の洗面所に向かう。
「あいつ、わざわざ飯、作ってくれてたのかよ……」
手を洗いながらメールのやり取りを思い返すと、自分の鈍感さに気づかさせる。情は少し強い口調でメールを返してしまった事を後悔する。けど、それと同時にある事に気がつく。
「俺の冷蔵庫にキャベツやニンジンなんて入っていたか……?ましてや肉さえ無かったはずだ。俺の冷蔵庫はいつも最低限の物しか入っていない。記憶を辿っても、もやしと卵と味噌くらいしかない……」
アイガは手ぶらで財布すら持っていない。
言わずもがな、所持金は0だ。
唯一使えるお金があるとすれば、朝、情が机に置き手紙と一緒に置いて言った数千円だ。
でもそれは、昼食と夜ご飯と予備用に置いて行った物。
「あいつ、まさか……!」
急いで部屋に入ると、アイガは座布団に座って情を待っていた。テーブルには美味しそうなご飯がある。作るにはお肉以外の材料も必要なハンバーグ、千切りのキャベツ、ニンジン、豆腐入りのもやし味噌汁。白ご飯。
お米は前からあったとは言え、豪華すぎる……
「どうしたの?早く食べよ」
アイガは不自然に立っている情に向かって言う。
「お……」
いや、食べる前に言うのは辞めておこう。
せっかく作ってくれたんだ。まずは食べるのが先だろう。
情は言いかけた「お前」を
「お、おう。そうだな」に言い直す。
「ご馳走様でした」
手を合わせてご馳走様を言うアイガに、勇気を出して情は話す。
「お、お前あのさ」
「ん?どうしたの?」
アイガは急に話し始めた情に何を言われるか分からなくてキョトンとする。
「今日の夜飯の材料、どうやって買った?」
「……。」




